あのオーガジェネラルとの戦いが終わり、森に鳴り響く轟音を聞いたことで駆け付けてくれた別の冒険者たちと街へ戻ってきた私たちは、次の日に疲れを残さないようにするため、すぐに宿で休むことにした。
今日のうちに回収した魔物の死体は後日まとめて売ることにしたため、中身の劣化が進むアイテムバッグから中身が劣化しない私の《ストレージ》へと移されることになった。
細かいことだが、アルマたちからちゃんと信用されていることが証明されているようで少し嬉しい。
その次の日、そのまた次の日と私たちは毎日ファーガルド大森林へと行き、魔物を狩った。
とはいえ初日でほとんどを狩ってしまっているので、次の日からはそんなに数もいなかったのだが。
そうして約1週間でこの特別依頼は終息を迎えることとなった。
ギルドマスターが冒険者たちに向けて終了宣言と労いの言葉を掛けた後、ギルド内では先日以上のお祭り騒ぎとなり、飲んで食っての宴会が開かれている。
今回の特別依頼では森から魔物が溢れる前に魔物を駆逐することに成功しているため、森の外での犠牲はゼロだ。
だが、冒険者たちの中には残念ながら亡くなってしまった人もいるらしい。多分、私たちも下手をしたら初日で死んでいたことだろう。
そうして今、宴会にあまり気乗りしなかった私はそっとギルドを抜け出し、コウカを抱えながら夜の街を歩いている。
昼間は街の人が集まる広場も夜になるとほぼ人が居ない。多分、ほとんどの冒険者たちが冒険者ギルドに集まっているためだろう。
やがて広場にベンチを見つけ、座面を手で軽く払ってから座る。
そしてコウカを膝の上に乗せ、なんとなしに夜空を見上げた。
夜空に浮かぶ星々は前の世界で見たときよりも、その輝きがハッキリと見える。だが1つとして私の知っている星座はない。
知っているのはあの月の輝きだけだ。
『優日といると毎日が楽しいなぁ。ずっと独りで閉じこもっていた――を見つけてくれたこと、こうして出会えたこと、優日っていうお天道様に感謝だね!』
『あはは、どういたしまして。でも私に感謝されても困っちゃうよ。これもなるべくしてなったっていう、ただの巡り合わせかもしれないし』
『……ううん、違うよ。優日との出会いはね、運命とか知らない誰かに与えられたものなんかじゃなくて、きっと優日がいてくれたからこそなんだよ』
不意に覚えた物寂しさを誤魔化すようにかぶりを振り、これからのことに思考を巡らす。
ファーリンドの街は通過点でしかない。門番のおじさんとミーシャさんに借りたお金を返した今、この街にいる理由はないのだ。
この世界に来る前、女神様からはまず聖女と呼ばれる人に会うように言われていた。そして邪神と戦う力を身に付けるようにとも。
コウカに頼りっぱなしで何もできない私に、これまでの相手より強大であろう邪神と戦うことができるのだろうか。
……いや今はそのことを考えるのはよそう。まず目の前の目標に目を向けるべきだ。
聖女に会いに行く。それが私の目的だ。
そうと決まれば、まず聖女がいる場所を知らなければならない。
誰か知っているだろうか。私の知り合いと言ったら、ミーシャさんとアルマたち3人組、受付嬢のジェシカさん、そして門番のおじさんくらいだろう。
知り合いではない人に尋ねてみるという手もあるが、まずは知り合いから聞いて回ることにしよう。
今後の方針も決まったのでコウカとスキンシップを取りつつ、時間を潰す。
そして数分経った頃、静かだった広場に一つの足音が鳴り響き、目の前に1人の男性が現れた。
「ここにいたのね。久しぶり、ユウヒちゃん」
「あ、ミーシャさん」
足音の主はミーシャさんだった。
「どうしてここに?」
「あなたを探しに来たからに決まっているじゃない。しばらく会えなかったから会いに行こうとしたら、あなたとパーティを組んでいた子たちがユウヒちゃんは外に出たと教えてくれたのよ」
アルマたちは依頼を受ける前の騒ぎには否定的だったが、今回の宴会には参加しているようだ。
そして彼女たちに何も言わずに出てきたのに、しっかりと見られてはいたらしい。
「女の子1人で夜の街を歩くのは危ないわよ」
「あはは、コウカもいてくれるので大丈夫ですよ」
私が愛想笑いを浮かべて返すと、ミーシャさんの目が一瞬だけ鋭くなった気がした。
「聞いたわよ、初日にオーガジェネラルと戦ったそうね」
「はい、本当に危なかったなって今でも思いますけど」
「……コウカちゃんがオーガジェネラルを倒せるほど強くなってしまうとはね」
「みんなが力を合わせてくれたからこそです。もちろん、最後に倒してくれたコウカには感謝してもしきれませんが」
ミーシャさんが顔を伏せて考え込んでしまったので、コウカとのスキンシップを再開する。
進化したコウカは進化する前より素早いのもそうだが、より活発に動くようになった気がする。
