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くまぐみの20
時は西暦20XX年。日本は少子化が極度に進んでいた。子ども第一を掲げる日本政府は、少子化の進む現状を打開するため、「子ども政策法」を施行した…
子ども教習1
石田三彦(いしだみつひこ)二十歳、彼女いない歴=年齢、フリーター。月の家賃が3万円の格安ボロアパートに暮らし、休日はろくな近所付き合いもせずに薄暗い部屋でブルーライトを浴びて一日を終える。彼なりの日光浴であり、もっぱらいつものルーティーンだった。
しかし、そんな三彦でも今日は朝から早起きして一件のメールを待ち続けていた。そしてたった今、それが届いたところなのである。
ピンポンというバスと同じ通知音が流れて、三彦はスマホの画面に固唾を飲んだ。震える指先で、メールを開く。
“貴殿の今後一層のご活躍をお祈り申し上げます。”
大きくため息をつくと、萎れたようにソファーに横になった。これでもう全部だ。
三彦には、絶対に採用されるとそう確信があった。面接官が三彦の回答に何度も笑顔で頷いていてくれていたし、「ぜひうちに来てほしい」と言われたからである。明らかに確定演出だったのだ。なのに、一体何がダメだったと言うのか。
「チクショウ、あの人事の徳川とかいうじじいめ」
三彦はスマホをベットに放り投げた。キッチンに向かい蛇口を捻って水道水を一気に飲み干すと、袖で顔を拭った。赤いバツばかりが付けられたカレンダー。知らぬ間に、高校を卒業してから二年余りの月日が流れていた。志望大学のに落ち、浪人しながらバイトで食い繋ぐ日々。進学を諦めて、仕事を探すもこの有様だ。
「ネットサーフィンでもしよ」
三彦は起き上がると放り投げたスマホをもう一度開いた。ふと、またさっきの画面が映る。
“この度は弊社への就職にご応募いただき、厚くお礼申し上げます。
貴殿の採用に関して慎重に検討させて頂いた結果、「子ども指数」が足りず、大変残念ながら貴意に添い得ぬこととなりました。”
「子ども指数…」
*
ピクニック日和な日曜の午後、三彦にとって、幼稚園からの親友である大谷吉文(おおたによしふみ)と会うのは、高校の卒業式以来だった。三彦の職場の喫茶店「一品」で待ち合わせよう、吉文はそう言った。
吉文は、アンティーク調の店内と落ち着いた雰囲気をかなり気に入ったらしく、一段と機嫌のいい様子で、マスターの毛利さんのブラックコーヒーを口に運んだ。そんな吉文を眺めながら、三彦は尋ねた。
「吉文、最近大学はどうだ?ほら、前、日本酒サークルに入るとか言ってたじゃないか」
三彦には吉文の顔は少し曇って見えたが、彼はすぐに三彦を気遣うように不恰好に笑った。
「まあ、ぼちぼちだよ。それに今はビールの方が好きなんだ」
「あ、そう…」
「まぁよくある理由だな。俺もそれで日本刀サークルやめて剣道部に入ったし」
毛利さんはそう言って髭を撫でると、フンと鼻を鳴らした。その姿は昨年亡くなった三彦のおじさんにそっくりだ。
「わかります!」
「いやわかんねぇよ」
店内に微妙な空気が漂う。志望校、一緒に合格しよう、そう言い指切りを交わしたはずの三彦たちの関係は、もう前のようにはいかなかった。そんな三彦たちを見かねたのか、毛利さんは鼻歌でマキシマムザホルモンを歌いながら、窓を開けて店に風を入れると、ラジオのスイッチを押した。
「三彦こそ、勉強やってる?たまには息抜きも大事だよ」
そんな空気を崩すように、吉文は言った。昨日の雨のかすかな匂いが、窓からそっと鼻に香った。
「いや、俺もう就職することにしたんだ」
そんな唐突な発言に、吉文たちは顔を見合わせてもう一度三彦の方を見る。
『本気か?三彦?』
「ああ」
がっかりしたような、でもどことなく安心したような吉文たちの顔は、光彦には少し辛かった。せめて嘘でもいいから、もう少し勉強を続けろと言って欲しかった。
『次のニュースです。政府は、子ども指数について、新たな研究を…』
「また子ども指数か」
雑音混じりの古いラジオに、毛利さんがつぶやく。
するとふと、三彦の脳内にあの時の文章が鮮明に思い出された。
「なあ、吉文、子ども指数ってなんだっけ?」
三彦のその問いに吉文は呆れた顔した。
「学校でやったやつだよ。ほら、保健の時間にやっただろ?」
「そんなのよく覚えてるな」
「ほら、あれだよあれ!」
毛利さんはそう言った。けれどその先が思い出せない。もう歳なのである。
「大人の中の『子どもを理解できる力』ですよねマスター」
吉文はそう言うと、窓の外の親子を眺めた。
「そうだ!子ども指数が低いと、強制で“子ども教習”ってのを受けなきゃいけないんだよ。面倒な世の中になったものだな」
毛利さんはコップを磨きながらそう言った。コップはもはや原型を留めていない。こいつは磨く専用である。
「子どもを理解って、何を言ってるのかさっぱりわからん… 」
三彦はそう嘆いて勝手に厨房に入ると、ハリーポッターくらいの厚さのたまごサンド作って持ってきた。
「三彦、お前仕事ひよこ鑑定士でどう?」
毛利さんは急にそう言って髭をまた触った。彼の髭は原型を留めていない。
「ほら、公園とかで遊んでる子どもに無作為にキレる人とかいるでしょ?ああゆうやつだよ」
席に座る三彦に吉文は言った。
三彦は、“それは子供がうるさいからだろ”とついカッとなって言い返そうとするも、これでは自分がそれに当てはまるとでも言っているようなものだから、無視しすることにした。
「その手紙を無視すると…」
毛利さんは、そう言いかけて手を止めると、三彦の顔を覗き込んだ。三彦の反応を楽しんでいるようにも見える。
「無視すると、どうなるんです?」
「最悪、死ね!いや間違えた、死ぬんだ」
「ふぁ?!」
毛利さんはなんでもないことのようにそういって笑った。そんなミスは普通、普通はしない。
「まぁ悪いことだし、しょうがないよね。で、三彦、その子ども指数がどうかしたの?」
三彦の手には汗が滲んでいた。来週からバイトを辞めよう、そう心に決めて。
*
あの手紙、確かこの辺に…二ヶ月前、国から届いた謎の封筒。棚の下の雑紙入れにそれはあった。よく見れば白地に赤い“重要”の文字がある。
“「子ども教習」参加へのお知らせ”
開催場所 鳥取県…
期間 未定
※この書類が届いてから三ヶ月以内に参加が認められない場合、法的手続きを執行します。
「期間未定で鳥取って、まじかよ…」