コメント
5件
今回も最高でした! ソ連さん…そりゃあ五百人以上狙撃されたらトラウマになりますよね…イタリアさんとドイツさんがペアの衣装を着ているのも仲の良さが表されていて良いな〜と思いました! アメリカさんの衣装はザ・世界の警察!みたいな感じで旧国達から日本を守るところがカッコよかったです! あと失礼ながら…旧国のメイド集団のところで吹いてしまいました…ちょっと想像すればするほど笑ってしまう…
半分ほど昇りつめた日が照らす、オフィスの一角。
簡素な朝礼が終わりかけた頃、「最後に一言」と、社長である国際連合が咳払いを一つ。
そして、大きな紙を片手に掲げた。
「皆さん”これ”に行くのでしょう。今日だけ特別に、自由な時間に昼休憩を取ることを許可します」
幽霊を模した日の丸の猫が
「仮装してご来店された方に特別なお菓子をプレゼント!大人の方もぜひお越しください!」
と呼び掛ける、カフェヒノモトのポスター。
皆のデスクには、いつもより大きな鞄。
カフェの常連である彼らは、無邪気な子供のように、興奮を隠せずにいた。
****
そんな日の昼過ぎ。
人通りの少ない道を悠々と街を歩く三つの姿。
人ならざる格好をしたそれはまるで百鬼夜行の一部。
目的の小さなカフェに辿り着くと、緑色にペイントされた左手が、ゆっくりとドアノブを握る。
「いらっしゃいま…」
鈴の音に振り向いた店主ーー日本の声が、音を失った。
「Trick or Treat!」
「お菓子ちょーだいなんね!!」
「Moi。ちゃんと仮装してきたよ」
開いたドアの向こうには、巨躯のモンスターが三人。
明るい声で挨拶をされても、これには日本も固まるしかない。
けれど、聞き覚えのある声に、ようやく目を瞬かせた。
「カナダさんにイタリアさん、フィンランドさん!」
「こんにちは。ご来店ありがとうございます」
安心してか、いつもの柔らかな笑顔が戻る。
その可愛らしさに、三人の胸が同時に撃ち抜かれたのは言うまでもない。
「トロールにフランケンシュタイン、死神ですか」
「皆さん本格的な仮装をしていらっしゃいますね」
「でしょー?折角だから頑張ったんだ」
褒めて!と日本にハグしたのは、大きな耳と鼻を付けワイルドな装いをした、トロールのカナダ。
「トロールってたしかノルウェーのとこの妖精だっけか」
「そうそう!イタズラ好きの妖精さんなんだって。だから…お菓子くれてもイタズラしちゃうかも」
徐に手を腰に滑らせ、二ィっと悪戯っぽく笑う。
擽るよう動いた指からイタズラの思惑が透けて見えて、日本の眉尻が下がった。
「それは困っちゃいますね〜お手柔らかにお願いしますよ」
「ioはドイツと併せたんね!ドイツは博士の方なんよ!」
突然横から現れたイタリアが、満面の笑み。
その笑顔につられて日本が目を細めた瞬間――イタリアはカナダの腕をつかんでベリっと引き剥がした。
「一緒に来れなかったけど…仕事終わったら来るって!」
「イタリアさんもよく似合ってますね!ドイツさんと仲良しで微笑ましいです」
「今度は日本も併せで仮装するんね!」
イタリアの無邪気な笑顔に、カナダがじとっと睨みを送る。
逃げるようにイタリアはフィンランドへ話を振った。
「ねぇフィンランド、死神なのになんで白いんね?」
「確かに。死神って黒のイメージだよね」
イタリアとカナダの言葉に、皆の視線がレプリカの鎌を持った死神…もとい、フィンランドに集まる。
雪原のように白いローブを纏った彼からは、おどろおどろしい雰囲気は感じられなかった。
「ああ。俺の国、”白い死神”が有名だからな」
音もなく歩き出して、日本の背後に立つフィンランド。
そのまま巨大な鎌を日本の首元に添え、美しく微笑んだ。
「死神として、日本が天寿を全うするまで俺が守るし、魂は俺が天国に連れて行ってあげるね」
「えっ。あ、え…っと…」
「あはは。冗談だよ、冗談」
反応に困っている日本を安心させるよう、鎌を退かして、優しく肩を叩く。
