TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
シェアするシェアする
報告する




「アンデッド、アンデッドヒューマンと。……あった、これか」


翌朝早くからゼピアの書物庫の戸を叩いたイチルは、女子が口にした言葉の真意を調べていた。 老眼で近くが見えにくい目を擦りながら、人種と種族が書き連ねられたカビ臭くて分厚い本を捲ったイチルは、そこでようやく彼女が言った文言を発見した。


「種族名、アンデッドヒューマン。過去数千年の歴史の中で、アンデッドから枝分かれし、ヒューマンと混血することで発生した種族、と。本来アンデッド系の種族は、生殖能力を持たず、死者からの転生で生を受けることがほとんどであるため、厳密な発生条件は不明。現在まで紡がれている自体が奇跡に近く、近年ではほとんど生存を確認されていない。ミカレル・スリードマンなる者が数百年前に記録した手記によれば、扱いはモンスターではなくヒューマンの亜種系統として認識されており、衣食住のほぼ全てがヒューマンと変わらない。しかし存在自体が激レアであるため、その詳細を知るものは稀である。……なるほど」


道理で聞いたことがないはずだと納得したイチルは、さらに本を読み進めた。すると興味深い記述を発見した。


本来アンデッド系モンスターは、血液接触を主とした攻撃を受けると一定の割合で呪いやアンデッド化などのダメージが発生するものだが、アンデッドヒューマンはそれら特異な条件には該当しないのだという。

要するに、普通のヒューマンにごく近い性質であるとされていたが、ミカレルの手記にもそれ以上の情報はなかったようだ。


「なんだ、その面白な種族は。ますます興味をそそられるじゃないか」


ダンジョンに住んでいた頃は、仕事以外に興味を持てるものがなく、せっかくならと仕事に直結する情報としてダンジョン内外に生息するモンスターの生態や性質を研究していたイチルだったが、どうやら彼女はそのどれにも当てはまらなかった。

職を失い、暇を持て余した400歳の老狼にとって、突然突きつけられたこの事象以上の興味条件が他にあるだろうか。否、ないと、男は口を真横に結んだ。


分厚い本を閉じたイチルは、ついでにもう一つ調べてみようと、その足で十数年年ぶりに、ドス=エルドラドの換金所の扉をくぐった。


中は移転・移設を希望する冒険者や、買い取ったアイテムを換金するために訪れた商人などがごった返していて、街の静けさと真逆すぎる状況に、真横に結んでいた口をへの字に変えた。

しかしタイミングよく、立ち尽くす彼の肩を何者かがポンと叩いた。


「おう、イチルじゃないか。お前もゼピアを出ていく準備か?」


振り向くと、そこにはダンジョン内部従事者向けの金融担当職員であるマティスが、丸眼鏡を布で拭いながら立っていた。


「マティスか。どうしたんだよ、こんなところで?」


「ダンジョンがなくなっちまったんだ。中専属の担当職員はもうお払い箱ってことさ。今はこうして地上勤務の一担当として配置転換され、仕事仕事の日々よ。ま、簡単に職を失わないのが主人のいる金貸し稼業の強みってことでOK?」


「なるほどね。ところで今、時間ある?」


「なんだ、移転届けを出しにきたんじゃないのか。しかしね、こう見えて俺も結構忙しいのだよ」


わざとらしく客の行列を見せつけ、ハハンと目を細めた。できればそこをと言うと、わざとらしく両手を開いたマティスは、「ま、イチルは《お得意様》だからな」と悪態をつきながら奥の個室へと招き入れた。


表の喧騒が嘘かのように外部の音が遮断された個室に入るなり、イチルは慣れた様子でふかふかな一人がけの椅子に腰掛けた。


「少し待っていてくれ」と部屋を出たマティスを待つ間に、いつかベノムに説明していた野暮用の一つである《赤黒く光る魔石》を取り出した。


急ぎ足で戻ってきたマティスと共に、マティスの上司と思しき男が一緒に部屋に入ってきた。

ペコペコと頭を下げたいけ好かない男は、「自己紹介を」と名前を口にした。 しかし興味のないことにトンと頭が働かないイチルは、無表情のまま「はぁ」と受け流した。


「いやはやお客様、この度はお忙しいところ、足をお運びいただきまして、本当にありがとうございます」


「え、ああ、まぁ暇だけど」


「ええと本日は新規の融資のご相談でしょうか。それとも換金手続きの件でしょうか。イチル様は当方にとって本当に大切なお客様でありますから、どのような御用件にも対応させていただきます」


前のめりの上司に面倒臭さを感じたイチルは、「マティスと二人にしてくれる?」と据わった目で話しかけた。上司の男は目でマティスに合図し、《くれぐれもしっかりやれよ》とプレッシャーをかけてから、またヘコヘコと頭を下げ、渋々部屋を出ていった。


