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アトリエで作品を作りながらニュースを聞いていた。
福島の失踪を扱っていた。
福島に加えて高橋智花、小田茉莉、田島紅音の失踪も一連のものとして、連続失踪事件と仰々しく扱っていたのは滑稽だった。
「福島先生は……福島はここにいるのにね」
作品を見ながら笑みが漏れた。
あれは今から十日前、福島と会うようになって三回目のことだった。
私は福島の奴にそろそろ限界だった。
今日殺してしまおうと来たら思ったのだ。
「ルイ。今日やるから」
「わかった」
いつでもいいように準備はしていた。
福島には明日が休みだろうから、私の家でディナーを一緒にと招待した。
学校の最寄り駅の隣にある駅を待ちあわせ場所に指定して、時間になるとルイに迎えにやらせた。
玄関にポカンとした顔の福島と笑顔のルイが立っている。
二人をボディーラインが強調される服を着て出迎えた。
「では小川様。お客様をお届けしました」
「ありがとう」
私が微笑むとルイは「失礼します」と折り目正しく礼をして玄関から出て行った。
「小川、あの人は」
「送迎サービスの人です。それより早く上がってください。先生」
福島をリビングに案内する。
「す、すごい家だな」
「そうですか?」
私の家を見た福島は口をあんぐり開けてキョロキョロしていた。
音楽をかけて二人でディナーを楽しむ。
福島は私の料理を絶賛した。
食事も終わり、ワインを二人で飲むことにした。
「シュヴァリエモンラッシェです。お口に合えばいいですけど」
黄金色の液体をグラスに注ぐとかすかな柑橘系の香りが立ち上る。
一つを福島の前に出した。
乾杯して一口含むと、滑らかな舌触りと共に、甘酸っぱい果実味が広がる。ミネラルの塩気と、蜂蜜のような甘さが複雑に絡み合った奥深い味わいを堪能した。
「これ高いんじゃないのか?」
この味わいを前に金の話。
下世話な男だ。
「先生。こういうときにお金の話は野暮ですよ」
やはり、こいつにはもったいなかった。
でも私が飲みたかったから仕方ないか。
福島はさらにワインを飲む。
杯を重ねて福島は饒舌になってきた。
「お前が成功して嬉しいよ」
「ありがとうございます」
「こんな広い家に一人で住んでるのか?」
「はい」
福島にルイのことは話していない。
「寂しくないのか?」
「なら先生、私と一緒に住みます?」
「おい、冗談はよせよ」
「先生。私、実の父親は誰か知りません。物心ついたときには離婚していて母はシングルでしたから。二番目の父は先生もご存知のように失踪しました」
「そうだったな。今でも行方知れずなのか?」
「はい。生きているのか死んでいるのかもわかりません」
少し寂し気に笑った。
「そのせいか、私は歳上の男性に惹かれるんです。こんなこと言うと恥ずかしいんですけど、中学のとき先生のこと好きでした。包容力があって快活で。できれば在学中にお伝えしたかったけど、それも叶いませんでした」
「あんなことがあったからな……お母さんは本当にお気の毒だった」
「でもこうして再会して、私の気持ちも再燃してきたんです」
「小川……」
「先生さえよろしかったら、私と一緒に住んで欲しいんです。失礼だけど、今のお宅は先生に似つかわしくありませんし。先生はお嫌ですか?私なんかと住むのは」
「いや、嫌じゃない。嬉しいよ。ただ、おまえみたいな素敵な女性が俺なんかに声をかけてくれるのが夢のようで……現実味が感じられないんだ」
「ふふふ。夢じゃありません。それに夢ならもっと素敵なものを見せて差し上げますよ」
福島のグラスにワインを注ぐ。
それにしても、さっきから福島の目は、餌を前にした豚のようだ。
「先生は性に開放的ですか?それとも保守的?私は開放的なんです。いろいろ楽しみたいから。こういうのも相性が大事ですよね」
「俺はどちらかと言えば開放的かな……大した経験はないけど」
なにを言ってる。おまえは破滅的だろう。
浮気と借金で離婚したくせに。
嘲りたい衝動を抑えるようにワインを口にした。
「なら経験させてさしあげます。今日は遅いし、泊まってください。準備もしていますし。明日はお休みでしょう?」
「本当にいいのか?俺で」
福島は虚ろな目を擦りながら言った。
「私は先生が良いんです。さあ」
立ち上がって福島に手を伸ばす。
「あれ?おかしいな……立てない……」
椅子から立とうとした福島は、テーブルに手をついた途端にバランスを崩して倒れた。
グラスに仕込んだ薬が効いたようだ。
「フフ……先生。夢見心地はこれからですよ」
福島が眠っているのを確認してから、一旦外に出た後に戻って二階にいるルイを呼んだ。
「よく効いてるね。どんな夢を見ているのやら」
床で眠る福島を見てルイが笑う。
「はじめるわよ」
眠らせた福島を裸にして、ナイフを何本か握らせた後に、浴槽の手すりに手錠で拘束した。
目が覚めたらサプライズだ。
その時間まで作品にとりかかる。完成系は見えてきた。
もう少しで出来上がる。
