「──ぅう゛っ!ぁ、だっ……め、だめ、やだっやだこれとめてっ!や、…ッあ゛あ♡ぅ、あ〜〜ッ♡♡やめて、やめ゛ってえっ……!♡♡」「んー、ふふ、やだねー……あーあ、あは、すごいねー動けてないのに、腰だけガックガクさせてる♡あとで痛くなっちゃうよ〜?……てかクリのとこズレる、じっとして」
すでに何度か、イかされていた。ただ的確なだけの事務的な愛撫で慣らされて、バイブを挿入されて。「ここがね、クリ吸ってくれるんだって♡」とあの口みたいな部分を押し付けられて、それからどれくらい経っただろう。中の浅瀬に食い込むような作りになっているせいでどれだけ暴れても抜けないそれを咥えこんだまま、僕は彼の前で一人、自動人形みたいに絶頂し続けている。
あんなに言いたくなかったはずの『やめて』をプライドなく繰り返す僕を、らっだぁは楽しそうに鑑賞していた。時々手を伸ばしてきたかと思えば冷静にバイブの角度を調整して、戯れのようにそれを押し込んだりしては、その度に僕が悶えるのを見てにこにこ笑う。
けれど、その目にも、指にも、単なる性欲や興奮の気配はまったく無い。らっだぁがようやく興奮し始めるのはいつも、僕を散々貶めて優越を感じてからだ。彼は、ただ体を重ねるよりも、僕の自尊心をぐちゃぐちゃに打ち壊して踏み潰す時にこそ、本当に気持ちよさそうな顔をするから。
つまり、まだ足りない。彼が満足するまで、この地獄が終わるまで、まだ──
「……こーら、何考えてんの。まんこ集中してー?」
「っあ!?♡ぅやっ、ア゛ああっ!♡」
ぐりぐりとバイブをひねるように動かされて、ほとんど悲鳴みたいな喘ぎが飛び出す。その瞬間また絶頂していたかもしれないけれど、ずっと頭打ちの快楽が続いているからわからない。
「や゛っそれ、そ、れぇっ、やめてっ……!ぁ゛、う、う゛っ、うう゛ぅ〜〜ッ!♡」
挿入された部分の突起が、入り口近くの……Gスポットというのか、そこにべったりと張り付いて離れないまま振動しているせいで、腰全体が重たく痺れている。クリトリスを覆う口みたいなところはずっとポポポッとかトトトッとか聞きようによっては間抜けな音を出していて、でも敏感なところを震わせて吸い上げる加減には容赦がない。そこを戯れみたいに左右に動かされると、無理やり勃たされた弱点が伸びきって引っ張り回されて、頭の中までぐちゃぐちゃにされるみたいに、……気持ちよかった。
「イ゛っ……ぁめ、やめでっ、……いく、♡イぐっイ゛ッて、るぅっ♡っ、う゛う、んんん゛っ!♡♡」
「……あはは、汚ったない声。簡単にイッちゃうねえ、これそんなすごいの?それともぺんちゃんがザコいだけ?」
いつの間にかぎゅっと目を閉じてしまっていた。拘束されているせいで動けない代わりみたいに後頭部のへんなところに力が入って、その圧迫感をシーツに擦りつけて逃がそうとするけどどうにも上手くいかない。
きもちいい、イく、つらいイきたくないもうやめて──そんなめちゃくちゃでいっぱいの頭の中を、嘲笑うらっだぁの声が引っ掻き回す。問いかけの形をとった罵倒のあと、聞かせるでもなく「かわいい……♡」と呟くのが聞こえてきた瞬間、本当に号泣してしまいそうな気分になった。
彼が僕に言う『可愛い』には、絶対的に馬鹿にしたような響きが混じっている。そしてその言葉のあとには大抵いつも、僕を虐める手がより一層激しくなるのだ。上手く思考できない頭でもそのパターンに思い至って、危機感にばちッと目を見開く。
「ッ嫌、らっだぁお願いやめ、、
ん、ぐ、!?」
ぢか、と瞬いた景色の中、至近距離にまで彼の手が迫っていた。黒いエナメルに飾られたネイルといくつも嵌めたシルバーの指輪。指は細くて綺麗だけれどやっぱり大きな、男の人の手──その手が、身構える間もなく、僕の喉をグッと掴んだ。
前に首を絞められて、本当に殺されると思ったあの時のトラウマが、頭の中にぶちまけられる。反射的に息が詰まったのと同時に、全身がこわばって足先まで軋むほど力が入って……でも逃げられはしないからそれはただナカの玩具を締め付けるだけの結果になってしまって、それが、よくなかった。
「っ……ん゛、んんっ……ぁ、ッイぐっ……、♡っ、っ……!?♡♡」
「……ええ?あはは、……首絞められてイッちゃったの……?マジでー……?」
およそ最悪のタイミングでイッてしまって、ちかちかと視界が弾ける中、らっだぁの苦笑が耳を刺した。
屈辱感と悔しさがカッと耳を熱くして、違うと言い訳したいような気分になるけれど、バイブの振動は当然まだ続いていてそれどころではない。愛液が吸引部に入り込んだのか、ぎゅぷぎゅぷ変な音がしているけれど、刺激は全然弱まらなくて快楽をだらだらと引き延ばす。
