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麗太
かきまぜたまご
104
なつみかん
身体中の内蔵がふわりと浮かぶ感覚。目まぐるしく変わっていく周りの景色。自身の声も聞こえないほどの風の音。そして、乗り終わった後のジェットコースターなんて比にならないくらいの気持ちよさ。
「ふぅ〜〜、気持ちよかったな。」
俺はそう言うとVRゴーグルを外し、共感ボックスから出てきた。耳についてるイヤホンからは友人の声が聞こえる。
「やっぱこれが1番だよな〜、次なんにする?」
友人の話を聞きながら、コーヒーを入れて窓の外を見た。涼しげな夏の景色。さんさんと太陽が輝き、風にほのかに揺れられる影を作り出している…………という、映像だ。
俺はイアに酒とつまみを頼むすると、すぐにボックスが開いてスルメと酒が出された。
「なぁ、」
友人に話しかけつつビールを飲む。
「今お前の地区は何時?」
「いきなりなんだよ。」
そうは言いつつも、少し間を置いて返事が来る。窓を確認したのだろう。
「夜だってさ。アラーム鳴ったし俺もう寝るわ。」
「そ、おやすみー。」
返事した直後に通話が切れた。俺は酒を飲みながら窓を、正確には地区ごとに分けられた時間を見た。
「何しよっかな。」
テレビを見るか、ゲームをするか。それともまた共感ボックスに入るか。そこまで考え、ふと普段なら絶対に思い浮かばない考えが出た。
「外行くか?」
ここ何十年は外に行っていない。最後に行ったのは、恐らく子供の頃だろう。その頃からだ、世界がおかしくなって行ったのは。
「なぁイア、今日の外の天気は?」
イア、正確には「生活サポート型AI」だ。どっかの誰かがチャッピーと似たような感覚であだ名をつけてから浸透し、JAPAN地区では大抵の人がこの名前を使っている。
『外ですか。』落ち着いた、女性の声が返事をする。
『本日の天気は雨で、気温は39°ですね。秒速も15m以上ありますし、お外はやめた方が良いかと。』
親父はこの声を聞いて、とてもAIとは思えないと言っていた。この声しか知らない俺たちはあまりピンと来なかったが。
「飛行型出して。」
『しかし、』
渋るイアを押し切るように言う。
「いいの。屋根あるでしょ?」
『……承知いたしました。せめて、防護服を着用の上でご乗車くださいね。』
「はいはーい」
そこで音声は切れ、外で音がする。飛行型自家用車の用意をしているのだろう。なんだか今日は共感ボックスでの偽物ではなく、本物の風を浴びたい。
共感ボックスとは、過去に誰かが体験したものを、そのまま体験出来る装置だ。俺はさっきスカイダイビングをしていた。
レインコートとゴーグルをつける。防護服なんてご立派なものじゃないが、今はこれでいい。
『飛行型自家用車のご用意が整いました。本日は自動モードを推奨します。』
「いや、俺が運転する。」
『しかし、』
「いいだろ?」
イアが黙り込む。考えている演出だ。こうなると答えは決まっているので、俺は運転席に乗り込んだ。
『十分に気をつけてくださいね?』
「わかったよ」
俺はイアを切った。そして耳につけていたイヤホンを外す。飛行型を飛ばすとすぐに外の景色が見えた。薄暗い雲、風に強く揺られる木々、人っ子一人いない町。当然だ。人類は既に外出の必要なんてないのだから。速度を最高速度にして、追い風になるように飛行コースを飛ぶ。たくさんの雨粒がフロントガラスに当たってきて、ボツボツと音がした。
「あ、車内を防水にすんの忘れてた。」
慌ててモードを切り替える。そして、俺はゴーグルを目元に下ろし、窓を全開にした。
「うわ、すげぇ!」
風の音が強く、自分の声が聞こえずらい。大量の雨ですぐに飛行型内はびしょ濡れになった。着てきたレインコートが風と雨でほとんど意味をなさず、ゴーグルもすぐに雨水で見えなくなる。
「っはは、意味ねぇじゃんこれ!!」
歓声をあげながらゴーグルを外し、無理やり目を開く。口を開けると大量の雨がすぐに入ってくるので、口は閉じた。
びしょ濡れになった服が腕に張り付く。寒いし不快なはずだが、なぜだかとても気持ちがいい。共感ボックスなんて比にならないくらいだ。
風に身を任せて飛ぶ。もう何十年ぶりだろうか、こんなふうに暴風の中をびしょ濡れになるなんて。もしかしたら人生で初めてかもしれない。
思う存分飛び回ってから、俺は自宅に戻った。すぐにイアを起動して飛行型をしまい、風呂に入って着替える。
脱衣所から出ると、呆れたようなイアの声がした。
『随分楽しそうでしたね。』
その言葉に、俺は笑って返す。
「あぁ、気持ちよかったよ。」
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