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「なんでお前がいるんだよ」
リーベルに着くと蓮が居て、ミドリの顔を目にした瞬間、不機嫌そうな声を出した。
「食事をしに来ただけだけど、客に向かって無礼じゃないのか?」
ミドリはサラッと言い、言い返せなくなった蓮を残してカウンターに向かう。
「お前、なんであいつと一緒に居るんだよ」
ミドリの背中を睨んでいた蓮は、不意に私の方を振り向き言った。
「だいたい今日は面接じゃ無かったのか?」
責めるような口調に一瞬怯みながらも、言い返す。
「面接の帰りに会ったの。それで送ってもらって、お礼に夕食をご馳走しようと思って」
私の言葉に蓮は顔を強張らせた。
「なんであいつに、飯なんて出さないといけないんだよ!」
「別にいいでしょ? 私が払うんだし、それにバイトにだって遅刻してませんけど?」
そう言って、まだ何か言いたそうな蓮を残してスタッフルームに着替えに向かった。
リーベルで寝泊まりさせて貰った時に急にスタッフが辞めたので、私も手伝うようになった。
その延長で、アパートに移ってからもバイトという形で働いている。
まだ仕事が見つからない私にとっては、とても有り難い。
もしかしたら、蓮はそれを分かっていて新しいスタッフを雇わないのかもしれない。
相変わらず蓮は、面倒みが良くさり気なく優しい。
そして、私はその好意を素直に受けれるようになって来ていた。
ホールに出ると、蓮とミドリが何やら言い合っていた。
「早く注文しろよ!」
「沙雪が来たら頼むよ、鷺森には用無いしあっち行ってれば?」
……この光景もいい加減見飽きて来た。
蓮はミドリが顔を出すと自らつっかかって行くし、ミドリはそれを分かっていながらも定期的にリーベルに来る。
もう仲が良いのか、悪いのか分からない。
私は呆れながらも二人に近付いて行った。
「ミドリ、注文決まった?」
「ああ、ほうれん草のサラダとペスカトーレ、後アイスコーヒーを」
ミドリは、蓮と話していた時とは別人のような笑顔で言った。
「はい、ちょっと待っててね」
私は注文を伝えに、店の奥に下がった。
それから、アイスコーヒーの用意をしようとグラスを手に取る。
それと同時に、追いかけて来た蓮に声をかけられた。
「おい、あいつと何話してたんだよ」
……まだ言ってるの?
執念深い蓮に呆れながらも、正直に答える。
「お兄さんと、雪香の近況」
「……雪香の?」
蓮は少し驚いたようだった。
「お前……平気なのか?」
「話聞くだけなら平気になった。それよりあまり雪香に構ってないそうだけど、本当にいいの?」
「は? どういう意味だよ?」
蓮は怪訝な目を向けて来た。
「だって……ミドリの話だと雪香は今大変みたいだから……直樹との破局も噂にもなってるみたいだし」
ただの噂話と言っても、話題にされる本人は精神的に堪えるものだと思う。
特に雪香の場合は、犯罪者と駆け落ちした挙げ句、元婚約者から訴えられてるんだから。
そういった話は、人の関心を引きやすいし、真実からどんどん離れた内容で広がって行く。
精神的に弱い雪香が平気でいられるとは思えない。
いくら自業自得とはいえ、蓮は心配じゃないのだろうか。蓮の性格なら、こんな時こそ支えようと思いそうだけど。
「確かに雪香は今辛い立場だろうけど……」
蓮は珍しく歯切れ悪く言った。
「でもいいんだよ、あいつが助けてくれって言って来たら手を貸すけど、何も言われて無いのに俺が先回りするのは止めたんだ。 過保護は雪香の為にも良く無いしな」
蓮はミドリと同じようなことを言った。
「……雪香は頼って来ないの?」
「ああ、最近は仕事も始めたみたいだし、あまり見かけないな」
「雪香も自立しようとしているんだね……」
「ああ、お前に捨てられてからしっかりして来たな」
捨てられたって……。
「そういえば、蓮は最近毎日店に顔出すよね? 雪香に構わなくて暇になったから?」
蓮は気分を害したように、眉間にシワを寄せた。
