「皆さん、お待たせしました。今戻りました」
普段、存在感が薄くて気付かれないカナダの言葉を、今回は誰も聞き逃すことなく、その優しい声を耳に落とした。一瞬にして、全員の視線が自分に突き刺さって、たじろいでしまう。
多くの感情が入り交じって、グルグルとした視線。それが 、全て自分に向けられているんだと思うと、つい俯いてしまう。 それと同じで、無意識に腕を後ろに回した。
「イング」
不意に、ポルトガルに優しく腕を掴まれてハッとした。又、無意識に自分を取り繕おうと、傷を増やそうとした。仕方がないとも言えない。何百年も、そうやって場を凌いできたのだ。いきなり、完全にその行為を断つというのは、いくら国体である俺たちでも難しいが過ぎてしまう。
それでも、バレてる以上は、極力作る訳にはいかない。横目でポルトガルを見れば、優しく微笑んでくれている。俺はそれに安心して、小さく感謝を述べた。
一方、皆からは特に反応は無い。唯、体に穴が飽きそうな程見つめられているというくらいで、それ以外に進展はない。今のところ、俺は特段何かをした訳では無い。扉を開けたくらいだ。皆に声をかけたのはカナダであって俺じゃない。
このなんとも言えない空気感に耐えられる程、俺の心は強く育っていない。
「あー、会議止めて悪かったな!もうなんともねぇから、再開してくれ!」
出来るだけ、自分が可能な限り、明るく振舞ったつもりだ。何も、気にしてない素振りをしたつもりだ。けれど、目の前に鏡がないのだから、俺が俺の顔を見ることはできない。今、どんな顔で言葉を吐いたのか、それは俺以外の奴にしか分からない。
俺が声を発して、みんなようやく正気に戻ったような顔をした。張り詰めた空気感が、少しだけ変わった気がした。
「おまっ…ビックリしただろうが!真横でぶっ倒れられた俺の身にもなれよ!」
「ヴェ、イギリス大丈夫?もう体調よくなったの?」
「体調が悪いならそう言えばよかったじゃないか!無理して倒れられたら、こっちが困るんだぞ!」
「近くに座っていたのに体調不良に気づけなくて申し訳ありません。今はもう大丈夫なんですか?ご無理はなさらないでくださいね」
「ぇ、あ、うん…」
「ちょぉ、皆やめたりや。イングまだ本調子とちゃうんやから」
沢山の奴から詰め寄られて、俺は少し後退りしたかった。後退りしたかったが、フランスに肩を掴まれたせいで出来なくて、大人しく皆からの言葉の波を受けることしか出来ない。
この様子なら、全てが全て、バレている訳では無いのかもしれない。それならそれで嬉しいし、むしろそっちの方が、俺は助かる。
でも、何故みんなこんなに心配しているのか分からない。俺を毛嫌いしている奴も、俺を怖がる奴も、皆が心配そうな眼差しや言葉をかけてくる。理解が出来ない。今まで会えば罵って、避けて、怖がって、拒絶していたのに、今になって優しくされても、心配されても、困ってしまう。
ふと、ポルトガルが俺に言った言葉を思い出した。「心配してない奴なんて居ない」それを思い出して、顔を背けた。そんな筈がない。期待をしたくない。ポルトガルとカナダは、ずっと俺の傍にいてくれたからそう思えただけだ。でも、ここに居る奴らは違う。ずっと俺を嫌いと、怖いと言っていた奴らばかりだ。
期待した分だけ裏切られる。また、悲しい思いをするのは御免だ。
「…なんでもいいから、早く会議始めようぜ?ドイツ、困ってるぞ」
顔を背けたまま、床に向かってはいた様な言葉は弱々しかった。今までのように、上手く取り繕えない自分に嫌気がさす。
倒れたからといって、無理に心配しなくてもいいのに。寧ろ、今まで通り、嘲笑って、馬鹿にしてくれた方が、なんの期待もせず、なんの違和感も覚えずに取り繕えた。
今更優しく、なんて。もう遅いんだ。
「会議なんて、始められる訳無いでしょ」
「なんで…」
「なんでって…お前気づいてないのな…お前、泣いてるよ」
「…えっ、?」
唐突に吐かれた言葉に、思わず顔を上げた。目に映る皆の顔は、背けた時と変わらず心配そうな顔だった。
気づかなかった。気づくことが出来なかった。自分が泣いているという事実に。だって、今までこんな事で泣くなんてこと、一度もなかった。別に罵られていない。
