テラーノベル
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なんか、ほんとごめんなさい
スランプ過ぎてなんも書けない😭😭
アイドルの歴史は、時々“事故”のような存在によって塗り替えられる。
灯花――
当時十五歳。
デビュー二ヶ月でテレビ出演、五ヶ月で武道館という、もはや伝説という言葉ですら追いつかない存在。
歌えば空気が変わり、笑えば世界が明るくなった。
ファンは「奇跡」だの「降臨」だのと騒ぎ、業界は彼女を中心に回っていた。
……そして。
ある日、忽然と消えた。
「誘拐か?」
「未成年の自殺では?」
「いや、交通事故説が濃厚だ」
「実は殺されていた――」
ワイドショーは毎日灯花を消費し、結論のない仮説だけが増えていった。
真実を知る者はいない。
少なくとも、表向きには。
――三年後。
「えー、次のニュースです。新ユニット“IF・NAIKO”が、デビュー一週間でミリオン突破――」
テレビの前で、あたしはポテチを食べながら鼻で笑った。
「……盛りすぎでしょ。ミリオンはさすがに」
「そこ突っ込むとこちゃうやろ」
隣でソファに寝転がっている男――まろが、関西弁で即ツッコミを入れてくる。
「顔や、顔。お前、どう見ても灯花やん」
「うるさい。あたしは ないこ。灯花はもういないの」
あたし――ないこ。
ピンク担当。十八歳。
職業、アイドル。
……元・灯花、なんて肩書きは、どこにも書いてない。
「しかしまあ、笑える話やなぁ」
まろはスマホでニュース記事をスクロールしながら、ニヤニヤしている。
「“謎の男女アイドル誕生”“失踪した灯花と、当時のプロデューサに酷似”やて」
「似てる似てるって、失礼だよね」
「そら似るやろ。本人やねんから」
「元、ね」
あたしはポテチの袋を投げつけた。
「いてっ! アイドルが物投げるな!」
「プロデューサーが家でゴロゴロしてる方が問題でしょ!」
そう。
まろ――本名はいふ。
二十二歳。
元・灯花のプロデューサー。
そして現在、IF・NAIKOの“ただの同居人”。
「しかし、マスコミも必死やな」
まろは画面を見せてくる。
『IF・NAIKOへの独占取材、事務所が全面NG』
『過去との関連性は? 沈黙を貫く新世代アイドル』
「取材受けたら面白そうなのに」
「無理無理無理。絶対墓穴掘る」
あたしは全力で首を振る。
「“灯花さん本人ですか?”って聞かれて、あたし耐えられない」
「顔に“はい”って書いてあるしな」
「書いてない!」
……でも、否定はできない。
IF・NAIKOがここまで注目されている理由は、実力だけじゃない。
あたしの顔。
まろの雰囲気。
三年前の亡霊が、あまりにも色濃く残っている。
「なあ、ないこ」
まろが少し真面目な声になる。
「ほんまにええんか。もう一回、アイドル」
あたしは一瞬、言葉に詰まった。
灯花だった頃。
期待も、重圧も、全部一人で背負っていた。
消えたのは、逃げだったのかもしれない。
でも。
「……今回はさ」
あたしは笑って立ち上がる。
「“普通じゃない”アイドルでいこ」
「最初から普通ちゃうけどな」
「でしょ?」
IF・NAIKO。
男女ユニット。
正体不明。
取材NG。
「アイドルの歴史、また塗り替えるんでしょ?」
「せやな」
まろは少しだけ、昔のプロデューサーの目をした。
「今度は、笑いながらや」
テレビでは、相変わらず“伝説の再来”だの“呪われたアイドル”だのと騒いでいる。
――でも、真実はもっと単純で。
「次のライブ、衣装ピンク多すぎ!」
「担当やから諦めろ!」
「関西弁で煽らないでよ!」
「それがウチの味や!」
世界を変えるほどのイレギュラーは、
今日も同居人と口論しながら、アイドルをやっている。
そして、アイドルの歴史は――
また、厄介な方向へ進み始めていた。
――取材NGは、最高の燃料です
人は、
「見せない」と言われるほど、
「見たくなる」生き物である。
これは心理学でもなんでもなく、
マスコミという生態系における“本能”だ。
「IF・NAIKO、また取材NGだそうです!」
「理由は“個人的事情”とのこと!」
