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いちごみるく
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⚠️センシティブあり
北斗side
あの夜、同じ家に帰ってきたものの、最初の数日はやっぱり気まずかった。リビングで目が合えばお互いに視線を逸らし、会話も「お風呂先どうぞ」「ありがとう」といった必要最低限のものだけ。もちろん、あれから肌を重ねるようなことは一切ない。
それでも数日経つと、少しずつ同居人としてのリズムが戻り始めた。俺がキッチンで夕飯のパスタを作っていると、〇〇が後ろから恐る恐る覗き込んできた。
〇〇「……北斗、それ私の分もある?」
北斗「そりゃ、2人分作ってるし」
そう答えると、〇〇の顔に一瞬だけホッとしたような、柔らかい笑顔が浮かんだ。あの日以来、初めてまともに目が合って笑い合えた気がして、胸の奥がじんわりと熱くなる。廉の影はまだそこにあるのかもしれないけれど、今、お前の目の前で飯を作っているのは俺だ。
1週間の後半にもなると、テレビのバラエティ番組を並んで見ながら、同時に同じタイミングで吹き出すようになっていた。
〇〇「今の、絶対わざとだよね」
北斗「だよね、あのアナウンサー絶対狙ってる」
そんな他愛のない会話が自然と弾み、気まずさはいつの間にか身を潜めて、空気感は完全に元の同居人に戻っていた。ただ一つ違うのは、俺たちの間に流れる意識。ふとした瞬間に肩が触れそうになると、お互いに一瞬だけピクリと身体を硬くする。友達でもない、恋人でもない、でもただの同居人でもない、張り詰めた甘い緊張感が常に部屋に満ちていた。
そして1週間が経った夜、ソファの端と端に座ってそれぞれ台本を読んだりスマホを弄ったりしていると、〇〇がクッションを抱き抱えたまま、すやすやと寝息を立て始めた。俺は静かに立ち上がり、自分の部屋からブランケットを持ってきて、そっとその身体にかける。
北斗「……諦めるわけないじゃん」
寝顔に向かって、届かないくらいの小さな声で呟く。身体には触れない。でも、こうして毎日隣にいて、俺の優しさを、俺の存在を、お前の日常にこれでもかと染み込ませていく。焦る必要はない。この1週間で、元の雰囲気に戻れた。ここから少しずつ、お前の全部を俺のもので埋め尽くしていけばいい。
ーーーーーーーーー
とある夜、俺は一人でリビングのソファに座り、テレビの明かりだけを頼りに台本を眺めていた。時計の針は21:30を回っている。
いつもならキッチンからいい匂いがしてきたり、お互いの仕事の話でひとしきり盛り上がっている時間。でも、今日の家の中は静まり返っていた。
〇〇は今、外で夜ご飯を食べている。誰と行っているのかは、出かける前に聞いていた。廉と、海人と、〇〇の3人。
廉の名前を聞いた瞬間、心臓がドクンと嫌な音を立てたのを必死で隠して、「楽しんできなね」と笑顔で見送った自分を思い出す。
テレビの音すら頭に入ってこなくて、台本の同じ行をもう何度もなぞっている。
1週間かけて、やっと元のいい雰囲気に戻れてきた。俺の存在を〇〇の日常に染み込ませて、少しずつ廉の影を追い出せているんじゃないかって、どこかで自惚れていたのかもしれない。
でも、本人が目の前に現れたら、〇〇はどんな顔をするんだろう。
またあの、切なそうで、でもどうしても突き放せないような目で廉のことを見るんだろうか。
そんなことばかりが頭をぐるぐると駆け巡って、手元にあるスマホが酷く重く感じられる。
「今どこ?」なんて束縛するようなメッセージを送る権利は、今の俺にはない。
付き合ってないんだから、誰とどこで飯を食おうが〇〇の自由だ。
そんなこと、痛いほど分かっている。
分かっているけれど、胸の奥がじりじりと焼けるように熱くて、嫉妬でどうにかなりそうだった。
昨夜のあの甘い体温も、俺を真っ直ぐに見つめてくれた瞬間も、全部嘘にしたくない。
北斗「……早く帰ってこいよ」
誰もいない静かなリビングに、ぽつりと本音が溢れた。
画面の暗いスマホをソファに放り出し、俺は深くため息をついて、背もたれに頭を預けた。お前がいない我が家は、驚くほど広くて、冷たい
時計の針は23:00を指そうとしていた
テレビの画面はとっくに別の番組に切り替わっているけれど、俺の意識は全くそこにはない
さすがに遅すぎる
最近は一時期世間を騒がせていたストーカーの件もだいぶ落ち着いてきて、事務所の警戒体制も少し緩くなっていた
だからこそ、余計に心配になる
何かトラブルに巻き込まれていないかという建前と、まだあの2人と一緒にいるんじゃないかという本音が、俺の心の中で激しくせめぎ合っていた
廉と海人と、3人でどんな話をしてるんだろう
お前のその笑顔は、今、誰に向けられているんだろう
スマホを手に取っては画面を点け、何も通知が来ていないのを確認してまた消す、という無意味な動作をもう何度も繰り返している
付き合ってもいない同居人の俺が、こんな時間に「今どこ?」「何時に帰る?」なんて送ったら、さすがに重すぎるし、何より〇〇を困らせてしまう
分かっているのに、指先が勝手にメッセージアプリを開いてしまう
北斗「あー、クソ……」
思わず口から悪態が漏れた
1週間かけて積み上げてきた自信なんて、たった数時間の不在で簡単に崩れ去ってしまう
それくらい、俺にとって〇〇の存在は大きくなっていた
その時、静まり返ったリビングに、パタパタと廊下を歩く微かな足音が響いた
玄関の方で、ガチャリと鍵が回る音がする
心臓が跳ね上がるのを感じながら、俺は平静を装ってソファから玄関の方へと視線を向けた
扉が開いて入ってきたのは、〇〇ではなく、見慣れた金髪の男だった。
樹「おー、北斗。まだ起きてたんだ」
そう言って当たり前のようにスニーカーを脱いだのは、メンバーの田中樹だった。
〇〇がストーカーに怯えていた時期、もしもの事態があった時のためにと、一応樹に予備の鍵を渡してあったのを思い出す。
北斗「……樹? なんでお前がここにいんの」
予想外の人物の登場に、俺はソファから立ち上がりながら、困惑を隠せずに声をかけた。
樹「いや、今日この近くで仕事終わってさ。〇〇から『今日は廉たちとご飯行くから遅くなる』って連絡もらってたから、北斗が一人で寂しく死んでねぇか様子見に来てやったの」
樹はそう言ってニヤニヤしながらリビングに入ってくると、勝手に冷蔵庫を開けてお茶を取り出した。
すべてを見透かしたような樹の目に、俺は自分が今、相当酷い顔をしているのを自覚する。
樹「で? 23時になっても帰ってこないからって、そんなわかりやすく病んでんなよ。ストーカーの件もだいぶ緩くなったし、あの2人と一緒なら安全面は問題ねぇだろ?」
北斗「……そういう心配じゃないことくらい、お前だって分かってんだろ」
俺がソファに座り直して不機嫌そうに呟くと、樹はお茶を一口飲み、少し真面目な顔になって俺の隣に腰掛けた。
一方、その頃の〇〇は、久しぶりに心から楽しい時間を過ごしていた。
海人「ねえ見て〇〇!このお肉、めちゃくちゃ柔らかくて美味しい!」
〇〇「本当だ!すごく美味しいね、海人」
おしゃれな居酒屋の個室で、海人が目を輝かせながらお肉を頬張る姿に、〇〇も自然と笑顔になる。
ストーカーの件が落ち着いてから、こうして気兼ねなく外でご飯を食べるなんていつ振りだろう。
〇〇の目の前では、廉がふっと優しく目を細めて、お酒のグラスを傾けていた。
廉「〇〇、それペース早くない?あんまお酒強くないんやから、無理せんとこな」
〇〇「えへへ、大丈夫だよ。だって今日、すっごく楽しいんだもん」
廉の心配をよそに、〇〇はカクテルをもう一口すする。
お酒が弱い〇〇にとって、今の状態はすっかり心地いいアルコールの波に飲まれている証拠だった。
頭がふわふわして、頬がじわじわと熱い。
海人「もう、廉はすぐ過保護になるんだからー。でも〇〇、本当に無理はしないでね?」
〇〇「うん、ありがとう。二人が一緒だから、なんだか安心して酔っ払っちゃいそう……」
廉「ほんま、そういう無防備なところ危ないで。俺ら以外の前では絶対そんなんしたらアカンからな?」
廉が呆れたように、でもどこか愛おしそうに関西弁で〇〇を嗜める。
その声が、お酒のせいかいつもより甘く脳裏に響いて、胸の奥がキュンと跳ねた。
久しぶりに触れる廉の空気感と、海人の変わらない優しさ。
北斗のいるあの家での張り詰めた毎日から少しだけ解放されて、〇〇はただ、この愛おしい時間に身を委ねていた。
時計の針がもうすぐ23時半を回ろうとしていることなんて、今の〇〇には全く頭になかった。
ーーー
🌃海人「じゃあ俺、こっちだから!〇〇、ちゃんと廉に送ってもらいなよ?廉、よろしくね!」
店を出て大通りに出たところで、海人は大きく手を振りながら別のタクシーに乗り込んでいった。
廉「おう、任せとけ。じゃあな、海人」
海人を見送った後、廉がすぐに次のタクシーを捕まえてドアを開けてくれる。〇〇が先に乗り込み、続いて廉が隣に座ると、車内は一気に二人きりの空間になった。
廉「〇〇、大丈夫か? 結構赤いで。ほんまに眠くなってへん?」
タクシーが走り出すと、廉が覗き込むようにして顔を覗かせてくる。お酒のせいで視界が少しとろけている〇〇は、シートに深く背もたれを預けたまま、小さく頷いた。
〇〇「うん……大丈夫。ちょっと、ふわふわするだけ……」
廉「ふは、なんやそれ。可愛いな」
廉が低く笑う関西弁の響きが、静かな車内に心地よく響く。窓の外を流れていく都会の夜景を見つめながら、〇〇は胸の奥がキュンと切なくなるのを感じていた。
この1週間、北斗の優しさに包まれて過ごしてきた。北斗の存在がどんどん大きくなっているのも確かだった。でも、こうして久しぶりに廉の隣に座り、その声を聞き、その匂いを感じると、ずっと心の奥底に眠っていた「好き」という感情が、どうしても無視できないほど疼き出してしまう。
廉「〇〇」
不意に名前を呼ばれて視線を戻すと、廉が真っ直ぐな瞳で〇〇を見つめていた。その距離は、さっき店にいた時よりもずっと近くに感じられた。
〇〇「ねえ、廉……」
頭の中のモヤがさらに濃くなって、自分の声がどこか遠くから聞こえるような気がした。
〇〇「私、まだ……ばいばいしたくないな」
お酒の勢いも手伝って、ずっと胸の奥に閉じ込めていた本音がぽろりと溢れ落ちる。北斗の元へ帰りたくないわけじゃない。でも、今この瞬間だけは、目の前にいる大好きな廉と離れたくなかった。
廉「〇〇……」
廉が驚いたように目を見開く。その瞳に、一瞬だけ揺れるような光が走った。
廉「……ほんま、お前はそういうこと無自覚に言うからズルイわ」
廉は少し困ったように苦笑いすると、運転手に行き先を変更するよう伝えた。告げられたのは、〇〇の家ではなく、廉の自宅の住所だった。
タクシーが静かに走り続け、やがて高級マンションのエントランス前に停車する。
夜風に当たっても〇〇の酔いは醒めるどころかさらに回っていて、足元が少しおぼつかない。
ふらりとよろけた〇〇の肩を、廉がすかさず引き寄せた。
廉「ほら、気ぃつけや。危ないって」
〇〇「えへへ、ありがとう……。ねえ廉、まだ飲み直せる? 二次会しようよ」
