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邪魔からの襲撃を受けるニュンフェハイムに突入した私たちはまっすぐ大聖堂へと向かっていた。
それにしても敵の数が多い。いったいどれほどの敵がニュンフェハイムの中に入り込んでいるというんだ。
空の上だって、竜騎士団が戦ってくれているようだがいつまでも戦い続けられるわけもない。
「このままじゃ交戦は避けられません!」
「仕方ないわね! 私とシズで正面を――」
ヒバナとシズクがスレイプニルのロスをその場で制止させ、上から進路を塞いでいる敵に向かって杖を構えた――その時だ。
横合いから飛んできた光と火の斬撃が、数体の邪魔を瞬く間に引き裂いていく。
「おっせぇぞ、ユウヒ!」
「待ち合わせに遅れるようじゃ、男にモテないわよ?」
菫色と紅色の冒険者コンビ。
「ベル、それにロージー……どうして……」
「どうしてもこうしても、ここが陥落しちゃヤバイって話だから守ってんだよ!」
そう口にして、ロージーと共に邪魔の群れに突撃するベル。
冒険者の先輩である彼女たちの実力は相当なもので、邪魔たちを倒していく速度が周囲の冒険者たちの比ではない。
「そこの人たち! おっきな魔法いっくねー!」
幼さを感じさせる少女の声だ。
声のした方向に目を向けると、そこにもまた少し懐かしい子の顔があった。
彼女が杖を天に向かって掲げると、空の上に濃紫色の大きな術式が浮かび上がってその中から邪魔の群れに向かって落雷のような魔法が降り注いでいく。
「カリーノ……」
「僕たちだっているさ、ユウヒ! それにスライムちゃんたちも!」
この戦場に駆け付けてきたのはカリーノの姉、アルマ。
それに彼女たちの幼馴染であるヴァレリアンだ。
「君たちを見かけたら、全力でフォローしろって騎士の人たちに言われてるからね! それに何かやろうとしてることがあるんだろ? だったら友達として、君たちの道を切り開くくらいはしてみせるさ」
「そういうことだ! 行くぞ、アルマ!」
「うん、ヴァル!」
妹と同じ亜麻色の髪をなびかせながら、アルマはヴァレリアンと共に邪魔の中に消えていった。
――そして周囲の冒険者たちも集まってきて、あっという間に正面への道ができる。
そこを私たちはスレイプニルで通り抜ける。
「お前たちの幸運を祈る! ここまで待たせておいて、失敗したら承知しねぇからな!」
「それと前は奢るって言っておいて支払いはこっち持ちだったんだから、今度はちゃんと奢って頂戴ね!」
ベルとロージーの言葉を背に受けながら、ただひたすら世界樹の根本へと向かっていく。
――しかし進めば進むほど、また邪魔の数が増えてきた。
「……あそこだけじゃなかった」
「乱戦になっているんだ。もしかするとニュンフェハイムの中でも直接、敵が現れたりしているのかも」
他の街ではそんな光景を目にしていた。
世界樹や聖の霊堂に守られているとはいえ、世界中がこの状況では最悪、そのような事態も十分に考えられる。
「前に大きいのが!」
ダンゴが指さした先には、進路上を塞ぐ巨大な邪魔が私たちに背中を向けて鎮座していた。
あれは私も知っている敵だ。
「ベヒーモス……!」
「迂回できないの、ノドカ!」
かつて私と一緒に戦ったシズクが、あの邪魔の正体を看破する。
そして同様にヒバナもあの邪魔の厄介さを知っているため、交戦を避けようとノドカの索敵を頼った。
「どこも敵が多くて~……少ない場所だと~すごく遠回りかも~!」
「でも消耗は避けたいですよね。案内してください、ノドカ」
「あ~待って~! あれ~!」
コウカの言葉を遮ったノドカの指先を辿っていくと、正面にいるベヒーモスに行き着いた。
だが彼女が指しているのはそうではない。
「あれですよ~あれ~!」
「あれ……? あっ」
ベヒーモスのさらに向こう側。
