続きです。⚠️旧国、不謹慎注意。戦争賛美、政治的意図ともにありません。
「お、開いた」
「〜〜〜ッッッ‼︎‼︎ 」
呑気そうにそう言ったナチスに対し、ソ連が爆発した。
「おっ…………まえ……お前ぇええ!何やってんだよドア壊すんじゃねーよ!本当に俺の家を“腐った納屋”にするつもりか貴様ぁ‼︎‼︎ 」
「やっと認めたか?」
「認めてねぇよ!馬鹿‼︎ 」
ナチスはどこ吹く風といった感じで部屋の中に入ってきた。右手をヒラヒラさせるとソ連ににっこりと笑いかける。
「ま、安心しろ。蝶番ごと取れただけだ。蝶番のとこ直せばまだイケるって」
「そういう問題じゃねぇよ‼︎ 」
「あとはそうだな……うん、建て付けが悪かったのが悪い。押しても引いてもなんか引っ掛かっちまって開かねえんだもん」
「だからって蹴り飛ばすアホがあるか‼︎ 」
「……挟み撃ちするよりかは良いだろ……」
その言葉が意味するところを悟った日帝はゲラゲラと笑い転げた。なんとも不謹慎である。しかしソ連はなんとしてもドアが許せなかったようで、ナチスに向かって「ドアの恨み」などと叫びながら本を投げつけた。しかもハードカバーの一冊である。それは綺麗に放物線を描いてナチスに飛んでいき、彼の頭にクリーンヒットした。途端にナチスの咆哮のような怒声が響き渡る。
「っっでぇえええええ‼︎‼︎ ソ連テメェ!何してくれてんだこの馬鹿!たかがドアだろうが!」
ナチスの絶叫に対し、ソ連も負けじと馬鹿でかい声で怒鳴り返す。
「されどドアだろーが!この際バグラチオンのことは謝ってやるわ‼︎ だからテメェもドアくらい弁償しろーっ‼︎‼︎ 」
あんなに静かだった空間はどこへやら。ナチスとソ連の怒鳴り合う声と日帝が笑い転げる声で、その一室は瞬く間に満たされていった。
「あ゛ー、クッソいでぇ……よりにもよってハードカバー投げんなよ……軍帽飛んでったし……」
ぶつぶつ言いながら床に落ちた本を拾い上げたナチス。キョロキョロと辺りを見回して床に落ちていた軍帽も見つけると、ひょいと拾い上げて頭に乗せた。ソ連がナチスを睨む。
「軍帽なんかどうでも良いからドア直すの手伝え」
日帝が笑いを堪えきれずに言う。
「あははっ、お前どんだけドア好きなんだよ」
「別にドアが好きなわけじゃねぇよ!」
「ドア好きだろうが……あーもう、この本なんかこんなに埃ついてるじゃんか……」
呆れ気味にそう言ったナチスは、本についた埃を払おうとして、その表紙を見るなり………動きを止めた。息巻いていたソ連も、急に動かなくなった彼の様子に気づくと不思議そうに声をかけた。
「ナチ?どうした……」
「………」
「ナチ?」
ソ連の問いかけには応じず、ナチスは手にしたそれを無言で開くと、パラパラとページをめくった。数秒、その文字の羅列を眺めていたナチスは口元を歪め、笑った。
「へっ………ソ連にしちゃ粋なことしやがる……悔しいが、コレ……非常に興味深いな」
「…………?」
キョトンとした顔のソ連に向かって、ナチスがその本を掲げた。その表紙を見た途端、ソ連はあんぐりと口を開けた。なぜなら、もし生前、ナチスがその本を手にしようものなら、しかめ面をした後に間髪入れず床に投げ捨て、あまつさえ踏みにじったであろう代物だったからである。それを今、あろうことか彼はそれを大事そうに両手で抱え上げ、埃さえ払っているのだ。
「…………お前っ……」
ソ連は思わず声を上擦らせた。無理もない。
『共産党宣言』。笑ってしまうような話ではあるが、奇しくも、ソ連がナチスに投げつけた本はそれだった。
「フン、一つ一つの考えとしてはありきたりだが……なかなか斬新だな。これらの考えを昇華すると、こんな事象として確立することが出来るのか……面白い」
一人で何やらぶつぶつと呟きながらページを繰り続けるナチス。一方、そんな彼を目の当たりにしたソ連は、どう声をかけたら良いものか切り出しあぐねていた。そこに、思いがけず日帝が助け舟を出す。
「それ、そんなに面白いことが書かれてるのか。次に読ませてくれ、ナチス。ソ連も良いよな?俺が次に借りても」
「え、あ、あぁ」
慌てたようにソ連が答えた。日帝がナチスと共にその本を覗き込む。日帝までもが感心したような声を上げている。その光景を見ていたソ連は、ふと、どこか心がジンと温まるような感覚を覚えた。