廉「二次会って、ベロベロやん。まあ、水くらいはいくらでも出したるから、上で大人しくしとき」
廉の手の温もりが肩に伝わって、〇〇の胸は甘く締め付けられる。
二人は並んでマンションのロビーに入り、エレベーターへと向かった。
この先に待つ時間のことも、今頃家で一人、自分の帰りを待っているはずの北斗のことも、今の〇〇の頭からは完全に消え去っていた。
エレベーターが目的の階で止まり、静かに扉が開く。
廉の後ろをついて廊下を進み、見慣れたドアの前で鍵が開く音がした。
玄関を一歩またいだ瞬間、鼻腔をくすぐる匂いに、〇〇の胸がドクンと大きく跳ねる。
香水と、柔軟剤と、廉自身の体温が混ざり合った、ずっと大好きだったあの匂い。
〇〇「……変わってない、なぁ」
お酒で回る頭の片隅で、懐かしさが一気に押し寄せてくる。
ここは、2年前まで付き合っていた頃に、何度も何度も通った廉の部屋だった。
リビングに入ると、少し低めの黒いレザーソファも、大きめのテレビの配置も、お気に入りの間接照明の位置すらも、あの頃のままで何も変わっていない。
まるで2年間の空白なんて最初からなかったかのように、時間がピタリと巻き戻ったような錯覚に陥る。
廉「ん、何が? ああ、部屋の模様替えとか全然せぇへんからな、俺。ほら、とりあえずそこに座り」
廉は上着を脱ぎながらそう言うと、ソファを指差した。
〇〇が吸い寄せられるようにその懐かしいソファに腰を下ろすと、身体が沈み込む感覚すらも記憶の通りだった。
付き合っていたあの頃、ここで2人で映画を見たり、他愛のない話をして笑い合ったり、そのまま寄り添って眠ったりした。
北斗のいる今の家も心地よくて温かいけれど、この部屋にあるのは、〇〇の青春そのものとも言える濃密な記憶の数々だった。
廉「はい、二次会な。でもお前はこれにしとき」
廉がキッチンから戻ってきて、ローテーブルにグラスを2つ置く。
廉の手元には缶ビール、そして〇〇の前には、優しく湯気の立つただの白湯だった。
そんなちょっとした意地悪で過保護な優しさも、2年前と何も変わっていなくて、〇〇の胸は愛おしさで今にも張り裂けそうになっていた。
廉「最近、バラエティの収録でさ。芸人さんにめちゃくちゃ無茶振りされて、ほんま焦ったわ」
〇〇「ふふ、見たよそれ。廉、顔が完全に固まってたもん」
廉「嘘やん、バレてた? あれはマジで心臓止まるかと思った」
間接照明の灯りだけが灯る静かなリビングで、二人は声を潜めるようにして、最近の仕事のことや、本当にくだらないテレビの感想をポツポツと話し合っていた。
付き合っていた頃と変わらない、お互いの空気感。
温かい白湯を口に含むたび、胃のあたりからじんわりと熱が広がっていくけれど、〇〇の視線はさっきから、廉が手元に置いている缶ビールに釘付けだった。
廉「あ、ごめん、ちょっとトイレ行ってくるわ。白湯、冷めたらまた言うてな」
廉がソファから立ち上がり、リビングを出ていく。
パタンとドアが閉まる音が聞こえた瞬間、〇〇はいたずらを思いついた子供のように、そっと身を乗り出した。
〇〇「ちょっとだけ……ね」
ローテーブルの上にある、廉のグラス。
お酒の力を借りて、もう少しだけ、このふわふわした夢みたいな時間を引き延ばしたかった。
お酒が弱いことなんて分かっているのに、〇〇はそっとそのグラスを手に取り、一口だけ口に含む。
喉をカッと刺激する苦味とアルコールの感覚に、思わず小さく身震いした。
でも、その苦さがなんだか可笑しくて、〇〇はグラスを戻しながら、一人でふふっと声を漏らして笑った。
一杯分だけじゃ物足りなくて、〇〇はもう一度、そのグラスに手を伸ばした。
今度はさっきよりも大きな口で、ごくごくと喉を鳴らして流し込む。
〇〇「……ん、苦い……けど……」
一気に胃に落ちていったアルコールが、体中を急速に駆け巡るのが分かった。
頭の芯がジーンとしびれて、視界がぐにゃりと歪む。
さっきまでの心地いい酔いとは比べものにならないくらい、一瞬で強烈な浮遊感が襲ってきた。
身体が重いのに、心だけがどこか遠くへ浮いていくような、完全なふわふわとした世界。
ソファの背もたれに体を預けると、そのまま沈み込んで二度と起き上がれなくなりそうだった。
〇〇「あはは……なんか、すごい……」
自分が今、廉の家にいるのか、それとも夢を見ているのかすら曖昧になってくる。
まぶたが急激に重くなって、部屋の明かりがチカチカと星みたいに瞬いていた。
ただ、胸の奥にある廉への愛おしさだけが、そのふわふわとした意識の中で、やけにハッキリと膨らんでいくのを〇〇は感じていた。
廉「お待たせー。って、おい、〇〇!?」
トイレから戻ってきた廉が、テーブルの上のグラスと、完全に目をトロンとさせてソファに頽れている〇〇を見て、慌てて駆け寄ってきた。
廉「お前、これ俺の酒飲んだやろ! あんなに強気で白湯飲んでたくせに……ほんまにアホやなぁ」
廉は呆れたようにため息をつきながらも、すぐに手元にあった空のグラスを片付け、〇〇の様子を覗き込んできた。
〇〇「れん……おかえりぃ……」
怒っているはずなのに、その声すらも今の〇〇には心地よくて、差し出された廉の手をぎゅっと両手で掴み隠すように握りしめた。
廉「ちょ、〇〇? 手、熱っ……お前これ相当回っとるな。ちょっと横になるか?」
廉の困ったような、でもどこか甘やかしてくれるような優しい声音が、ふわふわとした世界の中で優しく響いていた。
〇〇「れん、だいすきぃ……」
抑えきれなくなった感情が溢れ出し、〇〇はソファにしゃがみ込む廉の首に、自分から勢いよく両腕を回して抱きついた。
廉「うおっ、ちょ、〇〇!? 急に危ないって!」
不意のハグにバランスを崩しかけながらも、廉はしっかりと〇〇の身体を受け止める。
けれど、ふわふわとした世界にいる〇〇の暴走は、それだけでは止まらなかった。
お酒が入るとキス魔になってしまう癖が、完全に目を覚ましてしまったのだ。
〇〇は腕の力をさらに強めると、すぐ目の前にある廉の頬に、ちゅ、と音を立てて唇を押し当てた。
廉「は!? んぐっ、おま、やめ……!」
驚いて顔を離そうとする廉の顎を、〇〇は小さな両手で包み込むようにして固定する。
そのまま、今度は廉の額、鼻の頭、そして少し開いた唇へと、甘えるように何度も何度もリップ音を響かせながらキスを降らせていった。
廉「ん、んぅ……〇〇、待てって! ほんまに、これ以上はアカン……!」
廉は必死に理性を保とうと声を絞り出すけれど、その顔は耳の裏まで真っ赤に染まっている。
されるがままにされながらも、〇〇を突き放すことなんて廉には到底できなかった。
間接照明に照らされた部屋の時計は、もう少しで日付を回ろうとしている。
今頃、あの静かな家で北斗がどれほど狂おしいほどの不安と嫉妬を募らせているか、今の二人は知る由もなかった。
〇〇は廉の焦る声すらも心地よくて、逃がさないようにその首にぎゅっとしがみついた。
トロンとした瞳で真っ直ぐに廉を見つめると、少しだけ開いたその唇に、自分から吸い寄せられるように唇を重ねた。
廉「んっ……!?」
廉の身体がビクッと強張る。
ちゅ、と小さなリップ音が静かなリビングに響き、〇〇はさらに甘えるように何度も何度も角度を変えて唇を押し当てた。
熱くて、少しだけビールの苦味がする、大好きな廉の唇。
廉「ん、んぅ……〇〇……っ」
最初は驚いて引き離そうとしていた廉の手が、じわじわと〇〇の腰に回っていく。
あんなに「アカン」と拒んでいたはずなのに、何度も重ねられる熱いキスに、廉の理性が音を立てて崩れていくのが分かった。
廉は小さくため息を漏らすと、諦めたように目を閉じ、今度は自分から〇〇の唇を深く、優しく迎えにいった。
部屋の中に、甘く溶け合うような空気だけがじっとりと立ち込めていく。
何度も唇を重ねるたび、〇〇の鼻腔には廉の匂いと、さっき口にしたビールの苦い香りが混ざり合って、さらに脳を痺れさせていった。
〇〇「ん……、れん……っ」
お酒のせいで身体が芯から熱くて、頭の中は完全に真っ白だった。
今、自分が誰の部屋にいて、誰とキスをしているのか。その境界線すらも曖昧になるほど、強烈な快感と浮遊感にただ身を任せている。
廉の大きな手が〇〇の背中を優しく撫で上げ、髪の隙間に指を滑り込ませてくる。
その手の温もりも、唇から伝わる熱も、すべてが「お酒のせい」という都合のいい言い訳のなかに溶けていった。
廉「……はぁ、〇〇、お前ほんまに……」
ようやく唇が離れたとき、廉は額を〇〇の肩に預け、荒い息を吐きながら切なげに声を漏らした。
その声も、向けられる熱い視線も、すべてが甘くて苦いアルコールの波にのまれていく。
日付が変わろうとしていることすら忘れて、二人はただ、お酒が作り出した都合のいい夢の中に溺れていた。
廉「……もう、限界やわ」
耳元で、低く掠れた廉の声が響いた。その響きだけで、〇〇の身体の奥がピクリと跳ねる。
廉の視線は完全に据わっていて、そこにはさっきまでの「過保護な優しさ」なんて1ミリも残っていなかった。ただ、一人の男としての、剥き出しの熱い欲望だけがそこにある。
廉の大きな手が、〇〇のトップスの裾へと伸びた。
熱い手のひらが、お酒のせいで火照った〇〇の脇腹の肌に直接触れる。その冷やっとするような、でもすぐに熱を帯びていく感覚に、〇〇は小さく「んっ……」と声を漏らした。
廉「バンザイして」
命令するような、でもどこか懇願するような甘い声。
ふわふわとした意識のまま、〇〇が言われるがままに両腕を上に挙げると、廉は躊躇うことなく服を頭の上へと脱がした。
静かなリビングに、衣類が擦れ合う微かな音だけが響く。
肌寒い夜風がむき出しになった上半身を叩いたのも一瞬、すぐに廉の熱い身体が覆い被さるようにして、〇〇をソファに押し倒した。
廉「お前が悪いんやからな。……そんな格好で俺の家来て、ばいばいしたくないなんて言うから」
言い訳を許さないように、廉は〇〇の華奢な肩を掴み、今度は鎖骨のあたりに激しく、印を刻みつけるように何度も唇を押し当てていった。
廉の激しいキスを受け止めながら、〇〇はただ、その熱の中に流されるままになっていた。
お酒で麻痺した身体は、抵抗するどころか、もっと廉の熱を求めて本能的にしがみついてしまう。
〇〇の視界はさらに深く、とろけるように歪んでいく。
ふと気づけば、いつの間にか廉も着ていた服を脱ぎ捨てていた。
間接照明の淡い光に照らされた廉の逞しい胸板が、すぐ目の前で浅く上下している。
肌と肌が直接触れ合った瞬間、お互いの火照った体温がじりじりと混ざり合い、頭の芯がジーンと痺れた。
廉「〇〇……ほんまに、綺麗やわ……」
掠れた声でそう呟くと、廉は愛おしくて堪らないといった様子で〇〇の頬を両手で包み込み、再び唇を重ねてきた。
今度のキスはさっきよりも深く、どこか切なさを孕んでいて、〇〇の胸をキュンと締め付ける。
2年前と何も変わらない、大好きな廉の身体の厚みと、その匂い。
すべてが都合のいいアルコールの波にのまれて、〇〇は完全に思考を放棄し、廉の腕の中で溺れていった。
肌と肌が擦れ合うたびに、〇〇の身体の奥から波のように押し寄せる快感に、ただひたすらに翻弄されていた。