「そっちも大変みたいだな」


「ま、お役所仕事のゴタゴタなんてどこにでもある話さ。それで、要件ってのは?」


「富裕街から北に数キロ行ったところ。ラビーランドって施設があるのを知ってるかい?」


「ラビー? いや、知らないな」


「実はその施設について詳しく知りたくてね。できれば所有者や財務状況も」


「おいおい、無茶言うな。そいつはよそ様の秘匿情報ってもんで、金融屋が絶対に口外できないってことくらい――」


マティスが言い終わらないうちに、先の魔石をテーブルに転がしたイチルは、「ならコイツは別の機会に」と素っ気なく言った。

眉をひそめ、軽く震える指先で魔石を手に取ったマティスは、ルーペのような道具でまじまじと調べてから、「本当に意地の悪い奴め」と冷や汗を拭いながら言った。


「何分かかる? 一時間か、それとも二時間?」


「三分待ってろ。それまで絶対にこの場を動くなよ!」


魔石を手に慌てて出ていったマティスは、ほんの一分もしないうちに息を切らして戻ってきた。手には見慣れない分厚いファイルが握られ、「約束しろ、こいつは絶対に他言無用だからな」と、あらかじめ口止めをした。


紙を捲ったマティスは、イチルに見られぬようあっちを向いてろと忠告し、テーブルにファイルを広げ、自分だけ中身を読み取った。そして要点だけを確認し、ファイルを背後に隠した。


「正式名称はラビーランド。ほんの50年前からゼピアの街外れで営業を開始したアトラクションダンジョンだな」


「ほう。ちなみにアトラクションなんとかってのは?」


「なんだよ、知らないのか。この世界には二種類のダンジョンが存在する。一つはお前らアライバルが活躍しているような、超自然的に発生したダンジョンだ。そしてもう一つ。こいつは俺たち人が作り出した人造のダンジョン、いわゆる《 アトラクションダンジョン 》と呼ばれるものだ」


「へ~、そんなのあるのか。知らなかった」


「へ~って、お前な。ついでに教えといてやるから、しっかり聞いておけ。ひとえにアトラクションダンジョンと言っても、この業界は意外と奥が深い。まず聞くが、いわゆるダンジョン難易度を示すランクがあるのは知ってるな?」


「知らん。教えてくれ」


「よくアライバルが務まってるな。……いいか、イチルやベノムが働いていたエターナルダンジョンは、いわゆる難易度SSSの世界最高難易度のダンジョンだ。ハッキリ言って、こんなランキングに含めるのも失礼なくらい別格な場所だったと言っていい。しかし世の中、こんなダンジョンばかりじゃまいっちまう。初心者向けのものや、お子様向けのお化け屋敷ダンジョンだって存在してる」


「だろうな、でないと困る」


「そこで近年重要性を増しているのが、この人造のダンジョン、いわゆるAD《アトラクションダンジョン》だ。コイツは管理する者の腕次第でレベルを自由に調節できる上、ND《ナチュラルダンジョン》に比べて安全って触れ込みで、駆け出し冒険者や腕試ししたい冒険者を中心に需要が増している。しかもだ、管理者がギルドにダンジョン登録をしていれば、利用した冒険者は経験値やアイテムだけでなく、クエストクリアやダンジョン攻略の資格も手に入るって寸法よ。どうだ、破格だろ?」


「なるほどね、人が管理するダンジョンか」


御名答と頷いたマティスは、ダンジョンのランクをつらつらと書き出し、その上から二番目。SSと書かれた部分を指で弾いた。


「もちろん、奥が深いと言うには理由がある。知っていると思うが、これまでいわゆるAランク以上のダンジョンは、全てがNDばかりだった。お前が知っている情報も、ここらで止まっているんじゃないか?」


「ま、まぁそうだな(エターナル以外知らないけど……)」


「しかしそれを脅かす状況が生まれつつあるのさ。モンスターのテイム技術やスキルの応用法などが確立され、ここ数十年でADの存在意義は一気に広がった。さらに驚くべきことに、五年前、とあるADが、突然SSランクという破格の評価を獲得し話題になった。人造のダンジョンがSSランクだぞ。これはもう快挙と言っていい」


「ほ、ほう。そりゃ凄い(……のか?)」


「安全性を確立した上で、SSランクのダンジョンに挑戦できる。この価値を理解できない冒険者はいない。たったこれだけのことでも、ADが存在する意義は計り知れないと俺は思ってる。……だが、当然そんな都合の良い話ばかりじゃない。急激に裾野は広がったものの、この分野はまだまだ未開の地。残念なことに現存しているほとんどのADは、文字通りただのアトラクションに成り下がっているという現実だ。ほとんどの登録ADは、遊具場として継続しているか、人が集まらず廃墟として潰れていくかの二択。それで話を最初に戻すが、イチルの知りたいと言っていた施設も、もちろん後者。何年も前から稼働していない廃墟同然のゴミ捨て場だな」


「ゴミ捨て場、ねぇ。……で、所有者は?」


「カインズという男のようだ。しかし資料を見る限り、何年も連絡が取れていないらしい。今頃は逃げ出したか、行き倒れて死んでいるかどちらかだろう」


「逃げ出した?」


「恐ろしい金額の借入記録が残っていた。ウチは僅かだが、他からたんまりと借りていたらしい。権利者の詳細はわからないが、金額を見る限り、そろそろ回収されていてもおかしくないな」


なるほどねと頷いたイチルは、おおよその成り行きを理解した。


「最後にもう一つ。そのカインズって人物がアンデッドヒューマンとは書かれてない?」


「アンデッド……、なんだって?」


「ならいい。世話になったな」


さっきの換金分は全部新規の預金で頼むよとマティスの肩を叩いたイチルは、人でごった返す換金所を後にした。

loading

この作品はいかがでしたか?

39

loading
チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