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雨戸を締め切った暗い座敷に、七人の男がひしめき合っていた。
座敷には雨香(うこう)が焚かれ、薄暗い行灯の灯りが揺れる室内では、各々の面相に不気味な陰影が浮かび上がって、部屋全体を異様な雰囲気に変えている。
そんな中で、床間を背にして、脇息に身体を預けているのが火付盗賊改方頭の長谷川で、長谷川の左手には与力である矢部が座り、その左隣には養生所見廻り与力の三好が座っていた。
私は、長谷川の向かいで下座に陣取っているが、私の左手には、大円寺の若い僧侶である真秀が座り、更に、その左手には中年の僧侶である正吉が座っており、最後に、正吉と長谷川に挟まれる形で、大円寺の和尚である天仁が座っている。
最初に口を開いたのは、この集まりの趣旨を説明しなければならない長谷川だった。
「これより目黒行人坂大火の出火原因について取り調べを致す。
今回は、様々な経緯により公家である白川殿にもご助力を賜り、白川流霊枢治療によって、嫌疑の掛かった僧侶を責問に掛けることなく、心の内を詳らかにしてもらおうと考えておる」
すると、天仁和尚が首を捻りながら口を開いた。
「はて、拙僧もお山修行の折に白川流霊枢治療については耳にしておりますが、確か、人に宿った邪気を抜いて焼き祓う治療だとか…
その治療が、今回の出火原因を詳らかにする事と、どう繋がるのやら皆目見当もつきませぬ」
ここで私が、長谷川の話を引き継ぐ形で軽く頭を下げてから天仁和尚の疑問に答える。
「白川流霊枢治療の治療師、白川涼雨と申します。
実は、私の治療は独自のもので、本来は抜いた邪気を焼き祓うのですが、私は抜いた邪気をこの身に取り込んで浄化させる雨供養という治療を行なっているのです。
しかし、雨供養は取り込んだ邪気の記憶によって、患者の秘密を治療師が知ってしまうことになります。
しかし、今回の探索ではその雨供養の特質を利用して、大火の原因を詳らかにせよと、火付盗賊改方頭の長谷川様から命じられました」
この言葉に、私の左隣に座っていた真秀の身体が瞬時に強張った。
私が、真秀に目を向けると、「誠に人の心が覗き込めるのですか?」と聞いてきたので、私は素直に「はい」と頷いた。
その返事を聞いた真秀は、少し身体を震わせながら押し黙ってしまったので、不審に思った矢部が、「何か不都合でも有るのか?」と問い詰める。
それを庇うように天仁和尚が、「人に無理やり心を覗き込まれて、不都合の無い人間などおりませぬ。お伺いしますが、お役人様は無理やり心を覗き込まれても、何ら不都合が無いとおっしゃるのでしょうか?」と詰め寄ったので、矢部は言葉に詰まってしまう。
私が再び、天仁和尚の話を引き継ぐように口を開いた。
「私も、無理やり人の心を覗き込みたくはないので、少しだけ話をさせてください」
こう言うと、三人の僧侶が頷いたので話を先に進める。
「私は先日、みなさんとお会いする前に大円寺の焼け跡に行って、焼け残った様々な道具から邪気を取り込みました。
邪気は人が宿すものですが、人の邪気を受けていると、稀に、道具にも邪気が宿ることが有るのです。
その邪気に様々な秘密が隠されていたので、その秘密を一つ一つ、みなさんと一緒に確認していきたいと思います。
宜しいでしょうか?」
この問い掛けに、天仁和尚と正吉は恐る恐るという感じで頷いたが、真秀だけは驚いた顔で私を見詰めている。
本当に、何か不都合を抱えているのだろうか?
私は、真秀に向けていた視線を正吉に向け直すと、姿勢を正して喋り始める。
「正吉さん。あなたは、品川宿の飯盛旅籠で女犯を働いておられましたね?」
私の言葉に、一同の驚愕する空気が伝わってくるが、一番驚いていたのは、当の本人である正吉だった。
正吉は、右手を後ろに突いて仰け反るように、蒼白の泣き顔を、嫌々をする童みたいに激しく振っている。
私は、正吉を落ち着かせる為に「大丈夫です」と言い置いてから、「ここは、破戒の罪を追求する場では有りません」と続けたが、正吉は「知りません!」と言いながら激しく首を振るばかりだ。
しかし、私は正吉の言葉を無視して話を続けた。
「正吉さんは、飯盛女の揚代をどうやって工面していたのですか?
