プロデューサーにポケットにねじ込まれたものをこっそりと取り出すと。
それは、くちゃっと丸まった紙切れで。
ゆっくりとそれを開けてみると。
「……っっ!!」
…これは…
どういうことなのだろうか。
『NC. entertainment.』
『イ・ソジュン_i.sojyunn』
…それは、名刺だった。
それも、ただの名刺じゃない。
この芸能界において、人気俳優、女優を生み出している、いわば芸能界の親、ボスともいえるほどの大手芸能事務所の名刺だった。
「…は?」
…今、一世を風靡し、人々を虜にしていて、国内だけじゃ治まらず人気は世界中に広がって言っている俳優であり、俺の幼馴染でもあったキムテヒョンを先頭に、ハ・ドユンやパク・ドユン、リ・ユンヒなどの豪華俳優陣が所属する事務所。
そしてあの世の男性を虜にしてしまう幻の奇跡の顔と言われるMIAさんや、パク・ソアさん、ミン・ユンジさんなども所属している事務所。
それが、NC. entertainment.だ。
…でも、何故そんな誰しもが憧れる大手事務所の名刺を…プロデューサーが…?
あの人は、昔からミステリアスで謎で…。
意図がつかめない…。
奥の部屋に消えて行ったプロデューサーを追いかけ、聞こうとしたが本番の始まる合図が聞こえてきて、俺は仕方なくベッドの上に戻るしかなかった。
ほのかに残る、プロデューサーの、煙草の匂い。
プロデューサー、貴方は、一体、何を考え、何を見て、何を企んでいるんです?
「それじゃあ、シーン2からいきまーす。それではリハ。5,4,3…」
今から演じるシーンは、眠る恋人スホの寝顔を見て、性欲が抑えきれなくなり襲うシーンだ。
短いシーンだが、まぁ、技術を要するシーン。
そう、俺は”シウ”だ。
“キム・シュガ”でもなく、”ミン・ユンギ”でもなく。
ただの同性愛者であり、スホと言う名の恋人がいるだけの”シウ”。
ベッドの上では、ただただ深く、ひたすらに役になり切る。
“ミン・ユンギ”という誰にも呼ばれない名など、必要としないのだから。
もう、俺の名は捨てた。
俺は、”キム・シュガ”であり続けなければいけないのだ。
“キム・シュガ”が演じる”シウ”として。
俺はベッドの上で今日も横になる。
やすらかな表情で眠る俺の恋人”スホ”。
そっと寝顔を眺める。
スヤスヤと気持ちよさそうに眠る、俺の恋人。
そんな愛おしい恋人を見ていると、自然と笑みがこぼれる。
ちょいっと指で頬をつつくと、少しぴくっとするスホ。
そして俺は身をかがめ、そっと頬にキスを落とす。
まずは、音のない触れるだけのキスから。
そして、少しずつ激しく吸い付くように。
「……!!」
その時。
拒絶された、気がした。
“シウ”の恋人の”スホ”にではなく、”キムシュガ”の後輩の”キムソクジン”に、拒絶された気がした。
目を閉じているはずのシーンなのに、カメラからは見えない位置で、ソクジンさんが怯えたような顔をしていて。
…ああ、コイツも、怖いんだ、と。
新人の俳優なのに、演技の上手さに圧倒されてしまい、後輩と言うより先輩のように思えたソクジンさん。
普通の新人俳優、新人女優は、初仕事では必ず発作?のようなものを起こす。
自分の行為している所を監督やカメラマンに見られているという所で、生々しく思え、気分が悪くなる。
そして、その行為している所のビデオが国内中、なんなら世界中に流れるという恐怖感、恥ずかしさ。
さらに、自分の姿、声をどこかの知らない誰かが”オカズ”にするんだという気持ち悪さと嫌悪。
その複雑な感情図べ手が入り混じり、最初の仕事では誰もが発作のようなものを起こす。
でも、、ソクジンさんと初めて最初のシーンのアドリブの掛け合いをしたときに、相手が慣れているように思え、新人俳優だというように思えなかった。
だから、気づけなかった。
この人は、大丈夫そうだなと思ってしまっていた。
でも、そうじゃなかったのだ。
今、この瞬間。