「個人的事情って何よ!?」
朝の情報番組。
司会者もコメンテーターも、全員が若干キレ気味だった。
――それを、あたしは楽屋で見ていた。
「……ねぇ、まろ」
「なんや」
「これ、絶対楽しんでるでしょ。あたしら」
「そらそうやろ。炎上は人気の前菜や」
まろは涼しい顔で、差し入れのドーナツを頬張っている。
「プロデューサー時代から、性格悪いよね」
「褒め言葉やな」
あたしは深くため息をついた。
IF・NAIKO結成から、わずか一ヶ月。
デビュー曲は爆売れ。
SNSは考察班で溢れ、
「灯花=ないこ説」「元P=まろ説」は、もはや前提条件。
そして現在――
「本日、IF・NAIKO初のワンマンライブです!」
ドン。
楽屋のドアが開いた瞬間、
外の騒音が一気に流れ込んできた。
「うわ、うるさ……」
「記者、二十人超えとるな」
「多くない!?」
ライブ会場の外。
テレビカメラ、週刊誌、ネットメディア。
もはや囲み取材どころか、包囲戦。
「なお、今回も取材は一切――」
スタッフが言い終わる前に、
記者の一人が叫んだ。
「ないこさん! 灯花さんですよね!?」
空気が、凍った。
あたしは一瞬、
“灯花だった頃”の癖で、答えそうになった。
――でも。
「違いますよ」
マイク越しに、あたしははっきり言った。
「灯花は、伝説。あたしは、イレギュラー」
ざわっ、とどよめく。
「プロデューサーさんも、あの失踪に関係が?」
「似てる理由は整形ですか?」
「戸籍は!?」
「質問の仕方、下手すぎ!」
あたしは一歩前に出て、笑顔で言った。
「今日はライブの日なんで。詮索は、音楽聴いてからにしてください」
……完全に火に油だった。
「うわぁ……」
楽屋に戻った瞬間、あたしは壁に寄りかかる。
「煽りすぎた?」
「満点や。SNS、今頃祭りやで」
まろはスマホを見ながら、満足そうにうなずいた。
「“イレギュラー”発言、トレンド一位や」
「やったね!」
「やったねちゃう」
ステージ袖。
開演まで、あと五分。
胸が、少しだけ苦しくなる。
灯花だった頃――
初ライブは、怖くて仕方なかった。
失敗したらどうしよう。
期待を裏切ったらどうしよう。
でも今は。
「なあ、ないこ」
まろが、低い声で言う。
「今回は“完璧”じゃなくてええ」
「……うん」
「ズレて、暴れて、笑わせろ」
「それ、アイドルのアドバイス?」
「イレギュラーの、な」
照明が落ちる。
歓声が、爆発した。
「IF・NAIKOーーーー!!」
ステージに出た瞬間、
あたしは理解した。
――あ、これ。
逃げ場ないやつだ。
でも。
「こんばんはー! 問題児アイドルでーす!」
会場が、一瞬静まり返り――
次の瞬間、爆笑と歓声が混じった。
「自己紹介からそれ!?」
「今日は取材NGです! でもライブは全開です!」
まろが、関西弁で叫ぶ。
「真実知りたい人は、歌聴いて考え!」
完全に煽り倒し。
一曲目。
二曲目。
三曲目。
途中、あたしはわざと歌詞を飛ばした。
「……あ、間違えた」
会場がざわつく。
でも、あたしは笑って続けた。
「ほら。完璧じゃないでしょ?」
その瞬間、
拍手が、歓声に変わった。
「なんだよ、この空気……」
終演後。
スタッフが、半泣きで言う。
「ライブ、大成功です……!」
「SNS、どう?」
まろが聞く。
「“下手なのに最高”“ズレてるのに刺さる”“こんなの初めて”って……」
あたしは笑った。
「ね。歴史、塗り替えてる」
その夜。
ニュースは、こう締めくくった。
『IF・NAIKO。謎は深まるばかりだが――
彼らは、確実に新しい時代を作り始めている』
テレビを消して、あたしは言う。
「ねぇ、まろ」
「ん?」
「もし、全部バレたらどうする?」
まろは少し考えてから、肩をすくめた。
「そん時は」
「そん時は?」
「それ込みで、アイドルやろ」
あたしは、声を上げて笑った。
――イレギュラーは、
隠せば隠すほど、輝くらしい。
――暴露しない勇気、肯定する覚悟
暴露というものは、
大抵“正義の顔”をしてやってくる。
『ついに入手! IF・NAIKOの“決定的証拠”』
『失踪アイドル灯花、生存説は事実だった?』
