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狐×孤児パロ
冬弥のIQが最初低め
なんでも大丈夫な人向け
森の奥深く、神域と呼ばれるその場所は、本来ならば静寂だけが支配する場所だ。
九つの尾を持つ狐の神――東雲彰人は、昼下がりの木漏れ日の中で昼寝をむさぼっていた。だが、その耳がピクリと動く。
鳥や獣ではない。もっと異質で、かつ頼りない足音。そして、微かな衣擦れの音。
「……人間か」
彰人は不愉快そうに鼻を鳴らすと、寝床から身を起こした。この森に立ち入る人間は、決まってろくなことをしない。迷い込んだ愚か者か、あるいは神の力を欲する強欲な者か。
どちらにせよ、早々に追い払うか、あるいは――。
彰人は金色の瞳を鋭く光らせ、音のした方角へ音もなく移動した。
木々の隙間から、その「侵入者」の姿が見える。
彰人は即座に臨戦態勢に入りかけたが、次の瞬間、その構えが解けた。いや、固まった。
そこにいたのは、ボロボロの衣服を身に纏い、泥だらけになった蒼い髪の少年だった。
年齢は人間で言えば十代半ばといったところか。だが、その雰囲気はあまりにも幼い。
少年――冬弥は、空を見上げていた。
木々の隙間から落ちる光の粒を見つめ、どこか楽しそうに、けれど焦点の合わない瞳を揺らしている。
「あー、うー……あー?」
言葉にならない声を漏らしながら、冬弥は両手を顔の横でパタパタと上下させていた。まるで、飛べない雛鳥が空を求めているかのように。あるいは、ただその感覚を楽しんでいるかのように。
無防備すぎるその姿を前に、彰人の動きが止まる。
その瞬間、彰人の脳内で緊急会議が招集された。
【脳内会議:侵入者案件】
議長(理性の彰人):
「おい、状況を整理しろ。人間だ。しかも薄汚れたガキだ。神域への不法侵入は重罪だぞ。即刻威嚇して追い出すべきだ。あんな動きをしているが、油断させるための罠かもしれねえ」
書記(観察眼の彰人):
「異議あり。対象をよく見ろ。服はボロボロ、肌も泥だらけ。明らかに長期間彷徨っているか、あるいは捨てられた直後だ。武器の所持なし。霊力もほぼ感じられない。あれが罠? 笑わせるな。あれはどう見ても『無垢』そのものだ」
感情(情の彰人):
「つーか、見ろよあの手! パタパタしてるぞ!? なんだあれ。意味わかんねえけど、なんか……胸がざわつく。あんなボロボロの状態で、空見て『あーうー』って……。おい、これ保護案件じゃねえのか? ほっといたら死ぬぞ、あいつ」
本能(九尾の彰人):
「可愛い。」
議長:
「は?」
本能:
「聞こえなかったか? 『可愛い』と言ったんだ。あの無防備な顔、泥で汚れてるが造作は綺麗だ。それにあのパタパタだ。意味不明だが愛おしい。拾って洗いたい。綺麗な服を着せて、あの手を俺に向けさせたい。決定だ」
議長:
「待て待て待て! 貴様、神としての威厳はどこへやった! いきなり拾うな!」
書記:
「だが議長、放置すれば死亡確率は100%に近い。この森の夜は冷える。あの知能レベルと装備では越せない」
感情:
「ほらみろ! 俺たちが手を出さなきゃ、あいつはここで終わりだぞ。それでいいのかよ、俺!」
本能:
「拾う。洗う。餌付けする。俺の膝に乗せる。」
議長:
「くっ……意見が割れ……いや、本能の圧が強すぎる……! ええい、もう知らん! 後で後悔しても知らねえからな!!」
脳内会議は、コンマ数秒で「保護」へと可決された。
現実世界の彰人は、大きなため息を一つ吐くと、わざと足音を立てて茂みから姿を現した。
しかし、冬弥は気づかない。相変わらず「あー、あぅ?」と言いながら、木漏れ日と戯れるように手をパタパタさせている。
(……警戒心ゼロかよ)
彰人は呆れを通り越して、奇妙な愛おしさがこみ上げてくるのを感じた。
彼は人の姿のまま、しかし隠しきれない九つの尾をゆらりと揺らしながら、冬弥の目の前へと歩み寄る。
影が落ちたことで、ようやく冬弥は気づいた。
パタパタしていた手が止まる。
ゆっくりと視線が下がり、目の前に立つ不機嫌そうな顔をした男――彰人と目が合った。
「……ぁ」
冬弥は恐怖するでもなく、ただ不思議そうに首を傾げた。
その瞳が、泥汚れとは対照的に、吸い込まれそうなほど透き通っているのを見て、彰人は観念したように膝を折って視線の高さを合わせた。
「……おい」
彰人が声をかけると、冬弥はビクリと肩を震わせたが、逃げようとはしなかった。
彰人は懐から手ぬぐいを取り出すと、乱暴に、しかし力加減は慎重に、冬弥の頬についた泥を拭ってやった。
「う……ん?」
「汚ぇ顔しやがって。……腹、減ってんだろ」
問いかけに、冬弥は意味がわかったのかわかっていないのか、ただ「うー」と言って、また小さく手をパタパタと動かした。
その仕草が、どこか「嬉しい」と言っているように見えて、彰人の頬がわずかに緩む。
「ついてこい。……いや、歩くのも遅そうだな」
彰人は舌打ちを一つすると、背を向けた。
しかし、冬弥が動かないと悟ると、再び向き直り、今度は冬弥の身体を軽々と抱き上げた。
「あ! あー!」
視界が高くなり、冬弥が驚いて声を上げる。暴れるかと思ったが、冬弥は彰人の着物にギュッとしがみつくと、安心したように大人しくなった。
その体温と重みが、存外心地よい。
「……はぁ。とんだ拾いもんだ」
脳内の四人の彰人が、満場一致で『大事にしろよ』と囁くのを聞きながら、彰人は自身の住処へと歩き出した。
腕の中の迷い子は、もう空を見上げるのではなく、彰人の顔をじっと見つめながら、小さな手で彰人の胸元をトントンと叩いていた。
続く