テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
2,243
122
#オリジナル
モノクロナツキ
505
「おはようございます、秀太さん」
翌朝、エントランスを出ると、昨日と変わらない完璧で爽やかな笑顔の陸さんが待っていた。昨日確信した俺への好意は相変わらずのようで、その端正な笑顔からは隠しきれない気持ちが溢れている。
「……あれ? 洸くんは?」
「洸くんは、遅番で。もう少し遅めに出勤します」
本当は、洸くんと電車に揺られながら、2人で店の事を話し合う時間が大好きやった。やけど、洸くんと陸さんを合わせないためには洸くんのシフトを変えるしかなかった。いうても、たった一か月我慢すれば俺の日常は帰ってくる。
昨日と同様、陸さんにスマートに開けてもらった助手席へと滑り込む。
もう変な意地は張らんと、この人に誘導されるがままに全てを受け入れて、この男を気持ちよくさせていれば、そのうち勝手に俺に惚れて落ちてくるはずや。
車が滑らかに走り出す。俺はさっそく、昨日手応えのあった小悪魔作戦を仕掛けた。
「昨日はケーキ、ありがとうございました。洸くんが美味しすぎて四つも食べてしまって。僕と弦は一つずつしか食べられなかったんですけど」
兄弟の仲良しエピソードを交えつつ、適当に楽しそうな話を促してみる。
「それは良かったです。でも、秀太さんが一つしか食べられなかったのならもう少し買ってくれば良かったですね」
「いえ、そんなわざわざ。すごく美味しかったので、今度僕も一緒に行ってみたいなぁって」
空気を変えるように明るく、少し甘えるようなトーンで話を変える。
これでどうや。洸くんの可愛さをちょっと真似してみてんけど、こういうおねだり系も好きか?
「え、本当ですか! ぜひ! 次のお休み、ドライブがてらに買いに行ましょう!」
嬉しそうにパッと表情を輝かせる陸さんを見て、俺は心の中でやっぱりチョロいなと改めて確信した。……が、そんな余裕は、次の陸さんの一言で一瞬にして吹き飛んだ。
「あ、ところで。──昨晩は、あれからすぐ出かけられたんですか?」
「え?」
心臓がドクンと嫌な音を立てた。
「秀太さんの、足音がしたので」
「な……っ」
なにそれ、足音!?めっちゃ怖すぎるんやけど!ほんでわざわざ聞いてくるのも二倍に怖すぎるんやけど!
「そのブーツの音と歩き方で、すぐに分かるんです。広くても古いマンションですからね。意外と廊下の音が部屋まで響くんです」
こっわ!! 歩き方で分かるって何!?
ってことは、俺が夜中に駐車場まで猛ダッシュしたのも、もとちゃんを連れて部屋に戻ってきたのも、全部バレてる可能性があるってこと……!?
「あ、あはは……ちょっと、今月分のお酒の支払いに。幼馴染の店とはいえ、お金の礼儀はきちんとせんとダメですからね!」
ははは、と引きつった笑い声を上げて必死に誤魔化す。だけど、隣でハンドルを握って微笑んでいるこの人の本心が、全く読めなくて背中に冷や汗が流れる。
「……そうですか。てっきり、浮気でもされてるのかと」
「なんで!? 俺とあいつはそんなんちゃいますよ!」
思わずデカい声でむきになって否定すると、陸さんは「くすくす」とおかしそうに喉を鳴らして笑った。
「冗談ですよ。そんなにむきにならないで」
……ほんま、本心が読めへん男や。
でも、ほんのちょっとだけ、昨日よりもくだけた話し方になった気がする。昨日よりは、心の距離がこっち側に寄ってきたということで、ええように捉えてええんかな。
少しだけホッとした俺に、陸さんは赤信号で車を止めると、じっとこちらを見つめてさらなる爆弾を投下した。
「今晩、新くんのバーに挨拶に行こうと思ってるんですが、秀太さんも一緒に行かれますか? 空もお世話になってますし、オーナーさんにもお会いしたくて。勿論、僕も飲む予定なので、一度マンションに帰ってきてからタクシーで行きましょう」
うわ、今日もストレートにぶつけてきよったか……!
この調子やったら、一ヶ月間丸々、毎朝毎晩こいつに時間を捧げなあかんってわけやな。
でも、さっき「浮気」を疑われた手前、ここで下手にもとちゃんを優先して断ったら、また何を勘繰られるか分からん。空くんと弦の未来を守るためのこの一ヶ月、失敗するわけにはいかへんからな。ここは陸さんの誘いに乗る一択や。
もとちゃんには申し訳ないけど、家で待ってもろて、バーでは早めに酔ったフリでもして速攻で切り上げさせてもらおう。
「はい、喜んで。もちろんご一緒させてください」
笑顔で快諾しながらも、俺の頭の中は、今夜迎えるであろう陸さんと、待たせるもとちゃんとの、最悪な板挟みのスケジュールをどうこなすかで破裂しそうになっていた──。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!