「おねえちゃん!これ!」
寝る直前、髪を緩く結った守に桃華は自由帳を突きつけた。
その瞳には炎が見え、守は「お、おん…」と若干気圧されながらも内容を見る。
「え、と…」
それには桃華はもちろん守や海、四季や皇后崎、屏風ヶ浦などの名前が載っており、それぞれキョンシーや吸血鬼、ミイラなどの妖怪達の名前が割り当てられていた。
「どうしたの、これ」
そのページを指差して言うと、桃華は事の顛末を語りだした。
何でも、ハロウィンに期待していない四季達の姿を見て「ぼくがやらなきゃ」と使命感が湧いたらしい。
「ハロウィンパーティーしたくて…」
少ししゅんとして桃華はぶかぶかとしたジャージの裾を弄りながら言う。
ちょうどその時ドアが開き、遊摺部が風呂から戻ってきた。
守は「よっこいしょ」という掛け声と共に立ち上がり、メジャーを机から出して遊摺部の採寸をしていく。
「守先生?」
「…あぁ、ハロウィンの仮装作ろうと思ってね」
妹の可愛いお願いだ。叶えないわけにはいかない。
(しかも、息抜きにもなるしね)
いつも無陀野にしごかれている生徒達に楽しみを与えてあげたい、というのも理由の一つだった。
測り終わり、メモにさらさらと書いていく。
桃華の採寸もしていると遊摺部が手を挙げた。
「僕も手伝いますか?」
「うーん…じゃあ、手伝ってもらっちゃおうかな」
守は遊摺部を男子のサイズを測る係に任命し、測る場所を説明する。
メジャーのスペアを渡し、「んじゃ、やってみるか」と腕を広げる。
「へ?」
「一回やった方が良いでしょ」
「何言ってんの」と首をかしげる守に遊摺部は少し躊躇いながらも採寸をしていき、メモに書き込んでいく。
「うん。ちゃんとやれてるね」
満足げに微笑み、守は「明日四季君達お願いね」とベッドに潜っていった。
桃華も「おやすみなさーい」とぬいぐるみを抱きしめて寝息を立て始めた。
遊摺部も電気を消し、ベッドに入った。
翌日、朝礼が始まる少し前。
守はメジャーを手に持って言った。
「ちょっと服作るからサイズ測って良い?」
案の定皆不思議そうにしていたが、事の顛末を話すと納得して測らせてくれた。
(成長したな~)
感慨深く思いながら海の採寸を終わらせ、屏風ヶ浦の採寸に移った。
「すみません、私みたいなドブのサイズなんて…」
「大丈夫、標準体型だよ。もう少し食べても良いくらいかなぁ」
診察のような言い方で返す守はとても手際が良い。
すぐに最後の漣の採寸に移ってメジャーを伸ばした。
「どうだ?少し気にしてて…」
「心配無し!筋肉多いから重く出ちゃってるのかもだけど、問題ないよ」
明るく言う姿はどこか彼女が『兄』と慕う花魁坂に似ている。
喋っているといつの間にか測り終わっており、守は遊摺部に「手伝う?」と声をかけた。
遊摺部は半泣きで「お願いします…」と矢颪にぶん殴られながら蚊の鳴くような声で協力を要請した。
守は気合いを入れ直すと他の男子達の採寸を始めた。
副担任には強く出ることが出来ないのかすんなりと終わり、守は服のデザインが描かれたノートにサイズを書き込んでいき、「ありがとね~」と教室から出て職員室へと向かった。
「京兄、ない兄、いる?」
そう言って近付いてきた兄貴分達に素早くメジャーをあてて採寸を済ませる。
少し混乱しているようだが気にはしない。
「よし、これで作れるね」
自分の机に行こうとすると「待て待て待て」と二人に呼び止められた。
何があったのか、と問うと花魁坂が捲し立てるように口を開いた。
「『何かあった?』じゃないでしょ!何?イタズラ?それともストレスで何か作ろうとしてる?!」
ぽりぽりと頬を掻いて事情を説明すると、花魁坂は天を仰ぎ、無陀野は深すぎるほどのため息を吐いた。
どうやら二人には以前守のストレスが爆発したときの事が頭に浮かんでいるらしい。
ちなみに、守はそのときの事を覚えていない。
「お前が何か作る時は大体ストレスだからな」
「そ。めっちゃ焦った!」
兄達の言葉にそそくさと口笛を吹きながら逃げ去り、自分の机でデザインを練る。
その日は授業の合間にデザインを練っていた。
「ん~!できた!」
デザインが固まる頃にはもう夜は深まっており、時計は9時を示していた。
だらだらと冷や汗を流しながらそっと職員室を出ようとする。
誰もいないことにほっと胸を撫で下ろし、部屋に戻ろうと廊下を歩く。
(暗いなぁ…)
スマートフォンで足元を照らしながら歩いていると、前方からコツコツと靴の音が聞こえた。
「え」
(まさか、ガチのやつ…?)
音の鳴る方向にスマートフォンの明かりを向けると、人影が姿を現した。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」
「何をしているんだ守」
よく見れば黒いいつもの服に身を包んだ無陀野がいた。
全身黒いので分かりにくかったらしい。
守は「びっくりしたぁ…」と胸を撫で下ろし、無陀野と共に寮に戻る。
「ほんと、びっくりさせないでよ」
「勝手に驚いたのはお前だ」
「そーゆーこと言う?」
どうでも良いことを話しながら歩いていると、いつの間にか自分の部屋についていた。
どうやらいつまで経っても帰ってこない守を心配したらしい。
無陀野は守の頭の上に手を乗せると、なでなでと桃華達にするように撫で始めた。
「ちょ、おい、ない兄!」
この歳にもなって撫でられるのか、と羞恥心に身を任せて手を叩き落とし、部屋の中に引っ込む。
無陀野は少し息を吐いたかと思うと、妹達に向けるような声音で言った。
「早く寝ろよ」
無愛想ではあるが優しい声に少しドアを開けて顔を出し、手を振る。
「…こーいう所が、ずりぃんだよなぁ。妹から言うと」
無陀野が背を向けると守はドアを閉め、型紙作りと裁断作業に取りかかった。
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