「お客さん、これは呪われた宝石だよ。呪いの品も希少ではあるんだけど、ウチじゃ取り扱えないね。聖女様のお力でもあれば解けるかもしれないけど……」
店主は宝石を手に取ることなく机に置いたままで鑑定を終えた。駄目で元々を覚悟して帝都の宝石鑑定屋に来たものの、予想通りの答えだった。
「すみません、ちなみに何ていう宝石ですか?」
「これは”ラピスラズリ”。聖なる石とも呼ばれてるけど、呪われてるのはさすがにね」
「そ、そうですか」
やはり解呪する能力は聖女だけの力と思われているみたいだ。結局兄には最後まで信じてもらえなかったが、俺には元々家系の力である解呪が備わっている。
しかし今までの討伐任務では一度も解呪の力を使ったことが無いのが現実だ。
「お客さん。聖女様じゃなくても、冒険者ギルドに行けば解呪が使える冒険者がいるかもしれないよ? そこに行ってみたら?」
「冒険者ギルド……ですか?」
そういえば帝都にはギルドが見当たらないな。どうして無いのか気にしたことは無かったけど。
「帝都は宮廷魔術師がいるから冒険者ギルドは無いんだけど、地方に行けばそれなりにあるよ」
「どこに行けばありますか?」
「西の辺境にあるロッホという町に冒険者ギルドがあったんじゃなかったかな? 行けばすぐに分かるさ。行ってみな!」
「ありがとうございます。行ってみます!」
店主の言葉を聞き、俺は外に出た。店主のいうロッホは帝都を出て、西に進んだ先の辺境にある町だ。
帝都周辺の道は宮廷魔術師団が魔物討伐に繰り出すたび、しょっちゅう通った道でもある。そのおかげで大体の場所は把握済みだ。
町へ向かおうとすると、脇道の方に誰かが倒れているのが見えた。魔物がいないにもかかわらず道の途中で人が倒れているなんて具合でも悪いのだろうか。
何にしても声をかけることにする。
「すみません、大丈夫ですか?」
「あ、足が……」
倒れていたのは女性で、見ると膝の辺りを押さえながら痛そうにしている。武器を所持してないのを見れば、旅の人といったところだろうか。自分で回復する手段を持っていないようなので、その場で軽くヒールをかけてあげた。
「――えっ? い、痛みが消えた!」
「良かった。大した傷では無かったみたいですね」
「あ、ありがとうございます! もしかして、宮廷の魔術師の方ですか?」
「え、えーと……」
小麦色の短い髪に茶色い瞳の女性は、嬉しそうにして俺に詰め寄る。
「宮廷魔術師の方とは直接お会いしたことは無いんですけど、一度だけ魔物を討伐している姿をお見かけしたことがありまして」
「あぁ、それで……」
「私、ウルシュラ・バルトルって言います」
「ウルシュラさんですね。俺はルカスです」
「ところで、ここで一体何があったのかお聞きしても?」
「それがですね……あれっ? そこに落ちているのは宝石じゃないですか?」
ウルシュラと名乗る女性が俺の足下に落ちている宝石を指差している。兄からもらった呪いの宝石だ。きちんと懐に入れていたはずなのだが。
ウルシュラは宝石を拾ってそれを太陽にかざしながら、
「わぁっ、すっごく綺麗な宝石ですね! 濃い青色の中に金色が輝いていて、でも何だか吸い込まれるような……」
いつ落としたのか分からないうえ、彼女に先に拾われてしまった。もちろん俺以外の誰かが触れたからといって、すぐに呪いが降りかかるわけでは無いだろうけど。
「すみません、実はその宝石は俺が落とした物でして」
「そうでしたか。勝手に拾っちゃってごめんなさい……ううーん?」
俺に頭を下げると同時に、ウルシュラの様子がおかしい。
まさか?
「宝石を見てたら、急に体から力が抜けてきた気がします……」
宝石を手渡そうとするウルシュラが急にふらつくも、俺はとっさにその体を支える。彼女が呪いを受けたかはまだ分からないが、宝石を手放したからか違和感は消えたようだ。
彼女から宝石を回収出来たので、俺も宝石を見つめてみることにした。
「あれ、ルカスさん? その宝石をしまわないんですか?」
俺が見つめても特に何も起こらず、体にも異常は見られない。しかし彼女にはうっかり触れさせてしまったことで、微弱な呪いを受けさせた可能性がある。
「今からこの宝石に解呪のスキルを使います。ですので、俺から少しだけ離れててもらえますか?」
賢者であるリュクルゴスが渡すほどの呪いの石。だけど、俺の解呪の力でも解呪出来るんだろうか?
「え? 解呪!? もしかして呪われていたんじゃ……?」
「すぐに済みますのでご安心を!」
城ではそんな時間が無いと一蹴されてしまったけど、集中すればさほど時間もかからないはず。俺は呪われたラピスラズリを手の平に置き、間近に眺めながら”解呪”の力を使った。
だが、
「――うわぁっ!?」
一瞬の出来事だった。手の平に置いたはずの宝石が俺の手を弾き、急に光って消えてしまったのだ。
「ルカスさん!? ルカスさんっ! ど、どうして、どうすれば……」
驚きと同時に悲痛な声と顔を見せたウルシュラが、必死になって俺に呼び掛けている。しかしどこも痛みはないので落ち着いて目を開く。
すると視線の先には俺にぶつかって来た宝石が転がっていた。宝石の色は濃い青色と違い、輝きを失ったようにも見える。とにかく何事もなかったかのようにして、俺は起き上がった。
「ごめんなさい、ウルシュラさん。俺は大丈夫です」
「よかったです。あの、痛みはありませんか?」
「突然のことだったので驚きましたが、なんとも無いですね」
確かに痛みは無い。だが念の為、手足に触れてどこも異常が無いことを確かめた。一方で、ウルシュラは俺の目を見て驚いた顔をしている。
「あれ? 気分が晴れて体が楽になった気がしますけど、もしかしてその瞳が……?」
ウルシュラは俺の瞳を覗き込む。
「え、えっと……ウルシュラさん、まじまじと見つめられると……」
「す、すみません! だけど……ルカスさんの瞳の色がさっきの宝石のような色になったので」
自分で確かめることは出来ないけど、瞳の色が変わったということだろうか。
「瞳の色? ちなみにどんな色ですか?」
「さっきの宝石よりも、もっと……綺麗な色です……目、大丈夫ですか?」
一度ウルシュラから視線を外し景色を眺めてみる。すると遠くの町や村の姿、歩く人の姿までもがはっきりと見えた。目は見えている。いや、むしろ前よりもはっきりと隅々まで見渡せる。
もしかしてこれは呪いの石の力?
目が冴える力……名前を付けるとしたら、|冴眼《ごがん》がふさわしいかもしれない。
とにかく後で手鏡でも借りてきちんと見てみよう。それに、ウルシュラさんの状態が良くなったことが関係しているかも調べておきたい。
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