テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#リチプア
あてぃ
65
この番組(?)は、NEXT INNOVATION、ほか各社からの提供を受け、朝比奈恒介視点でお送りいたします。
「……朝比奈。これ、何の嫌がらせだ」
NEXT INNOVATIONの社長室。目の前で腕を組み、今にも人を刺し殺しそうな目つきで俺を睨みつけているのは、我が社の若きカリスマであり、パーソナルファイルを開発した天才プログラマー、日向徹だ。
黒のシンプルなTシャツに身を包んだ日向は、机の上に置かれた巨大な物体を指さしている。
それは、今朝がた会社宛てに届いた特別仕様の巨大な高級クッション――いや、正しくは『日向徹専用・超高反発極上抱き枕』だった。
「嫌がらせじゃないよ、徹。君の健康管理も副社長たる僕の仕事だろ? 先週の徹夜続きで腰を痛めていただろう。だから僕からのプレゼントだ」
「要らん! 僕はオフィスで寝る時は床で十分だ! こんなフワフワした物体があったら集中力が削がれる!」
「まあまあ、日向さん! 朝比奈さんの好意をそんな風に無駄にしちゃダメですよ!」
ガチャリとドアが開いて入ってきたのは、夏井真琴さん。徹の恋人として、アメリカの製薬会社で勤務している。度々こうして帰国し、ここに顔を出してくれるのが恒例になっていた。相変わらず小さな身体を小刻みに動かしながら、おぼんに載せたハーブティーを机に置く。
「日向さん、最近本当に顔色が悪いんですから! 朝比奈さんの言う通りです! ほら、一回座ってみてください! 試すだけでも!」
「お前は黙ってろ。だいたい、なぜ僕がこんな派手なオレンジ色のクッションに抱きつかなきゃならんのだ。僕の美的センスに反する」
「でもこれ、日向さんの腰の曲線を完璧にサポートする人間工学デザインなんです! 私が朝比奈と一緒にカタログを見て選んだんですよ!」
「……何?」
日向がピクッと眉を動かした。
「お前が選んだのか?」
「はい! 『日向さんの背骨を守る会』の会長として、黙っていられませんでした!」
「勝手にそんな会を作るな。それに……」
日向はチラッと抱き枕を見つめ、それから露骨にふいっと顔を背けた。
「……別に、お前に心配されたくはない」
(……分かりやすい奴だ)
俺は心の底でクスリと笑った。
口では悪態をつきながらも、日向の耳の先端がほんのり赤くなっているのを俺も見逃さないし、当然、周りの社員たちも分かっている。
日向徹という男は、傍若無人で、他人の名前を覚えず、自己中心的な天才だ。
だが、その実、驚くほど純粋で、孤独に脆く、そして何より――周囲からとんでもなく愛されている。本人はまったく自覚がないようだが。
「日向社長! 失礼します!」
勢いよくドアを叩いて入ってきたのは、初期メンバーの安岡だ。手には何やら高級そうな重箱を抱えている。
「安岡。営業の進捗はどうなっている。パーソナルファイルの自治体連携の件は――」
「あ、その前にこれ! 実家の母親から送られてきた『特製・黒豚の角煮とスタミナ薬膳スープ』です! 日向社長、最近まともにご飯食べてないって夏井ちゃんから聞いたんで、母ちゃんが『徹ちゃんに食べさせて!』って!」
「……徹ちゃん?」
日向が引きつった顔をする。
「僕を名前で呼ぶな。それにお前の母親の料理など食うわけがないだろう。毒でも入っていたらどうする」
「毒なんて入れるわけないでしょうが! ほら、日向さん! 安岡くんのお母さんの角煮、めちゃくちゃ美味しいんですよ! 以前いただいた時、感動しましたもん!」
夏井が目を輝かせながら、勝手に重箱の蓋を開ける。途端に、甘辛い醤油と薬膳の香ばしい匂いが社長室中に広がった。
「くっ……匂いで誤魔化そうとするな……! 僕は今、コードのアルゴリズムを再構築している最中なんだ。食べ物なんぞで僕の脳のリソースを――」
グゥゥゥゥ……。
