【お願い】
こちらはirxsのnmmn作品(青桃)となります
この言葉に見覚えのない方はブラウザバックをお願い致します
ご本人様方とは一切関係ありません
小児科医青×天才外科医桃
麻酔科医の赤さん
小児科の看護師水さん
のお話です
午前いっぱいで終わると思っていた手術が長引き、その日は遅めの昼食になった。
最上階の食堂に行くのも面倒で、裏手に来ていたキッチンカーでサンドイッチとコーヒーを買う。
意図せずにカツサンドなんてものを買ってしまったけれど、そう言えば昔別の科の知り合いに「外科医って神経図太いよな。よく手術後に肉系のもの食えるわ」なんて言われたことがあったっけ。
…実際には術後どころか、余裕のある手術中なら「今日焼肉食いに行こうぜ」なんて話をする外科医もいるって聞いたことがあるくらいだけど。
病棟から離れた中庭は、患者さんたちがほとんど寄り付かないベンチとテーブルがある。
ほぼ職員しか使わないそこは、さすがに昼の休憩時間を過ぎているせいか事務員らしき姿は見当たらない。
俺と同じように遅い昼食になった医師や看護師ばかりだ。
そのうちの一つの椅子を引く。足を組み、サンドイッチのビニールのテープ部分を引っ張った時だった。
「ここ、いーい?」
テーブルの向こう側、正面の椅子を指さしてそう尋ねられた。
目線を上げると、水色の瞳を細めて笑っているいむの姿。
「いいよ」なんて答える間もなく、あいつは遠慮のかけらもなくそこに座った。
同じキッチンカーで買ってきたらしいものをテーブルに広げる。
ごま付きバンズのハンバーガーだ。
「いむも今から昼? 遅くない?」
尋ねると、包みをガサガサと開きながら小さく首を竦めて返す。
「ちょっと午前の診察が長引いたんだよね」
「まろは?」
「知らない。またいつもの食堂で日替わり定食でも食べてるんじゃない?」
大して興味なさそうに応じたいむだったけれど、「あ、そうだ」と何かを思い出したように顔を上げた。
ハンバーガーで頬をいっぱいに膨らませながら、改めてこちらを見る。
「いふくんで思い出した。今日うちの科で飲み会あるって聞いてる?」
世間を騒がせた感染症の猛威も大分落ち着き、マスクのマナーや飲食の制限は随分緩和された。院内でも職員同士での飲み会みたいなものが増えてきたことを実感している。
「うん、聞いたけど?」
さらりと答えて、俺はホットコーヒーの紙コップに口をつけた。
砂糖もミルクも入れていないそれは、啜るとほんのり苦みが口内に広がっていく。
「うちの科の飲み会久しぶりだからさ。みんな結構浮き足立ってるんだよね…特に女子看護師が」
「へぇ、飲み会なんてめんどくさいだけだけどなぁ」
友達とならともかく、職場の飲み会なんて上司のご機嫌を取るか先輩の愚痴を聞くか、後輩を慰めるかしかないと思う。
楽しいなんて思ったことがない。
「いふくんだよ」
内心で毒づいていた俺に向けて、いむが言葉を継いだ。
その意味が分からず「へ?」と首を傾げた俺に、あいつはニヤリと笑ってみせた。
テーブルに肘をつき、ずいと身を乗り出す。
「みーんないふくん狙いなの。看護師も、うちの科の秘書さんたちも、女医さんでもね。ないちゃん大丈夫?」
心配でしょ?と言わんばかりににやにやと唇を緩ませ、水色の瞳が嬉しそうに笑む。
…あぁ、そういうこと。
妙に納得しながら、俺もニヤッと笑って返した。
「悪いけどどうでもいいわ。まろがそんなんになびくと思う?」
テーブルに頬杖をついて応じると、身を乗り出したいむと極至近距離で見据え合うことになる。
俺のあっさりとした返事に、いむは一瞬目を丸くした後、「…つまんなーい」と頬を膨らませて体を後ろに仰け反らせた。
「ないちゃんのことだから絶対嫉妬にまみれて『行かないでまろ!』とか言うと思ったのに」
「言わないよそんなん。そういう次元じゃないって前言わなかったっけ」
物心ついたときから近所に住んでいて、気づけばいつも一緒にいた幼馴染。