噂では、寺の金子を盗んでいたと言われていますが、それは誠ですか?」
正吉は、私の問い掛けに答えるどころか、小さく震えながら今にも倒れそうだ。
そこに追い討ちを掛けるように私が捲し立てる。
「金子を盗んだことを隠す為に、寺に火を放ったのですか?」
この言葉に、ハッと顔を上げた正吉は「違います!」と悲鳴を上げた。
「女犯を働いたことは認めますが、揚代にお寺の金子を使っていることは、和尚様もご存知なのです。
当然、公には許されていないので、内々での承諾ですが…
だから、私が付け火などという、恐ろしい大罪を働くわけがないのです」
すると、長谷川が天仁和尚に「誠なのか?」と問うと、天仁和尚が「誠です」と頷いた。
更に、長谷川が「庇い立てしておるのではあるまいな」と追求しても、天仁和尚の返事は変わらない。
「修行の身といえども、あれも駄目、これも駄目では、今の若い者は修行を続けることが出来ませぬ。
昔とは時代が違うのです。
あるていどの息抜きは必要なのですよ」
私は、この言葉に大きく頷いた。
これは、白川流霊枢治療でも、人が雨を宿さない為の心得になっている。
「では次に、天仁和尚様にお聞きしたいのですが、和尚様が男色を好んでおられるというのは誠ですか?」
この問い掛けに一同は再び驚愕していたが、ただ一人、落ち着いた様子の天仁和尚が、あっさり「誠です」と認めたのだ。
そして、感心するように頷き、「噂には聞いておりましたが、白川流霊枢治療とは何とも凄まじいものですな」と手放しの称賛を口にする。
私は、その称賛を無視して話を先に進めた。
「和尚様の袈裟からは、年若い真秀さんに、恋焦がれる思いが染み込んでおりましたが、その思いから真秀さんと揉めたり、または、他の僧侶から嫉妬を買っていたということは無いのでしょうか?」
この問い掛けには、流石の天仁和尚も大きな溜息を吐き出した。
しかし、気力を振り絞りながら「それは…」と話を続ける天仁和尚の言葉を遮って、思い詰めた表情の真秀が「私がやりました!」と言い放ったのだ。
この告白に、膝立ちになった長谷川が、「な、何をやったというのだ?」と素早く聞き返すと、真秀が頭を垂れながら、「私がお寺に火を放ったのです」と言い切った。
すると、天仁和尚が真秀に詰め寄って「何を馬鹿なことを申しておるのだ!」と声を荒げるが、真秀は顔を上げずに俯いたままだ。
すると、その押し問答を「もうよい!」という一喝で遮った長谷川が、「本人がやったと申しておるのだ。それで良いではないか!」と迷惑そうに言い放ったので、今度は私が叫び声を上げる。
「お待ちください!
真秀さんは、この中で一番邪気の少ない人間です。
まるで無垢な赤子のように…
それなのに、その真秀さんが火付の大罪を犯すはずが有りません。
何か、事情が有るはずです。
ここでお調べを終わらせては、長谷川様が、手柄に逸って間違いを犯したと謗りを受けかねません」
私の失言に長谷川が目を剥いた。
「俺が手柄に逸っているだと!」
ここで長谷川を怒らせるのは得策ではないと考えた私は、長谷川の怒りを鎮めようと畳に平伏しながらも必死に喋り続けた。
「では、せめて真秀さんに雨供養を仕掛けさせてください!
それで、出火原因が詳らかになるはずです」
しかし、この嘆願に素早く反応したのは長谷川ではなく、私が庇っているはずの真秀だった。
「嫌です!
私は、人から無理やり心を覗き込まれたくはありません!
私が火付の下手人なのです!」
私は、真秀の自白で全ての努力が無駄になってしまったと悟って、絶望のどん底に突き落とされた。
何故なら、町奉行所の吟味は、自白を取ることが全ての自白主義で、自白さえ取れれば察斗詰(さっとづめ、物的証拠)などは何も必要としていない。
私は、この若い僧侶に、これから待ち受けるであろう過酷な運命を呪った。