しかし、氷の瞳は全く笑っていない。
「フィンランド…目が本気で怖いんね」
イタリアがぼそっと呟く。場の空気が一瞬、ひんやりとした。
気まずさを誤魔化すように、イタリアが再び口を開く。
「そういえばアメリカとソ連も来てないんね。他の奴らはもう行ったのに…」
「兄さんとソ連は喧嘩中だから暫く来ないと思うよ」
「あいつらいっつも喧嘩して暇なのか?」
「ロシアとしょっちゅう喧嘩してる君が言えることじゃないと思うけど…」
カナダの的確すぎるツッコミに、イタリアが苦笑い。
日本はそんなやり取りを微笑ましげに見つめながら、近くのバスケットから小袋を取り出す。
「はい、お菓子です。どうぞ」
可愛らしくラッピングされたそれは、お化けやコウモリが描かれた、かぼちゃのアイシングクッキーだ。
「おお、ありがと〜!」
「わ〜!クッキーだ!可愛いんね!」
「ありがとう。ハロウィン仕様でいいね」
三人は嬉しそうにそれぞれの袋を掲げ、笑いながらカフェを後にした。
日本はその背を、穏やかな笑みで見送る。
そしてふと、閉まりかけたドアの隙間から、冷たい風がひとすじ流れ込んだ。
――今日のハロウィンは、少し賑やかになりそうだ。
******
数時間後。
店内に軽やかなベルの音が響ーーかなかった。
「Japan〜!会いたかったぜ!」
ドアをぶち開けた警察姿のアメリカが、勢いよく日本に飛びつく。
そのあまりの速さに、ギィィィンとベルの悲鳴が聞こえた。
「おいバカ、力加減を覚えろ」
「……日本、おはよう」
ソ連とドイツが後に続き、店の入口でため息をつく。
犯罪臭が凄まじい光景に、二人の眉間が同時に寄った。
「ドイツさんいつも以上に疲れた顔してますけど、大丈夫ですか」
「あの二人、ここに来るまでずっと喧嘩しててな…気疲れした」
ドイツの重い溜息に呼応して、小さく漏れた日本の憐れみの声。
ただでさえ扱いの難しい大国二人が、隣で喧嘩しているというのだ。
きっと、暴れだして近所迷惑にならないよう抑える役割も果たしていたのだろう。
激務の傍ら修羅場に立たされるドイツに、日本は心から同情した。
そんなことを露知らず、上機嫌に日本を抱くアメリカが、ソ連を指差し悪い笑みを浮かべる。
「なあJapan!コイツさっき死神の格好したフィンランドに会ってビビってたんだぜ。笑えるだろ」
「は?ビビってないが」
「お前のトラウマだもんな〜いやぁあれは傑作だった」
「黙れ変態警察。粛清するぞ」
「落ち着いてくださいソ連さん」
トラウマを笑われたのが余程効いたらしい。
怒り心頭のソ連をなんとかしようと、日本が無理矢理話題を変える。
「そういや、あなたは仮装してないんですね」
「…ああ、そうだった」
落ち着きを取り戻した彼は、首元の長いマフラーを解いて、全身に巻き付ける。
しかし…体駆に対し長さが足りなかったせいで、肩周りのみにマフラーを巻いた珍妙な格好になっていた。
「ほら、ミイラだ」
「…それ包帯でやるやつじゃ」
「いいだろマフラーでも。同じ布だ」
日本の顔が微妙に引き攣る。正論のような暴論に、反論が面倒くさくなった。
「…まあいいですよ。何でも」
気を取り直して、隣で疲弊のオーラを醸すドイツへ目を向ける。
「ドイツさんの仮装、リアリティが凄いですね」
ドイツの羽織っている血塗れの白衣。
べったりと付着した黒ずんだ血が、照明に赤く光る。
「やるからには完璧に。だから…父さんのを借りてきた」
“父さん”。その言葉に、ソ連の眉間に皺が寄った。
「”アイツの”って…それ本物の血じゃ…」
「ちょ、怖いこと言わないでくださいよソ連さん」
「ナチスなら有り得るな。アイツCrazyだし」
「正直、俺もそう思う。けど、真偽は聞かない方が良さそうだ」
リアルな恐怖ほど怖いものは無い。
凍った空気を変えようと、日本は厨房へ向きかけた。その瞬間。
背後の大きな影とぶつかった。