「そんな訳ないだろ? 毎日来るのはただ……」
「ただ何?」
蓮は少し躊躇った後、そっぽを向きながら言った。
「店の経営、今まで適当だったけど、これからは真剣にやると決めた。毎日来て、俺なりに勉強してんだよ」
「え……そうなんだ……なんか見直した」
かなり意外だった。
会ったばかりの頃は、働く必要無いからな! なんて言ってたのに。
「なんだよ、その顔!」
蓮はなぜか照れてるようで、怒ったような口調で言った。
全く迫力は無いけれど……。
「蓮も頑張ってるんだなと思って、私も凹んでないで頑張らないとね!」
「面接……上手くいかなかったのか?」
蓮は少し心配そうに聞いて来た。
「うん、ベストは尽くしたけど倍率高いからね。また一からやるよ」
「……別に……就職しなくたっていいんじゃねえの? この先もここで働けばいいんだし……」
突然小声になった蓮に、私は眉をひそめながら答える。
「ここは働きやすいけど、でもいつまでもバイトっていうのもね。やっぱり正社員になりたいし」
「だから、バイトじゃなくて……俺と一緒に店を……」
蓮は更にもぞもぞとした小声になり、何を言ってるか分からない。
聞き返そうとした瞬間、ミドリの料理が出来上がって来た。
「あっ、コーヒーの用意しなきゃ!」
慌ててグラスにコーヒーを注ぎ、料理と一緒にトレーに乗せた。
「おい、まだ話が……」
「ミドリが待ってるから、先に運んで来る」
蓮が何か言っていたけれど、お腹を空かせたミドリをこれ以上待たせられない。
私は急いで、ホールに向かった。
「ミドリお待たせ」
ミドリの座るカウンター席に料理と飲み物を並べる。
「ありがとう」
彼は落ち着いた動作でフォークを手に取り、ゆっくりとサラダを食べ始めた。
私はカウンターの内側に回り、細々とした雑用を始めた。
「沙雪、今度海外出張に行くんだ。お土産何がいい?」
まだ食事の途中だったけど、ミドリが思い出したように言った。
「え? 海外ってどこに行くの?」
ミドリは商社で働いてるから、海外出張がときどきあるそうだ。
「スペインだよ」
「スペインか、私行ったこと無いな……と言うより海外旅行自体事無いんだ」
「え? そうなのか?」
「うん、珍しいでしょ? でも今までそんな余裕無かったしね」
私がそう言うと、ミドリは柔らかな表情になった。
「じゃあ今度一緒に行こう、初めてならどこに行くか選ぶ楽しみも有るね」
「うん、パンフレットとかは良く見て憧れていてね、私が行きたいのは……」
「おい! いつまでサボってんだよ?!」
楽しく話していると、見るからに不機嫌な蓮がやって来た。
「あ……すみません」
仕事中は蓮が上司だから、素直に頭を下げる。
「俺が話しかけたんだよ、接客もスタッフの大事な仕事だろ?」
ミドリが庇ってくれたけれど、蓮は更に気分を悪くしたようで、イライラと言い放った。
「ここは、そういう店じゃないんだよ! 女について欲しけりゃ別の店行けよ!」
女って……滅茶苦茶な言い分の蓮に、ミドリは溜め息を吐き、私も冷たい視線をこっそり送った。
「沙雪、テーブル席の注文取ってこいよ」
気付かれてしまったのか、蓮の鋭い声が飛んで来る。
「はい……」
私は言われた通り、テーブル席に向かった。
注文を取り終えても、蓮とミドリはまだ何やら賑やかに揉めていた。
その光景に自然と顔が綻んで来る。
温かい気持ちになりながら、私は奥に引っ込み飲み物の用意を始めた。
こうやって過ごす毎日に、喜びを感じた。
直樹と雪香を恨み、一人で生きて行くと思いつめていた日々が、もう遠い昔の事に思える。
辛い記憶が消える事は無いけれど、思い出しても傷付かなくなっていた。
傷付くのを恐れ人との関わりを避ける気持ちもなくなった。
いつか……時が経って私と雪香がもっと成長出来たら、もう一度二人向き合えるかもしれない。
その時は、今度こそ雪香を祝福しよう。
きっと出来ると思う。
だって私は今幸せで……未来も幸せだろうと信じる事が出来るから。
『はじまりは花嫁が消えた夜』完結