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テラーノベルの小説コンテスト 第3回テノコン 2024年7月1日〜9月30日まで
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 黒に近い灰色の雲で覆われた空の下、俺は独り人混みに紛れていた。スマホと家の鍵と少しの現金だけ持って、どこに向かうでもなく歩いていた。

 1ヶ月ほど前、アイツが俺の前から去ってからポッカリと穴が空いたようになって、何も手につかなくなっていた。家にいるとアイツの欠片があちこちに落ちていて、涙が止まらなくなるから。家にいることも出来なくなった。

「そろそろ、りぃちょの家にいるのも迷惑だよな」

 理由も聞かずに家に置いてくれているりぃちょは、特に嫌な顔をするでもなく俺がすることを見守ってくれていた。きっと、俺が話すのを待ってるんだろう。でも、アイツと俺が付き合ってたことを話してないから…説明が難しい。

「はぁ…何やってんだろ」

 やらなきゃならない事はある。編集も配信も 待ってくれてるリスナーがいる。ちょっと休むねってポストしたら、心配してくれて待っててくれてるリスナーがいる。応えたいのに、応えられない自分に嫌気がさしていた。

「こんなことなら、愛なんて信じなきゃ良かった」

 アイツと同じタバコの匂いを感じると胸が苦しくなる。抱きしめて欲しくて、あの細くて綺麗な指で頬に触れて欲しくてたまらなくなる。アイツが離れるように促したのは俺なのに…。俺の方が未練タラタラだった。

「アイツはきっと…もう他の女抱いてるんだろうな」

 元々遊んでたアイツは、呼べばいくらでも相手が来てくれるから、相手には困らないからきっと俺の事なんて忘れてる。俺だけが本気だったのかと思うと悔しいけれど、仕方ない。俺がそう仕向けた…。

 ポツンと、頬に雨が1粒落ちてきた。空を見上げると、一気に雨粒が落ちてきて、全身を冷たく包み込んでいった。

「はぁ…もう少し歩いたら、りぃちょのところへ帰るか…」

 俺は濡れるのも厭わずに街の中を進んだ。いっそこの雨で、心の中にあるドロドロとした感情が全て流されていけばいいのに…。この喪失感や未練なんか全部なくなればいいのに…。

「……キ…」

「ん?」

 聞き覚えのある声が、聞こえた気がして立ち止まった。でも、耳元には激しい雨音が響いていて周りの音をかき消していた。

「ニ……キ…」

「え?…」

 俺は声の方向へ顔を向けた。すると、会いたくてでも会えなくて苦しかったアイツが傘をさして走ってきていた。咄嗟に逃げようとした俺の腕を、いつの間にやら追いついていたアイツの手が掴んできた。

「お前、何してるんや。そもそもどこにおったんや」

「んー歩いてた…」

「くっそ…とりあえずうちこい。冷えてるやないか」

 なぜか悔しそうな泣きそうな顔で俺を睨む彼に、俺は大人しく従った。久しく体温を失ったように冷えきっていた身体が、彼に掴まれたところからじわじわと体温を取り戻した気がしたから…。

 もう少し彼といたかったから…。

「お前、とりあえず風呂入れ」

「えー拭けば良くない?」

「…無理やり入れられたいんか?」

「はは…わかったよ…」

 睨むように言われて、俺は素直に従った。指先まで冷えきっている身体には、シャワーの温度すら熱すぎて、それに慣れるまで目をつぶって頭から全身を滑り落ちる温かな雫の感覚を感じていた。

「そろそろ…出るか」

 一通り身体を清め終えると、ゆっくりと風呂場から出ることにした。するとそこには、綺麗に畳まれたタオルと、俺が置いていった部屋着が揃えておいてあった。

「捨ててなかったんだ…」

 少しだけ嬉しくなって、それからまた切なくなった。彼の部屋の匂いのするそれらが、胸を締め付ける。もうここは俺のいていい場所じゃないから。

「風呂、ありがと」

「ん…こっち来い」

 タオルで頭を拭きながら部屋に行くと、自分の前に座るように促された。素直にそれに従って彼の足元に座ると、ドライヤーを使って髪の毛を乾かし始めてくれた。

「クスクス。懐かしいねこれ」

「せなや…前はよくやってたからな」

「ふふ。今の彼女にもしてあげてるの?」

 俺がそう聞くと、彼は黙ってしまった。あーやはり言いたくないんだな。それはそうだよね。元彼に今の恋人の話なんてしないか…。俺は自分の頭に浮かんだ言葉で、ふたたひ闇の中へ沈み込むような感覚になっていた。

「よし。乾いたで」

「ありがと!」

「……おらんよ…」

「ん?」

「恋人なんておらん…」

 小さい声で呟くように言う彼に、俺は少し驚いた。何故だか泣きそうな顔をして俺を見つめていたから。何がそんな顔にさせているのか分からないけれど、彼はなにか辛そうだった。

「お前は?今はどこの男に抱かれてるん?」

「抱かれたりなんかしてないよww」

「でも、男のとこにおるんやろ?」

「なんでそう思うの?」

「服…男物の香水の匂いしてたから…」

「あぁ…」

 そういえば、りぃちょはよく香水をつけている。それが移り香みたいにして僕についていたらしい。

「そっか、アイツ香水つけてるもんねぇ…」

「っ……やっぱりお前は…」

「ん?なに?」

 彼が何に憤ってるのか分からず首をかしげると、ドンッと押され床に押し倒された。

「え?どうしたの?」

「他に男ができたから俺が離れるようにしたんか?」

「え?違うよ?」

「じゃあ何でや。俺はお前を愛しとんのに…」

「え?…なんて?」

 彼の真意が掴めず混乱している俺を、彼は上から見下ろすようにして見つめていた。

「なんで俺から離れた…」

「…ほかの女と比べてきてたから…」

「は?」

「やっぱり女がいいのかなって…俺なんかより…」

「そんなん…あるわけないやろ」

「どうだか…」

 俺が顔を逸らすと、顎に手をかけられ無理やり彼の方を振り向かされた。その目には余裕などなく、今すぐにでも齧りつかれそうな熱がこもっていた。彼がなぜそんな顔をしているのか分からず、混乱していると、彼の顔が近づいてきて懐かしい苦味が口の中に広がった。タバコの匂いと苦味が、彼とのキスを思い出させる。

「んぁ…んん…」

「んっ…愛してる…お前だけや…」

「え?…なんて?」

「頼むから戻ってきてくれ…お前なしじゃおかしくなる…」

 懇願するような声で囁いてくる彼に、俺は目を丸くした。喪失感に苛まされていたのは俺だけだと思っていたのに…。そんな顔されたら、俺は抗えないのに…。

「……おれ…も……愛してる…」

「もう離せへんからな…」

「うん…うん…俺も……」

 俺はきっと彼から逃げられない。彼が離れていってもきっと彼に囚われたままなんだろう。でもそれもいいのかもしれない。彼の隣はいつまでも俺であって欲しい。

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