朝。
スマホの通知が鳴り止まない。
「……来たね」
あたしはベッドの上で仰向けになり、天井を見つめた。
「来たなぁ」
まろはコーヒーを飲みながら、他人事みたいに言う。
「週刊誌って、ほんま成長せえへんな」
「今回は写真つきだよ」
あたしはスマホを見せた。
楽屋裏。
三年前のあたし――灯花と、プロデューサーだったまろ。
完全にアウトな一枚。
「これは……」
「はい。言い逃れ不可能」
「せやな」
なのに、まろは焦っていない。
「なあ、ないこ」
「なに」
「謝罪文、用意する?」
「……しない」
即答だった。
「したら“終わり”でしょ」
事務所からの電話は、すでに十件以上。
マネージャーは半狂乱。
「会見!会見しましょう!」
「沈黙は最悪です!」
「世間は説明を求めてます!」
でも。
「説明ってさ」
あたしはソファに座り直す。
「誰に?」
部屋が、静かになった。
まろが、ゆっくり口を開く。
「ファン、やろ」
「……」
「でもな、ファンはもう“知っとる”」
あたしは、少し笑った。
「そうだね。みんな薄々気づいてる」
顔。
声。
態度。
空気。
それでも、信じるフリをしてくれていた。
「会見、するなら」
あたしは立ち上がった。
「ちゃんと、アイドルとしてやりたい」
記者会見当日。
会場は、異様な熱気に包まれていた。
「ついに真実が明かされるのか!」
「灯花本人なのか!」
「プロデューサーとの関係は!」
フラッシュが眩しい。
壇上に立った瞬間、
あたしは深呼吸した。
「――IF・NAIKOの、ないこです」
ざわつく会場。
「今日は、皆さんが期待している“答え”を言いに来たわけじゃありません」
記者が一斉に顔を上げる。
「え?」
「答えは、もう出てると思うから」
マイクを握る手が、少し震える。
でも、逃げない。
「確かに、あたしは灯花に似てます。
確かに、まろは元プロデューサーに似てます」
「似てる理由を聞きたいんですよ!」
誰かが叫ぶ。
あたしは、にっこり笑った。
「それ、そんなに大事?」
空気が、止まった。
「三年前、灯花は消えました。
理由は言いません。美談にも、悲劇にもしたくないから」
「でも」
あたしは胸に手を当てる。
「今ここにいるあたしは、“いなくなったアイドル”じゃない」
「歌って、間違えて、笑って、煽って――
それで楽しいなら、それでいいじゃない」
記者席が、ざわつく。
「正体を明かさないんですか?」
「明かしません」
即答。
「それは逃げでは?」
「いいえ」
あたしは、はっきり言った。
「選択です」
その瞬間。
後方から、拍手が起きた。
一人。
二人。
やがて、会場全体に広がる。
「……え?」
記者たちが戸惑う。
拍手の主は――
ファンだった。
「正体なんてどうでもいい!」
「歌が好き!」
「今が本物だろ!」
涙が、出そうになった。
マイクを置いて、あたしは深く頭を下げた。
会見後。
楽屋で、あたしはへたり込んだ。
「……疲れた」
「お疲れさん」
まろが缶ジュースを投げてくる。
「正体、言わんでよかったん?」
「うん」
あたしは、はっきり言う。
「灯花は、過去。
ないこは、今」
まろは少し笑って、言った。
「ほな、俺は?」
「……元プロデューサー」
「ちゃうやろ」
「今は?」
「イレギュラーの相棒や」
ニュースは、こう締めた。
『IF・NAIKOは真実を語らなかった。
だが、否定もしなかった。
それは、アイドル史上初の“肯定しない肯定”だった』
炎上は、いつの間にか消えていた。
残ったのは、ライブのチケット争奪戦と、
「次は何をやらかすのか」という期待。
夜。
あたしはステージ袖で、観客の声を聞く。
「行くよ、まろ」
「せやな」
スポットライトが当たる。
「――問題児アイドル、登場です!」
歓声。
あたしは笑った。
完璧じゃない。
清廉でもない。
伝説でもない。
でも。
「これが、イレギュラーアイドルだよ」
歌いながら、思う。
――消えた伝説より、
今、生きてる異物の方が、
きっと面白い。
――最終話・了
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