関係性が変わったときには、もうお互いにお互いしかいないことを長年の付き合いで分かっていた。
「いむ、もしかして自分の方がうまくいってないんじゃないの? だからそうやって人で遊ぼうとするんだろ」
自分のストレスを、俺らをからかうことで発散させようとするんじゃないっつーの。
半ば冗談でそう言ったつもりだったけれど、どうやら図星だったのか、いむはさっきとは違う意味合いで唇を尖らせた。
「だってさ、ひどくない!? 今週も来週もオペが入ったとかで全然相手してくれないんだけど!? ここんとこ全然2人で会えてないんですけど!?」
「知らないよ、だからって俺らをからかって遊ぼうとすんな。大体そんなにすれ違いが嫌ならいい加減一緒に住めばいいのに」
「それができるんだったらとっくにしてるよね…。同棲って難しくない? 相手の知らないところまで知っちゃうじゃん」
「知らないところを知って許せないんだったら、確かにやめた方がいいね」
昔からの付き合いで、まろのことは怠惰な面も掃除が苦手な面も知り尽くしていたから、一緒に暮らし始めたときですら何の違和感もなかった。
でも確かに一般的には、生活を共にして初めて知ることもあるだろう。
そしてそれに幻滅してしまう可能性に怯んでしまうのも分かる。
「まぁ相手の全部を知って許せないんだったら、その程度の気持ちってことだよ」
「…えーだってさぁ、向こうに愛想尽かされたら怖いじゃん…」
「ん? あぁ、心配してるのそっちか」
自分が相手の見たくない面を知ってしまうことじゃなくて、幻滅される方が怖いのか。
妙にいむらしいと納得してしまって、口元が思わず綻んだ。
「何があっても、何を知られても大丈夫ってどうやって思えるんだろうね、すごく不思議。ないちゃんは何で自信持てるの? いふくんって分かりにくくない?」
「そう?」
カツサンドの最後の一口を放り込み、コーヒーで流し込む。
それから首を傾げていむの顔を見返そうとした時だった。
ドゴンという音と共に、目の前のいむの頭が左から右に勢いよく傾いた。
「え、いむ!?」
驚いて思わず椅子から腰を浮かしかけた俺の目には、いむのすぐ傍にサッカーボールが転がり落ちるのが映る。
思い切り側頭部にボールの一撃を食らったいむは、「…いったぁー」とそこを押さえながら斜め後ろを振り返った。
少し離れた場所に、一人の少年が立っている。
「どんくせーなほとけ!」と、容赦のない一言を突き刺してくるその子は小学校の中学年くらいといったところだろうか。
上下スウェットというラフな格好をしているから、恐らく小児科の入院患者だろう。
「『どんくせー』じゃないよ! いきなり避けれるわけないでしょ!?」
あと呼び捨てにしないで!なんて同等に張り合おうとしているいむは、文句を言いながらも椅子から立ち上がって足元に転がったボールを拾い上げている。
「かずくん、病棟から離れてこんなとこまで来たらお母さんが探しちゃうんじゃない? あといくら中庭でもサッカーボール思い切り蹴るのは禁止ね」
「母さんには言ってあるから大丈夫―」
優しく諭そうとしたいむだったけど、かずくんと呼ばれたその少年はこちらに駆け寄ってきながら悪びれもせずに笑っている。
多少やんちゃそうではあるけれど、素直そうな子だった。
サッカーボール遊びができるくらいだからそれほど重病ではないのかもしれない。
彼は近くまで来て、いむの手にあるサッカーボールを受け取ろうとした。
その時になってようやく俺の存在に気づいたらしく、こちらを一瞥した目がそのまま大きく見開かれる。
「すっげーどピンク…」
心の声が漏れたかのような直球すぎる言葉に、いむがぶはっと吹き出した。
俺の頭を注視するように、幼い両の目がこちらを向いている。
…初対面での礼儀を知らないくそがきに教育的指導でもしてやろうか。
冗談まじりに胸の内でそんなことを考えながら、俺はにっこりと笑みを浮かべる。