カメラで丁度見えない位置で、目を見開き、恐怖におびえた顔を見て、俺は思わず手を止めてしまう。
「カット!!」
「シュガ、どうしたの?」
カメラからは丁度見えない所で、恐怖の表情を浮かべていたソクジンさんは、僕のせいですと手をあげそうになるが、俺は咄嗟にその手を抑えた。
「すみません、今日は…今日は、俺、これ以上は無理です。」
「シュガさん!?」
マネージャーやスタッフの間でざわめきが起こる。
そりゃ、そうなるよな。
いくつも作品をこなしてきて、ベテランだった俺が、急に根を上げるなんてな。
でも、無理なんだな。
あの表情を見てしまってからは、もう、無理だ。
俺はソクジンさんを手招きし、急いで廊下に駆けだし、撮影スタジオのある建物から飛び出した。
後から追いかけてきたマネージャーの声にも振り向かず。
荒い息、震える肩。
ソクジンさんの顔は真っ青で、怯えているようで。
俺は何ともかける言葉が見つからず、ただ、お疲れ様。といって歩き出す。
「あのっ…あ、ありがとうございましたっ…!!」
後から聞こえてきて、俺はその声にこたえるように振り向かず、右手を挙げた。
「そんなことがあったんですか!?」
「…ああ。」
「大変ですね、兄さんも。」
「…まぁ…な。」
「でも、今は僕に集中してくださいよ、兄さん。他の事なんか考えないで、僕だけを見て。」
「ッッ…、ああ。」
チュグジュパ…ジュポ
ジュポッ…チュクッ…ジュポッ
真っ暗な部屋のベッドの上で、俺のモノを咥え、舌を使い上下に動かしている男。
俺の先輩でもあり、俺の弟のような存在でもある、数少ない同じ業界の友達のホソクだ。
俺がデビューしたときに不安で仕方が無かった時に、相談にのってくれた先輩。
俺は普通の男女もののAVを主に引き受けるが、ホソクは俺とは違い、BL、つまり同性ものメイン。
この業界では、高校三年生から仕事をしているそうで、俺よりもベテラン中の大ベテランだ。
何故、先輩であり、友達でもあるような人とこんなことをしているのかというと、今は上手いが、昔、ホソクはフェラが大の苦手で、仕事でもよく下手だと怒られていて、俺のモノを使い、練習しているのだ。
まぁ、今は凄く上手で、テクニックも半端じゃないが。
「…俺も…新人の頃は…ハァッ…ああだったしな。でも…今はもう何も思う事は無いな。」
「兄さんの新人の頃か、あの頃は確かに怯えてましたよね。」
「…ふっ、 確かにな。」
「それこそ、鬱病になったりしてたじゃないですか。でも、最近じゃ、調子良さそうですけど。」
「まぁな、人生ずっと絶望し続け、ずっとどん底に居たら、急にある地点から、どん底が当たり前に感じるんだよ。」
「ふふ、兄さんらしい言葉だ。」
チュグジュパジュポジュポッ
チュクッ…ジュポッ
激しく頭を上下させ、俺のモノに刺激を与えるホバ。
激しいと思ったら、急に舌で舐めまわしたり。
テクニックが、凄い。
「不思議ですね、喘ぎ声の一つも出さず、息も荒くならず、普段通り、冷静で落ち着いているなんて。僕のテクニック、そんなに下手ですかね?」
「…お前は下手では無いと思う。むしろ、上手い部類に入るんじゃないか?相手の女優と比べると、比べ物になたないほど舌の使い方が上手い。」
チュグジュパジュポ
ジュポッチュクッ…ジュポッ
「まぁ、そりゃこの業界で何年もやってきてるんでね。それにしても、フェラされながら表情一つ変えず話せる人なんて、世界中のどこ探しても兄さんくらいしかいないと思いますけどね。」
「…ふっ、もう感じねぇんだよ。何されてもな。」
「でも、こっちとしてはつまらないですよ。反応がなきゃ。」
ジュパジュポジュポッチュクッ
「じゃあ、感じてる演技でもしろってか?」
「あ、それいいですね、やりましょう。」
「いや、お前には見せねぇよ。馬鹿」
「えー…つまんないじゃないですか。」
「そんなに声が聞きたいのなら、仕事で楽しめよ。」
チュグジュパジュポジュポ
