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誰かの話し声が⋯聴こえる。
サワサワと鳴る葉擦れの音と
花の香り高さに嗅覚を刺激され
私は目覚めた。
ひらりと
五花の花弁が過ぎって行く。
ー彼女の⋯夢?ー
「⋯⋯っ!?」
これは一体どういう状況か?
私の躯に
五花の樹木の枝がまるで蔓の様に巻き付き
指ひとつ動かす事が出来ない。
唯一動かす事の出来る双眸で辺りを見渡すと
大樹の根元の方に
あの男とセイリュウが居た。
呼び掛けようにも
口許で蔓が猿轡の様になっていて
声を出す事も赦されなかった。
ふとセイリュウだけが私に気付いたのか
此方を見上げる。
⋯が、
セイリュウは真っ直ぐ私を
その山吹色の瞳で見つめながら
人差し指を口許に持っていき沈黙を促した。
ーあの男は、私に気付いていないのか?ー
「主様⋯
あれは些か、まだ若い彼の者には
酷では無いでしょうか?」
セイリュウは男に向き直ると
容姿とはそぐわぬ大人びた声色で話し始める。
「あぁ⋯
ろろさんに見せたあの夢ですか?
確かに貴方の言う通り、酷な内容でしたが
彼ならきっと解ってくださるでしょう」
ー私⋯?ー
動かぬ躯で、必死に耳を傾ける。
セイリュウはこれを聞けと
言いたいのであろう。
「ろろは強い子にございます。
なれどまだ
成長段階の子供でもあるのです。
余り急いては、心を壊しかねません」
ー幼子に子供呼ばわりとは⋯ー
あれしきの悪夢で
私の心が壊れるとは
随分と甘く見られたものだ。
もう、あの子の悪夢は
涙も枯れる程に見慣れている⋯
「貴方は優しいのですね青龍。
ですが、この世界の龍の夢に渡れない以上
あの子に頼る他無いでしょう 」
セイリュウの頭を撫でる男の瞳は
あの鬱憂を含んで細められる。
ーこの世界の〝リュウ〟?ー
二人の世界の言葉になると
途端に聞き取り難いものになるが
それでも何となくだが
リュウとはドラゴンの事ではないかと
私は考えを巡らせていた。
「龍の傍に夢を渡る者が居るのでしょう。
その者の夢に関する力は強く
自分では突破できず⋯
至らず申し訳ございません 」
本来であれば 私ではなく
別の者の夢に現れる予定だったのか。
この世界のドラゴンの夢に。
ー確かに、未だ私には⋯ー
「確かに、未だ
ろろさんには不死鳥と闘う力は無いでしょう」
男が紡ぐ言葉に、無意識に拳に力が入る。
「では、主よ。
ろろを解放⋯」
「いいえ!
僕はろろさんに賭けるつもりです。
貴方も感じたでしょう?
あの子の中の炎を⋯
あれは龍に匹敵する力になるでしょうから。
それにしても貴方
ろろさんに懐き過ぎではないですか?
詰めが甘いのですよ! 」
ぴしりと男がセイリュウの額を指で弾くと
にこりと此方を見上げた。
ー奴め、やはり私に気付いて⋯?ー
その弧を描く様な笑みに
多少の悪寒を憶える⋯。
「ふっ⋯!う、うわぁぁぁんっ!!」
突如鳴り響いた耳を貫くその声に
私も男もビクリと肩を跳ねさせた。
セイリュウが泣き出したのだ。
「ろろぉ〜!
あるじが…ひどいことするぅ!
うっ!ひぐっ!」
先程までの大人びた態度とは一変し
幼子の見た目そのままに泣き喚いている。
「あ、貴方⋯!?
ここで意識が退化するって⋯」
慌ててセイリュウをあやす男。
その光景に私は
溜息を漏らしたくなった。
蔓の猿轡でそれは叶わないが。
ー魔法を使いたくは無いのだがなー
卿が言う
リュウに匹敵し得るやもしれんこの炎
見せてやろう。
セイリュウの泣き顔は
何故かあの子に被るものを感じ
私は 魔力を躯に行き渡らせる。
「わゎ!
ろろさん、待ってください! 」
男の制止する言葉が届くか否や
私の躯を炎が包み
蔓が軋みを上げ焼き切れていく。
「セイリュウ! 」
屈辱的な状態から解き放たれた私は
地面に降り立つと
セイリュウに向けて腕を拡げた。
「ろろぉぉ!」
涙でぐしゃぐしゃの顔のまま
セイリュウが飛び込んでくる。
泣いてる幼子が可哀想だと言う
一心ではあったが
服を汚されては堪らない。
セイリュウを抱き抱えると
ハンカチで拭ってやる。
「ろろさん⋯
酷いですよ〜」
気付くと男は躯を抱く様に
その場に蹲っていた。
なんともみっともない声を出すものだ。
「卿が幼子を小突くのが
そもそも間違いだと思うがね?」
胸に抱いたセイリュウの背を撫で
呼吸を落ち着けてやる。
ー懐かしい⋯ー
良く近所の悪餓鬼にあの子が泣かされては
私がこうして慰めたものだ。
「もう!
僕が焦げるのは良いのですかっ! 」
またも情けない声を上げながら立ち上がり
服の裾を払う男の腕は
確かに焼けて爛れていた。
それに⋯
ー私の魔力の痕跡を感じる?ー
大樹の蔓を焼き切った筈の私の魔力が
何故、男の焼け爛れた腕から感じるのか。
「この樹は⋯僕だからですよ」
心で想った事に 返事を返されるのは
まだ些か慣れない。
男は大樹の焼けた部分を見上げながら
自分の腕を痛々しく擦る。
「もう、青龍!
