翌日。
「眠い……。今日はいよいよ、世界樹の方に向かうぞ。俺とアルが道を切り開くから、ナジュ、リゥパ、ほかの妖精たちは後から付いてきてくれ」
ムツキは寝不足で眠たい目をこすりながら、皆に向かってそう声を掛ける。昨夜は結局、2人用のテントの中で、彼の左腕にナジュミネ、右腕にリゥパが絡みつき、さらにはアルや妖精たちが彼を囲むようにして、身動きも取れずに悶々としたのだった。
「ふぁ……承知した」
「ふわぁ……わかったわ」
「ニャ」
「バウ」
「ぷぅ」
ムツキの言葉にそれぞれが反応し、再び薄暗い森の中、彼とアルが木々をかき分けていきながら先導していく。リゥパとナジュミネは隣を歩き、周りを警戒しつつも話し込み始める。
「ところで、リゥパよ。エルフの姫とは具体的に何を為す役割だ?」
ナジュミネは顔にかかる小枝を払いのけながら、リゥパにそう問うた。
「いいところに目を付けたわね」
「ほぅ」
「今、ほぼ何もないわ」
ナジュミネはズルッと足を滑らしそうになる。
「どういうことだ?」
「エルフの長の家系は祈祷師や巫女なのよ。つまり、神と会話して、エルフ族としての在り方や世界樹や樹海の守護について考える先導者なの」
「エルフでは創世神ユースアウィスが死んだことになっておらぬのか?」
「何それ? 罰当たりな話ね」
リゥパはいくつかの木の根を大きく足を開いて跨ぐ。
「ふむ」
ナジュミネは魔人族や人族に伝わっている話と妖精族に伝わっている話とが異なることに今気づいた。
「話を戻すわ。さて、ここで問題よ。今、神はどこにいて、誰と暮らしているでしょう?」
リゥパの問いに、ナジュミネはようやくピンときた。
「あ。旦那様か」
「そう、神が現世にいるし、一緒にムッちゃんがいて、彼が定期的にエルフに指示を伝言するから、私たちはほぼお飾りと化したわけね」
「では、今の家系が長から降りることもあるのか?」
リゥパはその質問に首を横に振った。
「いいえ、ユウ様が現世に再び現れたのは数年前よ? そして、いつ消えるか分からない以上、そんな危険な状況を作らないわ。むしろ、私のこの類まれなる美貌がユウ様に認められて、ムッちゃんのハーレムの一員になることが決まっているのよ」
「自分で類まれなる美貌と言わない方がよいぞ?」
ナジュミネは少し呆れたようにリゥパにそう告げるが、リゥパはまたしても首を横に振った。
「これは紛れもない事実よ? エルフの起源になる方たちはユウ様の容姿をほとんど継承されたと言われているわ。その中でも私の美貌は起源の再来と言われているの。私が自分を卑下したら、その方たちに申し訳が立たないわ」
リゥパはエルフの誇りと美貌を責務として背負っていると言わんばかりの真面目な顔でそう言ってのける。
「そうか、それなら、納得だ」
「そうして、私がユウ様と毎日お話をできるようになれば、私から伝えることになるわ。つまり、エルフ族の長の系譜として、改めてお役目が果たせるのよ。私が代替わりする日も近いかもしれないわね」
リゥパの真面目な表情は崩れない。自分に課された使命に燃えているような言い方である。
「お役目と言っているが、そのための婚約と結婚というわけでもあるまい?」
ナジュミネがそう問うと、リゥパの真面目な表情が急に崩れて小さな笑みがこぼれる。
「もちろん。お役目のためだけに、長い一生を決める結婚まで自己犠牲で差し出すつもりはないわ。エルフは一途なのよ? 伴侶が亡くなっても再婚はしないわ。それが千年万年と長い時を経ようともね」
「そうなのか」
ナジュミネはその言葉に自分もそうありたいと思った。魔人族と人族だと人族の方が先に寿命を迎えることが多い。ムツキが亡くなった後も彼女は生涯を彼に捧げると今ここで心の中で固く誓った。
「……私だって、彼に惚れているんだもの。本当に、先を越されたの、すごく悔しいんだから、そう簡単に蒸し返さないでほしいわ」
リゥパが優しい笑みにちょっと冗談めかした非難を添えている。ナジュミネはそれに小さく頭を下げた。
「それはすまなかった」
「まったく、冗談にそう謝られると調子が狂っちゃうわ。……ナジュミネは気付いているようだから、あえて聞くけど、私に恨みはないの?」
リゥパはナジュミネの本心を確かめようとした。ひどいことをした自覚があるので、どんなに非難されても返す言葉もない。
「もちろん、まだ許してはおらぬ。しかし、逆の立場では妾もしなかったと言い切れる自信がない。だから、リゥパを許せるまで時間を掛けるだけだ。無論、次はないがな。」
ナジュミネはそう返す。嫌みも含みもない真っ直ぐな言葉である。
「……ナジュミネが2番目で良かったわ。嫌な奴だったら、何が何でも殺していたわね」
「そう言ってもらえると助かるな。妾とて、リゥパとは同じ人を好きになった者どうしだから、仲良くしていきたい気持ちがある。多妻の生活は、妻どうしの仲の良さが肝心だと聞くからな」
ナジュミネはムツキを困らせないことを念頭に置いており、そのために配慮することは全力で配慮している。
「おーい、疲れたか? 少し先に開けた所があるから、一旦、休憩にするか?」
「そうね」
「そうしよう」
ムツキの提案に2人は揃って頷いた。
「まあ、そうね、毎日のティータイムは楽しくお喋りしたいものね」
「まったくだ。お茶くらいゆっくりとすすりたいものだ」
リゥパの軽口にナジュミネはゆっくりと頷いた。
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