廉の指先が触れる場所、唇が落とされる場所、そのすべてから心地いい熱が広がって、〇〇は何度も甘い吐息を漏らしては廉の背中に爪を立てる。
何もかもが2年前の記憶のままで、愛おしさと快楽だけが頭の中を支配していた。
ふと、リビングのローテーブルに置かれたスマートフォンの画面が、何かの通知で一瞬だけ明るく灯る。
とろけた視界の端で捉えたデジタル時計の数字は、いつの間にか【0:30】を指していた。
もう、とうに日付は回っている。
〇〇がそれに気づいて小さな息を呑んだ瞬間、廉が少しだけ身体を離した。
微かに聞こえたのは、ベッドサイドの引き出しを開ける音と、カサリ、と擦れる小さなビニールの音。
廉は少し荒くなった息を整えながら、手慣れた手つきでコンドームを指先に挟み、自らの身体へと嵌めていく。
間接照明の逆光に照らされた廉のシルエットは、どこか切なげで、でも絶対に〇〇を逃がさないという強い執着に満ちていた。
廉「〇〇……こっち見て?」
潤んだ瞳で見つめ返すと、廉は再び〇〇の身体を優しく、でも力強く組み敷いた。
もう引き返せないところまで来ていることを、二人の熱い体温だけが証明していた。
〇〇「あ……」
静まり返った部屋に、突然、スマートフォンのけたたましいバイブレーション音が響き渡った。
ローテーブルの上で激しく震える画面には、【北斗】の二文字が白く浮かび上がっている。
0時半を過ぎた、この時間。
いつもならとっくに家に帰っているはずの〇〇を心配して、ずっと待っていたのだろう。画面の向こうにある北斗の不安な顔が脳裏をよぎり、〇〇の心臓は冷水を浴びせられたように冷たく跳ねた。
お酒でふわふわとしていた意識が、一気に現実へと引き戻される。
出なきゃいけない。でも、今のこの状況で、廉のベッドの上で、北斗の声を聞くなんてできるわけがない。
〇〇が青ざめた顔でスマホを見つめたまま、出るべきか迷って完全に固まっていると、上から影が落ちてきた。
廉が震えるスマホを一瞥し、それから〇〇の顔をじっと見つめる。
その瞳は、さっきまでの熱が嘘のように、どこか冷徹で、そしてひどく寂しそうに澄んでいた。
廉「……出な?」
廉の低く落ち着いた声が、静かな部屋に響く。
廉「この時間やろ。出んかったら、余計に怪しまれるし、心配するで」
そう言って、廉は〇〇の身体からゆっくりと離れ、ベッドの端に腰を掛けた。むき出しになった背中が、どこか遠くに見える。
促されたものの、〇〇の手は恐怖でガタガタと震えて、スマホに触れることすら躊躇われていた。
ガタガタと震える手で、〇〇はなんとかスマートフォンを手に取り、通話ボタンをスワイプした。
耳元にスマホを当てると、自分の心臓の音がうるさいくらいにドクドクと響いている。
〇〇「……もしもし、北斗?」
なるべくいつも通りの声を意識したけれど、お酒のせいで掠れた声が、静かな部屋に酷く不自然に響いた。
北斗『……〇〇? 今どこにいるの?』
スピーカーから聞こえてくる北斗の声は、怒っているというよりも、芯から冷え切ったような、ひどく静かで不安そうなトーンだった。
北斗『もう12時半だよ。連絡もつかないし……何かあったんじゃないかって、ずっと待ってたんだけど』
背後から、北斗が一人でリビングのソファに座り、時計を見つめている姿が嫌でも目に浮かぶ。
罪悪感で胸が押し潰されそうになり、〇〇は言葉に詰まった。
〇〇「ごめん、なさい……。あの、友達と、二次会……行ってて……。お酒、ちょっと飲みすぎちゃって……」
嘘をついている自責の念から、声がどんどん小さくなっていく。
そのとき、すぐ隣に座っている廉に視線を向けると、廉はただ静かに、何も言わずにシーツを見つめていた。
邪魔をするわけでもなく、けれど〇〇を北斗の元へ帰したくないというような、複雑で切ない表情のまま、じっと〇〇の横顔を見つめている。
北斗『……今、どこにいるの? 迎えに行くよ』
北斗のその真っ直ぐな優しさが、今の〇〇には何よりも痛かった。廉の部屋のベッドの上、服も脱ぎ捨てたこの最悪な状況で、北斗にこれ以上どんな嘘をつき通せばいいのか、頭が真っ白になっていく。
〇〇「あ、ううん、迎えは大丈夫……、もう、すぐ……」
北斗にそう言いかけた瞬間、ドクンと心臓が跳ねた。
隣で静かにしていたはずの廉が、突然〇〇の細い腰をグッと引き寄せ、耳元に熱い息を吹きかけてきたのだ。驚きで目を見開く〇〇の首筋に、廉は容赦なく唇を押し当て、思い切り皮膚を吸い上げた。
〇〇「んっ……あ、ダメ……っ」
不意に襲ってきた鋭い快感と痛みに、〇〇は耐えきれず、小さな艶っぽい声を電話越しに漏らしてしまった。
慌てて自分の口を手で塞いだけれど、もう遅かった。
廉は首筋から唇を離すと、悪戯っぽく、でもどこか狂おしいほど切ない瞳で〇〇を見つめ、わざと小さなリップ音を響かせて〇〇の鎖骨に噛みついた。
北斗『……〇〇? 今、何の音……?』
スマホの向こうで、北斗の声が明らかに低く、冷たく変わる。
静まり返った北斗の部屋に、今の〇〇のあられもない声と、不自然な衣類の擦れる音が完全に届いてしまった。
北斗『……本当に友達といるの? 隣に、誰かいるんじゃなくて……?』
北斗の鋭い追求に、〇〇の全身からサッと血の気が引いていく。
すぐ目の前では、服を脱いだ廉が、〇〇を北斗に返したくないと無言で訴えかけるように、じっと熱い視線を注いでいた。
〇〇「ち、違うの……っ、さっきのは……」
パニックになりそうな頭を必死に働かせ、〇〇は震える声で携帯に向かって言葉を紡ぎ出した。
〇〇「海人と廉とご飯食べ終わって別れたあと……そのあと女友達と合流して、今その子の家にいるの……っ。さっきのは、その子が急に脇腹くすぐってきて……!」
自分の「過去」である廉の名前を出しながら、必死に今の状況を隠そうと嘘を重ねる。
だが、その言い訳をすぐ隣で聞いていた廉の瞳の奥に、一瞬で昏い炎が灯った。
今まさに自分と肌を重ねているのに、電話の向こうの男には「もう別れた」と嘘をつき、必死に弁明している〇〇の姿。それが、廉の独占欲と抑え込んでいた感情を完全に決壊させた。
廉「……っ」
廉は低く息を漏らすと、言い訳を続ける〇〇の細い腰を、骨が軋むほどの強い力でグッと引き寄せた。
〇〇「あ、っ……!」
突如体に加わった強い力に、〇〇は思わず声を上げそうになり、慌ててスマホを少し耳から離して口元を抑える。
しかし、廉の動きはもう止まらない。
その言い訳も、北斗への配慮も、すべてを無に帰すように、コンドームをはめた自らの熱いペニスを、〇〇の溢れんばかりに火照った秘部へと真っ直ぐに押し当てた。
そして、拒む隙も与えないまま、ゆっくりと、だが確実に自分のすべてを中へと沈めようと腰を進めていく。
〇〇「ん、んぅ……っ、は、北斗……っ、ちが、あの……っ」
身体を貫いていく圧倒的な熱さと、電話の向こうにいる北斗への恐ろしいほどの罪悪感。
これ以上声を出したらすべてが終わるという極限の恐怖のなかで、〇〇は廉の激しい侵入を受け止めていた。
廉は〇〇の腰をがっしりと掴んだまま、容赦なく奥深くを突き上げてきた。
〇〇「ん、んんっ……!?」
お酒で敏感になった身体の芯をダイレクトに穿たれ、〇〇は目の前がチカチカするほどの快感に襲われる。
慌てて両手で口を強く押さえたけれど、激しい振動に身体が揺さぶられ、指の隙間から「う、あ……っ」と熱い吐息混じりの声が漏れ出てしまった。
北斗『……〇〇? 本当に大丈夫?
さっきから、なんか……声、変だよ。息も荒いし……』
スマホの向こうの北斗の声に、さらに疑惑の色が濃くなる。
静まり返ったリビングに響く、不自然に途切れ途切れになる〇〇の呼吸と、ベッドが小さく軋む音。北斗がそれを聞き逃すはずがなかった。
北斗『本当に女友達の家にいるの? 誰か、そこに男の人がいるんじゃないの……?』
〇〇「あ、ん、ちが……っ、ほんとに、っ、なんでも、ない……の、あ……!」
必死に否定しようとするけれど、廉はわざと声を上げさせようとするように、さらに深く、強く腰を打ち付けてくる。
すぐ上で〇〇を見下ろす廉の瞳は、嫉妬と独占欲でドロドロに濁っていて、その激しいピストンは一向に止まる気配がなかった。
北斗『……おい、本当に男がいるんだろ。……廉か?』
北斗の声が、これまでに聞いたこともないほど低く、冷徹なものへと変わった。
その鋭い問いかけに、〇〇は心臓が止まるかと思うほどの恐怖を覚える。しかし、廉の激しい突き上げは止まらず、脳を揺さぶる快感のせいで、もうまともな言葉を返すことすらできなかった。
〇〇「あ、っ、ほく、と……ちが、ん、あぁっ……!」
その時、ずっと無言で腰を動かしていた廉が、ふっと冷たい笑みを漏らした。
廉は〇〇の手からスマートフォンを奪い取ると、自らの激しい動きを緩めることなく、通話口へと口元を近づけた。
肉と肉が激しくぶつかり合う、生々しい音が受話器越しに響く。
廉「……久しぶり、北斗」
廉は、激しく腰を突きながら、わざと大きく荒い息を電話の向こうへと吹きかけた。
廉「〇〇、今、俺のベッドの上でめちゃめちゃ可愛い声で鳴いてる。……もう、北斗のところには帰したくないなぁ」
廉の独占欲に満ちたその言葉と同時に、さらに深く、強く〇〇の奥が突かれ、〇〇はこらえきれずに「ひあ、っ、れん、だめ……っ!」と、その名前を高く叫んでしまっていた。
北斗『……おい、廉。お前、何してんの?』
スマホの向こうから、地を這うような北斗の低い声が響いた。いつも丁寧な北斗が、完全に敬語を捨て、冷酷なまでのタメ口で廉を睨みつけるような圧をかけてくる。
北斗『……そこ、お前の家か。〇〇に触んな。今すぐ離せ、廉』
静かだが、確実にブチ切れている北斗のトーン。
しかし、廉はその脅しのような言葉すら楽しむように、さらに鼻で笑うと、わざと大きな肉音を響かせて腰を激しく打ち付けた。
廉「離すわけないやろ、北斗。今さら何言うてんの? 最初に〇〇を愛してたんは、俺やで」
北斗『黙れよ。お前は過去だろ。今の〇〇の隣にいるのは俺なんだよ……!』
廉「過去? だったら何で、〇〇は俺の体でこんなに感じてんの? なぁ、北斗。電話越しに自分の女が別の男に突かれて鳴いてる声、どんな気持ちで聞いてんの?」
煽るような廉の挑発と同時に、容赦なく最奥を激しく突かれ、〇〇は「ひぁ、あぁっ……! れん、だめ、そんなこと、言わないで……っ」と涙を流して身体を震わせる。
北斗『……〇〇、おい、〇〇!! お前もそいつに言えよ、嫌だって言え!!』
怒りと、好きな人を奪われかける絶望。すべてが混ざり合った北斗の声がスピーカーから割れんばかりに響く。
だが、廉はそんな北斗の声を嘲笑うように、〇〇の腰をガッチリと固定して、さらに激しく、深く、その肉体を蹂躙し続けた。
北斗『〇〇!! 返事しろ、〇〇……っ!!』
電話の向こうから狂ったように自分を呼ぶ北斗の声。すぐ上で、嫉妬に狂った歪んだ笑顔を浮かべながら腰を打ち付け続ける廉。
最悪の背徳感と、逃げ場のない極限の状況が、〇〇の脳と身体を異常なまでに昂ぶらせていた。
廉「ほら、北斗が呼んでるで?……でも、もう無理やんなぁ、〇〇」
廉がわざと意地悪く、一番敏感な場所を抉るように深く、強く突き上げる。
〇〇「あ、ひあぁっ……! れん、れんっ、もう、むり……っ!」
