初めまして。御宿と申します。 カンヒュにハマりました。そこで、(自分のリハビリも兼ねてなのですが)小説を書いてみることにしました…
初投稿になります。よろしくお願いします
⚠️旧国、戦争表現あり
続く…かな?
……あれは、いつのことだっただろうか。もう、あまり覚えていない。何年も昔の話だ、覚えていなくて当然のことではある。が、辛うじて覚えているのは、あの日あの時あの場所に、実の父親が───ソ連が、いたということ。そして、自分と父親が話していたということ。……それが、父親の姿を見る最後になったということ。 ……確か、冬だった。
身を切るような寒さの中、互いに白い息を吐きながら、互いの名を呼び合って、話して、少しだけ笑って……。周りには誰もいなかった。自分と、父親だけだった。なぜなら、呼び出されたのが自分だけだったから。
幼いながらに、違和感を感じていた。それに加えて、微かな、本当に微かな優越感をも。選ばれたのが、弟───ウクライナやベラルーシ、カザフスタンではなく───自分であったこと、ソ連が自分を選んでくれたこと。決して、弟たちを蹴落として父親に好かれようなどという考えや気持ちはこれっぽっちも持ち合わせてはいなかったが、それらがこの上なく嬉しかったのは事実だ。
しかし、そううかうかと喜んでいられないことは、幼心ながらに悟っていた。おそらくこれが、父との最後の別れになるのであろうことは、なんとなく、分かっていた。
ロシアはソ連の顔を見上げ、か細い声で聞いた。
「父さん……もう、行ってしまうの?」
対してソ連は軽く微笑み、
「あぁ」
とだけ返した。
ゆっくりとロシアの前に膝をつく。目線を合わせると、
「もう、俺が必要とされることがない限り、ここには戻ってこないつもりだから」
優しい口調だったが、そう、きっぱりと言い切った。ロシアは軽く顔を歪めた。えも言われぬ感情が胸を締め付けたからだった。自分では父親に悟られまいとしたが、ソ連がそのことを見逃すはずがなかった。
「ロシア───寂しいか?」
右手を伸ばし、幼い、柔らかい頬にそっと触れ、優しく撫でる。ソ連の手が触れた途端、ロシアの顔が今度こそクシャリと歪んだ。目の淵から溢れ出した涙が、見る間に増えてゆく。ぼろぼろと大粒の涙を流すロシアを前に、ソ連は、優しく抱きしめてやることしかできなかった。
もう、ソ連の体は限界だった。分かっていた。もう直ぐ自分がなくなること、子供達の成長をこれ以上見届けられないこと、子供たちと別れなければならないこと。………有り体に言えば、自分は死んで、旧国と呼ばれる存在になるということ。
どうしようもならないことだった。
だから、託そうと、思った。
「ロシア、ロシア……俺は……お前が、お兄ちゃんだから……一番上の、お兄ちゃんだから。お前に、全部、託したいんだ。弟たちのこと、これからのこと、全部、全部……。任せっきりになってしまって、ごめんな……」
ロシアが無言で抱き返してくる。思わず、目尻から涙が流れた。
「お前たちの、近くに……最後までいてやれなくて……本当に……ごめんな……‼︎」
ロシアの小さな体では、彼の腕が自分の体を一周しないほどだった。それでも、こんなにも力強い力で、抱きしめてくる。でも、自分が消える未来は変えられなくて。何も、してやれなくて。だから、ただ、強く、抱きしめ返してやることしかできなかった。
腕の中で、ロシアが声を上げて泣き始めた。
やだ、父さん、行かないで。
僕を置いて、どこにも行かないで。
限界だった。自らも涙を止めることができなくなる。視界が瞬く間にぼやけていく。
望むことは、たったの一つだった。ただ、平和をつくってほしかった。自分が作ることのできなかった、平和を。
もう、何ヶ月も、前。
子供たち全員が揃った夕食時、ソ連は静かに切り出した。
「………仲良くしろよ、お前たち。ずっと仲良く……平和に」
「父さん。平和って、なに?」
年相応にあどけない声を上げたのはロシアだった。ソ連はそんな息子をちらと見、口元を緩めた。
「そうだな……俺が、作れなかったもの、かな」
「父さんが作れなかったもの?」
「あぁ、そうだ。とても、作るのが難しいものなんだ。作っても、すぐ消えてしまう。だから……これまでに、……」
一旦そこで言葉を切ったソ連は、束の間、視線を遠くへ漂わせた。脳裏には旧友の姿が浮かんでいた。赤地に白、その中にある鉤卍。双子の息子を残して死んでいった、今は亡き、旧友。最後は敵だった。彼を死に追いやったのは、他でもない───自分だ。
「………平和を、……作れなかったせいで、俺はこれまでに、あまりにも多くのものを失った。だから、お前たちには」
「……」
「大切なものを無くさないよう、平和を作っていって欲しいんだ」
ロシアはじっと父の顔を見つめ、黙り込んだ。今の言葉を懸命に反芻し、理解しようとしているようだった。その時、末席辺りに座っていたエストニアがぐずり始めた。ソ連が席を立つより早く、ロシアの隣に座っていたウクライナが立ち上がり、まだ幼い彼女の元へと歩き出す。その様子を見て、少しばかり、涙ぐみそうになった。
微かだが、はっきりとした確信が生まれたような気がした。
きっと、この子達なら大丈夫───
(今はまだ分からなくて良い。いつか……いつか、理解してくれたら)
「───お前たちにも、平和の意味がわかる時が来るさ。そうしたら、皆で、平和を作ってくれれば良い。その時をずっと……俺は、待っているから」
この話をしたのが、もう何ヶ月も前であることが、信じられなかった。昨日のことのように鮮明に思い出せる。何を食べたか、どんな会話をしたか、何色の食器を使ったか、誰が何をこぼして、それを片付けるのに誰が手伝ってくれたか。まだ、これから永遠に続くような時間の中。この後は、いつも通り手を繋いで帰途に着けるのではないか……そんな当たり前じみた妄想が頭の中を駆けてゆく。それでも、現実は変わらない。来てしまった別れの時間に、慈悲などあるはずもなく。
……いつの間にか降り出した雪は、いつしか吹雪になっていた。雪混じりの風に混じって、ロシアの泣く声が、細く、遠く、響き続けた。
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