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レイが部屋を出ていった後、朝食が用意された。
今日は部屋で摂るらしい。
それも済み、俺はふかふかのベッドに沈み込みながら、先ほど聞いた「誓い」の言葉を反芻する。
「命を懸けて守る……か……」
ゲームのレイは冷徹でクールなキャラクターだった。だけど今、目の前にいる彼は確かに温かみのある“生きた人間”だ。そして俺――いや、カイルに対して、あまりに真っ直ぐすぎる。
「……唯一の存在、なんて……」
そう言われてしまうと、俺はどうすればいいのか分からない。これは、きっとカイルへの気持ちなんだろう。でも、カイルじゃない俺が、このままでいいのか――。
そんなことを考えていると、部屋にノックの音が響く。
「奥様、失礼いたします」
エミリーだ。彼女は俺に優雅な笑みを向ける。
……なれんな……奥様……。
ぶっちゃけ、この可愛いエミリーが奥様の方が納得するよ、俺。
「お着替えをお手伝いさせていただきます。旦那様から、少し外を歩かれてはどうかと提案がございました」
「外……?」
俺は驚きつつも、レイの言葉を思い出す。「気分転換に」と言っていたっけな。
「お屋敷の中庭でございます。お天気も良く、気持ち良いですよ」
「そ、そう……」
昨日エミリーが見せてくれた窓の外には、広大な庭園が広がっていたっけ。
中庭ってレベルではないが、とりあえずどれだけ動けるかを確認する意味でも、外を歩いてみるのは悪くない。
「じゃあ、ちょっと行ってみようかな」
エミリーに手伝われて俺は貴族仕様の服を身に着ける。
鏡に映る自分はどう見ても美形な貴族で、俺じゃないみたいだ。いや、俺じゃないんだけど。
ストールを肩からかけられて、出来上がりのようだった。
中庭に出ると、爽やかな風が頬を撫で、花々の香りがふんわりと漂ってくる。
見渡す限り手入れの行き届いた庭園は、まるで絵画の中に迷い込んだようだ。
「うわ……すごいな……」
つい感嘆の声が漏れる。
こんな場所、現実世界じゃなかなかお目にかかれない。満員電車と書類が山積みだったデスクを往復したあのブラック企業生活が嘘のようだ。
「お気に召しましたか?」
エミリーが穏やかに笑う。その笑顔に俺もつられて微笑むが、ふと庭園の端に、小さな人影が動いていることに気付いた。
「あれ……?」
よく見れば、使用人らしき人物が茂みの中に何かを隠すような動作をしている。
そして、周囲を何度も警戒するように見回した後、早足でどこかに消えていった。
「……今の、何だ?」
違和感が胸に引っかかる。俺の中で、あの動きがどこか不自然に思えてならない。
これだけ広い邸だ。そりゃ使用人は多いにしろ……あんなこそこそと何かするものだろうか。
──気のせい……か?
「奥様?どうかされましたか?」
「え、あ、いや……何でもない」
エミリーに余計な心配をかけたくないので、俺はその場を取り繕った。
だが、あの動き――どう考えても何かを隠していたようにしか見えない。
──まさか……俺、狙われてたりしないよな……?
エミリーが「事故は意図的だったかもしれない」と言っていたのを思い出す。
それが本当なら、今の状況だって安全とは言い切れないんじゃ――。
「……考えすぎか……?」
俺は頭を振って気を紛らわせようとするが、心臓の鼓動が少し早くなっているのが分かった。
――ドタドタッ。
屋敷の中から、誰かの走る足音が響く。
「急げ、見失うな!」
「侵入者が逃げたぞ!」
侵入者……?
「奥様、こちらへ!」
エミリーが俺の腕を引き、急ぐように促した。
彼女の顔には、さっきまでの穏やかさは微塵もない。
「えっ、な、何が起きてるの?」
「分かりません。ですが察するに……どうやら邸内に不審者が侵入したようです。奥様、安全な場所へお連れします」
俺は無言で頷くしかなかった。
だが、庭園の端で再び動く人影が目に入る。
──さっき、何かを隠していた。あれは……まさか。
あいつが……侵入者?
まるで答えが分からないまま、エミリーに手を引かれ、俺は邸内へと足を踏み入れた。
※
邸内に入ると、その騒ぎはさらに大きくなっていた。
廊下には警備の兵士たちが立ち回り、メイドたちは怯えた表情で小声で話し合っている。
「東の廊下を封鎖しろ!」
「怪しい影が庭から中へ……まだ見つからんのか!」
これ……本格的にヤバい状況じゃないか……?
状況が飲み込めないまま俺は辺りを見回す。
レイは今、どこに――。
そう思った瞬間だった。
「カイル!」
目の前に現れたのはレイだった。
早足で近づいてきた彼は、そのまま俺の肩に手を置く。
「大丈夫か?」
「レ、レイ……これ、何が起きて……?」
俺がそう問うと、レイの瞳が鋭く細められる。
「どうやら、屋敷に侵入者がいるらしい。ただの物取りの類には思えない……俺が見つけ出す」
その表情は、いつもの柔らかいものとはまるで違う。冷たく、鋭い。
これがレイ=エヴァンス、最強の騎士としての顔か――。
ああ、ゲームで何度も見たやつだ。
どこかで安心しながらも、目の前に“本物”がいるという事実に、やけに心臓が跳ねる。
「エミリー、お前は部屋でカイルを守れ。いいな?」
「かしこまりました、旦那様」
レイがそう言うと、エミリーは恭しく頭を下げる。
「レイ、俺――」
「俺が必ず、この屋敷に巣食う者を排除する。……お前は何も心配するな」
レイの言葉は強くて頼もしい。
でも、なぜかその一言が引っかかった。
──“巣食う”……? なんでそんな言い方を?
「レイ、それって――」
「安心しろ」
俺の疑問を遮るように、レイは少しだけ目を細めて微笑む。
「お前に手を出す者など、決して許さない。それだけは、誓う」
その表情に、どきり、とする。
いや、待て待て。そういうのじゃなくて!
「レイ!」
「部屋に戻っていろ。すぐに戻る」
有無を言わせぬ口調に、俺はそれ以上声をかけられなかった。
レイはそのまま鋭い眼差しを周囲に向け、静かに邸内を駆け出していく。
「……本当に、何が起きてるんだよ……」
その後ろ姿を見送るしかできない俺。
だけど、何だろう――胸に引っかかるこの感覚。
侵入者……それだけなのか?
馬車の事故、そして今朝の不穏な影――すべてが繋がっているような気がしてならない。
俺がここにいるせいで、何か良くないことが起きているんじゃないか……?
そんな気さえしてくる。
俺の知らない「カイル」の過去と、レイの「誓い」――それが、どう関係しているんだろうか。