世界樹のある方角から飛んでくる集団が見える。それは再編された竜騎士団だった。
そして彼らがベヒーモスへと向かっていく中、編隊の中から飛び出た1体の竜が高度を下げながらこちらへと向かってくる。
「ミーシャさん!」
「ワタシとプリヴィアがエスコートしてあげる! 付いてきて頂戴!」
竜騎士の甲冑に身を包んだミーシャさんは、ベヒーモスがいる方向とは別方向へ竜――愛娘プリヴィアを飛ばせる。
私たちに振り返って頷いたコウカを筆頭に彼らの尻を追いかけるように進んでいくと、目の前に邪魔の集団が現れた。
だがそれらは全てミーシャさんとプリヴィアの息の合った連携の前に瓦解する。
そうして――。
「――エスコートするって言ったけど、ここが限界ね。この先で騎士団が防衛ラインを築いているわ! そこまで突っ走って!」
そう言ってミーシャさんたちは、私たちの後ろへと飛んでいく。
彼らが向かった先、つまり私たちの後ろには、まるでこちらを追いかけるかのように邪魔の群れが迫ってきていた。
私たちは一度も立ち止まらず、そのまま先へ進んでいく。
「こちらです! 救世主様!」
騎士たちに援護されつつ、私たちは彼らが築いた防衛線を超える。
だがそれは奇妙な防衛線だった。私たちがやってきた方向では今も彼らが武器や魔法で戦っているが、監視の目そのものは内側にも外側にも向いているのだ。
「もはやニュンフェハイムの中といっても安全ではありません。そのため、次の防衛ラインまでの安全も保障いたしかねます」
やはり街中にも突然現れることがあるらしい。
また、彼らもこの場所の守りを放棄するわけにもいかないため、途中までしか援護はできないのだとか。
そうして彼らの援護を受けつつ、先へと急ぐ。
途中までは邪魔の姿が少なかったのだが、彼らと別れた後に次第に数が増え始めた。
「全部アンデッドか……」
「……何か嫌な予感がする」
同感だ。見掛ける敵がアンデッドばかりなのは嫌な予感がする。
そしてその予感はすぐに的中することになる。
私たちの進路を大量のアンデッドたちとその奥に控えるノーライフキングが塞いでいたのだ。
だがそれも――。
「ユウヒ嬢! 反対側からも我ら聖教騎士団の精鋭たちがアンデッド討伐に動いている! ここを超えれば、もう大聖堂は目と鼻の先だ!」
アンデッドたちのさらに奥からその頭上を飛び越えて現れたのは、第一聖教騎士団団長のヨハネス団長だった。
彼が剣を地面に振り下ろすと、地面から飛び出してきた岩の棘がアンデッドたちを貫いていく。
だがやはり数が多すぎる。1人では到底捌ききれるものではない。
「やはりわたしも援護を――」
「ダメだ、コウカ殿! 貴殿らは万全の状態で大聖堂に辿り着かなければならない! それに我ら聖教騎士にも矜持があるのだ!」
「だからって……!」
コウカは悔やむように歯噛みしていた。
そんな時だ、ヨハネス団長に迫ってきていたデュラハンのうちの1体が突然体を切り刻まれて崩れ落ちる。
「その通りさ、アンタはそこで大人しくしてな」
「ライゼ……!」
剣聖ライゼ。ごく短い期間だがコウカに教えを説いてくれた初老の女性だ。
「ライゼ“さん”だと……まぁ、いいさ。現役を引退したとはいえ、これでも精霊様は敬っているつもりさね。そんな精霊様の為の道を切り開けるなんて、剣にしがみ付いてきたアタイの人生もそう捨てたもんじゃない。そう思わないかい、ヨハネス!」
「ふっ……あなたも相変わらずだな、師匠!」
すごい勢いで正面のアンデッドたちを薙ぎ倒していく2人。
アンデッドたちの向こう側に見える騎士たちも随分と奮闘しているようだ。
「道は作ってやったんだ、さっさと行きな!」
「感謝します! 絶対に死なないでくださいね、ライゼ! ヨハネスも!」
彼らの脇を通り過ぎ、騎士の人たちにも見送られながら私たちは大聖堂に続く最後の通りを駆け抜けていく。
ここに来るまでに私たちが消費した魔力はほぼゼロだ。