「あ、確かにそうですね。っていうか、僕、一応テクニック凄いって業界の中では絶賛されてる方なんですけど。演技じゃなくてもイくって、共演してきた男優さん達に好評なんですけど、なんでそんな無表情で感じてないんです?」
「まぁ、確かにお前のテクは半端じゃないほど上手いよ。けど、俺はもう、本当に何も感じなくなっちまったんだよ。」
「…へぇ。」
チュグジュパジュポジュポッ
チュクッ…ジュポッ
「それより、ホバ、お前は…疲れねぇのか?」
「…疲れるって?あ、顎がですか?まぁ、兄さんのは大きいから痛いけど、慣れてるんでね。」
「いや、顎じゃなくって、仕事にだよ。仕事を嫌になったりならねーのかって。」
「…まぁそうですね…、僕は好きでこの仕事してるんで、どうにかって感じですよ。」
「スゲェよな、本当。そのポジティブ思考を貰いたいくらいだよ。」
「そうですか?そんなことより、兄さん、僕だけを感じてくださいよ。」
「…ああ。」
チュグジュパジュポ
ジュポッチュクッ…ジュポッ
チュグジュパジュポジュポッチュクッ
「ふぅッ…兄さん…どうですか?」
「…気持ちいい。」
「そんな無表情で言われても…まぁ、流石ですね。」
「何がだよ。」
もう、何も感じないのだ。
快感も、絶頂も、何も感じない。
愛のない行為を女優さんと何度もし続けてきたせいか、何のために行為をするのか、行為の意味事態も分からなくなって。
射精は、しようと思えばいつのタイミングでも出来るため、撮影では支障にならない。
けど、感じない。
物足りない。
一人でシても、何も感じない。
まぁ、もう性欲すらも湧かないけどな。
俺はトランクスを履き、ズボンも履き、チャックを閉めてからビールを二人分取り出した。
そしてビールを一本渡す。
「あ、シュガヒョン、ありがとうございます。」
「ああ。お前のテクニックは確実に上達してるよ、流石だな。先輩。」
「あはは、やだなぁ、兄さんに先輩って呼ばれるの…でも、シュガヒョンの作品見ましたけど、やっぱ流石ですね…」
「ん、顔出ししてないはずだが、何で俺のって分かったんだ?」
「僕、監督と仲がいいんで、貰ったんですよ。後、シュガヒョンの体なんて、何度見てきたと思ってるんですか?体を見ただけでヒョンだって分かりますって。」
「…その発言、十分変態っぽいぞ。」
「はは、AV男優何てみんな変態、狂気じみてますよ。真面目なのはヒョンだけです。」
「なんだよ、それ…」
「本気ですよ、ヒョン、貴方みたいな人以外のAV俳優さんは、基本的にみんな狂ってますよ。一般的なAV男優何て、みんなそんなもんです。」
「…俺だって腐ってるよ。」
「”腐ってる”と、”狂ってる”は違います。腐ってても、鍛え直せればそれはやり直せる。けど、狂ってからじゃ、いくら鍛え直そうとしても、無理じゃないですか。根本的から狂ってるんですから。僕は狂ってしまったけど、ヒョンはそうじゃない。」
「…何だよ、それ。ホバ、お前はまともだよ。」
「あはは、何言ってるんです?僕は狂ってますよ、完全にね。狂いきってます。狂いきってるから、この仕事を約10年以上続けてこられてるんですから。」
「…お互い…大変だな。」
「ですね。お互い。」
ふと見せる、ホバの暗い表情。
ホバは、普段からよく笑い、笑顔で、面白くて、ムードメーカーのように明るい人のため、たまに見せる暗い、闇を感じさせる表情に、俺はぞっとする。
この業界で長くやってきた苦労や汗や涙、努力、感情は計り知れないのだろう。
この世の全てを批判するような、氷水のような、冷たく深く、どす黒い闇。
そんな一人では抱えきれないほどの大きな闇を、ホソクは一人で抱え、体の側面に閉じ込めているような気がして。
“狂う”と”腐る”
この意味の違いを、俺はこの時はまだ、知らなかった。
知る由もなかったのだ。
♡→500以上…
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たのしみー!