お酒で火照った身体の芯から、ブワリと恐ろしいほどの熱波が湧き上がってくる。
ダメだと分かっているのに、北斗の声を聞けば聞くほど、廉の激しい衝撃を受け入れるたびに、快感の波が限界を超えて押し寄せていく。
北斗『〇〇、ダメだ、そいつの言うこと聞くな……っ!』
北斗の必死の叫びすら、もう〇〇の耳には届かない。
頭の中が真っ白に染まり、視界が激しく火花を散らす。
〇〇「んあぁぁっ……! ほ、北斗……ごめ、なさ……ひ、あ、い、イク……っ!!」
ガクガクと全身を激しく痙攣させ、〇〇は廉の首にしがみついたまま、絶頂の波に呑み込まれていった。
指先まで強張るほどの強烈な快感に襲われ、大粒の涙が目尻から溢れ落ちる。
〇〇の身体が締め付けるその凄まじい快感に、廉もまた「くっ……!」と低い声を漏らし、さらに奥深くへと自らの熱を叩きつけるように腰を強く押し当てた。
スマホの向こうには、〇〇が完全に果てた、艶っぽく、そして絶望的な鳴き声が、生々しく響き渡っていた。
北斗『……おい、廉。お前の家、2年前と変わってないよな』
電話の向こうから、冷え切った、けれど確かな殺意を孕んだ北斗の声が響いた。
受話器越しに、車のドアが閉まる音と、激しいエンジン音が重なる。
北斗『今から行くから。……20分で着く。そこ動くなよ』
ツーツー、と無機質な切断音が響き、通話が切れた。
静まり返った部屋に、〇〇の荒い呼吸の音だけが残る。
「20分で北斗がここに来る」という最悪の現実に、〇〇の全身から一気に血の気が引いていった。
〇〇「……北斗が、来る……っ、どうしよう、廉……っ」
パニックになり、ガタガタと震えながら起き上がろうとする〇〇の肩を、廉は大きな手で上から強く押し付け、再びベッドに組み敷いた。
廉「20分か……。じゃあ、それまでに終わらせんと。な?」
廉の瞳には、まだドロドロとした独占欲が渦巻いている。北斗が向かってきているという事実が、逆に廉の執着に火をつけていた。
〇〇「っ、離して、廉……! 北斗が来ちゃう、本当に怒ってる……っ」
〇〇が涙を流して必死に胸を押し返そうとしても、服を脱いだ廉の逞しい身体はびくともしない。
廉は〇〇の両手首を片手で頭の上に押さえつけると、まだ熱を帯びたままの腰を、再び〇〇の秘部へと容赦なく押し当てた。
廉「怒らせとけばええやん。……あと20分、お前は俺だけのものや」
カウントダウンが始まった極限の恐怖と焦燥感のなか、廉はさっきよりもさらに激しく、深く、〇〇の身体を強く突き上げ始めた。
廉はカウントダウンに急き立てられるように、さっきよりも容赦のないスピードで腰を打ち付けてきた。
〇〇「あ、あぁっ……! れん、もう、やだ……ひゃ、あ!」
20分後に北斗がここに来る。その恐怖と焦燥感、そして限界を迎えているはずの身体を執拗に抉られる快感が混ざり合い、〇〇の脳は完全にパンクしていた。
廉は〇〇の涙で濡れた顔を見つめながら、一番敏感な場所ばかりを激しく、深く、何度も何度も突き上げる。
〇〇「んあぁっ! あ、また、くる……っ、いっちゃう、れん、ひあぁぁ!」
一度果てて過敏になった身体は、廉の凶暴な衝撃に耐えきれず、何度も何度も短い絶頂を繰り返した。背中を丸め、ベッドのシーツをボロボロになるほど掴んで、〇〇はただ快感の渦の中で何度も頭を真っ白にされる。
廉「〇〇……っ、最高や。そんなに俺のでイって、もう北斗のところなんか戻れんようにしたる……っ!」
廉もまた、じわじわと迫るタイムリミットに息を荒げ、最後に〇〇の最奥へと強く腰を叩きつけた。二人の熱い吐息が重なり、部屋中に生々しい音が響き渡る。〇〇が今日何度目かも分からない激しい絶頂に達し、全身を弓なりに強張らせた、その時だった。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン――。
静まり返った深夜の部屋に、狂ったように連打されるインターホンの音が激しく鳴り響いた。
ガタガタガタ!!!と、続けて玄関のドアノブが無理やり回され、外から激しく叩かれる音がする。
〇〇の身体が恐怖で凍りついた。
20分が、経ってしまった。
廉は繋がったままの身体をゆっくりと引き抜くと、シーツの上にぐったりと横たわる〇〇の、キスマークだらけの身体を見下ろした。そして、玄関の方をじっと見据え、ふっと低く冷たい笑みを浮かべた。
激しく鳴り響くインターホンと、ドアを叩く鈍い音が、静まり返った部屋に恐怖となって突き刺さる。
廉はベッドから腰を上げると、床に散らばっていた自分のTシャツとスウェットを無造作に拾い上げ、何事もなかったかのような手つきで身体を通した。その横顔は驚くほど冷静で、むしろどこか楽しんでいるようすら見える。
廉「……待っといて」
短くそう言い残し、廉はゆっくりと玄関の方へ歩き出した。
〇〇「あ……、待って、廉……っ」
パニックになりながらも、〇〇は震える身体を無理やり動かしてベッドから這い出た。床に転がっている自分の服を必死でかき集めるけれど、指先がガタガタと震えて、ブラジャーのホックすらまともに留められない。
〇〇(どうしよう、どうしよう……っ)
涙で視界が歪む中、裏返しのままのワンピースを頭から被り、必死でチャックを上げる。
けれど、鏡を見るまでもなく、自分の姿がどれほど惨状を物語っているかは分かった。髪はボサボサに乱れ、お酒と激しいピストンのせいで肌は赤く火照っている。そして何より、首筋から鎖骨にかけて、廉に刻まれた生々しいキスマークがいくつも浮かび上がっていた。
北斗「おい、廉!! 開けろ!! いるんだろ!!」
外から聞こえる北斗の怒号が、すぐ近くまで迫っている。
〇〇が髪を手ぐしで必死に整えようとしたその時、廊下からガチャリと、玄関の鍵が解錠される重い音が響いた。
鍵が開いた瞬間、勢いよくドアが押し開けられ、激しい足音が廊下を突き進んできた。
北斗「〇〇!!」
リビングのドアが乱暴に開け放たれ、そこへ飛び込んできた北斗の姿があった。
息を激しく切らし、髪は乱れ、その瞳は怒りと絶望、そして狂気で血走っている。いつも冷静でスマートな北斗の面影はどこにもなかった。
部屋に一歩足を踏み入れた北斗の視線が、一瞬で〇〇を捉える。
ワンピースを着たものの、髪はボサボサで、お酒と情欲で肌を真っ赤に染めた〇〇の姿。
そして何より、隠しきれていない首筋の生々しいキスマーク。
さらに部屋に充満する、行為のあとの独特な甘く生々しい匂い――。
北斗の視線が、〇〇の首元に釘付けになった。その瞬間、彼の顔から完全に表情が消え、信じられないものを見たかのように、瞳が大きく見開かれる。
北斗「……あぁ、本当に、やってたんだ……」
地を這うような、掠れた声だった。
怒りで怒鳴り散らすよりも何倍も恐ろしい、芯から凍りついたような北斗の声に、〇〇は 恐怖で一歩も動けなくなる。
〇〇「ほ、北斗……、これは、ちがくて……っ」
必死に言い訳をしようと声を絞り出すが、北斗は〇〇の言葉を遮るように、ゆっくりと、けれど確実な足取りで〇〇との距離を詰めていく。その背後では、髪をかき上げた廉が、衣服の乱れた状態で壁に寄りかかり、底意地の悪い笑みを浮かべながら二人の様子をじっと見つめていた。
北斗が〇〇ににじり寄ろうとしたその時、背後で壁に寄りかかっていた廉が、フッと鼻で笑って間に入ってきた。
廉「おい、北斗。そんな怖い顔して〇〇を脅すなや」
廉はポケットに両手を突っ込んだまま、怒りに震える北斗の前に立ち塞がる。そして、挑発するように首を少し傾げた。
廉「誰とどこで何しようが、〇〇の自由やろ。……それとも何? 今、〇〇に彼氏おらんねんやろ?」
廉のその言葉が、静まり返った部屋に爆弾のように落とされた。
「おらんねんやろ」――それは、北斗が今の〇〇にとって「婚約者」でも「彼氏」でもない、ただの『過去』か『都合のいい存在』だと言い切るような、残酷な問いかけだった。
北斗の顔から一瞬で血の気が引き、拳が白くなるほど強く握りしめられる。
北斗「……お前、何も知らないくせに、ふざけたこと言うなよ」
地を這うような北斗の声。今にも廉に殴りかかりそうな一触即発の空気の中で、廉はまったく動じることなく、むしろ楽しそうに言葉を続けた。
廉「知らんことないで。だって、本当に大事にされてる女やったら、こんな時間に俺のベッドの上で、あんな可愛い声で鳴くわけないやん?」
廉の冷徹で、勝ち誇ったようなタメ口が、北斗のプライドと理性をズタズタに引き裂いていく。
廉の決定的な煽りに、北斗の身体がピクリと跳ね、今にも殴りかかりそうな一触即発の空気が部屋を支配した。
しかし、北斗は拳を固く握りしめたまま、ぐっと奥歯を噛み締めて踏みとどまった。ここで廉を殴れば、本当にすべてが終わってしまう。北斗は廉を睨みつけるのをやめ、その横を通り過ぎて〇〇の腕を掴んだ。
北斗「……帰るぞ、〇〇」
その手は怒りで微かに震えていたけれど、〇〇をここから連れ出そうとする強い意志がこもっていた。
〇〇「北斗……、っ、うん……」
これ以上ここにいたら、頭がおかしくなってしまう。罪悪感と恐怖で涙をボロボロとこぼしながら、〇〇は北斗に腕を引かれるまま、小さく頷いた。
引き止めようとするかのように、廉の鋭い視線が〇〇の背中に突き刺さる。けれど、廉はそれ以上、無理に腕を掴み返すようなことはしなかった。すでに〇〇の身体に自分の痕跡をこれでもかと刻みつけ、北斗の心をズタズタに引き裂いたという、歪んだ余裕がそこにはあった。
廉「……またな、〇〇」
背後から聞こえる廉の低い声を振り切るようにして、北斗は〇〇を引っ張り、乱暴にリビングのドアを開けて玄関へと向かった。
夜の冷たい空気が満ちる廊下を急ぎ足で通り抜け、二人は廉の部屋を飛び出した。エレベーターに向かう間も、北斗は一言も発しない。ただ、〇〇の腕を掴む力だけが、痛いくらいに強かった。
マンションを飛び出し、大通りで北斗が荒々しく手を挙げてタクシーを止めた。
二人は後部座席に滑り込み、北斗が低い声で目的地を告げると、車内は重苦しい沈黙に包まれる。
張り詰めた空気に耐えかねて、〇〇の目から次から次へと涙が溢れ出した。
〇〇「北斗……っ、ごめんなさい、本当にごめんなさい……っ!」
自分のしたことの重大さ、北斗をどれほど傷つけたか。押し寄せる罪悪感に身体を震わせ、両手で顔を覆って泣きじゃくる。
北斗は窓の外をじっと見つめたまま、しばらく無言だった。怒っているのか、呆れているのか、その横顔からは感情が読み取れない。
やがて、北斗は深くため息をつくと、自分が着ていた上着をバサッと脱いだ。そして、それを小さく震える〇〇の肩へと無言でかける。
上着は、〇〇の首筋や鎖骨にこれでもかと刻まれた、廉の生々しいキスマークを覆い隠すように優しくかかった。
〇〇「北斗……っ?」
涙目で顔を上げた〇〇に、北斗は目を合わせないまま、低く静かな声で言った。
北斗「……それ、隠せ。運転手さんに見えるから」
突き放すような言葉。だけど、上着からはいつも通りの北斗の落ち着く香りがして、それが今の〇〇には余計に切なく、胸を締め付けられるほどに痛かった。
上着に包まれながら、声を殺して泣き続ける〇〇の隣で、北斗はしばらくの間、ただじっと窓の外を流れる夜景を見つめていた。
