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両目をこれでもかと見開き、ピタリと詠唱を止めたピートは、掲げていた腕をスッと体側に付け、背筋を伸ばし直立した。
一瞬苦虫を噛み潰したような顔をしたマセリも、同じように背筋を正して直立し、あごが上がるほど真っ直ぐ正面を向いた。
二人の唐突な行動に、小脇から覗き込んでいたミアは、「ん?」と首を斜めに傾けた。
「はいはいはい、一時休戦ね。三人とも身を楽にして休め」
再度聞こえてきた声に反応し、瞬時に体勢を整えたピート、マセリ、メルローズの三名は、声の主の指示に従い、ビシッと身を整え休めの格好をした。
「な~にコソコソやってんのかと思えば、ま~た我の可愛いメルちゃんを虐めてるじゃない。仲良くしなさいって何度言えばわかるの二人とも」
ピートの背後から現れた影は、「ふぁ~」と緊張感なく欠伸をしながらマセリの正面に立ち止まり、彼女の頭をコツンとぶった。
ぐっと目を瞑り、申し訳ございませんと身体を90度に折り曲げ釈明したマセリは、頭を下げたまま微動だにせず静止した。
「まったく、すこ~し我が黙ってれば、す~ぐ勝手なことを。ピートにマセリ、お前たちはもういい、さっさと寝床へ戻り寝てなさ~い」
姿を現したのは三人の主人であるアリストラ上皇本人だった。
急激に高まる緊張感に、ミアを除く三名は、それぞれが畏まり、勝手な身動き一つ取ることはなかった。
上皇は派手で奇抜な原色の入り交ざった羽織のようなサイズの合わない巨大な服を着ている異様な人物で、メルローズの背後から覗いていたミアは、ギョッとして目を丸くした。
「し、しかし、陛下の身の安全に関わる事態故、我々だけ戻るわけには……」
「我の身の安全? それってアレかい、メルちゃんの後ろに隠れてるへちゃむくれにどうこうされるってことか~い。ハハハ、だとしたら馬鹿にされたもんだ、この我がそのような輩にやられるとでも。アハハ!」
「しかし! 万に一つの可能性も残さず敵を排除するのが我らの役目。僅かでも可能性があるならば、この命投げ捨てても討ち果たすのが我らの運命」
「んな大袈裟な。とにかく二人はもういいから。あとはこっちでやっとくから、とにかく解散解散。あと、……ちなみに燃えカスはちゃんと片付けておくこと。我に対する世間の評価を貶めてくれたら、そうだな、……崖から落としちゃおうかしら~?」
ニィと怪しい笑みをみせたアリストラは、ピートとマセリを回れ右させポンと背中を叩き、「そのまま振り返らず仮宿に戻れ」と言い足してから、ふるふると手を振った。
目を瞑り無念そうに顔をしかめた二人は、仕方なく同時に歩き出し、そのまま去った。
恐らくはアリストラに悟られぬよう離れて様子を窺うことだろうが、許可が出るまでは近寄ってくることもあるまいとメルローズは安堵した。
「で、メルちゃんよ。なによなによ、君らしくないじゃな~い。そんなにムキになっちゃってさ。そのオバハンがそんなに大事?」
ミアを一瞥したアリストラは、指先を遊ばせながら何もない空中でデコピンを打った。
空気に伝搬した衝撃が額に当たり、ポンッと弾き飛ばされたミアは地面にひっくり返った。
「え、なに!!?」
額を押さえ辺りをキョロキョロ窺ったミアの様子に、馬鹿笑いしたアリストラは跪き頭を垂れるメルローズの肩に手を置いた。
「どうした、返答がないが」
「いえ、……この者、というよりもむしろ、全ての正しき者が、正しき心のまま生きられる世を、私は願っているだけでございます」
「答えになってないが、まぁ良しとしましょう。で、ど~するつもり。さすがに放置するわけにいかんでしょう」
「……」
「ならば聞き方を変えよ~。メルはどうしたい?」
「可能ならば、……私の目の届くところで管理したく」
「ならそれで。一人や二人増えたところで問題ないでしょう。ただ~し、あまりに酷けりゃ、さすがの我も怒るよ」
ハッハッハと豪快に笑うアリストラは、それじゃあ戻ろうかとメルローズの頭をポンポンと撫でた。
周囲を警戒しながら後に続くメルローズは、おどおど怯えるミアに「早くこないか!」と今までにないピリピリした雰囲気を隠せずに言った。
「は、はいッ、すみませんメルローズ様!」