私たちは間違いなく万全の状態で目的地まで到達できた。
大聖堂へと辿り着いた私たちを迎えてくれたのは聖女ティアナと教団の人たちだ。
彼女たちは私たちの姿を見た瞬間、沸き上がる。
「ユウヒさん! お待ちしておりました!」
「ティアナ……」
「準備は既に。そしてこれが最後のお願いとなります……ユウヒさん、どうか世界を救ってください」
確かにこれから私がやろうとしていることは世界を救うことへ繋がる。
でもこれは見知らぬ人たちのためではない。自分たちのためだ。
「私は邪神を倒して、未来を掴むためにここに来たんだ。だから案内してほしい」
邪神を倒すことにもう迷いはない。私たちの未来を阻むというのなら、どんな相手とだって戦える。
でも少しだけ、本当に私のやってきたことに意味はなかったのかと疑う気持ちがあるのもまた事実だ。
あの子たちしかいらないとずっと思っていたはずなのに、今は他人なんかどうでもいいと切り捨てていいものなのかを私は迷っている。
戦う覚悟はとうに決めているのだ。
だからこれから赴く決戦でこの迷いがマイナス方向に働くことはないだろうが、全てが終わったらこのことにもちゃんと折り合いを付けなければならないと強く思う。
「ユウヒさん……こちらを」
大聖堂において、ティアナが大事そうに抱えていた綺麗な包みを手渡してくる。
私が包みを捲ると、中には綺麗な青い宝石が付いたペンダントのようなものが入っていた。
「これは?」
「レーゲン様です」
「――え?」
水の大精霊レーゲン様。このペンダントが。
「レーゲン様は持てる全ての力を残すために御身をそのようなお姿へと……」
このペンダントからは確かに色濃い精霊の力を感じる。
でもきっとレーゲン様としての意識は既にないだろう。
「あたしたちもユウヒちゃんがいないと、この世界の魔素からは魔力を補給できないから……」
精霊は純度の高い魔素からでないと魔力補給ができないはずだ。レーゲン様が生き残ったとしても、ミネティーナ様との繋がりが切れればどのみち消滅を待つしかない。
だから自分から死を選んでまで、このような姿に。
「私がこのペンダントを受け取った意味って……」
「レーゲン様が遺された御力と私がミネティーナ様より授かった聖魔力。これらで世界樹と聖の霊堂の魔素を操り、神界への扉を開きます。そちらのペンダントは道標にもなるとレーゲン様はおっしゃっておりました」
レーゲン様は永い時を生きてきた大精霊だ。彼女が捧げた精霊の力を最大限使用すれば、一時的でも大量の魔素を操れるのかもしれない。
そして、もしそれが成功すれば、私たちは力を消耗させなくとも神界へと行ける。
私は自分のペンダントと重ね合わせるような形で青いペンダントを首の後ろで留めて、そっと服の中に仕舞った。
それを見届けたティアナが大聖堂の中心へと向かっていく。
「儀式を始めます。皆様、どうかこちらへ」
彼女に指定された場所に私たちは並んで立つ。
これから魔素を集めなければならないため、どうやらまだ時間が掛かりそうだ。
そうして待ちながら、私たちは言葉を交わす。
「――この戦いで終わりだと思うと、何だか感慨深くなりますね」
「コウカねぇってば、気を抜くの早過ぎじゃない? しっかりしてよね」
「別に気を抜いているわけじゃありませんよ、シズク。ただなんとなく、楽しみだなぁって」
コウカの気持ちは私もよくわかる。みんなとただ一緒に過ごせる夢のような未来。そんな未来がすぐそこまで見えている。
コウカに便乗して、私も未来へと想いを馳せる。
「前にもこの場所で言ったと思うんだけどさ、色んなことをやろうね」
これから私たちにはたくさんの時間があるのだ。やりたいことは全部、好きなだけやって生きよう。
「今まで生き急いで来た分、これからはノドカみたいにのんびりと過ごすのも悪くないと思っているのよね」
「ヒバナお姉さまが~のんびりになるなら~わたくしは~超のんびりになるかも~」
