【成宮牧場敷地内の湖の畔】
直哉は辺りに響き渡る楽しげな声には構わず、大きな菩提樹の木陰にピクニックシートを広げ、自分の膝に座る生後11か月の我が娘(成宮鈴奈)に哺乳瓶でミルクを飲ませていた
木の根元にはアジサイの茂みが覆われていて、夏の日差しを幾分か和らげてくれている
大きな音を立ててゴキュゴキュと、口を動かして勢いよくミルクを飲む、我が娘を観察する
紗理奈から引き継いだ大きな瞳を覗き込み、直哉は優しく問いかけた
「うまいか?ん? 」
やがて哺乳瓶の中のミルクがすっかり空になり、鈴奈は満足そうに乳首をスポンッと離した
「よぉ~し・・・次はゲップだ」
慣れた手つきで肩にガーゼハンカチを置いて、その上に鈴奈の顎をのせ、優しく背中をトントンと下から上に叩く、すると数分もしないうちに「げふっ」と、大きな音を立てて娘がゲップした
ハハッ「偉いぞ」
すると鈴奈は真っ赤な顔をして、直哉の肩をつかみプルプル震え出した
「ブリブリブリブリッ」
「おおっ!」
小さな機関銃のような音が鈴奈のお尻から、聞こえたと思ったら、赤ん坊はホゥ~ッと大きくため息をついた
ハハッ「食ったらすぐに出す!健康な証拠だ!さぁオムツを替えよう!」
ゴロンッとピクニックシートに仰向けに鈴奈を寝かした
その横にはレインボーキティの縫いぐるみ、鈴奈のお気に入りだ、丸々太った赤ん坊の脇を、こちょこちょとくすぐる
途端に小さな赤ん坊が「キャー――――ッ」と、手足をバタバタさせて笑う
こんなに小さいのにくすぐったいのは大人と、同じだなと直哉は不思議に思う、そして小さくても今我が娘は臭い
これも最近離乳食が順調に進み、大人が食べるものと同じようなものを、食べ出したせいだ
そして我が娘は自力で歩く気満々なので一歩、二歩と進んでは、尻もちをついたり、後頭部を打ったりするので危なっかしくて目が離せない
ネネ婆さんの言葉が蘇る、子供は生まれた時に親に魔法をかける、自分に夢中になるように
でないと子供を可愛いと思わない親に、捨てられる危険性がある
なので親はどんな子でも、我が子が一番かわいいと思わせられていると、本当にそうなんだと直哉は実感した
近くでは妻と兄夫婦、甥二人と姪二人が、魚釣りをしたり、それを眺めたり、歓声を上げて駆け回っている
ひときわ大きく声をあげて駆け回っているのは、きっと優斗だ
議会帰りの兄の北斗は、真っ白な議員シャツにズボンの裾を太ももまでまくり、小川に入って釣り竿をじっと垂らしている
その手前ではお福さんとその旦那さんの速水さん、アリスと我妻紗理奈が顔を寄せ合って、バーベキューの準備をしている
その周りを兄貴の子供達が駆け回っている
「ありがとう!ナオ!鈴ちゃんのオムツ替えてくれたの?」
「うん」
美しい髪の妻が笑顔で直哉の所にかけてきた
「北斗さぁ~~ん!!お昼にしましょう~~~~」
アリスが小川にいる兄貴を呼ぶがどうやら、釣りに夢中で聞こえていないらしい
「俺が呼んでくるよ」
直哉は娘の鈴奈を胸に抱き立ちあがった
途端に視界が高くなった鈴奈が、キョロキョロとまるで初めて見る世界を、一生懸命認識しようと、あちこち見渡している
直哉は娘を抱きかかえて、小川の中にいる北斗の所へ向かった、そこは浅瀬で所々に水を渡る岩がつきだし、魚が身を沈められそうな深みを作り出している
「ご婦人方がメシにしたいそうだ」
直哉は兄に言った
「う~ん・・・よい昼メシを釣って、みんなをあっと言わせたいのになぁ~」
北斗が顔をしかめてあきらめたように、釣り糸を手繰り寄せた
胸にいる直哉の腕の中にいる、鈴奈をじっと見つめてから、顎の下をそっとなでなでしてやると、鈴奈が脚を蹴り出し嬉しそうな声をあげた
「みろよ!これ!今朝アキが送ってよこしてきた、新しい家族だとよ」
北斗が直哉に自分のスマホを見せた、そこにはアーノルド・シュワルツェネッガー顔負けの二の腕に、天使の羽根のタトゥーをしたレオが映っていた
短髪でいかついサングラスをかけている、おまけに上半身裸にデニム姿ときている、なんともすっかりアメリカナイズされている
レオは首に太い鎖を巻いた、ドーベルマンを抱きかかえている
「名前はブラックだって、これでもまだ子供らしいぞ、首の鎖が本物感を出してるな 」
「でけぇ!そしてめちゃくちゃ怖そうじゃねーか、犬も人間も!」
二人はワハハハと笑った
「そんでレオに(かわいいじゃねーか)と俺がハロートークを送ったんだ」
「ええ?兄貴レオとメッセージを送り合う仲なのか?」
「するとレオが(ブラックの〇んこは俺よりデカい)と送って来た」
また二人がワハハハと爆笑した
「アハハハ・・・・あ~・・・アキレオは幸せなんだな・・・」
さんざん二人で笑った後直哉が優しい顔で言った
「お前は?サリーと幸せなのか?」
共に歩き出すなり北斗が直哉に聞いた
「見てわからないのか?」
「いや わかる」
幸せ過ぎて天にも昇る気持ちさと直哉は思った
鈴奈を妊娠していた10か月は、直哉は紗理奈のことが、心配でたまらない日々を過ごした
そして生まれてからは今度は赤ん坊の誕生で大変ながらも、喜びに心躍らせる日々を送っている
直哉は今度こそ何がなんでも、無事に出産させてやりたくて、紗理奈を苛立たせているのは分かっていても、彼女が息苦しくなるぐらい過保護に世話をやいた
もう二度と悲劇は繰り返さないと固く心に誓って
娘が誕生した時は、直哉の人生で最も喜びに満ちた日となった
立ち合い出産を直哉は望んでいたのに「神聖な女の修羅場に男は入れるな」とネネ婆さんの教えを紗理奈は頑なに守った
おかげで直哉は紗理奈の陣痛が始まってから、10時間も分娩室の前でやきもきした
立ち合いにはネネ婆さんが来てくれていたから、心の中で安心はしていたものの
何度か分娩室から紗理奈の叫び声が聞こえた時は、いてもたってもいられず、壁に頭を打ち付けて「落ち着け」と北斗に羽交い絞めにされ止められた
錯乱してもしかしたら北斗を1~2度殴ったかもしれない、なぜならその後北斗は暫く口をきいてくれなかった
そしてすっかり自分が出産したかのように、意気消沈した頃、呼ばれて母子同伴室に入って行くと
紗理奈がベッドで上体を起こして赤ん坊を抱き、腕の中の我が子に満足そうに微笑みかけていた
その光景があまりにも眩しくて、直哉の号泣は止まらなかった
三つ編みにした髪を片方に垂らし、至福の喜びにあふれた紗理奈が美しすぎて、誇らしくて胸が震えた
これ以上もう感動しないだろうと思っていたのに、紗理奈から小さな赤ん坊を受け取った時に、もうひと波感動は直哉を包んだ
そして素晴らしき妻と娘と共に生きられることを、神に感謝した
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