テラーノベル
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私の体の奥には、ずっと前から小さな異物が潜んでいる。
それは、ある日突然やって来たわけではなく、気づかぬうちに根を張り、気づいた時にはもう取り除けないほど深く食い込んでいた。
医者は、やわらかい声で「ゆっくり進行していくものです」と言った。
その言葉の「ゆっくり」が、どれほどの時間を意味するのか、私は聞き返さなかった。知ってしまえば、その数字に追われるように生きる気がしたからだ。
私は、自分が病気であることを、家族や数人の親しい友人にしか話していない。
彼らは皆、同じ顔をする――同情と恐怖と、どう声をかければいいか迷うような表情。私はその顔を見たくなくて、必要最低限の人にしか伝えなかった。
正直に言うと、私はこの病気に名前をつけてしまったら、それが本当に私のすべてを支配してしまう気がする。
だから、私は病名を心の中で呼ばない。
呼ばなければ、少しは軽くなる。そんな子どもじみた願掛けを、私は信じている。
毎朝、目覚まし時計が鳴る。
カーテンの隙間から射し込む光が、私の顔を照らす。
その瞬間、私は無意識に胸に手を当てる――まだ、鼓動はある。まだ、生きている。
それを確認してから、ゆっくり体を起こすのが習慣になった。
朝のコーヒーの香りが、キッチンから漂ってくる。
私は深く息を吸い込む。その香りは、今の私にとって一種の儀式だ。
「今日も生きている」と思う瞬間に、私はほんの少しだけ、自分が普通の人間に戻れる。
病気と共に生きるというのは、思った以上に日常的だ。
毎日薬を飲み、定期的に病院に通い、時折訪れる強い痛みや倦怠感に抗いながら生活を続ける。
「慣れる」というのは恐ろしいことで、これが私の当たり前になってしまった。
発症を知った頃、私はひどく泣いた。
夜、部屋の明かりを落とし、布団に潜り込み、声を押し殺して泣いた。
泣き疲れて眠り、朝になると「もう大丈夫」と笑顔をつくる。それを何度も繰り返した。
そのうち、泣くことにも疲れて、代わりに考えるようになった。
「どうせ終わりがあるなら、最後まで何かをしていたい」
そんなふうに、思うようになった。
でも、その「何か」が見つからなかった。
病気を理由にやめてしまったことの方が多かったからだ。
学生時代に夢中になっていたことも、就職してから目指していたことも、いつの間にか手放していた。
気づけば、病気を理由にする自分を、私はいちばん嫌っていた。
先日、病院の帰りに、小さな公園のベンチに腰を下ろした。
そこには、初めて見る老夫婦が座っていた。
手をつないで、静かに夕焼けを眺めている。言葉を交わさなくても、互いがそこにいるだけで安心できる――そんな空気が二人から滲み出ていた。
私は、ふと考えた。
「私がたとえ、この世にいなくなっても、誰かの中に私の存在が残るだろうか」
それは形ではなく、記憶の中の温度のようなものだ。
コーヒーの香りを嗅いだ時に私を思い出すとか、冬の朝に白い息を見て私の笑顔を思い出すとか。
そんなふうに、ほんの少しでも誰かの中に残れたら、それは幸せだと思った。
私は病気を治せない。
それでも、私の生き方は選べる。
絶望も希望も、どちらも抱えたまま進むことはできる。
この体がどれだけもつかはわからない。
でも、いつか終わりが来るその瞬間まで、私は私として、何かを残したい。
それが夢になるのか、ただの日記になるのかは、まだわからない。
ただ、今の私はもう、泣き疲れて眠る日々からは抜け出した。
「どうせ終わるのなら、終わるその時まで、生きてみたい」
そう思えるようになったことが、私の中では小さな革命だった。
帰宅して、机の上のノートを開いた。
そこには、数日前に書いた一行がある。
――私がたとえこの世にいなくても、私の言葉は、ここに残る。
その言葉を見つめながら、私は新しいページを開き、ペンを走らせた。
まだ形にならない夢を、少しずつ書き出していく。
「何をしたいのか」ではなく、「どう生きたいのか」を。
夜が更けて、窓の外の街灯が淡く光る。
私は深く息を吸い、ゆっくり吐き出した。
明日は今日より少しでも前に進めるだろうか。
わからないけれど、進みたいと思えるだけで、今は十分だ。
あの日、机に広げたノートは、まだ書きかけのままだ。
数ページにわたって走り書きの言葉が並んでいる。
「人に何かを残す」「見えない誰かの背中を押す」「言葉を置いていく」
これらは全部、ぼんやりとした願望で、具体的な形になっていない。
でも、不思議と焦りはなかった。
私はもう、病気と競争をするのをやめたからだ。
