これはちょうど「血のハロウィン」が終わった時のこと。俺の頭に鮮明に残っているあの記憶。
今でも 彼に似合う白のペンタスの花の香りが鼻の奥に残っている。
場地くんが死んだ。
タイムリーパーである俺しか止められないことだった。なのに俺は場地くんが死ぬのを止められなかった。千冬の泣いた顔が忘れられない。あれからもう数日たっているのにまだ気落ちしていた。
そんな時だった。
「ねぇ、あんた花垣武道?」
すっと耳の奥に通る声。おれはすかさず振り向いた。
そいつは真っ黒な髪に小綺麗な顔立ちをした背の高い男だった。
「だ、誰っすか?」
誰だ…?未来にこんな奴はいなかった。でもこの人が今接触してきてるってことは未来が変わっている?
とにかく、この人を探らないと。
「俺?俺は東京卍會の一員だよ」
そうなのか?こんな人見た事ないけど…
でも東卍はそこそこ人数が多いし見たことない人が1人いたって不思議では無い。
「あんた結構有名だから声掛けちゃった」
くす、と小さく彼は微笑んだ。
なんだか安心する笑顔の人だ。本当に不良なのだろうか。東卍の皆は髪を染めている人が大半でこんなに綺麗な黒は珍しい。
「ねえ、よかったら今日俺と遊ぼうよ」
「えっ」
彼は俺の腕を強引に引いて走り出した。もはや選択権などない。
人混みの中をかき分けて進んでいく。急で強引な彼に戸惑ったけれど少し爽快な気がした。
「き、急になんなんですか…!」
「あはは!ごめんごめん!」
「ちょっとここで休憩してこ」
彼が指さす先はファストフード店だった。
ポテトやハンバーガー名がメニューにずらりと並んでいる。
「今日は俺が奢るよ」
「まじすかあざっす!」
「いやー、、席取れてよかったね〜」
「混んでますもんね、、」
「ほら、食べようよ」
優しい声色が目の前の食事にありつくよう諭す。真ん中で別れている、少し目ににかかった髪がサラ、と鼻筋にかかる。よく見てみると、肌の色が白くて黒髪がよく映える。佇まいは上品で食べ方も綺麗だ。本当に不良なのだろうか。
「あの、そういえば名前は?」
「あ!言い忘れてた!」
「俺は竹中律桜」
「リオって呼んでよ」
「分かりました!リオくん」
俺がそう呼ぶと彼はにっこりと嬉しそうに笑ってハンバーガーを頬張った。やっぱり食べかたは綺麗で彼がさらに大人っぽく見えた。
中学生にしては上品すぎないか?
「そういえばリオくんって何歳ですか?」
「俺は今17だよ」
「やっぱ年上だ。背高いし」
「無駄にでかいんだこれが」
「羨ましいっすよ」
「あはは、この後まだ空いてる?」
「はい。空いてますよ」
「よかった。もうひとつ連れていきたいところがあるんだ」
結構な時間歩いた。もう森の中まで来ている。もう日暮れが近い。正直不安だ。この人について行って本当に大丈夫なのだろうか。
「リオくん…?まだですか…?」
「ここだよ」
そこはこの世のものとは思えないくらい綺麗な場所だった。辺り一面に白のペンタスが広がっていてそれらはひとつの湖を抱きしめるように囲んでいた。湖の水面には白のペンタスとオレンジ色の夕日が重なって鮮やかに輝いている。涼しい風が湖を揺らし、水面に映る白がゆらゆらと変形する。
「綺麗…」
「だろ?俺ここが大好きなんだ」
「ありがとうございます。連れてきてくれて」
「うん」
「………あのさ、ここに連れてきたのはただ見せたいってことだけじゃなくてさ」
「はい…?」
「実は東京卍會の一員っていうの、嘘なんだ」
「え?なんで…?」
「俺は取引をしに来たんだよ武道くん」
「俺を東卍に入れてくれ。そして俺は稀咲鉄太を殺す」
なんで…なんでリオくんが稀咲ことを知ってるんだ?てか殺すって……
先程よりも風が吹き荒れて、白い花びらが散る。リオくんの黒い髪がなびいて、その間からじっと貫くように見つめられた。そしてハッキリと俺に言い放った。
「俺は君がタイムリーパーであることを知っている」
「………なんで」
「俺もタイムリーパーだからだよ」
「等価交換だ。花垣武道」
「お前は東京卍會に俺を引き入れる。そして稀咲鉄太を殺す協力をする」
「…リオくんは何をくれるの」
「俺?俺は」
「お前に命をあげる」
彼は俺の腕をグイッと引き寄せ彼の心臓の辺りにとん、と俺の手を触れさせた。
命。それはどんなものよりも重いもの。
命をもらったって上手く使えるほど俺は器用じゃない。
「……いらない?」
「割と役に立つと思うよ。だから応じてみせて」
「…正直いらないし、殺しだって看過できない。」
「でも、リオくん。君がタイムリーパーなら俺は応じない手はない。」
「君の命捧げてみろよ!そして俺と最高の未来掴もうぜ」
「…ありがとう武道くん」
「今から俺の命はお前のためにある」
ペンタスの香りと湖を揺らす風。
彼と俺が初めて出会ったあの日の記憶。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!