「あ、すいませ……っうわぁぁ゛!!?」
店内に響き渡る日本の悲鳴。
何事かと皆が日本に視線を向ける。
そこに居たのはーーメイドの集団。
身長は高く、筋肉質で、そして何より……足がない。
スカートの下は宙に浮いており、まるで霊界のキャバクラの出勤風景。
情報量の多さに放心していると、一人、小柄なメイドが日本に話しかけた。
「よぉ日本。元気にしておったか?」
ゆったりとした低く優しい声。
懐かしい記憶が蘇り、日本の目が大きく見開いた。
「まさか、江戸おじいちゃん!?」
日本の声が弾む。
けれど、ふと感じたのは、背筋を撫でるような冷気。
彼らが”この世の存在ではない”という確かな感覚に寂しさを覚えた。
「そうじゃぞ〜お前の大好きな江戸おじいちゃんだぞ〜」
ハートが浮いて見える、ほのぼのとした空気の隣。
ソ連は、一際豪華な装いのメイドーーロシア帝国を見上げ、眉を顰める。
「うわ…久しぶりに面見せに来たと思ったらきっしょいカッコしてんな。キモすぎて目が腐るわ」
「黙れクソ息子。私だって着たくて着たわけではない」
早々始まる親子喧嘩のすぐ近く。
アメリカとドイツの元に、黒い翼を生やしたメイドーープロイセンがやってくる。
凛々しい顔で不敵に笑う彼を見て、アメリカの顔が一気に引きつった。
「げっ、プロイセン…」
「師匠と呼べクソガキ。また訓練してほしいか?」
「……いや。あんな厳しい訓練、二度とごめんだ」
誤魔化すようにサングラスをかけ直すアメリカ。
指先が僅かに震えていることからも、本気の拒絶だと見て分かる。
その姿を哀れに思ったドイツは、あの…とプロイセンに話しかけた。
「高祖父…ですよね。初めまして」
「おードイツ!実際会ったのは初めてだっけか。お前のことは天から見てるぞ」
プロイセンが満面の笑みでドイツの背を叩く。
力が強すぎてとんでもない音が聞こえているが、ドイツは嬉しそうだ。
そんな微笑ましい光景を眺める日本の目の前に、ふよふよとやってきた影、ロシア帝国がじっと日本を見つめる。
黄金の瞳が一瞬強く輝いたかと思うと、大きな手がするりと頬を撫で、顎を掬った。
「君が日本だね。クソ息子と孫が世話になっている」
「いえ、世話だなんて。逆にお二人にはいつもよくしてもらってますよ」
「………そうか。よかったら今後とも仲良くしてやってくれ。あいつら人付き合いが下手だからな」
「それならお前、うちのナチとドイツとも仲良しだよな!」
今度は強く肩を抱かれ、逞しい胸へと連れ込まれる。
驚く日本の頭上で、彼はニィっと豪快に笑った。
「あいつらがあれ程信頼しているのはおそらくお前くらいだ。感謝してるぜ」
「そんなそんな…私が構ってもらってるだけです。でも、信頼されてるのは嬉しいです」
へへっと照れくさそうに笑う日本。
先程までの険しさはどこへやら。
先祖たちは穏やかな様子を見せている。
「日帝と違って穏やかだな。愛嬌が良くて癒される」
「あいつはあいつで可愛かったが…日本も可愛いな。弟子にしてぇ!」
二人の瞳が強く輝く。
『欲しい』
そんな感情を感じ取ったドイツ、ソ連、アメリカは素早く日本を奪って距離をとる。
皆の険しい表情はどこか焦りを感じさせた。
「いくら先祖様でも…日本は渡せません」
「そーだそーだ死人は大人しく地獄に帰ってろ」
「Japanは俺のだ!取ろうとするんじゃねえ!」
空間に火花が走ったかと思いきや、
「お前のじゃねえよ」
と息の合った総ツッコミ。
流石に少しは堪えたのだろう。
お縄にかかったよう大人しくなったアメリカを他所に、日本が控えめに口を開いた。
「ところで、皆さん何故メイドさんの姿をしているんですか?」
「…お前の爺さんに着せられた。あ、これ。冥土の土産だそうだ」
ロシア帝国から渡された包み。
どこか懐かしい香りを纏う包みの中には、粒あんのおはぎ。
海外のお盆として帰ってきたのに何故秋彼岸に供えるものを?
供えられる側がそれ持ってくるのはどうなのか?