静かな社長室に、盛大なお腹の音が響き渡った。
沈黙。
日向の顔が、一瞬で真っ赤に染まる。
「……今のは僕の腹じゃない」
「いや、日向さんしかいませんよ」
夏井が呆れ顔で箸を差し出す。
「ほら、あーんしてください。手が汚れてキーボードが打てないなら、私が食べさせますから!」
「はぁ!? ななな何をお前はバカなことを言っているんだ! 誰が『あーん』などと……! 朝比奈! こいつらを今すぐ叩き出せ!」
「いやあ、日向。夏井さんの言う通りだよ。空腹では良いアイデアも浮かばない。ほら、安岡のお母さんの愛情、受けておきなよ」
「朝比奈! お前まで僕を弄んで楽しいのか!?」
「弄んでなんていないよ。みんな、君のことが心配で、君に笑っていてほしいだけさ」
俺が微笑むと、日向はぐうの音も出ないといった様子で唇をかみ締め、不機嫌そうに夏井さんから箸をひったくった。
「……自分で食べる! お前に食べさせられたら喉に詰まる!」
一口、角煮を口に運んだ日向の表情が、一瞬で緩んだ。
「……ん」
「どうですか、日向さん!?」
夏井さんが顔を近づけて覗き込む。
「……まあ、悪くはない。肉の硬さも絶妙だし、タレの塩分濃度も計算されている。……”山岡”、母親に『悪くなかった』と伝えておけ」
「はいっ! ありがとうございます、あと安岡です社長!」
安岡が嬉しそうに胸を張る。その様子を見て、オフィスの外で様子を伺っていた他の社員たち――山上や小川たちも、ホッとしたように胸を撫でおろしていた。
日向徹は気づいていない。
彼が不機嫌そうに食事を口にするだけで、この会社の全員がどれほど救われたような気持ちになるかを。
「徹、午後からの総務省とのミーティングだが、車の手配はできている。準備はいいか?」
「ああ。パーソナルファイルのセキュリティ仕様について、あの頭の硬い役人どもをぐうの音も出ないほど論破してやる」
日向がジャケットを羽織り、気合いを入れ直す。
だが、その襟元が少し折れ曲がっていた。
「日向さん、ちょっと待ってください!」
夏井がすかさず駆け寄り、徹のジャケットの襟をパッパッと整える。あまりの距離の近さに、彼は固まったまま動けない。
「よし! これで完璧です! 行ってらっしゃい、日向さん!」
「……ふん。余計なお世話だ」
ボソッと呟きながらも、日向はどこか誇らしげに胸を張って社長室を出て行った。
その背中を見送りながら、俺は隣の夏井に声をかける。
「夏井さん。徹は相変わらず不器用だけど、君が来てから随分と人間らしくなったよ」
「えっ? 朝比奈さん、そうですか? 単にわがままで手がかかる子供みたいなだけですよ!」
「ふふ、それが可愛いんじゃないか。……さて、僕も行くとしよう。我が社の『愛され社長』が役人相手に暴走しないように、手綱を握っておかないとね」
俺はファイルを持ち直し、日向の後を追って歩き出した。
孤高の天才・日向徹。
本人は「自分は一人で立っている」と思っているかもしれないが、この会社にいる限り、彼が一人になれる日など永遠に来ないだろう。
だって、僕も、夏井さんも、そして社員の全員も――日向徹という男が大好きで溜まらないのだから。
「朝比奈! 遅い!! 置いていくぞ!」
廊下の先から、少し照れくさそうな、けれど高らかな声が響いた。
「今行くよ、徹!」
俺は笑いを噛み殺しながら、我が社の社長のもとへと足を早めたのだった。
コメント
1件
お疲れさま、あてぃ! 読んだよ〜 もうさ、この第1話、めちゃくちゃ「らしさ」全開でにやにえが止まらなかったわ(笑) 徹の不器用なツンデレっぷりと周りがみんなで面倒見てる感じ、最高だよね。特に夏井さんが「日向さんの背骨を守る会の会長」って名乗ったところで吹いたわ。そしてあの空腹のタイミング、ズルすぎるだろ!(笑) 「自分は一人で立ってる」と思ってる天才ほど実は愛されてるって構図、王道だけどホント刺さる。次の話も気になる〜。執筆がんばって🔥