ただ、期待してしまいそうになっただけだ。たったそれだけで泣くだなんて、自分も皆も、思っていなかった。
「あーほら、フランス達が詰め寄るから、イング泣いてもうたやん。今、イング身も心も弱っとうねん、気ぃ使ったりやーよ」
「うっ…わ、悪かったって!あー、坊ちゃんの好きな料理作ってあげる!だから泣き止んでよ!」
「やはり今日は休まれてはどうですか?無理をなされては体に毒というものですし…」
辞めて欲しい。今は、皆のその優しさが、痛い。その優しさが苦しくて、とてつもなく恐ろしい。
何百年もかけて、漸く何かを期待することへの諦めが身についたのに。漸く、一人でも大丈夫になったのに。
これを、遠回しな嫌がらせと思わなくては、自分が自分でいられない。
今更、優しくしたところで何にもならない。今更、気なんて遣わなくたっていい。俺たちが国である限り、この境界線は、自然の摂理と同様だ。だから、俺のことを思ってくれるなら、放って置いて欲しい。
「なんで…今更…優しくするんだよ」
「…どういうこと? 」
「ずっと、俺の事、嫌いだの怖いだの言ってきた癖に、今になって優しくされても、嬉しくもなんともない……そんなに、俺が哀れだってのかよ…嫌いなら、いっそ心の底から拒絶してくれた方が楽だ。だから、もう放っておいてくれよ…」
「はぁ…?なにそれ、俺達は別に坊ちゃんが哀れだとか思ってないし、本気で嫌いだなんて」
「嘘だ…そんな訳、ねぇもん…」
なんと無様だろうか。何もかもが上手くいかない。口から出る言葉も、左右を移動する首も、心も、何もかもが弱々しくて、細々しい。床に零れていく雫は止まってくれない。
諦めを身につけたんだ。皆が作る輪から自然と離れられる様にも、どんなに辛くても、一人になるまで泣くのを我慢できる様にもなった。それを暴かないで欲しい。これ以上、自分の心に踏み入れないで欲しい。俺の庭を、踏み荒らさない欲しかった。
「ご、ごめんてイギリス、今までの事全部謝るから、泣かんでや。調子狂ってしゃぁないねん」
「お、俺も、もう少し素直になるから、泣かないでくれよ…君に泣かれたら、どうしたらいいか分からなくなるんだぞ…」
「謝罪なんて要らない…放っておいてくれって、言ってるだろ…今日は、もう帰る 」
目元にヒリっとした痛みがした。情けなく零れる涙を止めたくて、固い布地のスーツであることなどお構い無しに、力任せに目元を拭い過ぎたと反省したところで、腕を掴まれた。
「駄目だよ坊ちゃん。ちゃんとハンカチで拭かないと、目元赤くなってるよ」
「っ…ほっとけって言ってるのが、聞こえねぇのかよ…それとも、善意に見せ掛けた嫌がらせか、辞めろってば…!」
「嫌がらせでも何でもないってば、俺達は本当にイギリスを心配してるし、大切に思ってる」
「そんなデタラメ、信じるわけ…!」
「デタラメじゃない」
有無を言わせない程、真面目な顔だった。何時も巫山戯てばかりな奴が、皆真剣な顔だった。
嘘じゃない。そう、目で語っている。
その目は、もう少し早く見たかった。もう少し早ければ、素直に信じる事が出来たし、自分の本音を語れたのに。どうして、今になってなのだ。周りにも、自分にも、嘘を着くのが当たり前で、信じなくなって今になって。
信じていいなら、俺だって信じたい。
誰かに大切にされてもいいなら、されたい。
自分にも相手にも嘘をつかなくていいなら、つきたくない。
でも、ここまで来たなら、もう、突き通す他ない。俺の変なプライドが、突き通せと語るのだ。
だから、そんな眼差しを俺に向けるな。その目を向ける相手は、俺じゃない。
俺の腕を掴む、その大きな手を離して欲しい。今の俺では、振り解けない。幾ら食べても、動いても、華奢でしかない俺には、お前らの手を振り解けるほどの力も、度胸もない。
だから、これ以上胸が締め付けらる前に、どうか、離してはくれないだろうか。
そう願っているのに、腕を掴む力はどんどんと強くなるし、顔の真剣さも増して行く。
肉食動物に狩られる草食動物は、こんな気持ちを抱いているのだろうか。
