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ラトアーニ大陸の西に位置するバルディン帝国。
帝都ゴルトを見下ろす丘の上にあり、精巧に建てられた城が勢威を示す。城には国の防衛と魔物の討伐をする宮廷魔術師団が置かれているが、宮廷魔術師はゴルトにある魔術学院を好成績で卒業し、皇帝から選任された者しかなれない。
だが魔術学院で成績と態度を良くし、皇帝への忠誠心が高ければ誰でも魔術師となれることから、近年の帝国における宮廷魔術師はありふれた存在として|揶揄《やゆ》されるようになった。そんな魔術師の中には少数ながら家系能力が元々優れていることで選任される者がいる。俺もそのうちの一人だが、やることは学院上がりの魔術師と変わらない。
人によっては討伐隊長や帝国警衛長になれることもあるが、それでも皇帝の直属とは異なる。
バルディン帝国における皇帝直属の者。
それは賢者や聖女といった特別職なる者たちのことを表している。帝国が誇る賢者の名は、リュクルゴス・アルムグレーン。そして聖女の名はエルセ・アルムグレーンだ。賢者は皇帝直属の近衛隊、聖女は要人を護衛する役目を担う者である。
そして、俺の兄と姉でもあった。
討伐任務を終え宮廷に戻って来た俺の元には、小言をわざわざ言いたいのか、兄リュクルゴスが近付いてくる。
「ルカスよ。お前、この城に来てから何年目になる?」
「俺が十七の時に来てるから、確か三年くらい」
「はははははっ!! 三年? 三年経っても皇帝にまだ信用されてないのか? まぁ無理も無いか。ありふれた宮廷魔術師が城に居座っているんだからな!」
ありふれた宮廷魔術師と呼ばれ続けて何年目だろうか。だが俺が二十歳になるまでには言い改めさせたい。そう思っていたが、兄に呼ばれ続けて三年が経ってしまった。兄は俺が討伐をこなしているのを直接見ていないせいか、誰でも出来る簡単なことだと見ている。それはひとえに、数が多い宮廷魔術師なのだから出来て当然だと思っている節があるからだ。
賢者リュクルゴスは賢者として見てもかなり性格が悪い。しかし賢者は誰でもなれるものではなく、一人しか選ばれない特別職。つまりそれだけで宮廷での立場は圧倒的に高いのが現実だ。
使いきれないほどの魔力を有し、回復と攻撃どちらも引けを取らない者。それが賢者の強みであり、一目を置かれている|所以《ゆえん》だ。
だがそんな賢者にも人知れない秘密がある。皇帝以外では、少なくとも身内である俺と姉しか知らない真実。それは賢者という圧倒的立場でありながら、実はただの一度も帝国の外に出たことが無いこと。
魔物討伐と帝都防衛はもっぱら宮廷魔術師の仕事が主。宮廷魔術師団として動く以上、国を思い民を守るのは当然の役目とされている。しかし兄が実戦に出向くことは今後も無いと思われる。
何故なら皇帝直属の近衛隊であるうえ、皇帝が賢者を特別視して宮廷の外でのことに直接関わらせないからだ。それを自覚して俺に声をかけてくるので、なおさらタチが悪い。
「ルカス。お前は自分が選ばれた魔術師だとでも思っているのか?」
「別に思って無いけど、俺にだって出来ることはあるわけだし……」
「どうせエルセ《聖女》の真似事だろ? それも無用の力をな!」
「違う! 解呪の力はありふれたものじゃなくて、兄きと同様の家系能力だ」
聖女である姉のエルセとは滅多に会わないし会う機会が無い。俺が宮廷魔術師になった時、侮蔑《ぶべつ》した態度を見せ思いやりも無く別れたというのも関係しているからだ。平たく言えば兄と同様に性格は最悪といっていい。
それでも兄と違い、聖女の役目として他国の使者を護衛し、護衛で雇われる冒険者パーティーを癒したりしていることを聞いている。まともに信じればまだマシなことが分かる。
「ん? オレと同様……? 同様だと? くくっ、笑わせてくれるもんだな、ルカス」
品の無い賢者かつ、有する力を発揮する機会も無い名ばかりの賢者。口先だけ立派な兄に俺の備わる力を使ってみせれば、少しは黙らせることが出来るのに。だが皇帝直属の近衛隊である兄に怒りを向ける――それは許されない行為。
「……あ、悪い。言い過ぎたかも」
逆らう態度を取るより謝ることしか出来ない現実。
討伐任務を終えてきた俺に絡み、その度に続く不毛なやり取り。こんなことが続くなんて、宮廷魔術師である以上仕方が無いことなのかもしれない。
「ほぉ? 珍しく素直じゃないか! しかしオレと同様とは随分な物言いだな。その性格はもはや直りようも無い。宮廷魔術師としては致命的な問題だな!」
声をかけてきては見下しと威圧的な態度。これ自体は慣れたものだった。
「いや、今さら性格のことを言われても困るんだけど……」
「ははははっ! ……まぁいい。反省の色が無いお前にはオレから伝えるのが良さそうだな」
今日に限っては珍しく機嫌がいいように見える。いつもは俺が謝ってもしつこく言い続けて、なかなか落ち着くことが無いのにだ。そう思っていると、賢者を気にする他の魔術師や宮廷職の人間たちが集まって来た。
身内以外の人間が集まると、途端に毅然とした態度に戻すくせに今日に限って兄は俺に対しニヤけた表情を見せている。そうかと思えば、リュクルゴスは周りから注目を集めるかのように直立姿勢を取る。
「宮廷魔術師ルカス・アルムグレーン!」
改まって何を言うかと思えば――
「勅命により、|罷免《ひめん》を言い渡す!」
――罷免だって?