もう嫌だと本気で思っているのに、首に触れられて再確認した恐怖のせいか、一応快楽の形をした感覚に縋るみたいに必要以上に気持ちよくなってしまうのだ。強烈な絶頂感から降りられないまま、なりふり構わず泣き叫ぶ。
「い゛、やっ!♡ごぉ、め、ごめんなさいっごめんなさいッ!♡やえ゛、やめて、おねがっ♡ぁあ゛絞めないでえっ!」
気持ちいいのか苦しいのか怖いのかわからない。それでも、せめてこれ以上の責めは許してほしいと声だけで縋りつく。
グラグラ揺れる視界の中、らっだぁがくすくすと笑っている。首に添えられた手が、ぴたぴたと側面をタップして、そして位置を決めたようにほんの少しだけ力を込めた。両耳の下より少し前の、普段意識すらしない太い血管に、親指と人差し指がぴったりとくっつく。
「心配しなくても、そんなには苦しくしないってば。気持ちいいことだけ、優しくするって言ったでしょ?」
どこまでもフラットな口調が怖い。僕はすでに気持ちいいなんか超えていて、本気で苦しがっているのに。さっきから決壊したように大粒の涙がボロボロこぼれていて、鼻水まで垂らして絶対に不細工でみっともない顔をしているのに、それを見下ろすらっだぁは現実味のないくらい美しい顔で、柔く微笑んでいるばかりだ。
首を掴む手に、ゆっくりと力が込められていく。比例するようにして、バイブを咥えた膣内がぎゅうぎゅうと締まっていくのが、何よりも恐ろしかった。
「ぁ゛っ……か、はあ゛っ……、っ、……ん゛っ……」
「ああこら、自分で息止めちゃだめだよー……気道絞めないようにしてあげるからね、ほら……」
穏やかな声色。それはたしかにあの『死んだって別にいい』と思っていそうな絞め方とは違っていた。喉の真ん中は空いているから呼吸はできているのに、苦痛とは違う圧迫感みたいなものが頭の中にみちみちと詰め込まれていくような、慣れない感覚。それが、快感を感知する脳神経と絡まりあっていくみたいで、すべての感覚が一気にぶわっと倍増する。
「……ぺんちゃんって、さあ。こういうの好きなの?ここ……ん、頸動脈のとこ、絞めてって言うの、多いよね。あれなんでなのかなあ……ふふ、これ、好きそうだけど。ねーえ、教えてよ」
『これ』と言いながら、微妙に力加減を変える指は、たしかに人の首を絞めることに慣れきっているようだった。どこをどうすれば苦しめられて、どこを押さえればぼんやりした酩酊だけを与えられるのか。「ああ。ちゃんと意識保っててね。落ちちゃったらつまらないから……」などと囁きながらも、その手は絶妙に意識が遠のかないラインを保って完璧に酸素濃度を管理している。彼は片手の指先しか動かしていないから涼しい顔をしていて、けれど絞められている僕はもちろんたまったものではない。
抜けないまま食い込むバイブを、勝手に高まった膣圧がさらに強く締め上げる。中をちゅぽちゅぽ吸われる甘さが、体内の浅いところを圧迫する振動が、首を絞められて狭くなった意識をぐちゃぐちゃにかき混ぜる。縛られたまま宙に浮いた足が無理やり伸びようとするみたいにびくびく何度も痙攣して、多分その度にイッていた。
「………ぁあ゛っ……♡ぁ、ひ……ィ、ぐっううっ、う゛〜〜ッ………♡♡」
物理的に潰れた悲鳴が、どこか遠い。不自由な体がそれでも跳ねて、レザーのベルトがぎちぎちと締まる。酸素の足りない頭が痛んで、でもそれよりも、頭蓋骨の内側がふくらんでぶつかるみたいな、ガンガンと揺れる感覚の方が大きかった。
あまりにも長く続く絶頂感の中、もはや下半身は人体としての意識を失っていて、熱い快感の塊になったみたいで。もうどうなっているのかもわからない。ただ、涙がひっきりなしに目尻からあふれていく感触だけが、やけにはっきりと神経に響いていた。
「……ふふ……ああ、泣いてる……♡」
笑みをふくんだ独り言とともに、らっだぁの手がふっと離れる。瞬間頭を締め付けていた圧迫感から一気に解放されて、なぜか耳の穴がぱっと広がるような感覚がした。シーツの布が擦れる音、バイブの振動音とそれに震わされてじゅぱじゅぱ鳴る愛液の卑猥な水音、らっだぁの楽しそうな声──そんなものが勢いよく流れ込んできては、馬鹿になった脳内を駆け巡る。
「っ、はあっ……!あ、ぁあ、あ゛っ……」
「んー……あは、可哀想にねー、よしよし……♡」
ぼやけてよく見えない目元を、らっだぁの指がそっと撫でた。涙をすくい、拭い取っていく手つきはいやに丁寧で優しい。そういえば以前にも泣くまで責め立てられたあげく、頬に舌を押し付けられて舐められたことがあったなあ、と、現実逃避のように思考が飛ぶ。
びちゃびちゃに濡れたこめかみや瞼、頬を、まるで愛おしむかのような仕草で触れられて。ふと顔を寄せられたかと思うと、ごく至近距離で、甘やかすような声が「泣かないで」と囁いた。慈悲すら感じられる、この期に及んでまだ縋りたくなってしまうほどに、優しい声だった。
