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私は7日間、蟻と一緒に過ごした。
初めてその存在に気付いたのは、6月30日だった。
育てていたヒメクワの盆栽の元気がなかったので、根詰まりかと思いポットから引っこ抜くと、なんか存在感のあるドデカい黒い虫が穴を掘っていたのである。
最初はゴキブリー先輩かゴミムシ先輩が土に潜ってる?と思ったが、大きなお尻とクビレ、立派な胸部に長い触覚、そして、巣の奥に複数ある白い繭でようやく気付いた。
女王蟻だ。
私は山間部に住んでいるので、時折アリ達が結婚飛行をしている現場に出くわす。
まさかその1匹が私のチッコイ盆栽に巣を作るとは、予想だにしていなかった。
発見した瞬間はメチャメチャに悩んだ。
だってここはマンション。
働きアリことワーカーが羽化して、お洗濯物に着くのはめっちゃ困るし、近隣のベランダにまで行ってしまうかもしれない。
しかも自然界より圧倒的に餌場がない。
そもそも盆栽はめっちゃちっちゃいし、満足に営巣だって出来ない。
そしてペット不可なんだここは。
悩んだ末、アリの有識者が集う場で意見を募り「ダ〇ソーのプラスチック小物瓶に入れて、蓋を外して土に埋めたら?」というありがてぇ意見を頂く。
みなさんもぜひ盆栽にアリが住み着いたけど殺生できないと思ったら試してみてください。
さらに住み着いていたのが日本最大種“クロオオアリ”の女王であることも判明した。
盆栽も結局根詰まりしていたし、よーしやるぞー!と意気込んでからなんと、
7月10日、ようやく実行した。
そう、10日間なんやかんや忙しく実行に移せなかったのである。あと自然に返せそうな場所を探したが、どこもかしこもアリ激戦区。
アリが居ないってことはアリが住むのに適さない場所ということで、アリが一匹表に居るということは、すでに地下には大規模なコロニーが形成されている可能性があるのだ。
そんなところに放り出しては、ワーカーが1匹もいない女王など格好の餌食だろう。
近くに山はあるが、山の中にいるアリは基本的にモグラを恐れ樹上性になるものがほとんど。
クロオオアリには適さない。
そうして良い感じの場所を探したりしているうちに、10日間が経過してしまったのである。
その結果
増えてた。
なんと最初に目撃した繭からバッチリお姉さんワーカーが爆誕していたのである。
まあタイミング的には良かった。
女王だけを放り出すことにならず、ワーカーも一緒なら心強い。そう思いながら悪戦苦闘し、巣の中にある卵も幼虫も繭も働き蟻も女王蟻も、全て簡易的なタッパーに移したのである。
ワーカーが増えたということはそれ即ち、次の世代も増えているということ。
その時点で羽化寸前の繭は3つ、なんならちょうど新しいワーカーが羽化していて、働き手は4匹から5匹になった。女王含めピンセットでめっちゃ慎重に移した。クソほど暴れた。
卵は7個ほどで、若干育った幼虫は5匹ほど。
ステンレス耳かきで土に潰されないよう、メチャメチャ神経使って慎重に女王とワーカーにパスした。ハズキルーペが欲しかった。
そうした苦難を乗り越え、無事に盆栽もワビサビの効いたオニューの鉢植えに植え替えが完了。根っこを切って盆栽の土に植え替え、現在はめっちゃ葉付きが良くなりました。
そして肝心のクロオオアリ達なのですが、
自然に返すべきかめちゃめちゃ迷ってしまった。
最初に殺生することが出来なかった理由にも繋がるのですが、実のところ私は虫が好きで、虫に対して中途半端な知識が付いており、美しく健康な女王蟻の価値を知っていたために迷いが生じていたのです。
自然界で傷1つなく健康でいることは、めっちゃ確率が低いのです。
事実、新女王のほとんどは外敵による負傷や寄生型昆虫などが原因で、卵を産むことすら叶わない。
私の盆栽に住み着いた女王は、今のところとても健康的で卵も順調に産んでいる。
細い糸の上を綱渡りするかのように歩んできた女王に対して、無下に扱うようなことは出来ませんでした。
「よし、蟻飼いの人に譲ろう。まあ貰い手が出来なくても、そのあいだにワーカーが増えるしちょっとは生存確率あがるっしょ!」
そうして本日まで、譲渡サイトに掲載し、タッパーの中で過ごして頂いたのである。
なんかアリ育てサイトを見たら「子育て中の女王は餌食べなくても良いけど、餌を食べると巣の育ちが良くなる」的な情報を目にし、ちょうど家にはメイプルシロップがあったので与えた。
お姉ちゃんワーカーたちがゴクゴク飲んで、お尻に琥珀色の蜜が透けて見えるのはとても神秘的だった。
それを女王に口移しで与えるのは、彼女たちに感情と呼べるものが無かったとしても、慈しみを感じた。
結果、7日間の間に成虫は20匹強、幼虫と卵は40個近く増えたのである。もちろん羽化寸前の繭もある。
さらに嬉しいことに、引き取り手が見つかりました。
明日は引渡しの日。
ほんの短い間でしたが、この子たちに色々なことを教えてもらった気がする。
全ては盆栽から始まった奇跡。
盆栽が無かったら、女王はどうしていただろうか。今にも産まれそうな卵を抱えて、自然界をさまよって命を落としたのだろうか。
しょうじき日に日に増えていくワーカー達には、数の暴力を感じました。
ふいに机を見たら脱走したワーカーちゃんを見つけ、大慌でタッパーに戻したりもしました。
それでも、出来ることならずっと手元に置いておきたかったな、というのが本音です。
しっかりした石膏巣を用意して、毎日眺めたかった。
まあ何はともあれ、盆栽にアリが住み着かなかった私と、盆栽にアリが住み着いて取り出した私では、人生に大きな違いが生まれたと思う。
この子たちには、生きた数だけ宝物が増えるのだと、そう教えられた気がする。
私はネグレクトかつゴミ屋敷育ちで、家を飛び出しては近くの河原で背の高い草を束ね、その中で身を潜めて一夜を過ごすこともありました。
そうして自然の中にいるうちに、虫達の子育てが愛情深いことを知りました。
自分の親が虫であったらと、幼少期には何度も願いました。
あの時に願った愛情を、女王が育てている繭たちは一身に受けている。
女王は卵を産んでから1ヶ月近く、飲まず食わずで世話をするそうです。
子孫繁栄の為に、そんなにも身を削るのでしょうか。私には、親の愛が子へと受け継がれているようにしか見えません。
力強い命の粒。狭いわっかをくぐって生を受ける、土の中の精霊たち。
その姿を見れた私は、とても幸運だったのだと思います。
クロオオアリは、女王単体で飼育下では20年近く生存するそうです。
これから先、この子たちの成長を見守ることは叶いませんが、どうか元気でいてくれるよう、朝から神社へ神頼みしに行こうと思います。
メジャーワーカーの大きな妹が産まれたら良いね。
そしていつか、昇進し昇給しペット可の物件に引っ越した暁には、万全な体制で蟻達を迎え入れようと思います。
【完】