車内には、〇〇の微かな鼻をすする音だけが響いている。
どれだけ冷たい言葉が返ってくるだろう、もう二度と口をきいてくれないかもしれない――そんな恐怖に身をすくませていた〇〇の耳に、ぽつり、と北斗の掠れた声が届いた。
北斗「……ごめん」
〇〇「え……?」
予想もしなかった言葉に、〇〇は涙で濡れた顔を上げた。
北斗は相変わらず前を向いたままで、その横顔はひどく痛々しく歪んでいる。
北斗「俺、頭に血がのぼって、お前に大声出して……怖かったよな。……ごめん」
〇〇「ちがっ、違うの、北斗……! 北斗は悪くない、悪いのは全部私で……っ」
北斗「電話が急に変になって、お前の声が聞こえて……本当に、何か事件にでも巻き込まれたんじゃないかって、生きた心地がしなかった。……とにかく、無事でよかった」
裏切られた被害者であるはずの北斗が、〇〇を恐怖に陥れたことを謝り、ただただ「無事でよかった」と心配していたことを告げてくる。
その底なしの優しさに触れた瞬間、〇〇の胸は張り裂けそうなほどの罪悪感でいっぱいになり、さっきよりも激しく涙が溢れ出した。
〇〇「う、うぁっ……、ごめんなさい……っ、北斗、本当にごめんなさい……!」
自分は廉の部屋で、北斗を裏切り、快感に溺れていたのに。北斗はその間、〇〇の身を本気で案じ、狂いそうなほどの不安と戦いながら車を走らせてくれたのだ。
心配をかけたこと、そしてその信頼を最悪な形で裏切ってしまったことへの痛みが押し寄せ、〇〇は北斗の上着をぎゅっと握りしめたまま、声を上げて泣きじゃくった。
〇〇が声を上げて泣きじゃくる間、北斗は何も言わずに、ただ静かにその小さな肩を引き寄せた。
いつもなら優しく背中をさすってくれるはずの手。けれど今の北斗の手は、どこか強張っていて、〇〇を自分の手元に繋ぎ止めておきたいという執着のような、微かな痛みを伴っていた。
北斗「……もう泣くな。俺の上着、お前の涙でボロボロじゃん」
冗談めかして言う北斗の声は、やっぱり優しくて、だけど確実にどこか冷たく冷え切っている。
〇〇は北斗の胸に顔を埋めながら、必死に涙を堪えようとしたけれど、しゃくり上げる身体は止まらない。北斗の身体から香る落ち着いた匂いと、ついさっきまで廉の部屋で浴びていた生々しい匂いが頭の中で混ざり合い、目眩がするほどの罪悪感が〇〇を襲う。
北斗はそのまま、〇〇の乱れた髪にそっと触れた。
廉に激しく乱され、お互いの汗や熱が残っているはずの髪。北斗はそれを拒絶することなく、指先でゆっくりと整えていく。その手つきは、まるで汚れてしまったお気に入りの玩具を、自分の色で塗りつぶそうとするかのように、どこか執拗だった。
北斗「家に着いたら、すぐお風呂入りな」
窓の外を見つめたまま、北斗が低く呟く。
北斗「……全部、綺麗に洗い流して。そしたら、今日のことはもう終わり。……いい?」
それは、許しの言葉のようでいて、同時に「拒否権はない」と言外に突きつけるような、逃げ場のない縛り付けだった。
〇〇「……うん……っ」
〇〇はただ、北斗の胸の中で小さく頷くことしかできなかった。
タクシーのメーターが無機質な音を立てて上がる中、二人はそれ以上一言も交わさないまま、暗い夜の道を突き進んでいった。
タクシーがマンションの前に止まり、北斗が支払いを済ませて先に車を降りた。
〇〇は北斗の上着を深く羽織り、首元の痕を隠したまま、俯いてその後に続く。
エントランスを通り、エレベーターの静かな駆動音が響く中、二人の間に会話は一切ない。
ガチャリと部屋の鍵が開けられ、見慣れた我が家の静けさが二人を迎えた。
靴を脱ぎ、リビングに入った瞬間。
それまで張り詰めていた緊張の糸が切れたように、〇〇の身体から一気に力が抜けていく。
北斗はリビングの明かりを点けると、振り返って〇〇をじっと見つめた。
その瞳は、タクシーの中での優しさとは打って変わって、暗く、底の知れない冷徹さを宿している。
北斗「……早くお風呂、行って」
促す言葉に、〇〇は小さく「うん……」と声を漏らし、這うようにしてバスルームへと向かった。
服を脱ぎ捨て、鏡の前に立つ。
照明に照らされた自分の身体には、廉に激しく組み敷かれ、何度も絶頂に達させられた痕跡が、これでもかと生々しく残っていた。赤紫色のキスマーク、指の形に残った赤み、そして体内に残る廉の熱。
シャワーをひねり、熱いお湯を頭から被る。
北斗に言われた通り、廉の匂いも、汗も、すべてを消し去るように何度も何度も肌を強く擦った。
涙がまたお湯と混ざって流れ落ちる。
(全部洗い流したら、本当に元に戻れるの……?)
激しい後悔と恐怖に苛まれながら、〇〇は長い時間をかけて身体を洗い、お風呂を出た。
パジャマに着替え、濡れた髪をタオルの上から押さえながらリビングに戻ると、北斗はソファに深く腰掛け、暗闇の中で静かに〇〇を待っていた。
リビングのソファに座る北斗の前に、〇〇は恐る恐る歩み寄った。
お風呂でどんなに激しく肌を擦っても、体の中に残る廉の感触だけは、どうしても消えてくれない。
これまでは、ずっと廉の存在が〇〇の中で一番上だった。
だからこそ、ただの同居人という曖昧な関係の北斗と一緒に暮らしながらも、廉に求められると抗えずに、ずっと廉を特別視していた。
だけど、今夜の北斗は違った。
ただの同居人に過ぎないはずの北斗が、理性を失うほど激昂して自分を奪い返しに来てくれたこと。そして何より、ただのルームメイトなら怒る筋合いすらないはずなのに、タクシーの中で見せた、あの狂おしいほどの優しさと隠しきれない執着。
(北斗も、あんな風に私を求めてくれるんだ……)
廉に激しく穿たれながら北斗の怒号を聞いたあの瞬間、そして今、すべてを支配しようとする北斗の暗い瞳に見つめられているこの状況。そのすべてが、〇〇の胸を異常なほどに昂らせていた。
気づけば、自分の中で北斗の存在が、あの廉と同じくらいにまで膨れ上がっている。
北斗は、髪を濡らしたまま立ち尽くしている〇〇を、下からじっと見上げた。
北斗「……綺麗になった?」
その低い声に、〇〇はビクリと肩を揺らしながら「うん……」と小さく頷く。
北斗はゆっくりと立ち上がると、〇〇の目の前に立ち、その細い腰に手を回して引き寄せた。お風呂上がりのはずなのに、北斗に触れられた瞬間、身体の奥がまたズキリと熱くなる。
北斗「廉の匂い、ちゃんと消えた?」
そう言いながら、北斗は〇〇の首筋――さっきまで廉のキスマークがあった場所に、わざと深く鼻を押し付け、深く息を吸い込んだ。
北斗「……まだ、あいつの熱が残ってる気がする」
ただの同居人の枠を完全に踏み越えてくる、どこか嫉妬と狂気を孕んだ北斗のタメ口。
廉と同じくらいに大きくなった北斗への感情が、〇〇の心臓をうるさいほどに跳ね上げさせていた。
「北斗……本当に、心配させてごめん……っ」
消え入るような声で、〇〇はもう一度謝った。ただの同居人に過ぎない自分を、あんなに必死に探して、あんなにボロボロになって連れ戻してくれた北斗。彼の怒りも執着も、すべてを受け入れる覚悟でその瞳を見つめる。
その瞬間だった。
ソファに深く腰掛けていた北斗の長い腕が、〇〇の手首を容赦ない力で掴んだ。
〇〇「あ、っ……!」
短い悲鳴を上げる間もなく、グッと強い力で引っ張られる。バランスを崩した〇〇の身体は、吸い寄せられるように北斗の胸へと倒れ込んだ。
気づけば、〇〇はソファに座る北斗の太ももの上に、跨るようにして座らされていた。
お風呂上がりの薄いパジャマ越しに、北斗の硬い身体の熱がダイレクトに伝わってくる。あまりに密着した体勢に、〇〇の心臓はさらに激しく鐘を鳴らした。
北斗「……心配したなんて、そんな可愛い言葉で片付けないでよ」
すぐ目の前にある北斗の顔。その瞳は完全に据わっていて、いつもリビングで見せる穏やかな同居人の表情はどこにもない。
北斗は〇〇の腰を大きな両手でがっちりと挟み込み、自分から絶対に逃がさないように強く固定した。
北斗「俺がどんな気持ちでお前のこと探したか、分かってんの?」
低く掠れたタメ口が、〇〇の耳元を熱く濡らす。
廉と同じくらい、いや、今この瞬間はそれ以上に強烈な北斗の独占欲が、〇〇の身体を芯から痺れさせていった。
北斗の大きな手が、〇〇のパジャマの襟元をゆっくりと、だけど拒絶を許さない力強さで押し下げた。
〇〇「ひゃ……っ」
お風呂上がりでまだ微かに上気している肌に、夜の冷たい空気が触れる。
北斗の視線は、さっきまで廉が狂ったように唇を押し付けていた、あの赤紫色のキスマークに真っ直ぐ注がれていた。
北斗は何も言わず、長い指先でその痕跡をなぞる。
わざと少し強めに、爪が立つか立たないかの力加減で、廉の残した印を 抉るようにじっくりと指で擦った。
〇〇「あ、っ……痛、い……北斗……っ」
お風呂でどれだけ激しく洗っても消えなかった痛痒い感覚が、北斗の指先によって生々しく呼び起こされる。身体がビクリと跳ね、北斗の肩にしがみついた。
北斗「……本当に、ひどい裏切り方するよね」
キスマークを親指でぎゅっと 押し潰しながら、北斗が低く、冷たい声を漏らす。
北斗「ただの同居人なら、こんなことされても怒る権利ないはずなのに。……何で俺、こんなに頭おかしくなりそうなの?」
そう言いながら、北斗の顔がすぐ近くまで迫る。彼の瞳には、怒りと同時に、〇〇を自分のものにしたいというドロドロとした情欲が渦巻いていた。
北斗「なぁ、〇〇……。この痕、俺が全部上書きしていい?」
廉の時とは違う、背徳感と 恐怖、そしてそれ以上の興奮が〇〇の脳内をパニックに陥れていく。北斗の指が首筋から顎へと滑り、無理やり顔を上向かせられた。
〇〇「……だめ、北斗、待って……っ」
あまりに剥き出しの執着と、首筋を擦る指先の痛みに 恐怖を覚えた〇〇は、北斗の胸を両手で弱々しく押し、彼の膝の上から逃げ出そうと身体をよじった。
けれど、北斗は逃がさなかった。
ただ、さっきまでの強引な力は少しだけ緩められ、代わりに包み込むような、だけど絶対に解けない強さで〇〇の腰をぎゅっと抱きしめる。
北斗「逃げないで、〇〇……」
その声は、さっきの冷徹なものから、どこか縋るような、切ない響きに変わっていた。
北斗は〇〇の肩にそっと額を預け、深く息を吐き出す。
北斗「怒ってないよ。……怒ってない。ただ、本当に怖かったんだ。お前がどこかに行っちゃう気がして」
耳元で囁かれる北斗の弱音。
ただの同居人のはずなのに、こんなにも自分に狂わされている彼の姿に、〇〇の胸がズキリと痛む。逃げようとしていた身体の力が、自然と抜けていった。
北斗はゆっくりと顔を上げると、今度は本当に優しく、慈しむように〇〇の頬に手を添えた。そして、親指でさっき触れた首筋の痕を、今度は痛ませないように、そっと愛おしそうになぞる。
北斗「痛くしないから。……だから、あいつの痕、消させて?」
熱っぽく、だけど どこか壊れ物を扱うような北斗の優しい眼差しに、〇〇はもう、拒絶の言葉を紡ぐことができなくなっていた。
北斗のどこか切ない、縋るような優しさに胸を突かれ、〇〇はもう抵抗する力を失っていた。
〇〇「……うん」
小さく消え入るような声で答えると、〇〇は逃げるのをやめ、自ら北斗の広い胸の中にぎゅっと顔を埋めた。