「馬鹿者、私よりも、まずはこちらの御方に挨拶しないか。この御方はわたくしの主、アリストラ国の上皇であられるアリストラ様御本人であられるぞ。その呆けて間の抜けた面を上皇様の前で見せるな無礼者!」
あまりの出来事に顔が引きつり泡を吹くミアの肩をバンバン叩いたアリストラは、「コイツ面白いな」といたく気に入った様子だった。
ここへきてミアのドジぶりを知っているメルローズは、なぜこんなことになるんだと頭を抱えるしかなかった。
「時にお前~、残念ながら今しがた元の主人がこの世から消えたわけだが、以後この我が貴様の主人で構わんな?」
ミアを小脇に抱え何事もなく言うアリストラの言葉が理解できず、当の本人はボーッと口を開けていた。そのまま数秒間、頭の中で言葉を噛み砕いたミアは、「え゛え゛え゛!」と断末魔のような叫び声を上げた。
「なんだお前、きゅ~にでかい声を出して。我では不服と申すか?」
「め、め、め、滅相もございませんですますますです。わ、わ、わ、私のようなバカが、上皇様の……え゛え゛?!」
「そ~ゆ~ことだから、これからはメルの言うことをよ~く聞き精進することだ。あまりふざけていたら直接串刺しにするからな。覚えとけ」
「え……? 私、やっぱり死ぬんですか。ですよねぇ、こんなのやっぱり夢ですもん」
「夢見心地なうえ最初から死ぬ前提なのかコイツ。お~いメルちゃん、やっぱコイツ面白いな。ジャンジャンこき使ってやれ~」
「や、やべて! じ、じぬのはいや゛~!」
――――――
――――
――
―
こうしてアリストラの元で従事することとなったミアは、十数年後、アリストラ本国が軍事クーデターによって分断されるまでの間、メルローズの部下として皇族職を経験することとなった。
言わずもがなミスや不始末のオンパレードではあったものの、仏より慈悲深いメルローズがミアのことを見捨てることはなかった。
ピートやマセリによる嫌がらせ&暗殺未遂行為は執拗だったが、あまりに鈍感なミアには全て無駄で意味のないものに終わった。何よりもまず、主人であった豪族を殺されていたことにすら気付いていない事実が発覚したことで、馬鹿馬鹿しくなった二人が手を引いたのも大きかった。
こうして一から仕事を叩き込まれたミアは、本来ならば得られるはずのない魔法や知識を学び、少しずつ成長した。覚えが悪く、すぐに泣き言を漏らすミアは、それすらも優しく包み込むメルローズという存在によって、初めて生きる意味を肯定されたのだった――
「せんばぁい、わたじは、わたじはホントにどうじたら……」
メモリーパックを握り、いつまでもウォンウォンと泣き続けていたミアは、手を滑らせパックを落としてしまった。
木で作られた外箱が外れ、ペラペラのパックが地面をスライドした。
慌てて拾い上げたミアは、汚れを落としながらフーフーと息を吹きかけた。風でそよいだパックが裏向き、木枠で隠れていた部分が目に入った。
「ふえ? これは……」
【 いつも誰かのためにあれ 】
簡素かつ丁寧に掘られたその文字は、少し斜めに傾き、流れるように連なっていた。
ミアはその特徴的な文字に見覚えがあった。思わずパックを胸元に抱きかかえ、ミアはまたポロポロと涙を流し頷いた。
「わがりま゛じだ。もうずごじだげ、頑張ってびばす!」
辺りに散らばっていた紙を慌てて掻き集め、ミアは兎にも角にも全てを一旦片付け、ひとりコクンと頷いた。夜明けまでの時間を確認し、翌日のオープンまでの時間を逆算すると、ゆらゆらと揺れていた自信のなさそうな視線を真っ直ぐに正した。
「やれるだけとにかくやってみよう。今は考えるより動く時よ。先輩はいつもそう言ってた。時間は待ってはくれないから、自分にできる最大限のことをしなさいって。私、泣いてるばかりで、まだ何もしてなかった!」
身支度を整えたミアは、カラの財布や冷えて黒焦げになった肉を小脇に抱え、大量の荷物を背負ってランドを飛び出した。
「私ならできる、私ならできる。先輩はいつも言ってくれた、ミアなら絶対にできるって!」
そんなに荷物が必要ですか?
嬉しそうに呟く誰かの声が聞こえるほど大量の荷物を背負った女は、夜の街を目指し、ようやく走り出した。
その後ろ姿は、昼間のしょぼくれた背中より幾らかしゃんとしていた――
……かもしれない。