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「ご指名、ありがとうございます」
いつも通り、丁寧に。
表情も声も、すべて“接客用”。
でも、あの人の顔を見た瞬間。
心臓が勝手に跳ねた。
「また来ちゃった」
変わらない笑顔。
本当に指名されたんだ。
「今日は……お仕事、お休みだったんですか?」
普段なら言わないようなことが、口をついて出た。
「うん、まあそんな感じ」
言葉の端は軽くて、どこか柔らかかった。
「玲くんって、こんなに話す人だったっけ?」
「……そうでもないです」
凛の小さな笑い声。
会話は途切れ途切れで、
沈黙が何度も訪れた。
でも、その空気は決して嫌なものじゃなくて。
凛は何も詮索しなかった。
名前も、仕事のことも、家庭のことも。
ただ、時折目が合うたびに、
彼の目は何かを探るように、
じっと見つめていた。
その視線だけで、胸の奥がざわついていく。
「……もう時間ですね」
僕が言うと、
凛は少しだけ名残惜しそうに立ち上がった。
「次、いつ空いてる?」
その問いに、一瞬迷ったけど、
「……シフト確認してからで、よければ」
と答えた。
「ふふ、了解」
ドアに手をかける直前、
凛は振り返った。
「今日の玲くん、なんだか少しだけ柔らかかった」
「……そうですか」
「うん……なんだか、嬉しかった」
その言葉を残して、
ドアは静かに閉まった。
“また来る”。
そんな予感が、胸に灯った。
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