腕の中にいるときは前までのようにおとなしいが、こうやって遊んでいると跳ねたり転がったりと色々な行動を取ってくれるのだ。
そうやってコウカと戯れていると、ミーシャさんが顔を上げる。
「ユウヒちゃんはこれからも冒険者を続けるの?」
ミーシャさんがどうして急にこんな質問をしてきたのかは分からないが、これはチャンスではないだろうか。
そう思った私は思い切って打ち明けてみることにした。
「実は私、聖女と呼ばれる人に会いに行こうと思っているんです。でもどこにいるのかもわからなくて……。ミーシャさんは知っていたりしませんか?」
「……どうして聖女様に会いたいのか、よかったら理由を教えてもらえないかしら?」
聖女様と呼ばれるほどだから、多分有名で偉い人なのだろう。
ここでミーシャさんの質問に正直に答えようとすると、女神様の話をしなければならなくなる。
嘘の理由を考えようにも私はこの世界の常識に疎いことに加え、聖女様について女神様の巫女もやっているということしか知らないため、出鱈目な理由となってしまうだろう。
なら、答え方はひとつだ。
「ごめんなさい、それは言えません」
「……そうね、女の子には秘密の1つや2つはあってしかるべきだもの。……聖女様といえばミンネ聖教の聖女よね。だったらミンネ聖教国にいるんじゃないかしら」
これで教えてもらえなくても、アルマたちに聞くこともできる。そう思っていたが、ミーシャさんは理由を聞かずとも聖女様の居場所を教えてくれた。
「聖女様って何人もいるものなんですか?」
「さあ。私が知っているのはそのミンネ聖教の聖女ティアナ様くらいよ」
これでほぼ確定だろう。確か女神様も聖女様の名前をティアナと呼んでいたはずだ。
聖女様の場所が分かった今、次に目指す場所はミンネ聖教国だ。
その後、ミーシャさんはミンネ聖教国への行き方も細かく教えてくれた。
まずミンネ聖教国は私が今いるキネヴァス共和国から東へ行った先にあること。
直線距離なら東にまっすぐ向かってシーブリーム王国とハイルベリー国を経由していくのが最短だが、2国の間には険しい山脈があり、危険な魔物も多いため越えるのは難しいこと。
それならば北東に向かい、ラモード王国を経由していく行き方が安全かつ早いということらしい。
「まずはこの街の東の門から伸びる街道を歩いて、ナザリガルドに向かうのがいいでしょうね。それでラモード王国方面の都市へ向かう馬車の護衛依頼なんかを受けられたら、最高よ」
「じゃあ明日――」
「明日、出発するなんて言わないでよ?」
「……え?」
行き方も分かったので、早速、明日出発しようとしてミーシャさんに止められる。
どうしてだろうか。
「ユウヒちゃんはここ数日、働きっぱなしなのよ。数日だけでも、ゆっくりと体を休めるべきだわ。それくらいの時間はあったっていいと思わない?」
「うーん、でも私は戦ってませんし……」
「それでも慣れない場所を歩くのは疲れるし、魔物がいつ出てくるか分からないというのは精神的にも参ってしまうものなのよ。冒険者なら休めるときに休む。覚えておきなさいね」
たしかに言われてみると数日間、歩き続けて体が少し重いし精神的にも疲れているような気はする。
先輩冒険者の言葉だ。ここは素直に従っておくべきだろうか。
「じゃあ、何日か休んでから出発しますね」
結局私は数日間、休むことを選択した。
まあ、ここは無理をする場面ではないだろう。
その後、夜風で体が冷えてきたのでミーシャさんに連れられて宿に戻ることにした。
宿屋の前でミーシャさんと別れると少し遅い夜ご飯を食べたり、シャワーを浴びたりしてからベッドに入る。
案外疲れが溜まっていたようで、私の意識はすぐに夢の世界へと旅立ってしまった。
◇◇◇
ミーシャはユウヒを宿に送り届けた後、一人考え事をしながら冒険者ギルドへ向かって歩いていた。
(ユウヒちゃん、本当に彼女をあの娘に会わせていいものかしら)
彼の抱く懸念は先ほど別れたユウヒのことであった。
(正直、怪しいところはいっぱい。最初はどこかの箱入り娘かと思ったけど、それにしても誰もが知っていることを知らなさすぎる。でもワタシの勘だと特に悪い子ではなさそうなのよねぇ)
冒険者とは未知の体験をすることが多い職業である。
未知に対して最初に頼りになるのは自らの勘だ。そのため、冒険者は自分自身の感覚を何よりも大切にする。
(それにあの時の水晶から放たれた光、そして彼女の目的……これも偶然なのかしら?)
彼は立ち止まり、ユウヒが入っていった宿に目を向ける。
(まあいいわ。まだ見極める時間はあるのだし)
考えをまとめると、ミーシャは夜の街を歩いていった。
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