けれど次の瞬間、穏やかな指はもう離れていた。するりと滑り落ちて、また、さっきの──
「……泣いてる方が、可愛いけどね」
──頸動脈に、みしりと指がめり込んだ。さっきよりも強い力に、さっきよりも急激な酸欠。恥ずかしい時みたいにかあっと頬が熱くなって、瞬く間にその熱が後頭部まで広がっていく。それがあまりにも熱いせいで、いまだに責め立てられて勝手にびくびくしている下半身の快感が、どこか冷たく鋭いものに変質していくみたいだった。
「……あ゛っ、ぁ、──あ゛!っは、ア゛、っが……っ、〜〜っ……♡」
「……あー……♡あはは、イッてる……?イッちゃうね、気持ちよくなっちゃうね〜……♡ああ、可愛い……壊れかけてるぺんちゃんって、ほんと、かわいい……♡♡」
うわごとみたいにぽやぽやした声が落ちてくるのを無視して、刺々しい絶頂を逃がすために思い切り絶叫したのに、耳に届いたのは自分の声というより音に近くて、信じられない気持ちになる。
顎を振って逃れたいのに、バカみたいな強い力で固定された首は1ミリも動かせないし、前のめりにのしかかられているせいで痙攣すら満足にできない。
脳の細胞が、快楽神経だけを残して一つずつ潰れていくみたいだった。きいんと嫌な耳鳴りがして恐ろしくて、でも拒否すら叫べないから、逃がし方すらわからない快感にただ、のまれていく。
絶頂の収縮を繰り返しすぎて、下腹部が痺れて重いのすら気持ちいい。ぎゅうっと中が締まって、柔らかい内壁に機械の硬さがぐっと沈み込み、吸引口の中で舐めしゃぶられているものがびりびり痺れる。──だめ、と思った瞬間、とっくに限界を超えていたはずの絶頂感が爆発して、足の付け根ごと腰がギクンッと跳ね上がっていた。
「ッ、あ゛あぁッ!♡っは、ぃ゛ぎっ、♡ん゛♡んぅ゛っ、ん゛んん〜〜っ!♡♡っ、………っ!♡〜〜〜……っ♡」
力の入りすぎた腰が、一瞬浮き上がってからシーツにお尻を叩きつける。膣というより内臓にほど近いお腹の方が思い切り縮み上がって、一瞬狭くなりすぎたそこから、ぢゅぽおっと信じられないくらい卑猥で間抜けな音を立ててバイブが飛び出した。ずっと圧迫されていた尿道がぐぱっとゆるんで、あっと思うよりも早くビシャッと粘度の低い水音が飛び散る。
「ぅあ゛あっ!?♡♡ぁ、♡え、っや、ああっ……!」
「っ、んっ?あ、あはは、ええ?うわ、ほんとに?あーあー、……出ちゃってる〜……♡♡」
信じられない。信じたくない。そう思うのに、漏らすみたいな感覚と、びしゃ、ぷしゃっと聞きたくもない音が止まらない。最低限だいじに抱え込んでいた尊厳が全部出ていくような恥辱と、単純な身体反応としてのたまらない解放感にのたうちまわる。もう何も入ってないのに、何度も繰り返した絶頂の余韻と、耐え難い自己嫌悪を覆う最悪の快楽の味は破壊的に濃厚で、がくがくと無様に腰を振るのが終わらない。
らっだぁは、そのすべてをじっと見ていた。ゆっくりと手を離して、僕の狂乱の責任なんか取る気もないと言わんばかりの佇まいで、ただ、楽しそうに。その顔は凍りついたように綺麗なままで、でもその時、こめかみから一筋だけ、ぽたっと汗が滴った。
──ああきっと、興奮している。本能的にそう直感しつつ、鎖骨のあたりに垂れたそれが、じっとりと湿った僕の汗と混じっていくのをぼんやり見やる。拘束された体はぶるぶる震えるので忙しいし、口は荒い息を吐き出すことしかできないから、せめて心の中で──ひどい、ひどい、最低、とわめきながら。
「……ふふっ。ぜんぶ、出せた?」
硬直がようやく少し落ち着いて、びちゃびちゃのマットレスに体重を預けて沈みこんだタイミングを見計らうように、そんな声がかかった。視界の端の方で、らっだぁが、こてんと首を傾げる。
「てか今の、潮?おしっこ?あはは、まあどっちでもいいか。ああ、お布団汚しちゃったね。ね、明日何時起きだっけ?このあと寝れそう?ま、どうだっていいけど……」
返事するのも億劫で、ただそっと目を逸らす。らっだぁだってきっと、僕の返事なんか最初から期待していない。案の定、今も彼は時折含み笑いをこぼしながら、一人で何かを呟き続けている。
彼はいつもこうだ。僕の言葉も気持ちもまるで無視して、今日のようにことを進めてしまう。その思惑通りに傷つけられながらも、けれど今は、その様子にほんの少しだけ安心もしていた。
だってきっと、もう終わる。ここまでひどい姿を晒したのだから、もう許してもらえるはず……なんて、卑屈で打算的な安心感にぼんやりと浸る。
──……許すも、何も。そもそもこんな目に遭わされる理由すらないのに、ということはすっかり忘れていた。理由すらないのにこんなことを始めたらっだぁが、そんな甘い相手じゃないということも。
「──それじゃこれ、もっかい挿れるよー」