これから戦いに赴くとは思えない和やかな雰囲気が私たちを包み込む。
不思議と私の中には、邪神と戦うことへの恐怖が存在していなかった。
「ダンゴちゃんとアンヤちゃんのお誕生日もちゃんとお祝いしたいね。この感じだと、一緒にお祝いになっちゃいそうだけど」
「そうだね……あ、2人にはもうプレゼントを用意してるから、ここで渡しちゃおっか」
ダンゴとアンヤを手招き、近寄ってきた2人の首に《ストレージ》の中から取り出した物をかけてあげる。
「わっ、主様?」
「……これは?」
突然のことに驚いている2人が自分の首にかけられているマフラーを手で持ち上げ、まじまじと見つめている。
「私特製の手編みマフラーだよ。2人に似合いそうだなって思っていたけど、見立て通りだったね」
結構前から空いた時間を利用して編んでいたものだ。それなりに着け心地も悪くないものだと自負している。
それに予想していた通り、2人にはマフラーもよく似合う。なんといってもかっこいいのだ。
「この時期にマフラーって……」
若干、呆れたような物言いをするヒバナ。
そう言われると耳が痛いが、これはファッションの一部でもある。
「ま、まあ……今はまだ暑いから冬になったら巻いてみてよ」
勿論、強制するつもりはないので2人の判断に任せるつもりなのだが。
「むぅ~わたくしは~何もなかったのに~!」
「わたしもです。わたしも何か欲しくなりました」
ノドカとコウカが少し不満そうだ。彼女たちは羨ましそうにダンゴとアンヤを見ている。
……やっぱり最初くらいは形のあるものを上げるべきだったのかな。
「2人にも寒くなるまでに何か編んであげるよ。勿論、ヒバナとシズクにもね」
ヒバナとシズクには特にたくさんの物をプレゼントしている気がするが、何だかんだ大切に使ってくれているので、こちらとしてももっとプレゼントしたくなるのだ。
「――ハァ……ハァ……皆様、準備はよろしいですか?」
ダンゴとアンヤにマフラーの結び方をレクチャーしていると、息を切らして額から汗を流しているティアナがそう問い掛けてきた。
空間に充満している魔素の状況から既に神界への扉を開く準備が完了したと考えていいのだろう。
私はみんなの顔を見渡した後にティアナに顔を向け、頷く。
だが扉はすぐには開けられず、彼女の端麗な顔が憂いを帯びた。
「ただ選ばれてしまっただけのユウヒさんに全てをお任せすること……別の世界に生きる我々の為に尽力いただいたことに、お詫びと感謝を……」
「……違うよ、ティアナ。私はこれからもこの世界でみんなと生きていきたいから、邪神を倒して世界を救うんだよ」
別の世界に生きる誰かの為ではなく、私たちが生きていく世界を守るために戦うんだ。
「……この場所……ラモード、グローリア、そして龍の孤島。残された霊堂は我々人類の総力を結集して、全力で守ってまいります。こんな状況においても、あなた方へのお力になれることはそれくらいしかありません……」
霊堂が生きていれば、邪神の力はある程度封じ込まれたままのはずだ。十分すぎる話だった。
「ですが……友人だと言っておきながら、ここで祈りしか捧げることができない私をどうか許して……」
それは神界への扉を開くために彼女が持つ全ての力を使っているからではないか。
力を使い果たすということがどれほど苦しいのかを私は少し前に経験したばかりだ。
そんな状態になっても祈りを捧げるだなんて、とんだお人好しだ……それにやっぱり身勝手が過ぎる。
皆、そうなんだ。託すだけ託して……背負わせるだけ背負わせて。
でもだから、私たちはこうしてここに立っていられる。
「……開きます。どうか、あなた方に私たちの祈りが届きますよう……」
網膜が焼かれているのではないかというほどに強烈な光が広がっていく。
さらに胸元から青い光が溢れ出し、私たちは決戦の地へと足を踏み入れた。