「何百年も生きてるのに恥ずかしい話だけどさ、好きな奴には、素直になれないんだよ、俺達。どうしたって、虐めたいだとか思っちゃう訳、だから、お前を嫌いだなんて思ってない」
「お前相手にすると、どうしてか知らへんけど、素直になれんくなんねん。意地とか、プライドとかかは、俺にも分からへんけど、好きやのに、なれんねん。せやさかい、今までの事を許してくれとは言わへんから、分かって欲しいんや」
「俺たち本当の本当に、イギリスの事大切に思ってるんだよ。だって、イギリスが倒れた時、心臓止まるかと思ったもん!それに、イギリスが笑ってるの見ると、可愛いなーとか、好きだなーって思うし!」
「君の注意を引きたかったんだよ…君は、騒いだり意地悪したりとかの悪目立ちの方が構ってくれるし…だから、ごめんとは思ってるんだぞ…これからはもう少し、素直になるぞ…」
「意地悪や傷つけるような事を言っていた覚えや自覚はありませんが、私もきっと、知らぬ間にイギリスさんを傷付けることはありましたよね。気づけずに申し訳ありません。これからは、貴方が望む限り寄り添いますから、これ以上、ご自身の体に負担をかけてはいけません。大切な思いを寄せる方に、傷ついてほしくはありませんので」
「どない?少しは俺らの言うとることが嘘とちゃうって理解できとぉ?」
「わ、わかっ…分かった、から、本当に、手…離してくれ 」
知らない。 分からない。 こんな感情。胸が今までとは全く違う締め付けられ方をする。顔が熱くて熱くて仕方がない。
さっきまでとは全く別の意味で顔を見られたくない。今の顔はきっと、情けない。
こんな、口説き同然のような事を、コイツらが、それも俺に向かって言うなんて。嫌がらせだとしても、頑張がすぎる。
これ以上、分からない。信じない。と言い続けていたら、こいつらはもっと口説き文句地味たことをしでかしかねない。それでは、俺のキャパが耐えかねない。
「わ、イギリスさん顔真っ赤ですよ…耳まで赤い…大丈夫ですか?熱とかは…」
「大丈夫さカナダ。この人はただ褒められたり、口説かれたりすることへの耐性が皆無なだけなんだぞ」
「…それ、兄弟のせいでもあるよね?」
「それは…ノーコメントなんだぞ」
これ程までに、いたたまれない事などなかった。尋常じゃない位の羞恥心が、歓喜が、足の爪先から頭のてっぺんまで滞り無く行き渡りそうで、全身を包んでしまいそうだ。
生まれてから今日までの長すぎる年月もの間に、一時も忘れること無く望み、欲しがったものが、まるで濁流の様に流れ込んできて、一瞬にして俺の足も、心も掬われてしまった。
「俺達のせいでお前を傷付けてたんだよな。その腕の傷も、俺たちが知らない間につけてたんだよな。本当にごめん」
「…なんだよ、気づいてたのかよ」
「まぁ、一寸だけ見えたから…」
「軽蔑したか…?」
「まさか、ほんと、ごめん…」
一瞬、体が固まった。ハグをされたのが、何百年振りの事か分からなかったから。 強く締め付けるような抱擁ではなく、優しく包み込むような抱擁だったから、尚更驚かずには居られなかった。
そんなことをされては、俺は信じざるを得ない。少し優しくされただけで、心の片隅で愛されてると期待してしまうような、安い男なのだ。ハグだの、口説きだのされては、勘違いせずには居られない。
もっと愛して欲しい。優しくして欲しい。
「…俺、愛されてもいいのか」
「当たり前じゃん」
「なら、もっと口説いていいぞ―――」
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
終わった。終わったー!もう最後の方ごちゃごちゃが過ぎますが、大目に見るということで。はい。
最近ソリティアに熱中しすぎてやばい事になっておられます。笑
なんか、辞められないんですよ。もう少しで300連勝行きます。歓喜歓喜。
愛を嘯いて(以下略)の方も書き進めなきゃと思っております。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
コメント
3件
イギ、よかったなぁ(´;ω;`) 涙止まらねぇよぉぉぉ まじ主さんかみですね!文章一つ一つに涙出ます