ナチスが顔を上げてソ連を見、笑った。
「こんなに……今まで交わってこなかった考えを面白いと感じる日が来るとは思わなかった」
ソ連は息を呑んだ。ナチスが照れ臭そうに頬を掻く。
「ずっと忌避してきたものを、すぐに受け入れられるとは思わん。俺はそこまで……寛容には、なれない。しかし……」
ナチスは一瞬だけ視線を逸らしかけた。しかし踏みとどまり、意を決したようにグッとソ連を見つめた。
「………もっと早く知りたかった。もっと早く、お前の文化と考えに触れたかった。いや……触れるべき、だった」
「…………っ、」
「だがそれも、今までの話だ」
ナチスが清々しく微笑む。
「これから知っていけば良い。過去は変えられん。戦争は起き、その結果俺は敗戦し、死んだ。だがそれは、これからずっと俺が、敵対者を───言うなればお前を、受け入れないでいて良いという理由にはなり得ない。だから、知ろうと思う。知りたいと思う。もう主義なんて、ここでは関係ない───。ソ連。俺に、」
ナチスがソ連に向かって手を差し出した。そのまま、ニコッとソ連に笑いかける。ソ連は、旧友の───いつかの敵のその顔を、信じられないような心地で眺めた。ナチスの力強い声が耳を打った。
「俺に、お前のことを教えてくれ。ソ連、俺は、お前のことが知りたい」
「…………ぁ」
ソ連が、手を振るわせながら差し出されたその手を取った。しっかりと握り返しながら、ナチスが、満足そうに、自分より頭一つ分以上高いソ連の顔を見上げた。
「交渉成立。こちらから差し出せるものといえば、同じようにお前が忌避していたであろう俺の主義と文化だ。……ここらで大人しく異文化交流と行こうぜ、ソ連?」
「……あぁ」
ソ連の頬に微かに赤みが刺したのを、日帝は見逃さなかった。
「自国の文化を……いや、自分自身を知ってもらうことほど嬉しいことはないだろう、ソ連。ということで、俺からも頼みたい」
日帝も、猫さながらに目を細めてソ連に笑いかけた。
「俺にもお前のこと、教えてくれ。そしてお前に、俺自身のことを話させてくれ」
ソ連が目を見開く。それから、ゆっくりと強張っていた表情を崩した。
「あぁ………………あぁ!もちろん……!」
まるで童心に帰ったようだ、と肩を叩き合いながら三人は笑った。
もう、主義なんか気にしなくて良い。それを誰も咎めない。皮肉なことに、彼らは亡き者となった後に、やっとそれを理解し達成することができたのだ。腹を割って話すこと、それが生前にできていたらどれほど良かったことか。戦争など起きず、誰もが笑って生きていられたのだろうか。
この世界は無常だ。終わりなきものなどない。雨はいつか止み、瞬く間に四季は過ぎ、新たな生命が生まれては枯れてゆく。戦争も同じだった。気づけば戦火の中にいて、永遠に燃え盛ると思われていたその業火もいつしか鎮火していた。それ故に、いつかは異なる主義同士・考えを持つもの同士が平和に交わり合い、より良い関係を築いていけるような時代が来ると信じて疑わなかった。ただ自分が、その転換期に……、つまり陣営に分かれていがみ合う激動の時代に、たまたま生まれ落ちてしまっただけなのだと、そう、思っていた。
しかしそうではないらしい。
どうやら世界は東と西に真っ二つにされたままのようなのだ。
(あぁ────────)
この世界は、無常なんだ。いつしか無くなると言われている太陽が文字通り無くなれば、我々は、東と西の区別だってできやしなくなる。であるならば、世界を照らす太陽、それが消滅すれば、東西の分断も……無くなるのかもしれない。しかしそれは今ではない。
太陽がある限り命は産まれくる。その結果、何人も死のうが、何人も殺されようがお構いなしに、世界は回ってゆく。
この世界は、無常で……無情なんだ。
今日もどこかで、戦争の火蓋が切って落とされる。
コメント
7件
そして忘れ去られたドアだったとさ
最後のナレーションで感動泣き泣きです😭無常と無情がまさか合わさっていたなんて…文才ありすぎませんかッッッ!?!?🥹不穏も和みも好きすぎますしどハマりしてます‼️更新ありがとうございます😭🫶
腐った納屋ネタ好きです ナチスとソ連の仲がいいなあ…ほんわかします ハードカバー本投げつけるのなかなかで笑いましたが ドア壊されたのでどっちもどっちですね! タイトル回収ありがとうございます、不穏な雰囲気がする…