言い忘れてた、🇷🇺主人公。
※二話目(続き)
冷気が頬を撫でていった感触で目が覚めた。「………ぁ」
うっすらと目を開けると、まだ闇のわだかまっている天井が目に入った。まだ太陽は登っていないようで、部屋の中は青く沈んでいる。北方特有の寒さは、布団から出た顔をヒリヒリとなぶっていくようだった。
「……起きなきゃ……」
誰にともなく呟いて、ロシアは身を起こした。しかし、上半身が布団の外に出た途端、あまりの寒さに強制的にまだ熱の残る布団の中へと体が引き摺り込まれそうになる。それを堪えて、ついでに欠伸を噛み殺して、なんとかベッドから滑り出た。
「ん……にぃちゃ……」
微かな声がして布団の中に目をやると、隣で寝ていたウクライナが今まで自分が寝ていた方に寝返りを打っていた。そのせいで毛布がずれかかっている。無言で、ゆっくりと毛布を掛け直してやった。幸い、ウクライナが目覚めることはなかった。
寒さで身体が震えだす。ブル、と一回身を震わせた時、机の上に置かれていたウクライナの花冠が目に付いた。ウクライナが、家の中に飾った花の残りで作ったものだった。いつもは野原で摘んできた花で作るのだが、冬なのでどこにも草花は無く、ソ連が花屋で適当に見繕って買って来てやったのだった。ロシアはそれに近づくと、手に取り、軽く口付けした。弟を起こさぬよう、口の中で囁く。
「……どうか、この持ち主に……神の御加護のあらんことを……」
ふと、ソ連の声が頭の中に響いた気がした。
「……どうかこの持ち主に、神の御加護のあらんことを」
少し前、どこかの花の咲き乱れる草原の中でのことだ。花があれほど綺麗に咲いていたのだから、冬ではなかったことは確かだ。ソ連の姿が脳裏に浮かぶ。いつも通りの赤いマフラーこそしていなかったが、トレードマークのウシャンカを被り、ブラウンの外套を着込んでいた。
その近くで、草原に埋もれるようにして、ウクライナが花冠を作っていた。ロシアは、少し離れたところで、ウクライナとソ連と、かたまりつ離れつしながら遊ぶ兄弟たちをぼんやりと見ていた。
晴れていた。しかし、真夏や真冬のような突き刺す光では無く、柔らかい光が降り注いでいた。
「……、………」
だんだんと瞼が降りてくる。柔らかく心地の良い暖かさに抗えなくなって、ロシアは思わず草の中に寝転んだ。遠くで遊ぶ兄弟たちをぼうっと眺めた後、何とは無しに、父親と、すぐ下の、花冠を夢中で作っている弟に目を移す。ソ連が屈んだのが分かった。微かに、風に乗って声が聞こえてきた。
「綺麗な花冠だなぁ……形も、色も」
「ほんとう!?嬉しい!」
「あぁ……被ってごらん。きっと、ウクライナに似合うよ」
「………どう!?」
「はは、俺の思った通りだ、お前によく似合ってるよ」
「やったあ!!」
ソ連がもう少しだけ屈んだ。ウクライナの頭に乗っている花冠を軽く持ち上げ、キスを落とす。
「……どうかこの持ち主に、神の御加護のあらんことを」
ウクライナが嬉しそうにソ連に抱きついた。ソ連が、その頭を愛おしそうに撫でる。いつしか、そんな光景を見ていた自分も微笑んでいた。しかし、その間にも眠気はどんどん絶頂に近づいて行く。ウクライナがソ連の手を引き、どこかに連れて行こうとした。それを認めた刹那、瞼が完全に落ちた。温かい気持ちのまま、視界が景色とシャットダウンされる。
こんな世界が永遠に続けば良い……いつまでも、このままで。
……どれくらいだっただろうか。
「ロシア……ロシア」
誰かに名前を呼ばれながら体を揺さぶられ、ロシアはまどろみの世界から浮上した。自分をロシアと呼ぶのは、家族の中で一人しかいない。見当をつけ、ゆっくりと目を開ける。
やはりだ。目の前に、父親の優しい顔があった。
「ロシア。帰ろう」
ソ連に抱き起こされ、未だぽやぽやする頭を働かせる。夕日に染まりつつある世界が目に入った。あぁそうか、もう、あんなに太陽が傾いている。帰らなきゃ……ウクと、ベラと、他の兄弟たちと……父さんと、一緒に。
父に差し出された手を取って、立ち上がる。
父さん、帰ろう。僕らの家に。今日の夜ご飯はなに?作るの、手伝うよ。父さん、今日は寝る前に、どんな話をしてくれるの?ねぇ父さん、明日は………
バシン!と頬を思いっきり叩く音が鳴り響いた。痛みが襲う前に、目尻から涙が溢れ出していた。だからこの涙は、決して痛みによるものではない。ギャリ、と音が鳴るほど強く、奥歯を噛み締めていた。
「……いつまで……いつまで……‼︎ いつまでこんなこと考えてりゃ気が済むんだ、お前は……‼︎」
そう呟いた声は、情けないほどに震えていた。涙がボロボロと頬を伝う。思い切り平手打ちしたがために赤くなった右の頬を抑え、ロシアはただ一人、泣いた。
誰もいないリビング。火の気の全くない、冷え切ったリビング。夜明け前の青い光が部屋を満たすばかりで、そこには、あれだけ強く想像した父の姿などどこにも無かった。
「………っ、………‼︎‼︎ 」
泣くな、泣いてはダメだ。僕はお兄ちゃんなんだから。父さんから、弟たちのこと、これからのこと、全て任されたのだから。僕がしっかりしなきゃ。僕がへこたれてたら、誰がウク達のことを守るんだ?誰が父さんの後を継いでいくんだ⁉︎
涙が溢れないよう、ぐっと堪えて上を向いた。ぼやけた、照明さえ点いていないくらい天井が目についた。
泣くな、泣いてはダメだ。分かってるよ。
それでも、やはり。
「………父さん────」
寂しいよ……
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