瞼を閉じかけていた薄闇の中で、そんな声が聞こえて。開かされた足の間にシリコンが触れてぶちゅりと音がして、その瞬間弛緩しきっていたはずの体が跳ね上がった。
「は、……えっ?な、なんで……」
「え?なんでって、何が。俺、やめるなんて一言も言ってないよ」
震える口をついて飛び出した疑問符に返ってきたのは、そんな無情な言葉だった。らっだぁはこわいほど綺麗な真顔で僕を見つめていて、いつのまにか持ち直した真っ赤なバイブの狙いを定めている。開きっぱなしの膣口が未だにじんじんと熱を持って疼いているせいか、そこに触れるシリコンの感触がきっと実際以上に硬く冷えていて、まるでナイフでも突きつけられているような心地だった。
「っい、や、嫌っ……もうやだ、お願い、もうやめて、らっだぁっ……!」
「えー……?嫌って、言われてもなあ……」
バイブを突っ込まれていたのは、きっと大した時間ではなかったのだろう。それでもその短時間で、決して刺激の緩まない機械で絶頂させられ続ける経験は、僕に立派なトラウマを植え付けていた。
僕はほとんど命乞いみたいな気分で頼んでいるのに、らっだぁは迷惑そうとすら言える冷たい表情を浮かべている。なんでそんな顔できるのと思いながらも、せめてもの意思表示を叫ぼうと息を吸った時だった。
「……んー……ね。見て、……ここ……」
ここ、と言いながら、らっだぁがゆっくりと体を起こした。場違いにも、ほんの少しだけ恥ずかしそうな表情さえ浮かべて、妙に蠱惑的な仕草で腰を反らせる。
「……勃ってるの、わかるでしょ。さっきからね、ん……すごくて。ぺんちゃんが感じてるの見てるだけで、何回も、俺、イきそうだった……」
高そうなスラックスの前が膨らんでいるのを、シルバーのリングを嵌めた指が、すり、と撫でた。
突然何を言い出すのかと、目を見張る。骨ばった指の動きも、「ん、」とほんの少しこぼれた声も、わずかに眉をひそめて僕を見やる表情も、そのすべてがあまりに淫猥で、心臓が嫌なふうに跳ねた。
「……だから、ね」
甘えるような響きすらふくんだ声がふと、一段落ちる。どう考えても悪意としか取れないような、嘲笑を滲ませて。
「……ぺんちゃんが無様にイきまくってんの見てるだけで、俺、めちゃくちゃ気持ちよかった。なんにも触らなくても出ちゃいそうなくらいさあ……でもそしたら、……疲れないから。いつまででも、遊んであげられるね?」
ぐっとその膝が、シーツに沈む。硬いシリコンを押し付けて、限界まで顔を寄せて、甘い声が囁いた。
「……ま、ぺんちゃんがどうなっちゃうかは……知らないけどさ」
──瞬間、目尻から、ぼろっと新たな涙がこぼれ落ちたのを感じた。
これは脅しだ。明確な。『見てるだけで気持ちよかった』『疲れないから、いつまででも』──俺が疲れて飽きるまで、あの生き地獄のようなトラウマを再演させる、という。それは僕がどうなろうが、たとえどれだけよがっても、苦しんでも、壊れても、終わらないという──。
「よかったねえ。いっぱい、気持ちよくしてもらえて」
その一言が、とどめだった。
「──っ……ぁ……っ」
「……ん?何?」
ぐうっと喉が内から締め付けられて、か細い悲鳴のような泣き声が漏れた。小さなそれさえも聞き逃すまいとでもいうように、らっだぁが身を乗り出す。息の触れるような至近距離まで迫ったまつげの合間で、どろどろと暗いくせに異様なほどギラつく目が濡れていた。
いや、と言いかけて、言えなかった。そうだ、だってそんなことは今までに散々言った。嫌もやめても、ごめんなさいも。そんな拒否が通じないことくらい、他ならない僕の身体が一番よく知っている。
くちびるはもう震えていなかった。それどころではないというように、顎先に変な力が入って、そのせいで首筋まで痺れるように痛んでいた。
「……ぁ、……それ、……いれて……」
恥じらいを感じる余裕なんて、なかった。ただあのおもちゃを使われたくない一心だった。
犯して、疲れて、終わってほしい。嬲り殺しにされるくらいなら、もういっそのこと頭からがぶりと喰われたい──生き延びることを諦めた獲物のような、卑屈なおねだりを必死に喉から絞り出す。
心の大事な、やわいところを自分から差し出すような、ひどい気分だった。それでもまたあのおもちゃでいつまでも弄ばれるよりはよっぽどマシだと、自分を叱咤して性行為に同意する。でもまさか、
「いれて、は、はやく……おねが、」
「え?俺、セックスしたい訳じゃないって言ったじゃん。忘れちゃったの?」
──まさかそれすら、受け取ってもらえないなんて思わなかった。
ひぐっ、と喉が変な音を立てた。耳の奥が詰まったように一瞬すべてが遠ざかって、代わりのように、また──あの時の。初めての時の、らっだぁの声が再生される。
