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___ロイルフォード公爵家にて 天井のシャンデリアが煌めく食卓では、今日も家族の笑い声が賑やかだった。
「アリー、ソースが頬についているわよ」
前当主夫人であるマリアンナ・ロイルフォードが4歳の娘、アリー・ロイルフォードの頬についた赤いソースを拭ってやった。
「ははは、アリーはお茶目なんだな」
現当主であり、マリアンナの息子でもあるロアン・ロイルフォードがアリーのお茶目とやらを笑った。その横に座る、ブロンドの髪を揺らす若い女、5年前に前当主に養子としてこの家に迎えられたセフィル・ロイルフォードも「まあ、アリーてば可愛い」と笑った。
元は伯爵家の娘であったが、父親の陰謀が暴かれ、家族諸共処刑にかけられそうになった時に当時の公爵家当主であったケイン・ロイルフォードがそれを見兼ね養子に引き取ってくれたのであった。その当時、セフィルは12歳だった。現在、ケインは病を原因に亡くなっている。
現在は息子であるロアンが当主を引き継いでおり、安泰している。家族仲も良好であり、非常に仲の良い家族だった。
「セフィル、寒くないかい?」
ロアンの穏やかな声が緩やかに食卓に広がる。ロアンの片方の手は、セフィルの肩を抱くようにして触れていた。ロアンとは過保護な男だった。
「ええ、平気よ兄様。ありがとう」
「そう」
ロアンは小さく微笑んで頷き、セフィルの肩から手を離した。その手は、どこか名残惜しそうに。
「母様、アリーも。寒くないかい?今日はよく冷えるからね」
なんでもなかったように向かい側に座る2人に向き直り、尋ねた。
「大丈夫よロアン、ありがとう。あなたは本当に優しい子に育ったのね。嬉しいわ」
「ありーもへいきよ!」
穏やかでやさしい母の声と、元気で幼い子供の声が返ってきた。「ならよかったよ」ロアンはそう軽く返すと再び料理に手をつけた。その隣で笑みを浮かべていたセフィルのナイフとフォークを握る手が力強くなったことに、誰も気づくことはなかった。
___ロアンの寝室にて
「セフィル、また成績が上がったようだね」食卓の時とは違う、低くて甘ったるい声がセフィルの頭上に落ちた。
「ええ、すごく頑張ったのよ兄様」
「ああ、セフィルが頑張り屋さんなのは私が1番よく知っているさ。それより、私と2人きりの時は名前で呼ぶと約束しただろう?」
「あ、ああ…私ってばうっかりしてたわ…ごめんなさい、ロアン…」
ロアンの膝の上で、セフィルはぎこちない笑みを浮かべた。
「いいんだセフィル。誰にでもうっかりしてしまうことはあるからね。私の方こそすまない、セフィルのことを責めたいわけじゃなかったんだ」
優しいくせに、逃す気などないような手がセフィルの頭を撫でた。
「いいのよロアン…貴方が気にすることじゃないわ」
そう笑って見せながらも、膝の上に置かれた手には力がこもっていた。
「優しいな、セフィルは」
セフィルの手の強張りに気づいたのか気づかなかったのか、頭を撫でていたロアンの手がセフィルの手に重ねられた。空いたセフィルの頭には一つ、キスが落とされて。
「さあ、今日はもう寝ようかセフィル」
「うん…今日は勉強にダンスのお稽古もあって疲れたわ」
そういったセフィルの顔には、確かに疲労の色が滲んでいた。けれどその疲れが、今日1日の忙しさによるものなのか、それともロアンの前で笑みを取り繕い続けたせいなのか。その答えは、セフィル以外の誰も知ることはなかった。
___セフィルの寝室にて
ぼふ、と鈍い音を立てて、セフィルはベッドへ倒れ込んだ。乱れたブロンドの髪が白いシーツへ無造作に散る。明かりはついていなかった。暖炉の火も消えたまま、頼れるものは窓辺から落ちる月明かりだけ。セフィルはそんな部屋で、先ほどまでのロアンとの時間を思い返し、鳥肌を立てた。
あの食卓で肩に触れた嫌に優しい手、ロアンの部屋で膝の上に座らされ、頭を撫でられ手を重ねられ、おまけに頭にキスを落とされた。側から見れば仲の良い微笑ましい義兄妹なのだろうか。だがそれはセフィルにとって幾分マシな苦痛に過ぎなかった。
ロアンの愛は異常だ。
家族でなく、本人でなく、セフィルがそれを1番理解していた。なぜならその視線も、触れる指先も、全てがセフィルだけに向けられる物だったからだ。ロアンの優しさは、いつだってセフィルだけを逃さなかった。
(気持ち悪…)
それは愚痴ですらなかった。ただ浮かんだ感想をなぞるように、セフィルは心の内でそう呟く。その顔に笑みは浮かばない。魂の抜け落ちた人形のような目だけが、ぼんやりと前を見つめていた。
ロアンがあの執着じみた愛情を向けるようになったのはいつからだっただろう。セフィルはもう覚えていなかった。忘れてしまうほど昔から、それは当たり前のようにそこにあった。
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