彼処にろろさんを隠して
何故、僕が気付かないと思ったんですか!
思考まですっかり幼くなってしまって⋯」
「だって!
ここは何にもないんだもん!
ろろを花びらでうめたけど
服の色で目立っちゃうし!
あるじが、ろろをいじめるからぁ〜!」
あの屈辱的な状態にされる前は
花弁に埋められていたのかと
余りその光景を想像したくは無い⋯。
「この大樹が卿だというのは
どういう事かね?」
悪いが話を戻させてもらおう。
「その前に、ろろさん⋯
魔力を分けて頂いても?
僕も痛いのは勘弁です⋯」
ーやれやれ⋯ー
私は深く溜息を吐くと
セイリュウを抱えた反対の腕を
男に差し出す。
いつも思うが
この男と話してると
中々、本題に辿り着けない気がする。
不死鳥
結晶の彼女
この男自身といわれた大樹
セイリュウ
色々とまだ腑に落ちない点は
多々にある。
「魔力を分けるのは構わないが⋯
以前の様な不敬な真似をするのなら
尽きぬ炎がお前を焼くぞ」
私が本気だと言う事は
心を読めるこの男には一目瞭然だろう。
男は困った様な笑顔を浮かべると
おずおずと私の手を取った。
触れられた途端に
フワリと躯が浮く様な感覚の後
重く目眩を感じ始めた私は
セイリュウを落とさぬ為にも
大樹に背を預けゆっくりと腰を降ろす。
「ろろ、ぼくも⋯」
ー目が覚めたら、動けるか解らんなー
応える様に
セイリュウに目を伏せて額を差し向けると
幼子特有の柔らかい手の感触が頬に触れ
引き寄せられる。
私の世界では
ある程度しっかり休息を取れば
溜まったブロットも消費した魔力も回復するが
この二人はそうはいかないのだろうか?
無惨な姿のセイリュウを思い出す。
男が分け与えられないと言っていた事から
多分自然には回復しないのだろう。
では、男の魔力の源は何処から?
ーこの大樹が、あの男であり源なのか⋯?ー
魔力を吸った二人が私から手を離すと
途端にガクリと躯が重い。
「すみませんねぇ。
助けられてばかりで⋯
お疲れでしょう?
お茶を用意しますね!」
パチリと男が指を鳴らすと
植物の蔓が束になって地面から生え
まるで編む様に交互に重なっていくと
ちょっとしたテーブルになった。
虚ろな頭でそれを見ていた私だが
見事な高等魔法術に言葉も無かった。
と、同時に
分けたばかりの魔力を無駄遣いされ
呆れてしまっていたのかもしれない。
男が楽しそうに
鼻歌交じりで 指を鳴らす度に 現れる
見た事の無い形状のティーポットとカップ
空気中の水分を凝縮、沸騰させポットへ。
テーブル周りから生えてくる
彩とりどりの フルーツ。
幼い頃に昔話で良く聞かされた
3人の妖精の様だなと
子守りが下手な所と言い
そう感じてしまった。
昔話と言えばこの光景は
「んふふ…
まるでイカレ帽子屋の
ティーパーティーだな」
伸びた蔓に運ばれてきたカップを受け取る。
陶器で出来ている様だが
取っ手が無く 扱い難い。
だが、繊細な色調には好感を持てる。
若葉の様な澄んだ色合いや爽やかな香りに
一口啜ると
ほんのりとした甘みの後に
苦味と芳ばしさとが 長く余韻に浸らせる。
「玉露ですが、お気に召したなら
何よりですよ!」
ギョク⋯
聴いた事が無いハーブだな。
後でまた調べてみようか。
ーまた⋯調べる?ー
五花の大樹
彼女の夢
ー夢⋯?ー
そうだ。
私は図書館に居た筈だ。
走る幼子を追って
それから鏡に⋯
後ろから私を押したのも
鏡から私の腕を引くのも
あれはどちらもセイリュウの顔であった。
ハッと虚ろな頭から我に返る。
「私はもしや⋯
レストルームで寝ているのか!?」
私の大声に二人が肩を跳ねさせ
男は茶を吹き出しながら噎び
セイリュウは呆気に取られていた。
「何という羞恥か!
誰かに見られても堪らん!
早く私を戻したまえ!!」
男の胸倉を掴み上げると乱暴に立ち上がらせ
左手で大樹の樹肌に触れた。
男の眼前で右手中指に飾られた 赤い魔法石が
残り僅かな魔力を帯びて
チリッと火花を爆ぜる。
「本当に烈火の如くなお方ですね!?
せ、青龍ぅ〜!
このままだと、僕は炭にされそうですよ!?」
意味を察して、男の顔が見る見る内に
胡散臭い笑顔のまま青くなっていった。
「申し訳ございません! ろろ!
ただ今、現実にお還しします故
主をお離しください!!」
足元でセイリュウが
懇願の瞳を向けながら私のローブを引く。
魔力が戻ったからなのか
また大人びた口調になっている。
「まだ眠りに就いていない
ろろさんを無理矢理に夢へ渡らせて
魔力を消耗する所か思考まで退化させて…
そのとばっちりで焼かれそうになるなんて
僕ってなんて可哀想なのでしょう」
良く廻る煩い口だ。
大樹の何処を焼けば
この口は塞げるであろうか?
男の顔がギョッと引き攣るのを尻目に
私は大樹を見上げる。
その瞬間
薄紅色の花弁が津波の如く押し寄せ
私の躯をひと飲みに攫い
意識を深く深く花弁の波の底へと沈めていく。