セックスじゃなくてレイプだと言ったあとの、あれ。『ぺんちゃんとセックスなんかしたい訳じゃないんだよ。したい訳ないじゃん、君となんか』『ぺんちゃんのこと、ただブッ壊してやりたいだけなの』という、あの言葉。
ああそうだった、と、妙に納得するような思いがすとんと胸に落ちる。
抱きたいんじゃないと言われたのは今日だけじゃない。らっだぁはずっとそう言っていた。
だから、僕が嫌がれば嫌がるほど、苦しんで壊れるほど、彼は喜ぶ。その言葉の意味を今更すぎるほど今更理解して、だったらもう──今この瞬間だけでも、壊れてみせるしか残されていなかった。
「──……じゃあ、じゃあっ……つ、つかって、使って……!」
叫ぶ。不自由な体を無理やり動かして、ガチャガチャと鎖が鳴るのにも構わずに限界まで足を開いて腰を浮かせる。晒された穴を、差し出すように。
「せ、セックスじゃなくて……、ここ、ぅ、…使ってください……っ!♡オナホ、だからっ!ぼくのこと、らっだぁの、オナホにしてくださいっ……!♡♡」
意図的に喉を締めて、高く媚びた声の懇願を絞り出す。らっだぁからは何度も言われた言葉だけれど、自分で言うのは初めてだった。たった三文字の、三文字で、人権をぜんぶ投げ打つような気持ちになれるその言葉を吐き出すたびに、口角が笑うように引き攣った。
無様に笑う僕を、らっだぁがどう見ているのか知りたくて、でも怖くて。それでも見上げずにはいられなくて、涙で霞んだ視界で振り仰いで。そしてやっぱり、見たことを後悔した。
「──ああ、あは……」
らっだぁもまた、笑っていた。でもその笑顔は、見慣れた嘲笑でも、歪んだ愉悦でもなくて──ほんのりと柔らかく上気した、まるで世界一愛しい恋人でも見るみたいな表情だった。
カチャリ、と金属音が鳴る。拘束具の鎖の音ではなかった。らっだぁが衣服をくつろげる時の、ベルトを外す時のあの音。何度も恐怖させられたはずのその音に、ああよかったその気になってくれたんだと今だけは安心する。バイブはすでに興味を失ったように投げ捨てられていて、らっだぁの目だけがこちらを向いていた。
いつのまに用意したのか、異常なほどスマートに手早くゴムを装着したらっだぁが、ゆっくりと覆いかぶさってくる。伸びてきた腕が、一度シーツに手をついてから、思い直したように僕の頭をそっと撫でた。
「……そんなに使われたかったんだ?ああそっか、ごめんね、気づかなくて。でもちゃーんと自分からおねだりできたねー、偉いね、よしよし……♡ご褒美に、ちゃんとゴムつけてあげたからね。して欲しがってたもんねー……」
何もかもわかってるみたいな支配者の声色。同級生で同い年のくせに、幼い子供相手に話しかけるようなわざとらしい甘さ。
馬鹿にされているとわかっていても、いじめられてぐちゃぐちゃになってしまった心はそれを幼稚な喜びとして受け取ってしまう。そのせいで、媚びるような笑みの形に固まってしまったまま戻らない唇を、黒いネイルがそっとなぞった。皮膚とも粘膜ともつかないそこがぞわりと震えた瞬間、ふと、らっだぁが目を閉じる。
あ、と思う暇もなく、唇が重なっていた。食むのでも、吸いつくのでもない、ただ押し付けるだけの、技巧も何も無い子供じみて不器用なキス。鼻が少しぶつかって、「んむ…」と不満そうな声をくぐもらせてから、柔らかい感触をもう一度ぎゅっと重ねなおす。
似合わないほど下手くそなキスだった。そう思って、ああ、と思い出す。前にもこうして、何を思ったか突然唇を押し付けてきたことがあったけれど──彼はそれがファーストキスだと、言っていた。
「……おれ、ねえ……」
唇が離れた隙間で、小さな声がぼんやりと囁く。それに重なるように、ぐちゅりと足の間で粘ついた音がした。薄膜に包まれながらもなお熱いそれが、肉の合間を割り開く。
「……再会する、前。ずっとお前で、抜いてたよ。泣かせるのとか……こうやって犯すのとか、いじめるのとか、想像して。……はは、ウケるでしょ、気持ち悪いでしょ……?」
こしょこしょと、内緒話みたいに囁くその声が、少しずつ吐息を孕んで荒れていく。同時にどんどんくい込んでくる性器が、ついにぷちゅっと音を立てて、嵌り込んだ。
「っ、…ひどいことしたらどんな顔するかなって、思ってた……。おれ、を、っこわがる顔が、みたかったの、ずっと……」
ぐち、ぐちっと淫らな音を立てて、入り込んでくる。機械の振動で散々炙られていた肉襞が、歓迎するようにまとわりついていくのを感じて、びくびくと背筋がふるえた。
「……っ、あ……♡ぁ、あ……♡♡はあ、……♡」
開きっぱなしで閉じられない口から、馬鹿みたいな喘ぎ声が勝手に出ていく。いまだ至近距離にあるらっだぁの顔に息がかかって恥ずかしいのに、止められない。膣内を少しずつ押し広げられ、侵されていく圧迫感と、骨盤まで重く痺れるような感覚があまりに甘くて、手が自由だったら絶対にらっだぁに縋りついてしまっていただろうと思うほど、きもちよかった。
