二人がうどんだ、たこ焼きだと騒いで帰っていったので、あかりは、すっかりお腹が空いてしまっていた。
特に、たこ焼きに誘惑されている。
もう口にも鼻にも、実際にはない、たこ焼きのソースの香りが充満している。
あかりはお昼になるのを待って、急いで、コンビニに行き、たこ焼きを買ってきた。
戻ってくると、二つの白いビニール袋を手にした青葉が店の前に立っていた。
そのビニール袋からは、ソースの香ばしい香りが立ちのぼっているようだ。
「お前がたこ焼きの話をするから……」
「いやいや、木南さんがしたんですよっ」
「まあ、どっちでもいい。
食べたいんじゃないかと思って買ってきた」
「わ、私も買ってきてしまいましたっ。
私のは近くのコンビニのですがっ」
一緒に食べましょうか、と言ったあとで、あかりは植え込みがない方を見る。
「どうした?」
「いや、今こそ、自動販売機で飲み物買いたいなと思って」
はは、とあかりは苦笑いした。
「買ってきてやろうか? 飲み物」
「いえいえ、大丈夫です。
なにか淹れますよー」
と言って、あかりは店の扉を開ける。
青葉はビニール袋を少し持ち上げて言った。
「たくさん買ったから、日向やご両親にもあげてくれ」
「ありがとうございます。
あ、なんか、うっ、て来るくらい香りが強いお茶とか好きですか?」
「……好きなわけないだろう」
そんな話をしながら、二人で店に入る。
タコ焼きがあるよ~と連絡を入れると、日向と幾夫がすぐにやってきた。
「ひゅうが、さんじょう~っ」
と戦隊モノかなにかの真似なのか、日向が言う。
カウンターのスツールに参上した日向が、あつあつのタコ焼きを頬袋に詰め、ほふほふ言いながら食べているのを大人三人で眺めた。
みんなでおいしくたこ焼きを食べたあと。
幾夫がちょっとホームセンターに行ってくるというので、
「あっ、じゃあ、日向見てるよ」
とあかりは言った。
お父さんも一人で、ゆっくりとかしたいだろうと思ったからだ。
幸い(?)客もいないことだし……。
日向は青葉と人形のおじいさんを客に見立て、ごっこ遊びをはじめた。
「綿菓子屋さんで~す」
と言う日向を青葉は目を細めて見ている。
……なんですか。
子どもが可愛くて仕方ない普通の父親みたいな顔をして。
ここまで私たちだけで産み育ててきたのに。
あなたは、最近、いきなり現れただけのくせに――。
その顔つきだけで、ああ、やっぱり、この人、日向のお父さんなんだなあとか思っちゃうじゃないですか。
そんなことを考えながら、あかりはカウンターから二人を眺めていた。
……まあ、記憶を失ったのは、この人のせいではないし。
息子の記憶にない、しかも、息子とたった一週間しか一緒にいなかったという女のことを寿々花さんが信じられなかったのもわかるけど。
青葉さんの家は、普通の家じゃない。
ある意味、不幸なことに、莫大な財産とそれにより生じた敵が一生、彼にはついて回るから――。
「綿菓子屋さんで~す。
タコ焼きいりませんか~?」
「なんでだ……。
じゃあ、まあ、タコ焼きひとつ」
と青葉が答えた。
なにかがとり憑いてるかもしれないおじいさん人形は答えてくれなかったからだろう。
「タコ、入れますかー?」
笑顔の日向が訊く。
「……タコ焼きだよな?」
「イカもありますよ~」
「じゃあ、タコとイカ、入れてください……」
ありがとうございます~、と日向はレジを打つ真似をする。
「2コで100円。
3コで、1000円になります~」
と笑顔で暴利を貪ろうとするタコ焼き屋に青葉が異を唱えていた。
「何故、3コで1000円だ……」
「それはあれじゃないですかね?」
とあかりはカウンターから言った。
「いっぺんに3コ買いたいほどのタコ焼き中毒の人には、値段をつり上げるっていう……」
「あくどいな、このタコ焼き屋……」
と呟く青葉に、日向はタコ焼きを渡すフリをし、本物の1000円札をもらっていた。
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