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翌朝。
教室の扉を開けた瞬間、桐山真理亜の心はざわついた。
(……透真くん、もう来てる)
席に座る彼は、いつも通りに振る舞っていた。いや、“いつも通りのフリ”をしているように見えた。
目は合わない。
話しかけられもしない。
昨日、図書室で「嫌だった」と言われたその後、ふたりの間に流れる空気は明らかに変わっていた。
(あれって……“ごっこ”の範囲を超えてた?)
真理亜の胸は、落ち着かなかった。
“好きにならない”というルールを、守れていない自分と、守ろうとしている彼。
どちらが悪いわけじゃないのに、苦しくて仕方がなかった。
「……あれ、透真くんと最近距離近くない?」
休み時間、木更津紗弥がぽつりと呟いた。
「気のせいだよ、そんなのっ」
真理亜は慌てて否定したが、隣にいた平良真子が意味深な笑みを浮かべた。
「へえ、そう? 私はね……ずっと気づいてたよ。桐山さん、最近なんだか“いい顔”してるもん」
「……えっ」
「もしかして……誰かに片想い中?」
その一言に、真理亜の心臓は跳ねた。
紗弥も目を丸くしていたが、真子の表情は変わらない。――楽しんでいるように見えた。
(まずい……バレたかもしれない)
焦る真理亜に、とどめを刺すように、真子はそっとささやいた。
「櫻井くんってさ、誰にも本気にならないって有名じゃん? ……期待しないほうがいいかもよ」
その言葉が、胸に鋭く突き刺さった。
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放課後、真理亜は昇降口でひとり、透真を待っていた。
今日は、“ごっこ”について話さなければならない気がしていた。
数分後、部活のジャージ姿の透真が現れる。
陸上部の仲間と話している笑顔が、なんだか遠く感じた。
けれど、彼は真理亜に気づくと、表情を変えた。
「待ってた?」
「……うん。少しだけ、話せる?」
ふたりは校舎裏のベンチへと移動した。
少し風が冷たくて、夕焼けが淡いオレンジ色に空を染めていた。
「昨日のこと、私……気になってて。あの、“嫌だった”って言ってくれたこと」
「……ああ」
「もしかして、それって――“ごっこ”じゃなくて、ちょっとだけ、本気だったの?」
数秒の沈黙。
そして透真は、ぽつりと口を開いた。
「……わかんねぇ。俺、今まで誰かを好きになったことなくて。だから、どういうのが“本気”なのか、よくわからない」
真理亜の胸が、少しだけ締め付けられた。
「でも、もし“誰かとずっと一緒にいたい”とか、そう思うのが本気なら……」
「なら?」
「たぶん、お前のこと、好きなんだと思う」
――世界が、止まったようだった。
空が夕焼け色に染まっているのに、それさえも見えなくなるほど、真理亜の視界は透真だけでいっぱいになった。
「……ごっこ、やめる?」
「……いや」
透真は静かに首を振った。
「もう、ごっこじゃなくていい。ちゃんと、片想い“じゃない”やつ、やろう」
真理亜の目から、涙がこぼれた。
それは、悲しみじゃなくて――あたたかい嬉し涙だった。
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【片想いごっこノート】
・6月19日(水)
見かけた回数:数えきれない
目が合った回数:ずっと見てたから
ごっこじゃなくなった日
片想いは――終わった
「好きになってよかったって、はじめて思えた」
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しかし――その影では。
放課後、昇降口の隅で、平良真子がスマホを見つめながら、不敵に笑っていた。
「ふうん……やっぱりそうだったんだ」
彼女のスマホの画面には、ふたりが並んで歩いている写真が映っていた。
「さて、どう料理しようかしら。ねぇ、風花、真由?」
その後ろには、浅田風花と一ノ瀬真由が立っていた。
「真理亜って、ずっといい子ぶってたけど――もうおしまいね」