テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
1,925
562
店長side
花屋《muguet》をやってもう何年になるか、正直もう数えてない。
でも一つだけ分かってることがある。
ここは、花より人間のほうがよく咲く。
「……で、今日もあの2人来てるの?」
開店準備をしながら独り言みたいに言うと、案の定だった。
「おはよ」
ドアベルより先に声がする。
はい来た。
佐野勇斗。
「おはよーございます」
「おはようございまーす」
うちの店の常連(というかほぼ住人)。
昔はただのイケメン客だったのに、今じゃ完全に仁人の彼氏として定着してる。
で、その仁人。
元、まさこ。
今はちゃんと男の吉田仁人。
……ややこしいけど、うちはもう慣れた。
「お前さぁ」
私がカウンター拭きながら言うと、勇斗が振り向く。
「はい?」
「朝から来すぎ」
「仕事前なんで」
「ここお前の職場じゃない」
「でも彼氏の職場なんで」
「誰が彼氏認めた」
「世間」
「世間巻き込むな」
隣で仁人が小さく笑ってる。
この子は昔からそうだ。
一歩引いてるようで、ちゃんと見てる。
で、勇斗が全部突っ込んで崩す。
バランスは謎にいい。
「今日さ」
勇斗がカウンターに肘つく。
「1年記念なんすよ」
「知ってる」
「え、知ってるの?」
「毎日見てりゃ分かる」
「すご」
仁人は奥で花を切りながら、少しだけ耳が赤い。
分かりやすい。
ほんと分かりやすい。
「で?」
私が聞くと、勇斗がちょっとニヤつく。
「仁人から花束もらいました」
「はいはい自慢ね」
「めっちゃ嬉しかったです」
「はいはい幸せ報告ね」
「泣きかけた」
「うるさいな」
仁人がぽつっと言う。
「泣いてはなかったでしょ」
「ギリ泣き」
「泣いてない」
「泣きそうだった」
「それはそう」
「ほら!」
こいつら、ほんとにうるさい。
でも嫌じゃないのが余計腹立つんだよね。笑
昼過ぎ。
店は少し落ち着いて、花の匂いだけが残る時間。
私はレジ裏で作業しながら2人を眺めていた。
勇斗は仁人の隣に立って、意味もなく話しかけてる。
「なぁ、この花かわいくない?」
「それさっきも言ってた」
「でもかわいいじゃん」
「はいはい」
「雑じゃない?」
「仕事中なんで」
「彼氏だよ?」
「仕事中なんで」
「強い」
仁人は手を動かしながら、たまに笑う。
あの子、昔はもっと距離取ってたのに。
今は普通に人の隣にいる。
それがちょっとだけ嬉しい。
「店長」
勇斗が急に呼ぶ。
「なに」
「俺らってさ」
「うん」
「なんかちゃんとカップルしてます?」
「知らん」
即答。
「えぇ」
「でも」
私は花を一本手に取る。
「前よりは人間になってる」
「それ褒めてる?」
「褒めてる」
仁人が小さく笑う。
勇斗はちょっと考えてから頷く。
「じゃあ成功ですね」
「何が」
「恋愛」
「知らんけど」
でもまぁ、悪くない。
夕方。
閉店準備をしながら私は二人に言う。
「はい、帰れ」
「え、まだいける」
「いけない」
「なんで」
「邪魔」
「ひど」
仁人が笑う。
勇斗が不満そうにする。
でもちゃんと帰る準備するあたり、あいつも成長した。
「店長」
仁人が最後に言う。
「ん」
「ありがとうございました」
「何が」
「ここ」
私は一瞬だけ黙る。
「……知らんけど」
「ふふ」
勇斗が横で言う。
「俺も感謝してます」
「うるさい」
「でもほんと」
「はいはい」
私はシャッターに手をかける。
ガラガラ、と音が響く。
その向こうで2人が並ぶ。
昔はただの花屋だった。
でも今は違う。
花が咲く場所っていうのは、だいたい人間の方が勝手に咲いてる。
「じゃーね」
私は適当に手を振る。
「また来いよ」
「もう来てる」
「黙れカップル」
笑い声が今日も夜に溶ける。
花屋はきっと明日も平和で。
ちょっとだけ、うるさい。
𝑒𝑛𝑑
コメント
1件
うわあ、めっちゃ温かい回でしたね……! 花屋の店長さんの語り口が絶妙で、「花より人間のほうがよく咲く」って冒頭の一行で掴まれました。仁人と勇斗の軽快な掛け合いも、店長が「知らんけど」「うるさい」で流しながらもちゃんと見守ってる距離感も、全部好きです。1年記念の話で仁人の耳が赤くなる描写とか、夕方の「ありがとうございました」に「ここ」って返す仁人——あれだけで今までの物語が全部ぎゅっと詰まってる気がしました。斜め上かもしれませんが、このエピソードって「居場所」の話だなって思いました。花屋が咲かせてるのは花じゃなくて、人と人の関係性そのものなんですね。素敵なエピソードをありがとうございます。藍月。さんの描く会話劇、本当に自然で心地いいです。