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※この作品は、『バームクーヘンエンド』であり、以下の内容が含まれます。
・中也とモブ女の結婚
・中也とモブ女の子供
・自殺
それでも良い方はお進み下さい
✤✤✤✤✤
「俺、結婚する事になったンだ。だから、この関係を終わらせたい」そう告げた彼は、真剣な目をしていた。
「……え?」
呼び出されたから、きっとセフレじゃなくて恋仲になろう という旨の告白だと思ったのに。
此奴は今、何と云った?
「へ、へ〜…君みたいな脳筋チビにも嫁ぐ人がいるのだね」
荒ぶる感情を抑えて、貼り付けの笑みを顔に貼り付ける。
「脳筋チビは余計だ。……彼奴、俺を初めて見た時なんて云ったと思う?」
「……さあ」
「『運命の人』だってよ。初対面でそんな事云われたら誰でも惚れちまうよな」
照れ臭そうに云う中也に、胸がズキンと痛んだ。
ああ、矢張りそうか。
(運命の相手は、私だろう?)
そう、自惚れていたのだ。
私達は紛れもない”運命”だった。
双黒として黒社会を牛耳っていた時も、作戦は必ず成功していた。
探偵社に入社してからも、君が独りで任務に向かった時は、まるで世界がモノクロに見えた。
君の瞳のように、空は何時も蒼く澄んでいた筈なのに。
「それでよ、太宰……手前にも出席して欲しいンだ」
「え?」
「手前が隣に居ねぇと落ち着かねえンだよ」
ああ、矢張り君は狡い。
最期まで、私の心を弄んで。でも、其れが君らしくて。
実に、自分が惨めに思えた。
「…はぁ」
久しぶりに帰ってきた社員寮は、こんなに汚かったものか。
昨日まで中也の家で同棲していたものだから、この部屋が狭くて汚らしいと思ってしまう。
飲んだ酒瓶もそのまま。蟹缶のゴミも出しっぱなし。
彼が見たら、怒りながらも片付けてくれるのだろうな。
と、虚しい妄想に耽る。
「…」
薄っぺらい布団に横たわりながら、今日のことを思い出す。
突然告げられた結婚報告と別れ。
もし、中也が私を選んでいたら……
有り得ないと分かっていても、そう考えずにはいられない。
「狡いのだよ、君は」
私の気持ちを知りもしないで。
私が好きでもない、寧ろ嫌いな男を態々抱くと思う?セフレでもいいから、隣に居たかっただけなの。
「……ほんと、」
大っ嫌い。
最期まで素直になれなかった自分にも、勝手に幸せになろうとしている中也も。
心底嫌いだ。
式は翌月行われた。参列者は皆見知った顔の面々だった。
そんな中で、傍から見れば『犬猿の仲』であるはずの私が参列しているのだから、皆驚いていた。
嗚呼、厭だ。もういっそここで暴れて式を崩壊させてやろうか。放火してやろうか。
でもそんな事をしてしまえば、私は……。
「……はぁ」
何で、参列しちゃったんだろう。より虚しくなるに決まってる。
でも、私の意思ではどうすることも出来ないのだ。
自分の中で幾ら葛藤しようとも、私が真に望んでいるのは……。
『参列者の皆様、お待たせいたしました。只今より、新郎新婦のご入場です』
司会者がそう告げると、会場が拍手に包まれた。
出てきたのは、愛しい彼と、その彼と腕を組む知らない女。
彼は白いタキシードに身を包み、天使のようだと思えた。
隣の女は、馬子にも衣装という程似合っていない。
こんな奴のどこが善いのだか、私にはさっぱり分からない。
私が誰よりも君を見てきたというのに。
(ほら、矢張り……私を選んではくれない)
『本日はお忙しい中、私達の結婚式にお集まりいただき誠にありがとうございます』
今日の彼は、私の知らない別人だ。
『私は、彼女の事を心から愛しています。』
嗚呼、辞めてよ。聴きたくない。
虚しくなるだけだ。
『彼女となら、どんな困難も乗り越えていけると、そう信じています』
「ッ……」
嗚呼、厭だ。厭だ厭だ厭だ。
何で君は私を見てくれないの。どうして私を選んでくれないの。
私はこんなにも君を愛しているというのに。
君を殺して、私も死にたい。
スピーチは、何故か私の担当だった。
何だ、私を更に惨めにしたいか。
「…彼は、私の相棒でした。ガラが悪くて素直じゃないけど…その分、部下思いで優しくて。」
「彼ならきっと、貴女を幸せにしてくれると思います。」
そう告げた時、彼の目を見て云った。
彼は、少し驚いたような顔をした後……笑った。
(嗚呼、矢張り)
もう手遅れだ。
「太宰さん」
式が終わり会場を後にしようとすると、
新婦の女が話しかけてきた。
「その、つまらない物ですが…引き出物です。」
「……ありがとうございます」
嗚呼、今この女を殺したら、彼は私のものになってくれるかな?
この女が、中也が私を差し置いて選んだこの女が、憎い。妬ましい。
「……どうか、お幸せにね」
「はい!」
嫌味たっぷりに云ったつもりだったのに、新婦は嬉しそうに頷いた。
「……」
引き出物のヴァーム・クーヘンは何処かの有名店のもので、とても美味しそうだった。
私はそれを、食べた。
「…お゛ェッ」
吐いた。
不味いったらありゃしない。
否、美味しいのだけれど、心が受け付けない。
嗚呼、今頃彼は初夜としてあの女とセックスしているのかな。
良かったじゃない。女を抱けて。
いっつも私に抱かれてた癖に、よくもまぁ女を抱けたね。
「……あ゛ー、もう」
気持ち悪い。
「ッ……うぇ……」
もう、何もかもが嫌だ。
中也の隣なんて大っ嫌い。
でも、隣に居ないと落ち着かないのは私の方だ。
若し、中也に子供が出来たら
私はきっとその子を殺すと思う。
だって、憎いのだもの。妬ましいのだもの。
……あ、そうだ。
今私が死んだら、中也の子供として転生できないかな。
そうしたら、私は中也の隣でずっと……
「あは」
いい考えだ。そうとなれば早速死のう!
死んで、彼の子になれば良いのだ!
「グッド・バイ!!」
太宰が自宅で首吊り自殺してからもう5年が経つ。
あの日は衝撃的だった。
なんせ、俺が妻と結婚式を行った日の夜に太宰が死んだのだから。太宰の葬儀には、探偵社の面子が全員揃って参列した。
太宰の死に顔は、本当に穏やかだった。
それが不気味で、今でも脳裏にこびりついている。
「パパ、どうしたの?考え事?」
背後から、幼い声が聞こえた。息子だ。
今年で4歳になる。「嗚呼、心配かけてごめんな」
息子に向き直り、その小さな身体を抱き締める。
子供特有の甘い匂いと体温が心地良い。
「昔の友達の事、考えてたんだよ」
「……友達、か。パパにとって、その人はたかが友達 だったんだ?」
息子の目の色が変わるのを、俺は見逃さなかった。
「私は、君の事を愛していたのに」
「っ!?」
思わず息子を腕の中から解放する。
その口振り、偶に出る子供らしくなき仕草。そして、4歳にしては大人び過ぎているその口調。
「お前……だざ、」
「私を置いて、君だけ幸せになんて、許さない」
此奴は、息子じゃない。
太宰治だ。
死んだ彼奴は、俺の息子として生まれ変わったのだ。
「大好きだよ、パパ」
息子の眼は、恐ろしい程に闇に呑まれていた。
【END】