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エミーネとウーゲルの頭上に『?マーク』が浮かぶ。
ホバリングを続ける鳥たちもウィルの言葉に耳を貸すはずはなく、攻撃を再開するため先頭の一羽が直滑降を開始した。
「重要なのは信じ込むこと。……僕はキノコ、僕は……カニだ」
突っ込んでくる鳥たちの姿を前に、身を屈め地面に手を付いたウィルは、カニのように横歩きしながら攻撃を躱していく。
「な、……何をしてるの? そんなことしてなんの意味が」
次々と襲いくるクチバシの攻撃を横一方向に間一髪躱したウィルは、穴底の壁際を円を描きながら走り回った。その様はルーレット状に回る光の的を、ダーツの矢で追い回しているようでもあった。
しかし不思議なことに、クチバシがガシンガシンと地面に接触し鈍い音を鳴らすたび、ウィルの移動速度は少しずつ上がっていった。
ぎこちなかったカニ歩きは次第に擬態した本物のカニのように変わり、エミーネは思わず見間違えてしまう自身の瞳を擦った。
「え、なんなの? ……カニ?」
困惑のエミーネを置き去りにし、さらにスピードを増していくウィルは、身体の色すらも茶色へ変化させながら唸りを上げる。
理解不能な変貌ぶりに、同じ甲殻類であるウーゲルも興奮を隠せないようだった。
「キノコのカニは、幼虫から成長する過程で横歩きを捨て、前歩きへと進化する。そして度合いを示すように、頭のキノコもまた成長し大きくなる」
横歩きから不気味な前進ポーズへと動きを変化させながら、ウィルはポンポンと自分の髪を撫でた。
あれだけ痛んでまばらになっていた髪が突如発光し始め、小さなキノコ型だった頭が次第に巨大化していった。
「なにあれ。彼は一体……?」
いよいよ絶句し開けっ放しのエミーネの口が乾いた頃、巨大なキノコのカニに擬態したウィルは、いよいよ鳥たちを凌駕するスピードで穴底を駆け回り始めた。
ついには攻撃している側の鳥たちがスタミナ切れを起こし、クチバシを啄む回数はどんどん減っていった。
「そしてカニは、自らの存在を王へと高めるため、最後の変化を遂げる。茶色の地味でヤワな自分を捨て、それはそれは美しい青色の肉体へと昇華させるのさ。神々しく進化した身体は蒼白く輝き、陽の光すら届かないダンジョンさえ、明るく照らす道標となる」
鳥すら置き去りにするウィルの身体が、次第に微かな光を放ち始めた。
ひび割れた茶色の隙間から、あまりにも眩い青色の光が漏れ出てきた。
「意味がわからない。……アレはどういう原理なの。あんな生物、一度も見たことない!」
長らくダンジョンの生態系を調査しているエミーネすら理解できない変化をみせるウィルは、スピードを餌にして、茶色の殻を少しずつ剥がしていく。
いよいよ周回遅れになった鳥たちを背後に従え、ピタリと立ち止まったウィルは、両手を開いたまま飛び上がり、まとっていた茶色の皮を脱ぎ捨て眩い輝きを放った。
「ひ、人が、も、モンスターに変身した?」
エミーネが驚くのも無理はなかった。
地面を蹴り、天を舞ったのは、巨大なキノコ型の頭でツルンとした青色の身体をした、人型のカニだった。
全身タイツを身にまとったような風貌の変態は、青色の肉体をこれでもかと振り乱し壁を垂直に駆け上がると、周回遅れにした最後尾の鳥の背中に飛び乗った。
「なッ、フォールバードに走って追いついて乗ったぁ?!」
律儀に両手の指をカニのようにしながらバードの両羽を掴んだウィルは、グググッと背後に引っ張った。制御を失ったバードは、一直線に落下し始めた。
「そんなことしたら、自分ごと穴底に突っ込むわよ!」
スピードを増し落下したバードは、クチバシから地面に突き刺さった。
相当な衝撃に思わず目を瞑ったエミーネは、あのスピードで地面にぶつかればまず助からないと、背中に乗っていた男の身を案じ、名前を叫んだ。
「ウィル?! どうしてそんな無謀なこと。生きてるんでしょうね!!?」
エミーネの言葉と裏腹に、反応はなかった。
穴底には超スピードで岩盤に衝突したバードの死骸が無残に転がっているだけだった。
「そんな……。私はちょっとウィルに本気になってほしかっただけなのに……」
仲間が死んだことで上空の群れが躊躇する中、思わずエミーネが結界を飛び出した。
しかし直後、息絶えたバードの下で、何かがモゾッと動いた。
「今度は、……何?」
バードの身体がグニョリと歪み、下から何かが這い出した。
眩い光を放つナニカは、ツルリとした肉体を惜しげもなく魅せつけながら、それはそれは不敵に微笑んだ。
「みんなは知らないだろうけど。王様はね、一度その立場に座ったが最後、誰にも負けることを許されない。一度でも負ければ、群れを追われ、食い殺されてしまうからね。だからこそ王様は、自分の身体をどのカニにも負けないよう硬く強固なものに変える。カニたちの硬いハサミに負けないように、自分の身体を青く屈強な肉体に変えるのさ!」
あれだけの衝撃を受けながら傷一つないウィルを見て、エミーネの額から汗が流れた。
自分は夢でも見ているのかと首を捻り、ほっぺたをギュッとつねった。
「僕はね、昔から王様になりたかったんだ。全てを思いのままに、好きなように手に入れる。王様になれば全てが思いどおりで、なにもかも自由自在。自分の思うがままなのさ。 ……でもね、僕はある時、そんなものは本物の王様じゃないと気付かされたんだ。自分勝手に振る舞うだけじゃ、誰も僕を王様とは呼んでくれない。誰も僕を、本物の王様だと認めてくれない、ってね」
可笑しなナリで遠い目をしてキザに言う男の姿は、それはそれは珍妙なものだった。
カニ男が惜しげもなく過去を披露する姿は、どこかで見覚えのあるコントを彷彿とさせる。
理解の範疇を超えたエミーネは、いよいよ我慢できず、全力のツッコミを入れるのだった――
『 『 で、それが一体なんなのよ! 』 』
ファサッとキノコ型の髪をなびかせながら、男は恥ずかしげもなく言った。
「本物の王様は、誰かのための王様でなきゃならない。よって僕は堂々と宣言する。本日この場を持って、僕は本物の王様になる!」