「ふ、」とらっだぁが吐息を漏らす。笑ったのかもしれないけど、顔が近すぎてわからなかった。
「……けどね」と言いながら、僕の頭を撫でていた手が離れて肌の上を滑っていく。熱い手と、指輪のかすかに冷たい金属の感触が通った場所すべてが、ぞわぞわと震えたまま治らない。その手が腰の上をゆるく掴んだ瞬間、お腹の奥が、きゅううっと強く縮み上がった。
「……想像してた、より。ほんものの方が、ずうっと、…かわいいっ……♡」
「っ、あっ…、!?♡あ、…あ〜〜っ……っ♡♡」
気づいた時には、目の前がまっしろになっていた。
ほんの一瞬前に、とちゅんと押し上げられてしまった口が、穏やかな圧で、なのにぺったんこに押し潰されている。お腹の奥から熱がざわざわと広がって、感覚を失いかけていたはずの爪先でぱちっと弾けた。宙に浮いた足が突っ張ってガチッと鎖を鳴らして、──その時には既に、深すぎる絶頂感覚に放り投げられてしまっていた。
「、ッ……!♡は、あははっ……♡♡あーやば、すっごいねえっ……♡オナホ自称するだけあんじゃん、ふふ、ん、締まるっ……♡」
「あ、や……、っ?♡う、動っかない、で、まって、まってっ……!♡♡」
「は、ああ?えー、っ?やだ、きもちいもん♡てか、あは、待つわけないじゃん、ねーえっ……」
抜けられない絶頂を、ゆっくりと擦りつけるようにして引き延ばされる。らっだぁの動きは、彼にしては珍しく穏やかなものなのに、僕を襲う快感は充分に致死量だった。何度も機械にイかされたあとの膣内は敏感になりすぎていて、とはいえ──というか、しかも──刺激の種類としてはただ一定の箇所で振動していただけだったから、ずりずりと擦られ、段差であちこちを圧迫するようなやり方にはめっぽう弱くなっている。バイブのめり込んでいたGスポットをぐっと押し込まれると、それだけで情けない声がとろとろと溢れ出た。
「は、ぁ……っ♡ん、ぅぅ〜〜っ……♡♡ぅ、んん、んう゛うっ……♡」
「っ、んー?ね、なんで、声我慢してんの、?声聞かせてよ、ほら……」
「あ、ぅあっ……!?♡♡ぅ、ぐり、ぐぃっ、やめ、ぇっ……♡」
なんだかんだで、バイブは奥まで届いていなかったから、あれだけ絶頂を繰り返したにも関わらず、底の口周りは焦らされたまま、ぐちゅぐちゅに愛液で満たされていて。だからそこに優しく嵌め込まれたままぐりゅぐりゅと掻き回すように重たく圧迫されると、本当に誇張抜きで死ぬほど気持ちよくて、呂律の回らないまま懇願してしまう。
性処理道具だというのなら、もっと乱暴にしてほしかった。ごんごんとお腹の奥を殴られるのだってもちろんつらいけれど、こんな風に、逃げ場のない甘苦を詰め込まれるのは、感覚の逃がし方がわからなくて怖い。ただでさえ拘束されたままなのに、快楽に漬け込まれて油断した体が勝手に弛緩してしまうせいで、上手く力を入れて身構えることもできず愚直に全てを受け止めてしまう。軽くイッたような感覚がなんども弾けて、溜まって、大きな絶頂になってはお腹をびくびく震わせて…その収縮さえ気持ちよくて。これ以上おかしくなりたくないと、必死に唇を噛み締める。
「やぇ゛っ……ん゛、んぅっ……♡ふ、♡ぐ、ぅんん……♡」
「はー……も、声我慢しないでってば、……全然言うこと聞けてないじゃん、もー……ま、今日は優しくするって言ったから、いいけど、……」
優しくなんか、全然ない。ただゆっくりなだけで、責め立てる刺激の強さはいつもと何も変わらない。
未だに解かれていない拘束のせいで、手足はほとんど感覚を失っていた。本当にただ犯されるだけの、自分がひとつの穴になったような感覚は屈辱的で恐ろしいのに、悠々と我が物顔で使われていると、それが正しいような気になってくる。致死量の快楽が連れてきた諦めと無力感のブレンドは、どこか甘くて依存しそうだ。それが一番恐ろしいから唇を噛んでいるのに、らっだぁはそれすら許してくれなかった。
「……ま、声、っ出さないならー……いらないよね、喉……」
猟奇的な響きを含んだ発言にハッと目を見張った時には、もうすでに喉元に手が触れていた。するりと撫でた手が、慣れた仕草で頸動脈をく、と押さえる。
「ひ、ぃあ゛っ……や、もう、しないで、」
急所に触れられる恐怖はやはり耐え難くて、慌てて口を開いて許しを乞う。が、返ってきたのは「するよ〜」という軽すぎる答えだった。嫌!と叫ぶ間もなく、奥と首に同時に圧力がかかる。
「あ゛、ぉっ……ぁ、え゛♡やっ、…ぁ、んくっ…♡ん、う゛」
「ッ、あ゛〜……ん、やっぱ、締まる。んふふ、きもち〜……」
