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院瀬見にがっちりと手を握られ、目的地である談話室に向かって歩いているわけだが、今日に限っていやにギャラリーが多いのは気のせいだろうか。
「…………」
「…………何ですか? さっきからジト目でわたしを見て。何かわたしに対して不信な感情でも働いているんですか?」
不信感が働かない方がおかしいだろ。女子棟の廊下を歩くだけでも注目を浴びるのに、まさかの院瀬見に手を握られているんだから他の女子からすれば奇妙な光景に映っているはずだ。
いくら生徒会長という立場でも余計なことで注目を集めたくないんだが。
「何でわざと見せつけるようにして歩くんだ? お前……院瀬見は一応、有名人だろ? ウワサされたら――」
「いいんじゃないですか? わたし、芸能人じゃないですし」
「そういうことじゃなくて、何て言えばいいんだ……」
純に頼まれたこともあるし、推し女の誰かに見られても厄介だ。
「心配しなくても、もうすぐ一般の女子たちがあまり近づかない談話室に到着するので、人の目に怯えなくて大丈夫です!」
怯えてないし、そもそも言いたいことが全く違うんだよな。
とはいえ、院瀬見の言うようにあちこちで感じた女子たちの視線はすでに無くなり、校舎の端《はし》に位置する談話室が手前に見えてきた。
「……それはそうと、手を握りながら俺を強制的に先導してたはずなのに何で体をくっつけてきてるんだ? さっきから肩をぶつけてきてるし」
院瀬見は女子たちの視線がほぼ無くなった辺りから、俺の隣を歩きながらぴったりと密着していた。
「決まってるじゃないですか。翔輝さんが逃げないように、ですよ? それに、これこそスキンシップな関係じゃないですかー!」
「あ、あー……。ついでに聞くけど、『翔輝さん』って何だ?」
「もしかして、ご自分のお名前をお忘れになったんですか?」
「そんなわけないだろ! そうじゃなくて、俺のことは南って呼び捨てで呼んでたはずだ」
院瀬見は、まるで俺がおかしなことを言っているかのように唖然とした顔を見せている。そんな驚かなくてもいいだろうに。
「好き勝手に呼べって言ってたのも記憶にないんですか?」
「……それはある。けど、院瀬見が俺のことをそんな風に呼ぶとか……」
「意外でした?」
これには俺も無言で頷くしかなかった。しかし俺の反応がよほど気にいったのか、肩への衝突が激しさを増している。
しかも、
「談話室に着いちゃいましたね。翔輝さんがどうしてもって言うなら、部屋の中でも離しませんけどどうします?」
こいつってこんな性格だっただろうか?
どこからか分からないが急に俺に対して馴れ馴れしくなってきたし、最初の頃よりも距離がおかしくなってないか?
「談話室の中には他に女子がいるだろうし、遠慮しとく。それに俺は真面目に話をしに来たからな。隣に院瀬見がいたら冷や汗しかかけそうにない」
「女子、他にいませんよ?」
「えっ?」
「でも、わたしもお話がありますし、向かい合って話すのがベストなのでそうします!」
何と言えばいいのか上手く表現が出来ない。俺もすっかり幼馴染のアレみたいに語彙力を失いつつあるんだろうか。
そんなこんなで談話室に入ると院瀬見の言葉通り、誰もいなかった。
誰か一人くらいいてくれてもと思ったものの、推し女の誰かがいても気まずくなりそうなので文句は言わないでおくことにした。
部屋に入ってすぐ、俺を適当に座らせて院瀬見は部屋の奥にいなくなる。こっちは話があるから来てるのに、相変わらず謎の行動をする奴だ。
以前来た時は俺は外の庭園に呼び出されていたので、とりあえず周りを観察してみることにする。
とりあえず分かることは男子棟と違い、女子棟の施設の一つ一つがだだっ広いということだ。何というか、お金のかけ方が違うという現実をまんまと見せつけられている気分になる。
「院瀬見ー! どこに行ったー?」
「……」
しかし全く返事が無く、誰もいない無数のテーブルとソファが並んで見えるだけで何をすればいいのか分からなくなりそうだ。しかも何だか眠くなってきた気がする。
「少しだけ横になるか……」
誰もいない談話室での独り言も寂しいが、まだ女子しか使っていない談話室に来ることも無いので、この機会を使ってソファに横たわってみた。
「……翔輝さん。翔輝さんは――が好きですか?」
横になっていただけなのに少しだけ寝ていたのか、いつの間にか目の前に院瀬見が立っていた。しかも何かを手にして俺を真上から見下ろしている。
「んあっ!? え? 今なんて」
何を聞かれたのか不明なうえ、見下ろす院瀬見の目が怖いので慌てて飛び起きてしまった。
それなのに院瀬見は、
「ごめんなさい、お待たせしすぎました!」
眠りこけていた俺に嫌味を言うでも無く、素直に頭を下げてきた。どうやら奥の方に行っていたのは飲み物を取りに行っていたかららしい。
「湯気……ってことは、わざわざ作りに行ってたのか?」
「もちろんそうです。だって何も飲まずに話をしたら喉が渇きますもん」
「そりゃまぁ……」
「わたしが紅茶で翔輝さんはコーヒーですけど、いいですよね?」
あやうく眠りそうになってたとはいえ、さっき俺に何を聞いてきたんだ?
「頂くよ。サンキュ」
「……ところで、さっき寝ぼけていたみたいなのでもう一度聞きますけど」
「あ、うん」
どうやら親切にもう一度訊いてくれるみたいだな。
「翔輝さんって、推し女の誰かを好きなんですか?」
「――え」