「勅命だなんて、聞いたことが無いよ」
「ルカスが罷免? あいつ、何をしたんだ?」
「まさか命令無視をしたんじゃ……」
などと、やり取りを聞いていた他の魔術師たちが騒ぎ出した。勅命による罷免……何で突然、しかもどうして兄きが? 皇帝直属だからってそんな権限があるというのか。
「……勅命?」
「そうだ。聞こえなかったか? ルカス、お前はこれより宮廷から追放とする! 宮廷に足を運ぶことは、賢者であるリュクルゴスの名にかけて許さん!! 家名を名乗ることも認めん!」
今まで兄弟としての口喧嘩や冗談めいたことでは何も言ってこなかった。
それなのに、
「何故ですか!? 俺は皇帝に逆らってもいないし、任務だって確実にこなしてきています! 唐突に勅命だなんて、納得出来ません!!」
「お前のその反抗的な態度。それがすでに逆らっているという意味だ! それすら分からないのか? 先程の態度もそうだ。ありふれた魔術師ごときが賢者と同等? 笑わせるな! 何の役にも立たない能力でいっぱしの口答え……お前ごときが帝国を守れるわけが無い!!」
注目を集めてその上で堂々と追放の言い渡し。この状況で俺が取った態度の方が悪く見られてしまう。
「宮廷を追放されて俺はどこへ行けば?」
「なぁに、何も帝国から消えろとは言って無いぞ。ただの平民として生きるのであれば自由だ。好きにして構わない。だが宮廷魔術師たちの邪魔になるのであれば……」
事実上の追放。魔術師として動くだけでも十分目立つし避けられないのか。
「……分かりました。すぐにここから去ります」
「まぁ、待て」
「まだ何かあるんですか?」
「平民になると今までのような待遇は受けられんからな。そこで、そんなお前に心優しいオレ様が退職金をやろう!」
初めから渡すつもりがあったようで、リュクルゴスは懐に入れていた小箱を目の前に差し出した。
「――これは、宝石?」
箱を開けると、深い青色と金色が混ざり合った大きな宝石が入っていた。しかし兄が追放の詫びとして高価そうな宝石をくれるのはおかしい。
「ルカスならそうすると思っていたが、やはり箱から出してしまったか」
「贈り物はその場で開けないと失礼になるだろ……」
祝いの品だと言って渡してきたのに開けずに立ち去るのも失礼な行為になる。しかしこの行為こそがリュクルゴスの狙いだった。
「ふ。美しい色をした宝石だな。だが、呪われた宝石はより綺麗に見えるものだ」
呪われた宝石――やはりそういうことをしてくるわけか。
「呪いなら解呪をすれば……」
「聖女の真似ごときを許すほど、お前に時間を与えるとでも思っているのか? それに呪いの宝石を手にしたまま帝国内をうろつく……そんなことをすれば皇帝はもとより、国民にまで危険が及ぶ。それは許されるものではない! もしお前が禁忌を侵せば、オレが直接処理することになる」
呪いの宝石を受け取った時点で宮廷にとどまることは出来ない。つまりこれは、初めから仕組まれたものだった。
「はははっ、呪われた宝石は今のお前にお似合いだ! 即、立ち去れ!」
これ以上ここに踏みとどまるのは無意味だ。呪いの宝石を手にしてる時点でおそらくすぐに罪を被せて来る。解呪が効かないとされる呪いの宝石。意地の悪いリュクルゴスらしい祝いの品だった。
今はとにかく帝都に行くしかない。呪われた宝石でも何とか買い取ってくれれば。
足早に宮廷を去った俺は、ひとまず帝都ゴルトの宝石鑑定屋に足を向けた。