潰れた声が、この期に及んでも恥ずかしい。けれどそれに重なるらっだぁの声もどろどろに煮崩れていて、気持ち良さげなその声を、忠誠心にも似た乙女心の残滓が『嬉しい』なんて感じてしまう。異常だとたしかに思うのに、体の奥底をぐりぐり抉られる悦楽には逆らえない。血の巡りを塞がれた頭の中で、絶頂の快楽が乱反射して、どんどん視界が白んでいく。
あれほど怖かった苦しさは、もはやほとんど感じていなかった。気道だけを許された喉の隙間から必死に酸素を取り込んで意識を失わないよう耐えるのさえも、この甘苦を自ら長引かせるために必要なことのようにすら思えてくる。
「……ひ、ぃ゛ぐっ……ぅ、♡う♡イ、う゛っ……♡♡ぃ、イ゛っ♡……〜〜っ…………♡♡」
「あは、はっ……♡あーあ、ッ、ずっとイッてんねえ……♡そー、落ちないでね、いくいく♡って、もっと言って?ちゃんと、ふッ……意識、保って?♡ああすごい顔、あはは、ん゛、かわいー、いっ……♡」
さっきから遠くでギチギチとレザーが引き攣ったり、ガチャンッと鎖が引っ張られるような音がしているから、手足は暴れようとしているみたいだったけれど。それはなんだか全然自分の体のように思えなくて、ごりゅ、ぐりゅっ、と、お腹の奥を繰り返しこじ開けられる快感だけが、鮮烈だった。らっだぁの言うことを聞いているのか、自分の意思かもわからないまま、絶頂のたび正直に「イく」と訴える。時々喉を絞める手がゆるんではそのたび一気に頭の内側に血が巡る感覚さえも気持ちいい。
一度入口まで抜けたものが、肉襞とその奥の快楽神経をぷりゅぷりゅ削って押し潰しながら戻ってきた時なんか、たぶんその一往復ぶんで何度かイッていた。「ぉ゛あ゛あ゛っ……♡」と、男の子じゃなくて敗けきった雌みたいな声が耳に届いた時には、恥じらうよりもなんだかもう、悲しいとさえ思っていた。
たぶん僕は今、人間としての顔をしていない。ふとそう思ったのは、ずっと僕の顔を見ているらっだぁもいつしか、普段からは想像もつかないほど荒れた獣のような吐息を漏らしていることに気づいたからだった。
「はッ、あ゛、っはあ、♡ふ、ヴッ……♡ん、んぐ、ッ!ぁ、クソ、ぁ、やばっ……♡はは、はやすぎ、ッ……あは、あ゛、でる、だす、イ、ぐ……ッ♡っ、ッ……♡♡」
お腹の中をぐちゃぐちゃ荒らす律動は最初よりずっと早くなっていて、明らかに射精のためのもので。本当に自慰の道具として扱われていることを否応なく自覚させられる。たぶん今、僕の酷く歪んだ顔こそが、自慰の材料になっていることも。なんだかもう今は、それでもよかった。
上から降ってくるらっだぁの、本来絶対誰にも聞かせたくないだろう、獰猛に快楽を貪る、唸り混じりの息づかいと喘ぎ声。涙と酸欠で白く霞む視界の向こうで、どんな顔をしているのだろう──なんて思った、その時だった。
「は、はッ、♡……ふふ、……っン゛……!」
「っ、ぇ゛はっ!ぁ゛、がッ……!?」
ずっと頸動脈だけを抜かりなく狙っていたらっだぁの手に、突然強い力がこもった。喉の内側で息の通り道がぎゅちっと擦れて、吸い込む途中だった空気が逆流して反射的に咳き込む。
優しく見逃されていたはずの気道が、無慈悲な手のひらに押し潰される。かっこいいを保つためにある程度鍛えているのだと以前話していたことのあるその全体重が乗っているのではと錯覚するほどの苦しさ。
一瞬で許容量を超えた苦痛に、どこか遠かった恐怖が一気にざわめいた。油断していた危機感と生存本能が叩き起こされ、弛緩して被虐を受け入れていた体が、思いっきり硬直する。
「……ィ゛ッ……っ゛!ゃ゛ッ、…っんっう゛!?んッ!」
殺される、と本気の悲鳴を上げたはずが、それは歪んだノイズにしかならなくて。それを怖いと思ったのと同時に、悲鳴ごと食らいつくされるかのように、唇が重なっていた。
「ッッ……ぅ゛、ん〜〜〜ッ……!っ、ぅぎゅ゛ッ……」
叫ぼうと跳ねた舌に、ガリリッと噛み付かれたその瞬間。我慢できずに、最悪の絶頂を迎えていた。快感が積み上がった結果訪れる普通のやつじゃない。苦痛と恐怖が快楽に逃げるために無理やり形を変えた赤黒い脳内麻薬がもたらす、中毒症状じみたグチャグチャの浮遊感だった。
しんじゃう、と泣くこともできずに、がくがくと痙攣する。きゅうきゅう収縮を繰り返す子宮の入り口にべったりくっついたそれが、薄膜越しに射精して、びく、びくっと脈打っていた。
密着した体が、二人ともがちがちにこわばっていた。どちらからともなくだんだんと少しずつ力が抜けていくのに従って、喉を絞める手が、ゆっくり、ゆっくりと緩んでいく。
同時に、ぬるりと唇を割って入ってきた舌が、ぐっと深くまで侵入してくる。案外分厚い舌肉に口内を埋め尽くされながら、必死になって酸素を取り込むのはまるで、生きるためにらっだぁの呼吸をそのまま飲み込まされているみたいで。そう思うと、嫌悪なのかなんなのかよくわからない感情で、ぞくぞくと背筋が粟立った。