頭を押さえつけてわしわしとその短い髪を撫でくり回してやろうかと思ったけれど、少年が言葉を継ぐ方が早かった。
「せんせーの机みたい!!」
「……ん?」
紡がれた言葉の意味が分からなかった俺は、首を傾げて思わずその子を見下ろした。
その目はきらきらと輝いていて、嬉しそうに変わらず俺の髪を見上げている。
「あー…そう言えばそうだね」
いむがそんな風に同意しながら、お腹を抱えて笑いだした。
多分俺の頭の上には疑問符がいくつも飛び交っていたと思う。
だけどそんなこちらの様子には構いもせず、『かずくん』はほとけの手からサッカーボールを取り上げると「じゃあなほとけ!」と忙しなく踵を返した。
「あ、ちょっとかずくん! 夕方の検査ちゃんと来てよ!?」
「お前が迎えにこいよほとけぇ!」
最後までくそ生意気に締めくくりながら、とても病人とは思えない速さで病棟の方へ戻っていく。
嵐のように来ては去っていくその後ろ姿を呆気にとられて見送ってから、俺はゆるりと椅子に座り直した。
目の前のいむの方に向き直る。
「…何あれ、『せんせーの机』って」
「あー、あれね…」
にやにや笑いながら、いむは食べている途中だったハンバーガーに再び手を伸ばした。
ボールがぶつかったとき、それでも寸でのところで落とすのは堪えたらしい。
包みの中に残されたままのそれに、大きな口を開けて食らいつく。
「あの子の主治医、いふくんなんだよね。めっちゃ懐いてんの、『せんせーせんせー』って」
言いながら、いむは持ったばかりのハンバーガーの包みをまたテーブルに戻した。
一口分だけをもごもごしながら、ポケットに入れっぱなしのスマホを取り出す。
「これ見る? いふくんの診察室の写真。そう言えばないちゃん見たことないよね」
ずいと目の前に画面を差し出された。
外科の真っ白な診察室とは違って、小児科の壁は少しクリーム色がかっている。
かわいらしい絵のステッカーなんかも貼られていて、壁面が装飾されていた。
無機質でシンプルな外科とは大違いだ。
奥の机の上に、電子カルテの端末やら診察で使う器具なんかが整然と並んでいる。
その手前や脇には、見事に大小さまざまなぬいぐるみが並んでいた。
それも全部、目が覚めるようなどピンク…。
どこかで見た、ピンク色のうさぎみたいなキャラクターがずらりと並ぶ。
中にはパペットタイプの物もあって、いむがそれを指さして笑った。
「これ見て、このパペット。これ使って泣いてる子をあやすんだよ、あのいふくんが」
弾んだ声でそう言うものだから、ピンク色のパペットに手を入れて器用に動かすまろの姿まで容易に想像できてしまう。
声色まで高く変えたりするんだろうか。
あいつ女声も出せたから子どもたちにもウケそうだよな、なんてどうでもいいことばかりが浮かぶ。
「あとこのペンとかもかわいいっしょ」
いむが指さしたペン立ての中にも、大きなピンクのうさぎが上にくっついたボールペンが見えた。
居座るようにどしりと腰を据えていて、むしろ上側が重すぎて書きづらくないのか、なんてことすら思う。
「…わかったもういい」
片手で遮るように、いむのスマホを押し戻した。
なんだか気恥ずかしくて居たたまれなくなった俺を、いむがにやにやと笑って見ているのが分かる。
「ないちゃん、前言撤回するわ」
スマホをポケットに押し戻しながら、いむはカフェオレらしきものが入ったカップを手に取った。
「いふくんってやっぱり、意外に分かりやすいかも」
「もういいって」
吐息まじりの俺の返事に、いむは「あっはは」と高笑いをしながらカップの中身を一口啜った。
手術日で俺の午後の診察はなかったから、その日は雑務さえこなせば19時には帰れるはずだった。
溜まり始めた診断書を手際よく作成し、事務側へ送り返す。
その後は来週手術予定の患者のカルテを確認したり、術後患者の様子を確認したりしているうちにあっという間に時間が経過していった。