色んな疑問が渦巻いて、日本は困惑している。
「…それ、言葉の使い方違いませんか?」
そんな中、絞り出した一言は、普通のマジレスだった。
「冥土から来たメイドが冥土の土産持ってきたら面白いじゃろ?」
「おじいちゃん、そういう駄洒落好きですよね」
「じゃあ…お返しと言ってはなんですけど、三人分、仏壇にお菓子をお供えしときますね」
勿論、”made” by日本の特製スイーツを、です。と日本が笑う。
「おお!返しが上手いなぁさすがは儂の孫!」
「スイーツだと!?俺には二人分用意しろよ!」
「お前…図々しいぞ。私たちの分までありがとう。向こうでゆっくり楽しませていただく」
その時、夕方の時報が街に鳴り響く。
もうそんな時間か、と呟いた江戸が名残惜しそうに日本の手を取った。
「じゃあの日本。儂、蘭ちゃんに会ってくる!」
「じゃあ俺は日帝の所に行くぞ!たまには弟子の顔を見に行かねえとな」
「まて、私も行く。まだ日露戦争の決着は着いてない」
手を振り、玄関ドアではなく壁へ向かった彼ら。
そのままスルッと壁を通り抜けていく。
こうして、半透明の屈強なメイド集団がログアウトした。
******
嵐のようなカオスが過ぎ去って、静けさと落ち着きを取り戻した店内。
おはぎの甘い香りが騒ぎの余韻を感じさせる。
「……このおはぎ、食べていいんですかね」
包みを見つめながら日本が呟いた。
折角貰ったのだから食べたほうがいいのかもしれない。
そう思いつつも、胸の奥が妙にざわつく。
「やめとけ」
ソ連の低い声が空気を裂いた。
「嫌な予感がする」
「それには同意だな」
アメリカも眉をひそめ、おはぎをじっと見つめる。
「なんつーか……この世のもんじゃねぇ感じがする」
普段は冗談ばかりの二人が、真顔で言う。
その視線の鋭さに、日本は思わず背筋を伸ばした。
「”あの世の物は食べてはいけない”と聞いたことがある。気持ちだけ受け取っておこう」
ドイツまでそう言うものだから、日本は苦笑しながら包みを取り上げる。
風呂敷越しに漂ってきたのは、甘い香りに紛れて、どこか懐かしい――線香の匂い。
「そうですね。仏壇に置いてお返しします」
そう言って、バッグの中にそっと包みを入れた。
*****
その日の夜。
冥界の一角で、三国が茶を啜っている。
湯呑を指で転がすロシア帝国が、可愛らしくデコレーションされたクッキーを手に取って、静かに笑った。
「お前の孫、可愛かったな。穏やかで温かくて……見てるだけで胸が温もる」
「それにあの魂…美しかった。氷海に眠る宝石のように純粋で、輝かしい」
「そうじゃろ!」
江戸は顔をほころばせ、胸を張った。
「あの子は昔から優しい子でのう。どんな人にも丁寧で、寄り添ってくれる心の綺麗な子じゃて」
「ああ。息子たちが特別な感情を抱く理由が分かったよ」
ロシア帝国が愉快そうに頷く。
「お前があの子を”ここ”に留めておきたい気持ちもな」
「へぇ、そりゃ同感だ」
ロシア帝国の隣で、プロイセンが大きく頷く。
「素直で、なんか放っとけなくて、目が離せない。”こっち”に来たら、すげぇ面白い話ができそうだ」
「じゃろう?わしも、またゆっくり話したいと思うてな」
江戸は目を細める。
「昔のように、傍でお茶と菓子を楽しみながら……」
その時、プロイセンがふと何かを思い出したように荷物を漁った。
「そういやこれ、返されてたぞ」
差し出されたのは、包まれたままのおはぎ。
江戸はそれを見つめ、肩を落とす。
「……なんじゃ。食べてくれなんだか」
「昔はよう、わしの作ったおはぎを美味い美味いと言うてのう……」
包みに触れる指先は、孫の頭を撫でるように優しい。
「戯けた衣装で好物を渡せば、食べてくれると思うておったが…」
「やっぱ、日本だけの時に行くべきだったんじゃね?」
プロイセンがからかうように言うと、ロシア帝国が肩を竦める。
「息子とアメリカ……流石、戦の時代を生きた連中だ。平和の世でも勘が鈍っていない」
「そんな奴らに護られていたんだ。仕方ないさ」
江戸は静かに笑い、首を振った。
「……残念じゃ」
沈んだ声を聞いて、二人はそっと肩を抱いた。
「私たちはあの笑顔を近くで見ていたいだけだ。悪いことじゃない」
ロシア帝国の言葉に続けて、プロイセンが明るく笑う。
「だよな。せっかくハロウィンなんだし、ちょっとした”イタズラ”くらい、いいじゃねぇか」
「今回は嫌々付き合ったけど、来年は俺達も本気で参加するぜ!」
江戸は俯き、そしてゆっくり顔を上げた。
その目には、柔らかな光が宿っている。
「そうじゃな。お菓子に免じて、今年は“悪戯”をやめておこう」
微笑みながら、包みを盆に戻した。
「……来年は、もう少し強引にいこうかの」
三国の口元には静かな笑み。
現世の仏壇で、写真の中の彼が笑っていた。