自分の描く理想の形で完成したときを想像すると否応なく興奮してくる。
数時間後に休憩を入れた頃に福島が目を覚ましていることをルイが教えてくれた。
全ての準備をしてからバスルームへ行くと、浴室の扉越しに助けを求めるべく叫んでいる福島に声をかけた。
「先生、先生」
「だ、誰だ?誰でもいい、助けてくれ!」
「私ですよ。小川一華です」
「お、小川?どこなんだここは?」
「私の家ですよ。お忘れですか?私の手料理を食べた後にお酒を飲みながら「二人で楽しみましょう」と言ったら、とても喜んでくれた。でも寝てしまったので、目が覚めたらすぐに楽しめるよう、服を脱がせて浴室に運んでおきましま」
「そ、そうなのか?でもこの手錠は?」
「夢見心地なプレイに必要なアイテムですよ」
「これがか……ハハッ」
福島の声から不安が薄れて安堵が混ざり、短い笑いも聞こえた。
「これから私も入りますね」
「お、おお」
上ずっている声。何を期待しているか察しはつくが、楽しませてあげよう。
魂が震えるような人生最後の経験を。
「入りますよ」
そう言って扉を開けると福島はだらしなくにやけた顔を一転させて、目を丸くして絶句した。
「うわぁっ!な、なんだそれ?」
「先生と一緒にお風呂で楽しもうと思って」
言いながら後ろ手に扉を閉める。
全身をウエットスーツで包み、防毒マスクを被った私を見て福島は口をパクパクさせるが言葉が出てこない。
「なあ、これはどういうプレイなんだ?」
「こういうプレイです」
担いでいたバッグから複数の薬品を取り出した。
「もしかしてドラッグとかそういうやつか?」
「まあ、似たようなものです」
洗面器に薬品を注ぐ。
「ご存知ですか?複数の薬品を混ぜると硫化水素が発生するんです」
「りゅ、硫化水素?」
福島が青ざめる。
「濃度によっては速やかに意識喪失、呼吸停止になります。ざっくり言えば即死です」
微笑みながら言ったが、マスク越しで福島には見えただろうか?
「おいおい、何言ってるんだ?冗談だろう?なあ」
「冗談じゃありませんよ。夢心地を体験させると言ったじゃないですか。天国に昇らせてさしあげますよ……あっ、地獄へ下降かも。でも下降も気持ちいいかもしれませんよ。絶叫アトラクションは下降しますしね」
「やめろ!やめろ!ふざけるな!なんでこんな真似を!」
「楽しいからですよ。あとの理由は教えてあげません。あなたは理由もわからず殺されるのです」
話しながら薬品を混ぜていく。
それにしても手錠でつながれた全裸の男と、防毒マスクにウエットスーツ姿でバスルームに二人きり。絵面を想像してみたがなんともシュールだ。
「因みに私のこの格好は硫化水素を吸わない、あと皮膚から吸収しないようにしたものです。手足もほら。シリコン製の手袋にソックス。完璧です」
ニッコリして言うと福島は言葉にならない叫びを上げた。
「どうですか?さっきまで下心をパンパンに膨らませていたのに、今や死が目前。なかなか味わえない経験でしょう?」
「やめろ小川!やめてくれ!おまえおかしいぞ!」
「大声出してると吸い込みますよ。もう硫化水素は発生しるかもしれませんよ」
福島は口を噤んだ。
最後の薬品を残して、窓と換気扇が塞がっているのを確認してから内側から扉に目張りをする。
目張りを終えると最後の薬品を手にした。
「先生。これを混ぜたら即死濃度の硫化水素が発生します」
「やめてくれ……頼む、助けてくれ」
「伝わってきますよ。先生から死の恐怖、絶望、悲しみ、まるで何百というミミズが絡み合って団子のようになりながら私の脳に直接入ってくる」
相手が感じる死の恐怖と絶望が、私にとっては極上の愉悦となっていた。
「だいたい俺がおまえになにをしたというんだ?」
「ふふふ……なにもしなかった。先生は最初から最後まで何もしない傍観者でしたよ」
「ど、どういう……がはっ!!」
死にゆく福島を眺めていた。
意識喪失して、手錠で繋がれた手がだらんと下がる。
短く息を吸って、吐くことはなかった。
そして死んだ。
それにしてもなんと醜い死に顔だろう。
目張りを剥がし、ルイに換気扇を回してもらった。
死体処理は完全に硫化水素が抜けてからだ。
浴室から出た私は身につけていたものを全てビニール袋に突っ込むと、客用のバスルームへ行った。
シャワーで丹念に身体を洗い流す。
それにしても、死の間際の福島の絶望した顔、上ずり引きつったような声は最高だった。
十分に楽しませてくれた。
作業着を着てアトリエに行くと、倉庫の奥から私を呼ぶ声がした。
「一華!一華!」
倉庫の奥に部屋がある。その扉の前に行って声をかけた。
「どうしたの智花」
「誰か来ているの?声がしたから」
福島の絶叫はこんなとこまで聞こえていたとは考えにくい。
幻聴だろう。
「警察よ。あなたのことを探していた」
「私を……」
「大丈夫。心配しないで。あなたの潔白は私が必ず証明するから」
「ありがとう……」
智花の声はか細い。
「不安なのね。入っていい?」
「お願い」
不安を膨らませている智花を慰めてあげるために部屋へ入った。