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父親に抱きしめられた後が大変だった。
巨大な腕は黒い霧になって消えなかったので後片付けとしてバラバラにすることにしたのだ。
万が一、車が来た時のために腕を川沿いまで持っていき『形質変化:刃』によって生み出した糸状の刃で腕をバラバラにする。その間に父親は『神在月かみありづき』――アカネさんに電話をして、状況報告と一緒に後処理をお願いしていた。
その電話を後ろで聞きながら、ニーナちゃんに俺が仙境にいた間に何があったのかを教えてもらった。
仙境の魔力を追ってきて第六階位のモンスターがやってきたこと。
そのモンスターをなんとかみんなで祓ったこと。
祓った後に、突如として巨大な腕が出てきたこと。
「じゃあ、この腕って?」
「分からないわ。急に出てきたの」
ニーナちゃんは肩をすくめると、俺が小さくサイコロ状に切り出した腕を燃やしていく。
燃やしているのはニーナちゃんではない。さっきまで側にいた角の生えた女性……見るからに強そうな妖精を再び呼び出し腕を燃やすための後処理として使っている。
彼女が指先を向けるだけで、腕の肉片に炎が灯って跡形もなく消え去る。
俺は深く息を吐き出す。
さっきの腕はみんなが戦った『第六階位』とかだと思っていたんだがどうやら違ったらしい。だからさっき父親が『隠し』を探す探知魔法を使っていたのか。とはいっても何も引っかかって無いのが、それはそれで気になるところではある。
とはいえ、それ以上は考えたって仕方がないことだ。
俺は意識を切り上げると腕をバラす作業を止めることなく、熱のほてりを感じる隣を見た。
「ねぇ、ニーナちゃん」
「なに?」
「その女の人……誰?」
さっきから気になっていることを聞いたら、ニーナちゃんは「よくぞ聞いてくれた」みたいに誇らしげな顔を浮かべて胸を張った。
「イフリートよ。かっこ良いでしょ」
「……イフリートって、あの? でもあれって、ドラゴンじゃないの?」
俺がイフリートの姿を見たのはニーナちゃんの記憶の中だけだ。
実物を見たことがないので自信を持って頷けないが、確かニーナちゃんのお父さんが呼び出した妖精にそんな名前の妖精がいた気がする。
遊園地を丸ごと火の海に変えてしまうほどの強力な魔法。その具現化。
「えぇ、普・通・は・そうよ。でも、このイフリートは違うの。私・だ・け・の妖精だもの。イツキだって、イツキだけの魔法を持ってるでしょ?」
「えっ。うーん……?」
持ってるのかな。
『朧月』を使うモンスターだっているしな……と、ちょっと頷きづらいところがあるので濁しているとニーナちゃんはその勢いのまま続けた。
「私ね、気がついたの。ずっと怖かったことに」
「モンスターが?」
「ううん。モンスターを、殺・せ・な・い・ことが」
ぽつり、と吐き出したニーナちゃんの内心に俺は心の中で首肯した。
それはそうだろうな、と思う。
モンスターを祓う力がないのに、モンスターに命を狙われる。
それが怖くないはずがない。
「祓魔師になりたいのに、私は弱いのよ。それが、怖かったの。だから強い妖精が必要だったの。どんなモンスターだって殺せるくらい強い妖精が」
きっぱり言い切ったニーナちゃん。
その言葉を考えれば、イフリートの火力にも頷ける。
ただ……1つだけ気になることがある。
俺も、死ぬのが怖くて強くなろうと決意した。
そのために魔法の練習と近接戦の練習を欠かさずやった。
それでも、俺はまだ恐怖を拭えないでいる。
あの時に感じた死ぬ時の怖さが残っていることがある。
だから、気になるのだ。
ニーナちゃんは、その恐怖を乗り越えられたのかと。
「今も怖い?」
「ええ、怖いわ」
ニーナちゃんは、まっすぐ答えた。
自分で聞いておきながら、ニーナちゃんの返答に俺は少しだけ驚いた。
これまでのニーナちゃんだったら、きっとそんなことは言わなかっただろうから。
多分、強がって自分は怖くないと……怖いはずがないと言い切っていただろうから。
けれど、彼女は自分の怖さを認めた。
そのことに驚きつつも、安心した。俺もそうだから。
そんな俺の内心を知るはずのないニーナちゃんは続ける。
「だから、強くなりたいの。イツキみたいに、どんなモンスターも殺せるくらいに」
そういうニーナちゃんの目には少しの躊躇ためらいも、怯おびえも無かった。
ただやるべきことを目標に定めた決意だけがあった。
「ニーナちゃんは……まだ祓魔師になりたいと思う?」
「ええ」
そんな俺の問いかけに、迷うことなく頷いてからニーナちゃんは続けた。
「私は弱いけど……それでも、やっぱり祓魔師エクソシストになりたいの」
そんな決意を聞かされると……思ってしまう。
やっぱりニーナちゃんは凄いな、と。
見習いたいなと、そう思ってしまう。
だから俺も思わず決意を漏らした。
「じゃあ僕も頑張らないとだ」
「なんでイツキが頑張るのよ」
ちょっと細目になったニーナちゃんに小言を言われたが、俺だってうかうかとしていられない。みんなが頑張っているのに俺だけサボるなんてできないし。
そんなやり取りをしながら、俺はすっかりニーナちゃんが元気になっていることに安心した。
魔法が使えず、精神が不安定で、泣いていた女の子はもういない。
ニーナちゃんは、自分の力で心の傷を乗り越えたのだ。
本当にすごいな、と思う反面……俺はポケットに入れたも・の・に意識を向けた。
俺が仙境から戻ってくるなり、手に握っていたものだ。
その正体は薄い桃色で、手のひらですっぽり包めるくらいの桃。
そう、仙境の桃だ。
それがいま、俺のポケットの中に入っている。
なんで持っているのかといえば、仙境から出るときに乙津紀光おづののりみつが俺に何かを渡そうとしてたから……なんだろう。多分。
普通に渡してくれれば良いと思うんだが。
一口食べるだけであらゆる傷を治し、二口食べれば不老不死になると言われた果物だが……これ二口目がいけるほど大きくない。小ぶりだから一口でパクっといけると思う。
だから傷を治すという効果でニーナちゃんの心の傷を治せたらと思ったのだが、すっかり治っているように見えるから仙境の桃が要らない気がしている。
とはいえ、果物である。
早く食べないと腐りそうで怖い。仙境の桃が腐るのかどうかは知らないが。
俺は腕をバラバラにする作業を続けながら、思った。
……これ、どうしようかな。
俺は少しだけ息を吐き出してから、山を見上げた。
さっき俺が仙境から戻ってきた鍛冶場。
そこにいるはずの鍛冶師。
もしかして、あの鍛冶師なら良い使い方を知っているかもしれない。
桃の感触を感じながら、俺はそんなことを考えた。