お風呂上がりで着替えたばかりのパジャマ越しに、北斗の規則正しい、けれど少し早まった心臓の音がドクドクと伝わってくる。タクシーの中で借りた上着と同じ、いつもこの部屋で嗅いでいる北斗の落ち着く香りが、今度は至近距離で〇〇を優しく包み込んだ。
これまでの関係の境界線を、お互いに完全に踏み越えてしまっている。
〇〇が腕を北斗の背中に回し、そのシャツをきゅっと掴むと、北斗は愛おしそうにフッと息を漏らした。そして、〇〇の小さな背中を大きな手のひらでゆっくりと包み込み、今度は本当に優しく、あやすように何度もさする。
北斗「……いい子」
耳元で囁かれた低くて甘い声に、〇〇の身体が内側からじんわりと熱くなっていく。
廉に激しく揺さぶられた後の、疲弊した心と身体に、北斗のこの執着を孕んだ穏やかさがどこまでも深く染み渡っていく。
北斗は〇〇の濡れた髪に優しく唇を寄せると、そのままゆっくりと首元へと降りていった。
首すじに、北斗のあたたかい唇がそっと触れた。
廉に乱暴につけられた痕のちょうど真上に、重ねるようにして、優しく吸い上げられるような柔らかな圧力がかかる。
〇〇「ん……っ、北斗……」
思わず声を漏らして北斗の肩にしがみつくと、彼は〇〇の腰を抱く手の力を少しだけ強め、さらに深く、何度もそこに唇を押し当てた。
じりじりと熱が広がっていく。廉に強引に刻まれた痛々しい痕が、北斗の熱によって じんわりと 溶かされ、上書きされていくのが分かった。
北斗「……ん、……これでよし」
しばらくして顔を上げた北斗は、〇〇の首筋に残った 自分の 新しい 赤みを満足そうに見つめ、それから 〇〇の 濡れた 瞳を じっと 覗き込んだ。その瞳には、さっきまでの 狂気は 鳴りを潜め、ただ 〇〇だけを 映し出す 深い 愛おしさが 満ちている。
北斗「あいつの、全部消えたかな」
そう言って、北斗は〇〇の 頬を 包み込み、親指で 涙の 跡を 優しく 拭った。
これまで ずっと 廉が 一番上だと思っていた。だけど、今、自分を こんなにも 狂おしく、そして 壊れ物のように 大切に 扱ってくれる 北斗の 腕の中にいると、廉と同じくらい、いや、それ以上に 北斗の 存在が 心の 大部分を 占めていく。
北斗「〇〇……今夜は、このまま 一緒に 寝ていい?」
いつもの 優しい 敬語混じりの トーンに戻った、だけど どこか 逃がしてくれない 響きを持った 彼の ねだるような 問いかけに、〇〇は 反論することなんて できず、ただ 彼の 胸に 額を 預けたまま、小さく 頷くことしか できなかった。
北斗は小さく微笑むと、〇〇を自分の膝の上からそっと下ろし、リビングの大きなソファに横になるよう促した。
二人が並んで横になれるほどゆったりとしたソファ。それでも、北斗が〇〇の背後から包み込むようにして体を密着させると、お互いの体温がパジャマ越しにじんわりと伝わってきて、驚くほど窮屈で、だけど逃げられない温かさに満たされる。
北斗の長い腕が〇〇の腰をしっかりと抱き寄せ、もう片方の手が優しく髪をなでる。
北斗「寒くない?」
〇〇「うん……あったかい……」
背中に感じる北斗の胸の鼓動が、心地いいリズムで〇〇の体を揺らす。
今日一日の激しい感情の波と、お風呂上がりの気だるさ、そして北斗に包まれている安心感から、〇〇のまぶたが急激に重くなっていった。
そんな〇〇の様子を察したのか、北斗は髪をなでる手を止め、〇〇の耳元にそっと唇を寄せた。
北斗「ゆっくり寝ていいよ。目が覚めても、俺ちゃんとここにいるから」
その低く穏やかな声は、優しく心の奥に染み渡ると同時に、「もうどこへも行かせない」という静かな誓いのようにも聞こえた。
今夜新しく刻まれた、北斗の狂おしいほどの執着とぬくもり。二人の男への感情が同じくらいに膨れ上がり、ぐちゃぐちゃに混ざり合ったまま、〇〇は北斗の腕の中で深い眠りへと落ちていった。
ーーーーーーーーー
☀️カーテンの隙間から差し込む朝の光が、重いまぶたを刺激する。
〇〇がゆっくりと目を覚ますと、視界に飛び込んできたのは、見慣れたリビングの天井と、すぐ目の前にある白いシャツの胸元だった。
〇〇(あ、そっか……昨日の夜、ここで……)
一気に記憶が蘇り、心臓がトクンと跳ねる。
廉の部屋での生々しい記憶、そして、ただの関係を完全に踏み越えて自分を奪い返し、この大きなソファで朝まで抱きしめてくれた北斗の温もり。
腰に回された北斗の腕は、眠っている間もずっと解かれることがなかったようで、今も心地いい重みとなって〇〇を繋ぎ止めていた。
少しだけ身動きをすると、背後から「ん……」と低い声が聞こえ、腰を抱く力がさらにギュッと強くなる。
北斗「……おはよ、〇〇」
耳元に響いたのは、起きたばかりの、少し掠れた北斗の声。
いつもよりぐっと低いそのトーンに、ゾクッと身体が震える。
〇〇が振り返ると、まだ眠たげに目を細めた北斗が、すぐ至近距離でこちらを見つめていた。寝癖のついた前髪の間から覗く瞳は、昨夜の狂気じみた鋭さは消え、いつもの穏やかさを取り戻しているように見える。
だけど、〇〇の首筋――自分が上書きした痕跡に北斗の視線がふっと落ちた瞬間、その瞳の奥に、昨日と同じ暗い独占欲がチラリと過ったのを〇〇は見逃さなかった。
北斗「よく眠れた?」
そう言いながら、北斗は空いている方の手で〇〇の頬を優しく包み込み、親指で柔らかく撫でる。
その優しい手つきと、逃がしてくれない腕の強さ。
廉のことがずっと一番上だったはずなのに、朝を迎えた今も、北斗への感情は昨日よりさらに深く、胸の奥を支配し始めていた。
北斗「……まだ、ちょっと眠いね」
北斗はそう呟くと、〇〇の首筋にそっと額を押し当て、深く息を吸い込んだ。
北斗の吐息が肌に直接かかり、〇〇はシーツを握る手にぐっと力を込める。朝の光の中で、北斗が昨日つけた痕がどれほど鮮明に残っているかを考えると、恥ずかしさと背徳感で胸がいっぱいになった。
〇〇「北斗……もう朝だよ? 起きなくていいの……?」
〇〇が小さな声で尋ねると、北斗は首元に顔を埋めたまま、ふっと微かに笑った。
北斗「うーん、今日はもうちょっとこうしてたい。……だめ?」
ずるいほどの甘え方。だけど、腰をがっちりとホールドしている腕の力は、少しも緩む気配がない。その強引さと優しさのギャップに、〇〇の心臓は朝からうるさいほどに跳ね上がる。
これまでずっと、自分を強烈に揺さぶってくれるのは廉だけだと思っていた。でも、今目の前にいる北斗も、形は違えど同じくらい、いや、それ以上に執拗に自分を求めてくれている。
北斗「〇〇の身体、お風呂上がりみたいにいい匂いする」
北斗はゆっくりと顔を上げると、〇〇の唇のすぐ近くで囁いた。
北斗「あいつの匂い、もう完全に上書きできたみたいで安心した」
そう言って、北斗は〇〇の返事を待たずに、そっと唇を重ねてきた。昨夜の激しさとは違う、驚くほど優しくて、だけどどこか切ない朝のキス。
(どうしよう……私、北斗のことも同じくらい……)
廉の強引な熱と、北斗の静かな狂気。二人の間で激しく揺れ動く自分の心に恐怖を感じながらも、〇〇は北斗のキスを拒むことができず、ただその腕の中に溺れていった。
北斗の唇がゆっくりと離れていく。
至近距離で見つめ合う中、部屋を包む静寂の中に、トクン、トクン、と規則正しい音が響いていることに〇〇は気づいた。
密着した胸元から伝わってくる、北斗の心臓の音。
昨夜、ソファで北斗に抱きしめられた時は、自分の罪悪感とパニック、そして廉への感情で頭がいっぱいで、気づく余裕なんて全くなかった。
でも、今こうして静かな朝の光の中で耳を澄ますと、その鼓動は驚くほどに早くて、強く、激しく脈打っている。
いつも冷静で、何事にも動じない北斗。
そんな北斗が、実は今も、昨日の夜からずっと、張り裂けそうなほどの不安と嫉妬で心臓を狂わせているのだと、その音がはっきりと物語っていた。
〇〇「北斗……心臓、すごく速い……」
思わず口にすると、北斗は一瞬だけ目を見開いた。
だけどすぐに、諦めたような、どこか愛おしさを堪えきれないような歪んだ笑みを浮かべる。
北斗「……気づいちゃった?」
北斗は〇〇の手をそっと取り、自分の左胸の真上に重ね合わせた。パジャマ越しでも、手のひらにドクドクと痛いほどの衝撃が伝ってくる。
北斗「昨日、お前があいつの部屋にいるって分かった時から、ずっとこれ。今だって、目の前にお前がいるのに、またどこかに行っちゃうんじゃないかって……怖くて止まらないんだよ」
いつもは隠している剥き出しの動揺を告白されて、〇〇の胸はズキリと締め付けられた。
これまでは、分かりやすく強引に求めてくる廉の熱ばかりに目を奪われていた。だけど、この静かに狂っていく北斗の心臓の音は、廉のどんな激しい言葉よりも重く、〇〇の心の中心へと深く、深く突き刺さっていく。
〇〇は北斗の胸に押し当てられた自分の手に力を込め、その高鳴りをそっと受け止めるように、もう一度北斗の胸へと顔を埋めた。
北斗の胸に顔を埋めたまま、〇〇は堪えきれずに震える声を漏らした。
〇〇「北斗……やっぱ、好きにさせないで、私を……。苦しいよ……っ」
廉のことで頭がいっぱいだったはずなのに、北斗の激しい心臓の音や、不器用なほどの執着を知るたびに、自分の中で北斗の存在がどんどん大きくなっていく。二人の男を同じくらい求めてしまう罪悪感と、胸の昂りに、〇〇の心は引き裂かれそうだった。
〇〇の言葉を聞いた瞬間、北斗が小さく息を呑むのが分かった。
しばらくの沈黙の後、北斗は〇〇の背中に回した腕に、さらにぎゅっと力を込めた。
北斗「……今更そんなこと言われても、もう遅いよ」
耳元に届いた北斗の声は、酷く切なく、だけど絶対に〇〇を諦めないという確固たる熱を孕んでいた。
北斗は〇〇の頭を優しく撫でながら、ふっと自嘲気味に笑う。
北斗「苦しいのは俺も同じ。お前があいつを好きなのを知りながら、こうして抱きしめてる俺の身にもなってよ。……頭がおかしくなりそうなんだ」
北斗は〇〇の顔を胸元から引き離すと、両手で〇〇の頬を包み込み、泣き出しそうな〇〇の瞳を真っ直ぐに見つめた。
北斗「あいつより、俺のことだけ見て。……苦しくても何でもいいから、俺のことも同じくらい、いや、それ以上に好きになって」
いつも冷静だった北斗が、剥き出しの感情をぶつけてくる。
廉の強引な愛に溺れていたはずの〇〇の心は、北斗の必死な眼差しと、その胸の激しい高鳴りに、もう完全に侵食され始めていた。
ーーーーーーーーー
北斗side
〇〇が再び、すがるように顔を北斗の胸へと埋めてくる。
だから、北斗からは〇〇の顔が今どんな表情をしているのか、全く見えなかった。
泣きそうなのを堪えているのか、それとも、自分と廉の間で引き裂かれそうになりながら、戸惑っているのか。
(……見えないのに。顔すら見せてくれないのに)
北斗は、自分のシャツをぎゅっと掴む〇〇の小さな手を見つめ、それからそっと、その背中に大きな手のひらを添えた。
顔が見えないからこそ、腕の中に収まる〇〇の身体の小ささが、余計に引き立つ。自分の言葉ひとつで 怯え、揺れ動き、胸に 隠れるようにして「苦しい」と 泣いている。そのすべてが、今の北斗には 狂おしいほど 愛おしかった。
