テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
あれから少し時間が経って、女が仲間の前でも完全に目を覚ました。
「あ、船長ー!目覚ましましたよ!」
知ってる。なんなら引き上げたときから目は覚めていたぞ。
「名前、聞いてもいいか?」
俺は女にそっと問いかけた。
「私はシエル。貴方は?」
「俺はこの船の船長、ガスパルだ!」
「ガスパルさん…この度は海に落ちた私を引き上げて下さりありがとうございます」
そうやってシエルは俺に向かって深々と礼をした。
「いやそんな、俺は当然の事をしただけだしな!それに…もっと早く動けたのに…」
俺はあの時、シエルに見惚れてしまい、真っ先に動けなかったことを後悔している。
「何故、動けなかったのですか…?もしかして怪我をしていたり…」
「怪我は無いんだ、ただ…その…」
シエルや仲間達の目の前で「見惚れていた」などと言えるはずがない。言葉に詰まっていると、シエルは不思議そうな顔をしながら首を傾げていた。 その顔は反則だ。
心の中でブツブツと呟いたあと、俺はこう言った。
「シエルが良ければだが…俺と明日、あの崖で会ってくれないか」
「なんですか船長!シエルさんに惚れたんすか!」
仲間が冷やかしてくる中、シエルだけは拍子抜けした顔で固まっていた。やっぱりこんなこといきなり言われてもただ困るだけだよな…はぁ、言わなければ良かった。
「わ、分かりました…!明日、またあそこで会いましょう、約束ですよ」
ヒューヒューとより一層仲間が冷やかしてきた。だがそんな声さえ、俺には海の囀りと共に消え去ったような気がした。やはり俺の目はずっと、シエルの方へ向いている。
「そ、そういえばシエルはどこに住んでいるんだ?」
「私は…私は、あそこの集落の人間ですよ」
「そうなのか、じゃあ今度あそべるものを持っていこう、船には数多にあるんだ」
仲間達はうんうんと頷き楽器を奏で始めた。だが、シエルからの返答はしばらく無く、口を開いたかと思えばこう言った。
「大丈夫です…お気遣い、ありがとうございます」
そう言ったシエルの顔は、何だか物凄く寂しそうな顔をしていた。
「そういえば船長!あの宝石、危なく船から落っこちる所でしたよ!船長がいきなり落とすから…」
「それは本当に申し訳ない…拾ってくれてありがとうな!」
「全く〜仕方の無い人ですね〜」
俺はまた、心の広く、優しいこの仲間に出会えて良かったと思った。
「仲が良いのですね」
「あぁ!勿論だ!仲間達は皆、俺の家族だからな!どんなときでも誰一人見捨てることは出来ん!」
俺の本音をシエルへ言った瞬間、少しの静寂を挟み、後ろからは「船長…!」と仲間達の声が聞こえた。
「宴だ宴!シエルも一緒に楽しもう!」
「良いのですか…!」
「勿論!シエルだけ仲間外れというのも気に食わぬからな」
「船長やっさし〜!」
その後は皆で唄ったり、踊ったり、食べたりととても楽しく素敵な晩を過ごした。途中でシエルは用があるからと抜けてしまった。明日、会うのがとても楽しみだ。
日が昇ってから数時間ほど経った。緊張からか、気が上がっていたからか、俺はいつもより何時間も早く起きてしまった。仲間達はまだいびきを立てながら寝ている。
「日が綺麗だな…」
崖の上から見上げた日と、海の中に揺らぐ日のどちらも眩しく、美しい。そんなことを考えていると、後ろから草を踏む音が聞こえてきた。
「ガスパルさん…?」
「おはよう、シエル。来てくれたんだな!」
「勿論です、『約束』ですから…!」
シエルの顔が昨晩よりも輝いて見えた。白い髪と肌に当たる日はまるで、シエルのためにあるかの様だった。
「ガスパルさん、てっきり私より遅く来ると思っていました」
「なっ…!」
舐められたような気がして、何だか悔しくなった。
「ふふ、冗談ですよ 」
シエルは俺を揶揄うように笑った。だが俺は、心の底からこの笑顔をこの手で守りたいと思った。
「日が綺麗ですね」
「そうだな…でも俺からしたらシエルの方が…」
やばい、心の声をそのまま口にする所だった。こんなのまだ出会ったばかりのシエルにいきなり「交際したい」と言っているのと同じだ…。
「え?今何か言いましたか?」
「い、いやいいんだ…聞こえてないならそれで」
どうやら波の音のおかげで、俺の声がシエルの耳に届く前にかき消されたようだ。
「何ですかそれ!気になるじゃないですか!」
頬を膨らませ、こちらの方を向いているシエルの顔が今度は可愛らしいと思ってしまい、反射的に顔を背けた。
「そ、それよりシエル。お前の髪は生まれつきなのか? 」
話を逸らそうと、シエルの綺麗な白髪について聞いてみた。
「…」
「シエル?どうし…た…?え!?シエル、泣いて…」
返事が無かったのでゆっくりとシエルの顔を見ると、シエルは口を開けたまま涙を流していた。
「す、すまん…泣かせるつもりは無かったんだ!…すまん」
「あっ…いえ、私こそすいません。いきなり、泣いてしまって…」
シエルは頬に伝う自分の涙に気づき、その顔を覆い隠すかのように手を当てた。
「シ、シエルの髪が天ノ川のように綺麗だったもので…つい、聞いてしまった」
俺は、思ったことをそのまま正直に打ち明けた。
すると、シエルは耳を赤らめた。涙のせいで赤くなった頬も相まってシエルの顔は本当に真っ赤になってしまった。
「天ノ川…私の髪は天ノ川のようですか。ふふ、ガスパルさんありがとうございます…!」
そう言って彼女は、一番星のような笑顔を弾けさせた。