けれど。倒錯的なその味のわりに──何人の女の体に奉仕してきたんだか弄んできたんだか知らないけれど、とにかく慣れきった手つきと違って、そのキスはやっぱり妙に不器用だった。
合わせた唇は時折ずれるし、舌の動きは無遠慮なくせにどこかぎこちなくて、逃げるなと言わんばかりに絡んでくるのに全然噛み合わなくて、矛盾だらけでわけがわからない。苦しいから仕方なしに舌を持ち上げてくっつけてみると、それは一瞬怯えたように硬直して、すぐさま逃げるように口から出ていってしまった。
「……は、ぁ…………」
唇と唇の間で、唾液が細く糸を引いて。らっだぁが小さくため息をついて僕が咳き込んだのと同時に、ぷつっとちぎれて頬を汚した。らっだぁの目が一瞬動いてそれを見て、反射のように伸びてきた手が頬を乱暴にぬぐいとる。
その時のらっだぁは、なんだか──叱られるのを恐れる子供みたいな、腹が立つほど可愛い顔で、僕を見ていた。
「…………あー、……はは」
けれど、そう思った瞬間。彼は小さな笑い声と共にふっとうつむき、その顔を隠してしまう。黒い髪がぱらりと額に落ちてきらきら光って、次に顔を上げた時には、スイッチを切り替えたようにいつものらっだぁに戻っていた。
「……ひっどい顔、してるねえ。疲れちゃった?ああ待ってね、抜いたげるから……ん、」
嘲笑混じりの冷たい声で囁きながら、結合を解く。濡れたゴムを触る音、衣擦れ、ジッパーを引き上げる音。そんなものにぼんやりと耳を傾けていると、突然、べちゃ!と胸元に何かがぶつかった。
「っ……?ぁ、」
重たい頭をぐらん、と動かして、見やる。
鎖骨より下、胸の膨らみの間。顎を少し持ち上げたら、ちょうど視界に入る場所。そこに、精液を溜めたまま口を結ばれたコンドームが、ぽてんと間抜けに乗っていた。
ひゅ、と喉が鳴って、目の奥がぐらりと揺れる。
苦しいと思ったら、もう絞められていないはずの呼吸が止まっていた。投げつけられたコンドームのすぐ下、胸の内側で、心臓がひどく痛くて。ああ、胸が痛いって本当にあるんだなんて、他人事のようにぼんやり思う。
これ以上はないと油断していた傷を抉られて、叫び出したいくらいなのに、ただ視界がゆっくり霞んでいくだけなのが不思議だった。
らっだぁの顔は見えない。でもきっと、笑っているのだろうと思った。悪戯が成功して喜んでいるような、あの、悪意に満ちた残酷で美しい顔で。
ガチャガチャと音を立てて、拘束具が外されていく。久しぶりに自由が与えられたのに、指先すらもうまともに動かなかった。……動かせると、思えなかった。
ギシッとベッドが軋んで、らっだぁが床に降り立つ。ついでのように引っ掴まれた拘束具が、うるさい音を立ててバラバラと床に落ちた。
「捨てといて、これ。触りたくないから。あと俺今日はソファーで寝るね、ぺんちゃんだって一緒に寝たくないでしょ?俺となんか」
ベッドの脇に立ったらっだぁの声が降ってくる。その声は妙に平坦で、どこまでも冷たかった。
ふっと持ち上がったその手が視界を横切ったかと思うと、そのままふわりと降りてきて、目隠しするようにそっと覆う。まぶたを優しく押す指に抗うことなく目を閉じると、褒めるようにぽん、と一度額を撫でて、その手が離れていく。
「……じゃあね。また明日」
たったそれだけの言葉を最後に、すたすたと足音が遠ざかっていく。寝室のドアが閉じる音が、やけにあっけなく響き渡った。
まぶたを閉じた暗闇の中で、らっだぁの声がリフレインする。また明日、と言うあの声をどこかで聞いた気がするとぼんやり思って、すぐに正解へ思い至った。
あれは、再会する前の。高校の頃のらっだぁの声だ。誰に対しても平等で、誰からも好かれてて、優しくて、誰かを貶めることなんて絶対にしなかった、僕だってちょっとだけ好きだった、らっだぁの声だった。
──僕はいったい、彼に何をしたのだろう。彼はいったい、どうしてこんなに変わってしまったんだろう。
何度も繰り返した疑問が頭の中をぐるぐると埋め尽くしては、答えなんて出るはずもなくて──どうしようもないまま、涙となってぽろぽろと零れ続けていた。
コメント
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ありがとうございますっ!!✨️✨️めちゃくちゃ最高でしたっ!!✨️✨️もう本当に無意識にらっだぁに堕ちていってる感じがたまんないです...!!✨️✨️ちょこちょこらっだぁがなんか自己嫌悪に苛まれてる感じがめっちゃ好きです...✨️✨️お互いに止めたいのに止められないっていう感じがもう切なくて最高ですわ..✨️✨️本当にリクエスト受けて下さりありがとうございました..✨️✨️めちゃくちゃ最高です✨️