廉に 触れられた 〇〇を 許せない 気持ちは 確かにある。激しい 嫉妬で、心臓が 壊れそうなほど 痛いのも 事実だ。
だけど、こうして 腕の中で 必死に 自分の 熱を 受け止めようと している 〇〇を見ていると、そんな 怒りさえも 愛おしさに 塗り替えられていく。
北斗「……ずるいよ、〇〇」
北斗は 〇〇の 顔が 見えないまま、その 柔らかな 髪に 唇を 寄せ、深く 息を 吸い込んだ。
北斗「そんな 風に 閉じこもられたら、ますます 離したく なくなるじゃん」
顔が 見えないからこそ、〇〇の 存在 すべてを 自分の ものに してしまいたいという 独占欲が、北斗の 胸の奥で ドロドロと 膨れ上がっていく。北斗は 〇〇の 後頭部を 優しく、だけど 強い 力で 自分の 胸へと 押し付けた。
北斗の胸の鼓動を全身で受け止めながら、どれほどの時間が経っただろう。
窓から差し込む光は少しずつ高くなり、リビングの床を白く照らし始めていた。
いつまでもこのままでいたかったけれど、重い腰を上げなければいけない時間が近づいている。
〇〇「北斗……そろそろ、起きよ?」
北斗の胸に顔を埋めたまま、籠った声でそう呟くと、北斗の背中を撫でる手がピタッと止まった。
北斗「……やだ。まだ起きたくない」
子供のように拗ねた声を出して、北斗はさらに腕の力を強め、〇〇をソファに縫い付けるように抱きすくめる。いつもなら真っ先に起き上がって朝の支度を始めるはずの北斗が、ここまで露骨に嫌がるなんて、普段なら考えられないことだった。
〇〇「だめだよ。今日仕事でしょ……?」
〇〇が少し体をよじって離れようとすると、北斗は深いおため息をつきながら、ようやくゆっくりと腕の力を緩めた。
北斗「……分かってる。分かってるけど」
名残惜しそうに離れていく北斗の体温。
起き上がった北斗は、ベッドから起きる時のように少し乱れた髪を手で押さえながら、ソファの上に座り直した。その視線は、まだソファに横たわったままの〇〇に、じっと注がれている。
北斗「起きる前に、もう一回だけ」
北斗はそう言うと、不意に身をかがめ、〇〇の額に優しく、だけど吸い付くような長いキスを落とした。
北斗「これで今日も一日、頑張れる。……ちゃんと俺のところに戻ってくるって、約束してね?」
朝の爽やかな光を浴びながらも、その瞳の奥にある独占欲は少しも薄れていない。北斗のその眼差しに見つめられながら、〇〇は胸の奥の苦しさと愛おしさを抱えたまま、ゆっくりと体を起こした。
朝の甘い時間の後、二人はそれぞれ準備を済ませて仕事へと向かった。
ーーーーーーーーー
午後15:00。〇〇は仕事の用件で事務所を訪れていた。
偶然にも、北斗も同じ時間帯に事務所にいた。別の打ち合わせを終えてロビーを通りかかった北斗は、人混みの中に〇〇の姿を見つけ、ふっと表情を和らげる。
北斗「〇〇、」
声をかけようと一歩踏み出した、その時だった。
見知らぬジュニアの男の子――〇〇と同い年くらいに見える男が、〇〇に親しげに声をかけた。
北斗は思わず足を止め、少し離れた場所から様子を伺う。
よく見ると、〇〇の表情は明らかに強張っていて、困ったように後ずさりしている。嫌がっているのは一目瞭然だった。
ざわつくロビーの中で、二人の会話が少しだけ北斗の耳に聞こえてくる。
ジュニア「ねえ、この後なんか予定ある? 今日の夜飯行きません?」
完全にナンパだった。
〇〇が断ろうと口を開きかけた瞬間、そのジュニアの男は「いいじゃん、ちょっとだけ」と、〇〇の腕を強引に掴んだ。
〇〇「あ……っ、やめてください……」
〇〇は必死に腕を引こうとするけれど、男の力に抗いきれず、困惑と恐怖で顔を歪める。
その光景を見た瞬間、北斗の脳裏に、昨夜の廉の残像と、朝方「またどこかに行っちゃうんじゃないか」と怯えていた自分自身の激しい衝動が怒涛のように押し寄せた。
瞳の奥の温度が、一瞬で完全に冷え切る。
北斗はポケットから手を出すと、迷いのない足取りで、真っ直ぐに二人の元へと歩き出した。
ジュニア「ちょっとだけ話すだけでもさ、いいじゃん。ね?」
嫌がる〇〇の腕を掴み、なおも食い下がろうとするジュニアの男。その男の背後から、冷徹なまでの威圧感を纏った北斗が、音もなく近づいていた。
北斗「そこ、何してるの?」
低く、地を這うような声がロビーに響く。
声をかけられたジュニアの男が、ビクリと肩を揺らして振り返った。そこには、普段のテレビで見せる優しい笑顔とは似ても似つかない、完全に目が笑っていない北斗が立っていた。
ジュニア「あ……松村、先輩……っ」
北斗の放つただならぬオーラに圧倒され、ジュニアの男は思わず〇〇の腕から手を離した。自由になった腕をさすりながら、〇〇は救いを求めるように北斗を見上げる。
北斗はジュニアの男を一瞥(いちべつ)することすらせず、〇〇の前に一歩踏み出して、男から〇〇を隠すように立ちはだかった。
北斗「彼女、困ってるように見えるんだけど。……事務所のロビーで何ナンパまがいのことしてんの?」
ジュニア「いや、その……ちょっと、ご飯に誘おうと思っただけで……」
言い訳をする男の声が、恐怖で細く震えている。北斗の瞳の奥にある独占欲と怒りは、後輩相手だろうと一切容赦がなかった。
北斗「用がないなら、もう行って。仕事の邪魔」
冷たく突き放すような言葉に、ジュニアの男は「しつれいしますっ……」と頭を下げ、逃げるようにその場から走り去っていった。
ロビーに少しの静寂が戻る。
北斗はゆっくりと振り返ると、まだ緊張で強張っている〇〇の顔をじっと見つめた。そして、さっき男に掴まれていた〇〇の腕を、今度は本当に優しく、だけど拒絶を許さない強さで、包み込むようにキュッと掴んだ。
北斗「……怪我、ない? 怖かったね」
いつもの優しいトーンに戻った北斗の声。だけど、〇〇の腕を掴む指先からは、昨夜と同じ、狂おしいほどの熱と激しい嫉妬が、ドクドクと伝わってきた。
〇〇「ありがと、怖かった……」
まだ少し震える声でそう言うと、〇〇はホッとしたように小さく息を吐いた。
その言葉を聞いた瞬間、北斗の目元がわずかに和らぐ。だけど、〇〇の腕を掴む手の力は、緩められるどころか、さらに内側へと引き寄せるように強くなった。
北斗「うん、もう大丈夫だよ。……でも、」
北斗は一歩、〇〇との距離を詰めると、周囲のスタッフに聞こえないほどの低い声で囁いた。
北斗「俺がいないところで、他の男にそんな風に触らせないで。……同い年くらいだからって、油断してついて行こうとしたりしないでよ」
その声には、〇〇を心配する気持ちと同時に、朝、大きなソファで膨れ上がったあの独占欲が、そのままの熱量で混ざり合っていた。
事務所のロビーという公の場であるにもかかわらず、北斗の瞳は、まるでこの世界に二人しかいないかのように〇〇だけをじっと見つめている。
北斗「今日の夜、ちゃんとまっすぐ俺のところに帰ってきてね?……約束、忘れてないよね」
昨夜、廉につけられた痕を必死に消そうとしていた北斗の姿が頭をよぎる。
助けてくれた安心感、〇〇はただコクンと小さく頷くことしかできなかった。
ーーーーーーーーー
🌃21:00、夜。
〇〇が部屋のドアを開けると、玄関まで香ばしい出汁と、どこかホッとする優しいお米の香りが漂ってきた。
リビングへ向かうと、そこにはエプロン姿の北斗が、食卓に出来立ての料理を並べているところだった。〇〇の帰宅に気づいた北斗は、パッと表情を明るくして、いつもの穏やかで優しい笑顔を浮かべた。
北斗「おかえり、〇〇。ちょうど今、ご飯ができたところ。今日もお仕事お疲れ様」
そう言って、北斗は〇〇のバッグを受け取り、お疲れ様、と労うように頭を優しく撫でてくれた。昼間の事務所での張り詰めた空気や、男の人に腕を掴まれた恐怖なんて、この温かい空間に入った瞬間に全て綺麗に消え去っていくようだった。
食卓には、〇〇の好きなメニューが綺麗に並べられている。
北斗「お昼は大変だった。お腹が空いているでしょ。先に温かいスープでも飲んで、ゆっくりして」
北斗は椅子を引いて〇〇を座らせると、自分も目の前に腰掛け、本当に嬉しそうに微笑んだ。そこに昼間の冷徹な雰囲気や、過剰に縛り付けるような気配は一切ない。
ただただ、〇〇が無事に帰ってきたことを純粋に喜び、温かく迎え入れてくれる、いつもの優しい北斗がそこにいた。〇〇がスープを一口飲むと、身体の芯からじんわりと緊張がほぐれていく。
北斗「美味しい? 〇〇が喜んでくれる顔が見たくて、少し張り切って作った」
そう言って柔らかく笑う北斗の目を見て、〇〇は胸の奥がじんわりと温かい幸福感で満たされていくのを感じていた。
その時、テーブルの上に置いていた〇〇のスマートフォンが突然、激しく震え出した。
画面に表示されたのは「廉」の文字。
一瞬にしてリビングの空気が変わる。
北斗の口元から笑みが消え、その視線が静かにスマートフォンの画面へと注がれた。
だけど、そこには昼間のような冷徹さはなく、どこか捨てられた仔犬のような、切なく悲しそうな目が〇〇に向けられている。
北斗のその表情に胸を締め付けられながらも、〇〇は震える手で通話ボタンを押し、耳に当てた。
〇〇「……もしもし、廉?」
廉「あ、〇〇? 今大丈夫? 来月、近くで大きな花火大会あるやん。一緒に行かへん? チケット取れたから、予定空けといてな」
スピーカーから漏れ聞こえる廉の関西弁は、いつも通り明るく、どこか強引だった。昨夜のことが頭をよぎり、〇〇が返答に詰まっていると、電話の向こうの廉が〇〇の様子を察したように言葉を続けた。
廉「あー、もしかして2人きりやと気まずい? それやったら、みんな誘ってもええよ。北斗らも一緒にどう?」
その提案に、〇〇は思わず目の前の北斗を見た。
北斗は悲しそうな目を崩さないまま、小さく頷いた。
〇〇「……うん。じゃあ、みんなで行く」
結局、メンバーは廉、〇〇、北斗、樹、風磨、紫耀の6人で行くことに決まった。
電話を切った後、北斗は小さく息を吐き、少し無理をしたような優しい笑顔を再び浮かべた。
北斗「みんなで行けることになって良かった。お腹、空いているでしょ。ご飯、食べよう」
そう言って笑顔を浮かべた北斗の胸の内を知る由もない〇〇は、すっかり花火大会の話題で頭がいっぱいになっていた。北斗がどんな思いでその電話を聞いていたか、その悲しげな瞳の理由にも気づかないまま、スプーンを置いて楽しそうに話し出す。
〇〇「みんなで行くなら楽しみ。ねえ、浴衣は何色にしようかな? 新しいのを買おうか迷う」
無邪気に当日を思い浮かべながら尋ねる〇〇。
北斗は箸を持ったまま、一瞬だけ動きを止めた。
廉に誘われた花火大会なのに、自分も行くからと無防備に喜んでいる〇〇の姿。その鈍感さが、今は少しだけ苦しい。
だけど、北斗はすぐにいつもの穏やかな表情に戻り、〇〇を優しく見つめた。
北斗「〇〇は何色でも似合う。白とか、落ち着いた紺色も綺麗だと思う」
〇〇「本当? 北斗は何色の浴衣を着る?」
〇〇がさらに嬉しそうに問いかけると、北斗は小さく微笑み、スープを一口飲んだ。
北斗「俺は持っているものを適当に着る。それより、ご飯が冷めるから先に食べて」
〇〇「今度、一緒にレンタルのところで見ようよ」
楽しそうに提案する〇〇に、北斗は微笑みながら頷いた。
