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最終話 : 『 言い訳と服従 』


✳✳✳


(……別に、どうでもいい。……ただ、顔を確認するだけだ)

次の日、跡部は自身に言い訳をしながら1人、立海の校舎を歩いていた。

乾いた足音だけが、静かに響く。

跡部は、あくまで「顔を確認するだけ」という目的で、赤也の姿を探していた。

もちろん、そんな自分を冷静な第三者が見れば、滑稽にしか映らないだろう。

…もう、誰に言い訳しているのか、もはや本人にも分からない。

でも、気づかないふりをした。

胸の奥で燻る熱も、無視した。

ずっと頭の隅に巣くっている“昨夜”の記憶も――本当は、切原の不在に飢えていたことも。

(……クソ…ッ、どうしてこんなに、イライラするんだよ…)

音楽室、屋上、体育倉庫……

思い当たる限りの“切原のいそうな場所”を探しても、どこにも姿はなかった。

だが、ふと――校舎裏の静かな木陰に差しかかったとき、風に揺れる声が聞こえた。

「……跡部さん、探しに来たんすか?」

その声に、身体がびくりと反応した。

見れば、切原は壁にもたれて座っていた。

いつものふざけた笑顔じゃない。

どこか、試すような、でも少し嬉しそうな目をしていた。

「……別に、お前なんざ……探してねぇ」

即座に否定する。それが、せめてもの防衛線。

けれど、声がわずかに掠れてしまったことに、自分でも気づいていた。

「ふーん。じゃあ……何しにここ来たんすか?」

「わざわざ立海まで、」

にや、と笑う。

その笑顔に、胸の奥がきゅっと軋む。

(……ああ、やっぱり、顔を見たら……)

抑えていたものが、崩れそうになる。

安心してしまった自分が、腹立たしい。

でも、同時に――どこか、満たされていた。

「……昨日のこと、忘れた、とは言わせねぇからな」

「うん、忘れるわけないっすよ。忘れさせる気もないっすけど」

即答する切原に、何も言い返せなかった。

沈黙が落ちる。

でもそれは、居心地の悪いものではなかった。

切原はゆっくりと、俺の隣に腰を下ろす。

言葉もなく、ただ静かな時間が流れる。

風の音、何処からか聞こえる生徒達の声。

そのすべてが、なぜかやけに優しく響いていた。

自分がここに来た理由なんて――もう、どうでもよかった。

ただ、今は。

切原赤也の“隣”にいることが、何よりも自然に思えていた。


✳✳✳


「……跡部さん、今日は大人しいっすね」

隣に腰かけた切原は、いたずらっぽく笑いながら、すぐには何もしてこなかった。

昨日までのように乱暴に押し倒すわけでもなく、強引に距離を詰めるわけでもない。

ただ、じっと見つめてくる。

それだけで、十分に焦らされていることに、跡部は苛立ちを覚えていた。

(……何がしたいんだ、こいつは)

いつもなら――勝手に踏み込んできて、壊しに来るくせに。

今日は、なぜか触れない。

まるで、「お前の方から来い」と言わんばかりに。

「……どうしたんすか? ほら、昨日みたいに……もっと俺に縋ってきたら?」

低く、わざと耳元で囁かれる。

身体がびくりと反応した。

(違う……今のは、たまたまだ……)

喉が、妙に乾く。

呼吸が浅くなる。

焦らされているのがわかる。

でも、あの指が来ない。あの支配が来ない。

……それが、怖いほど、苦しい。

「……赤也」

名前を呼んでしまった。

もう、そこで俺の負けだった。

切原は、わかっていたのだろう。

にやりと、目を細める。

「……なーに? 跡部さん」

それだけ。

それだけの言葉に、堪えきれなくなった。

「……ッ、ふざけんなよ、なんで……なんで触れねぇんだよ……ッ」

我慢の限界を超えた瞬間、跡部は自ら身を寄せた。

切原の胸元に、手をかける。引き寄せる。

強がりの理性など、とうに消えていた。

「……俺を……突き放すな……」

声が、震えていた。

欲しくて、渇いて、どうしようもなくて。

もう、どうでもよかった。

触れていたかった。

また、壊されていたかった。

昨日の夜に戻りたくて――

でも、戻れないまま一日を過ごしたことが、あまりにも空虚で。

「赤也……来いよ……」

それは、“KING”が使うべき言葉ではなかった。

切原は、静かに笑った。

「…やっと、素直になったじゃないっすか」

そして次の瞬間には、跡部をそっと押し倒していた。

「もう我慢なんて、しなくていいっすよ。……全部、俺がしてあげる」

その言葉に、跡部は目を閉じた。

敗北ではない。

これは――望んだ服従だった。

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