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ガクリと急に頭が下がる感覚に
私の心臓が跳ね上がった。
「は⋯⋯っ!?」
漏れた声をなるべく殺して
跳ねた鼓動を落ち着かせる為に
ゆっくりと深く息を吐き切る。
先の衝撃は
頬杖が外れてしまったからだろう。
目前には図書館の長机と
拡げられた文献。
ー良かった⋯ー
レストルームで寝落ちているという
醜態は免れた様だ。
私は再び安堵の深い溜息を吐く。
「この世界の〝リュウ〟⋯か」
そう独り言ちた私の目に
開かれた文献の
雄々しいドラゴンの挿絵が
こちらを睨み付けているのが映った。
セイリュウは次元を
世界を渡る能力があると言っていた。
彼女の世界に辿り着いた時には
今の幼子の姿になったとも。
異世界に渡るのは
そう容易では無いという事か。
では、今は
ー次元を渡る代わりに
異世界の者の夢を渡っている?ー
あの二人は今いる世界の不死鳥と闘う為に
世界を、夢を渡っているのだろうか?
結晶の彼女の為に⋯
だが、不死だからこそ不死鳥と云われ
生命の神たる存在を倒す術などあるのか?
神殺しが成功したとして
世界の生命への影響は如何なものか?
ノートは何時しか
彼等への考察で埋まっていく。
ー不死鳥は魔力を持つ者の
絶望を好むと言ったか⋯ー
異端児迫害の愚かな歴史。
魔力を持つ者を彼女に殺させ
一族も殺されたと言っていた。
恐らくだが不死鳥に闇たる力を授けるのは
宿主と魔法士の絶望ならば
魔力をこの世界から無くせば
不死鳥の闇を弱体化できるのでは?
「ふん。
やはり魔法は悪しか産まんという事か」
Magieと書かれた上に
羽根ペンの先からインクを滴らせて
黒く塗り潰す。
魔法は人の心を惑わし
未だ解明されぬブロットを産み
闇を育む悪しき物。
「⋯⋯うっ!」
クラリと目眩がし
目頭を摘んで深く息を吐いた。
流石に二人一度に魔力を吸われると
躯が悲鳴をあげる。
ー魔力を⋯吸う?ー
目の端に
五花の大樹を調べようと
持ってきた文献が映った。
「⋯⋯⋯⋯⋯っ!?」
脳裏に一閃が走り
勢いに任せて席を立ち上がる。
不意に出してしまった大きな音に
利用者の視線が集まってしまい
失敬⋯と軽く言葉にすると
不躾だった自分を戒める様に
ハンカチを口許に咳払いをする。
魔力を吸われた重い躯で
受付に向かう。
重要文献閲覧の手続きを済ませると
私は重厚な造りの扉へと入った。
そう。
とある歴史を識る為に。
ーすっかり熟考してしまったなー
カツカツと石畳が歩に併せて街に響く。
帰寮の門限を破る訳にはいかないと
私は急いていた。
ゴーン⋯ゴーン⋯
救いの鐘の音が聴こえる。
夜の訪れを報せる 鐘の音に
運ばれてきた魔力が躯に染み渡り
魔力が枯渇し重かった足が
漸く軽くなり私は帰路を急いだ。
鐘の音で同じく魔力を得た
魔法植物達が柔らかく発光し
花の街の夜をその名の通り彩っていく。
「んっふふ⋯」
魔力を得た花達を見て笑顔が溢れるなど
どれ程振りであろうか?
ソレイユ川の中洲に続く桟橋を渡り
神聖なる我が学び舎に辿り着くと
早々に寮の自室へと戻る。
書き留めたノートを拡げようとするが
机上はあの忌々しい企画の書類で
埋め尽くされていた事に気付き
溜息を隠せない。
ーいや、そんな事よりも⋯ー
早く確認したい。
〝あれ〟が実現可能であるか⋯を。
眠りが浅く
毎夜の如く悪夢により
睡眠を阻害される私を案じて
両親が持たせた睡眠薬を掌に乗せる。
いつもならこの様な物
断固として頼らないと決めていた。
この悪夢もまた
私の罪なのだから⋯
だが、今回は違う。
あの子の様な不幸を増やさぬ為
私はあの者達に会わねばならぬ。
錠剤を口に放り込むと
効き目を促す為に噛み砕く。
咥内いっぱいに拡がる独特の苦味を
水で流し込むと
サイドテーブルにグラスを戻す。
ーこの私が
眠る事が待ち遠しいと
思える日が来るとはなー
躯をベッドに横たえ
胸の上でハンカチと共に手を組み
私は祈る様に目を伏せた。
薬の効能で
フワリとした感覚が全身を包んでいく。
ーさぁ、私を導けー
あの二人が待つ
彼女の夢へ⋯