北斗「良いと思う。スケジュールが合う日に一緒に行こう」
〇〇「あ、でも……」
そこで〇〇はふと思いついて、ぽんと手を叩いた。
〇〇「いや、当日みんなで浴衣を借りて、ヘアメイクも一緒にしてもらってから行く方が良いかも。その方が絶対に楽しい」
男友達も含めて全員でわいわいと支度をする光景を想像して、〇〇は目を輝かせる。北斗は少し驚いたように瞬きをした後、楽しそうな〇〇を見て、愛おしそうに目を細めた。
北斗「みんなで集まって準備をするということ? それは賑やかになりそう。それなら、当日スムーズに動けるように、大きめのお店を予約しておく」
〇〇「本当に? ありがとう、北斗」
北斗「どういたしまして。まずはご飯をしっかり食べて」
ーーーーーーーーー
夕食を終えた後、二人で並んで皿洗いを済ませ、それぞれお風呂に入ってさっぱりとした。
時計の針は少し進んでいたけれど、今日は久しぶりに一緒に映画を見ることになった。〇〇がずっと見たいと言っていた、少し切ない恋愛系の映画だ。
北斗はリビングの明かりを消し、プロジェクターのスイッチを入れた。部屋が暗くなり、壁に鮮やかな映像が映し出される。
北斗「ソファ、おいで」
暗がりの中、先に座っていた北斗が少しだけスペースを空けて自分の隣をぽんぽんと叩いた。〇〇がその隣に腰掛けると、北斗は自然な動きで、〇〇の肩にそっと自分の腕を回した。
いつもの優しい体温と、お風呂上がりの柔軟剤のいい香りがふわりと漂う。
映画が始まると、部屋には作中の静かな音楽とセリフだけが響いた。劇中の主人公たちがすれ違い、恋に苦しむ姿を、〇〇は食い入るように見つめている。
北斗はその横顔を、暗闇に紛れて静かに見つめていた。
北斗(こんな風に、隣にいてくれるだけでいいのに)
昼間の男のことや、さっきの廉からの電話。鈍感な〇〇は何も気づいていないけれど、北斗の胸の奥には、言葉にできない小さな切なさがまだ少しだけ残っている。
北斗は回した腕にほんの少しだけ力を込め、〇〇の身体を自分の方へと引き寄せた。〇〇が心地よさそうに北斗の肩に頭を預けると、北斗はその柔らかな髪にそっと頬を寄せ、映画のスクリーンへと視線を戻した。
映画の中盤、画面の中の主人公たちがゆっくりと唇を重ね合わせた。
部屋が暗い分、スクリーンに映し出される美しいキスシーンが、やけに鮮烈にリビングを照らし出す。
ロマンチックな音楽と、作中の静かな吐息だけが部屋に響き渡り、それまでの和やかな空気が一瞬にして甘く、少し気まずいものへと変わった。
〇〇はなんだか急に恥ずかしくなり、やり場に困った視線を泳がせる。
そして、隣にいる北斗の様子が気になり、暗闇の中でチラッとその横顔を盗み見た。
すると、映画を見ていたはずの北斗は、最初からスクリーンなんて見ていなかったかのように、真っ直ぐに〇〇のことを見つめていた。
暗がりのせいで、その瞳がいつもより深く、潤んで見える。
目が合うと、北斗は気まずそうにするわけでもなく、ふっと 困ったような、だけど どうしようもなく 優しい 笑みを 浮かべた。
北斗「……映画、集中できない?」
低く 囁くような 声が、耳元に 届く。
肩に 回された 北斗の 腕が、ほんの少しだけ 強く 〇〇の 身体を 抱き寄せた。
少しだけ強くなった腕の力に、〇〇の心臓がトクンと大きく跳ね上がる。
部屋を照らすスクリーンの光が、北斗の綺麗な輪郭をうっすらと浮かび上がらせていた。
北斗は〇〇の視線から逃げることなく、じっとその瞳を見つめ返している。
昼間の出来事や、さっきの廉からの電話。
何も気づいていない鈍感な〇〇のことが、愛おしくて、同時に少しだけ切ない。
北斗は回していた腕をゆっくりと滑らせ、〇〇の頬に優しく手を添えた。
親指の腹で、〇〇の柔らかな肌をそっと愛おしそうになぞる。
北斗「……キスしていい?」
吐息が触れ合うほどの距離で、北斗が低く、静かに問いかけた。
その声はどこか甘く、それでいて〇〇の答えをじっと待つような、いつもの優しい響きを帯びている。
映画の音すら遠ざかるような静寂の中で、北斗のまっすぐな瞳が、〇〇の返事を求めて揺れていた。
〇〇は一瞬で顔が熱くなるのを感じ、心臓がバクバクと壊れたような音を立て始めた。あまりの緊張に耐え切れず、これ以上北斗の顔を見ていられなくなって、勢いよくそっぽを向いた。
〇〇「……えっと、映画、見たいからダメ」
必死に冷静さを装って、視線を無理やりテレビのスクリーンへと戻す。けれど、ドクドクと速くなる鼓動のせいで、映画の内容なんて全く頭に入ってこない。
そっぽを向いた〇〇の硬直した横顔を、北斗はしばらくじっと見つめていた。
急に拒絶されたからといって、怒ったり、無理にこっちを向かせようとする気配はない。ただ、頬に添えられていた北斗の手がゆっくりと離れていく。
北斗「……そっか。ごめん。映画、見よう」
その声は驚くほど優しく、だけどどこか寂しげに響いた。
北斗はそのまま回していた腕の力を少し緩め、〇〇が窮屈じゃないようにと少しだけ距離を置いた。そして、何事もなかったかのように静かにスクリーンへと視線を戻す。
そっぽを向いたままの〇〇は、北斗のその引き際の優しさに、余計に胸が締め付けられるような、甘酸っぱい痛みを覚えていた。
エンドロールが静かに流れ出し、部屋の中に明るい光が戻ってきた。
〇〇は画面を見つめたまま、ようやく「見終わった……」と小さく息を吐いた。結局、あのキスシーンの後からは映画の内容が半分も頭に入ってこなかったけれど、何とか最後まで見届けることができた。
北斗はリモコンを操作して画面を消すと、ふっと柔らかく微笑んだ。
北斗「お疲れ様。良い映画だった。……少し、切なかった」
そう言って立ち上がると、北斗は〇〇の頭を優しくぽんぽんと叩いた。
北斗「部屋の明かり、つける。目がチカチカするから、少し休んで」
そっぽを向かれたことを気にする様子もなく、いつものようにどこまでも優しい北斗。その姿を見て、〇〇の胸のバクバクは、映画が終わった今でもまだ静まりそうになかった。
映画の余韻と、まだ少し火照った体を落ち着かせるように、〇〇はソファから立ち上がった。
〇〇「……じゃあ、私、先にベッドに行く」
そう北斗に声をかけて、寝室へと歩き出す。心臓のバクバクを隠すように、少し早足で廊下を進んでいた、その時だった。
後ろから、男の人の大きな体温が、すっぽりと〇〇を包み込んだ。
北斗が、後ろから優しく抱きしめてきた。
〇〇「……北斗?」
驚いて動きを止める〇〇の肩口に、北斗はそっと額を預ける。
背中越しに伝わってくる北斗の鼓動は、いつもより少しだけ速い気がした。
回された腕の力は、決して強くはないけれど、どこか引き止めるような切なさが籠もっている。
北斗「……このまま、行かせたくない」
耳元で、北斗の低く微かな声が響いた。
映画を拒んでそっぽを向いた〇〇を、優しく見守ってくれていた北斗。
だけど、本当は、ずっとこうして触れたかったのだと伝えるように、北斗は〇〇の体を自分の胸へと引き寄せ、愛おしそうにその温もりを確かめていた。
北斗は〇〇を後ろから抱きしめたまま、その小さな頭の上に、自分の顎をちょこんと乗せた。
そのまま、少し楽しそうな気配を漂わせながら、耳元で低く笑う。
北斗「〇〇、やっぱり小さい。すっぽり収まる」
映画の時の切なげな雰囲気から一転して、いつものように少しからかうような口調。
そのいじり方に、〇〇は熱くなっていた顔をさらに真っ赤にして、腕の中で身をよじった。
〇〇「小さくない。北斗が大きいだけ。……離して」
ぷいっと怒ってジタバタする〇〇の様子が可笑しいのか、北斗は頭の上でさらに嬉しそうにクスクスと笑った。だけど、回した腕を離す気配は全くない。
北斗「怒らないで。小さいのが可愛いと言っている。……もう少し、このまま」
そう言って、北斗は顎を乗せたまま、さらに愛おしそうに腕の力を込めて〇〇を包み込んだ。
〇〇「もう、本当に離して!」
腕の中でジタバタと暴れて抗議する〇〇。
だけど、北斗の大きな体はびくともせず、それどころか背中から伝わる彼の胸の鼓動がさらに近くなる。
北斗は頭の上に顎を乗せたまま、わざと困ったような、だけど楽しそうな声を漏らした。
北斗「嫌だ。離したくない」
〇〇「北斗のいじわる。早くベッドに行かせて」
〇〇が本気で頬を膨らませて怒ると、北斗はゆっくりと顎を離し、〇〇の体をくるりと自分の方へ向き合わせた。
至近距離で見下ろしてくる北斗の瞳には、いたずらっぽい光が宿っている。
北斗「じゃあ、条件がある。キスをしてくれるなら、離す」
〇〇「……えっ」
北斗「さっき映画の時はダメと言われた。だから、今ここで。してくれたら、ちゃんとベッドに行かせる」
少し首を傾げて、意地悪に微笑む北斗。
さっきまで悲しそうにしていたくせに、今は完全に〇〇を翻弄して楽しんでいる。
逃げられない腕の中で、〇〇の心臓はまたしてもバクバクと激しく音を立て始めた。
〇〇「やだ!絶対にしない」
顔を真っ赤にしながらきっぱりと拒否すると、北斗は「そっか」と少しも堪えた様子を見せずに、楽しそうに目を細めた。
北斗「じゃあ、約束通りこのまま」
そう言うと、北斗は宣言通り、再び〇〇の体に腕を回してぎゅっと抱きしめ直した。
今度は正面から、さっきよりも隙間がないくらいにぴったりと、〇〇の小さな体を自分の胸の中に閉じ込める。
〇〇「ちょっと、北斗……! 離してってば」
北斗「やだ。〇〇がキスしてくれないから、俺はこうしてチャージする。このままずっと離さないから、そのつもりでいて」
胸元から聞こえる北斗の声は、どこか子供っぽくて、だけど凄く嬉しそうだった。
耳元に触れる彼の吐息と、包み込まれる大きな体温のせいで、〇〇の心臓はもう限界なほどバクバクと高鳴り続けていた。
〇〇「……わかった! わかったから!」
これ以上抱きしめられていたら、バクバクと暴れる心臓の音が北斗に完全にバレてしまう。降参した〇〇が真っ赤な顔でそう言うと、北斗は満足そうにふっと腕の力を緩めた。
だけど、完全に離してはくれず、その長い腕は〇〇の腰をゆるやかに囲んだまま。
北斗「じゃあ、どうぞ?」
いたずらっぽく微笑みながら、少し意地悪に待っている北斗。
観念した〇〇は、北斗の綺麗な顔を真っ直ぐ見上げる。
〇〇の身長は155cm。対する北斗は177cm。
その差は22cm。普通に立っているだけでは、北斗の唇は遥か上にある。
〇〇は意を決して、きゅっとつま先立ちになり、一生懸命に背伸びをした。
そんな〇〇の健気な姿に、北斗の瞳が優しく揺れる。北斗は少しだけ目線を合わせるように、自らも優しく膝を曲げて少し屈んでくれた。
心臓の音がうるさくて破裂しそうになりながらも、〇〇は両手を伸ばし、北斗の少し冷たくて綺麗な頬にそっと手を添えた。
ふわ、とお風呂上がりの北斗の甘い香りが鼻先をくすぐる。
少し屈んでくれたおかげで、二人の距離はもう、唇が触れ合う数センチのところまで近づいていた。
(あとは、目を閉じて、キスをするだけ……)
静まり返った廊下で、お互いの甘い吐息が重なり合う。
〇〇がゆっくりと目を閉じ、その唇を重ねようとした、まさにその瞬間だった。
コメント
8件
やばい、、、、今すぐにでも続きが見たい...!!