18時になる前に、医局秘書に声をかけられる。
「ないこ先生、今日講堂で講演会あるのお忘れじゃないですか?」
言われた瞬間、やばっと思い出した。
そうだ、今日はどこぞの高名な医師が来院して講演があるんだった。
大して興味ないテーマだった気がするけれど、手の空いている医師や看護師、技術職は全員参加だから仕方がない。
ため息まじりに立ち上がって講堂へ向かう俺を、秘書さんたちは苦笑い気味に見送った。
講堂にはもう大分人が集まっていて、前の方から席が埋まりかけていた。
ICカードを受け付けで通して出席確認をされ、中へ入る。
真面目な医師たちが前方の席でご高説を賜ろうとしている中、俺はまだ空いていた一番後ろの席に陣取った。
「ないこ先生、若いんだからもっと前行きなさいよ」
途中横を素通りしかけた医局長が、からかうようにそんな声を投げてくる。
「今日腹下し気味で、何かあったらすぐ出られる位置にいたいんですよねぇ」
適当な口実を述べると、医局長は「お大事に」とだけ笑って言って前の方へ向かっていった。
後数分ほどで講演が始まるというときに、俺の隣の椅子が引かれた。
こちらに断りもなくそこに座るものだから、何とはなしに顔を上げて相手を確認する。
「かずくん、検査ちゃんと来た?」
机に頬杖をついた態勢で、そんな隣に声をかけた。
椅子に座りながら、まろはわずかに目を瞠った後に首を傾げる。
「来たよ。…何でそんなこと知っとるん」
「ないしょ」
にやっと笑って言ったけれど、まろは「…ふぅん?」と小さく呟き返しただけで追及はしてこない。
「どうせほとけが何か言うたんやろ」くらいにしか思っていないのかもしれない。
「ないここれ終わったら今日は上がり?」
まろがそんな風に話題を変えたとき、開放されていた後ろの入口ドアを事務員たちが閉め始める。
それを横目に見やりながら、うんと小さく頷いた。
「まろはそのまま飲み会だろ?」
「正直乗り気せんなぁ。ないこと一緒に帰りたい」
周囲に聞こえないくらいのひそひそ声で答えた瞬間、講堂の照明が暗くなった。
代わりにステージのライトが明るく照らされ、司会者が登壇する。
こちらの席側は完全に真っ暗になった。
その時、膝の上に乗せていた俺の右手の甲にまろの手が触れる。
暗くて周りからは見えないのをいいことに、指先が俺の指を割るようにしてぐっと握ってきた。
「…まろ」
たしなめるように小さく呼ぶ。
…まったく。急に後ろのドアが開いて遅れてきた誰かが入ってくるかもしれないのに。
そう思ったけれど、まろは俺の手を握っていない方の右手で人差し指を唇に当てた。
「しー」とでも言うようなその身振りに、小さく息をつく。
呆れたような諦めたようなため息の後で、俺も重ねられたまろのその指をぐっと握り返した。
…本当に、俺にとったら周りの人が思うよりまろは分かりやすいよ。
穏やかな笑みに隠されているから分かりにくいのかもしれないけど、自惚れてもいいくらいにはきっと俺のことが好きだろ?
講演内容によってはメモを取ろうと思ったのか、そこでまろが白衣の胸ポケットからペンを取り出した。
シルバーに縁取りされた、青い細身のペンだった。
「ピンクのうさぎのペンはどうした」
思わず小さく独り言を呟いたけれど、司会者の声にかき消されたらしくまろの耳には届かなかったらしい。
本当に、そういう分かりやすいところは絶対に俺の前では見せないよな。
ピンクに染まった診察室の机なんて覗く機会もないし、絶対に俺の目に触れることなんてないと思ってたんだろ?
だから、この先も知らんぷりし続けてやるよ。
握られたままの手に視線を落としてそんなことを思いながら、俺は思わず唇の端を持ち上げて笑みを零した。
コメント
4件
初コメ失礼します🙇♂️ ほんとにこの物語好きですっ💕︎ 続き、楽しみに待ってます!!
あら、制作者さんマジで神続きお待ちしてます