限られた時間に詰め込むように生きると、息が詰まる。
だから、できることを、できるだけ、ゆっくりと――それが今の私の生き方だ。
病院の定期検診の帰り道、私は小さな本屋に立ち寄った。
平日の昼下がりで、人影は少ない。
棚を眺めていると、一冊のエッセイ集が目にとまった。
表紙には、ごくシンプルなタイトルが白抜きで印刷されている。
その著者は、重い病気を抱えながら日々のことを綴り続け、最期まで原稿を書き上げた人だと紹介されていた。
私は立ち読みのつもりでページをめくった。
最初の一文に、心を掴まれた。
――私が書くのは、私が生きている証拠だ。
たった一行で、胸の奥が熱くなった。
私は本を閉じずにレジに持って行き、そのまま帰り道にあるカフェに入った。
ページをめくりながら、私はコーヒーを飲んだ。
その香りと文字が、私の中の何かを確かに動かしていた。
家に帰ると、すぐに机に向かった。
ノートではなく、パソコンを立ち上げる。
キーボードを打つ音が部屋に響く。
「今日は病院で、血液検査をした。結果は悪くなっていた。でも、空は晴れていた。」
そんな短い日記から始めた。
最初はぎこちなかったけれど、少しずつ言葉が流れ出す。
気づけば、夜になっていた。
画面には、今日の出来事と、それに紐づいた私の感情が、ほつれた糸のように連なっている。
書くことで、自分が何を感じているのかが、はじめて鮮明になった。
悲しいときも、嬉しいときも、体の痛みが強いときも、私はそれを言葉に変えることができる。
「残す」という夢の形が、少しだけ見えてきた。
書いた文章は、はじめは誰にも見せなかった。
病気のことを知らない人が読んだら、ただの暗い日記だと思うかもしれない。
でも、ある夜、友人から届いた「元気にしてる?」という短いメッセージをきっかけに、私は勇気を出した。
数行だけ抜き出して送ってみたのだ。
「今日は夕焼けがきれいだった。
きっと、同じ空を見た人が、どこかで少しだけ笑顔になっている。」
返事はすぐに来た。
「これ、もっと読みたい。あなたの言葉、すごく好き。」
私はスマホを握ったまま、しばらく動けなかった。
たった一人でも、この言葉を受け取ってくれる人がいる。
それは、私が望んでいた「誰かの中に残る」という夢の、小さな実現だった。
それから、文章をインターネットに投稿するようになった。
名前は出さない。顔も出さない。
ただ、日々の中で見つけたことや感じたことを、素直に書き続けた。
読んでくれる人は、最初は数人だった。
でも、その数は少しずつ増えていった。
「この文章で救われました」
「同じような状況だけど、あなたの言葉で前を向けそうです」
そんなコメントをもらうたび、私は胸の奥で静かに何かが灯るのを感じた。
私の体は弱っていくかもしれない。
でも、私の言葉は、私がいなくなっても残る。
それは、何よりも確かな希望だった。
もちろん、不安が消えるわけではない。
検査結果が悪化すれば、怖くて眠れない夜もある。
ふいに、明日が来ないかもしれないという感覚に襲われることもある。
けれど、そんな夜にも、私は机に向かう。
「怖い」という気持ちを隠さず書く。
それを読み返すと、不思議と少しだけ落ち着く。
書くことは、私にとって呼吸のようなものになっていた。
最近、私は新しい目標を立てた。
いつか、一冊の本にまとめること。
それは立派な出版物でなくてもいい。
印刷して、自分の手で製本しただけのもので構わない。
もし可能なら、その本を大切な人たちに渡したい。
「私が生きていた証」を手渡すように。
公園のベンチで夕焼けを眺めるとき、私はあの日の老夫婦を思い出す。
あの人たちのように、そっと寄り添える誰かがそばにいればいいと思うけれど、たとえ一人でも、私は歩いていける。
書くことがある限り、私はまだ生きている。
夜、ノートを閉じてベッドに横たわる。
天井を見つめながら、私は心の中でそっとつぶやく。
――私がたとえこの世にいなくても、
私の言葉は、誰かの中で呼吸を続けてくれますように。
目を閉じると、今日書いた文章の断片が頭の中に浮かぶ。
それはまだ拙く、不完全で、途中のままの物語。
でも、それでいい。
私はこれからも、この物語の続きを書き続けるのだから。
これガチめでネットに投稿してます((
良ければ”自力で”探してください((w
コメント
6件
うえぇえええええええん……… あなたの言葉響くって…………マジで胸熱なんだけど…
いなくならないのが一番いいんだけどね... まぁ...いなくなっても忘れることはないし...?
うわーい!おひさの投稿うう! これからも頑張りやす!!