堀野屋 心_。
あの少年は、俺と別れた後どうしたのだろう。
また、死へと向かったのだろうか。
それとも、その日は帰ったのだろうか。
私には関係ない事だが、あの少年をなぜか放っておけない。
そんなことを考えていると、もう定時だ。
机上を片付け、颯爽と退社する。
残業なんて御免だ。
会社の外に出ると、外は雨で、元々凸凹していた道路は既に水溜まりの餌食となっていた。
はあとため息をつき、ビニール傘を広げる。
「やあ、ここで働いているんだね。」
聞き覚えのある声だ。
後ろを振り向くと、昨日の少年、心がいた。
「…なぜここが分かった?」
「昨日の夜、君を尾行したんだよ。」
「君の家が分かれば十分。あとは簡単だ。」
「…どういうことだ?」
「…分からないの?」
「だって、君の靴、革靴じゃない。ってことは、家が近いからだ。」
「もしスニーカーとか、動きやすい靴を履いていたら、出勤先から家が遠い確率が高い。 」
「あとね、新道さん、会社の社員証、首から下げたまま帰るのやめたら?」
「…ぁ。」
首元を見ると、少年が言う通り首から下げたままの社員証が見えた。
慌ててそれを外しながら、
「…確かに、簡単だな。」
「でしょ!」
「…ところで。」
「なぜここにいる?」
「…あぁ、ちょっとね。」
その時、少年が顔を伏せた。
それを見て、触れてはいけない、そういう予感がした。
…いや、触れた方が良いのかもしれない。
でも、私には、その無に触れられる自信がなかった。
「そうか。」
少年は何も言わなかった。
現在時刻午後6時54分。
本来なら、少年に「もう遅い、家に帰った方が良い。」と言うべきだ。
だが、言えなかった。
「…新道さん。」
「どうした?」
「人間って、なんだと思う?」
「…人間?」
「うん。」
「…人間、人間は社会的存在で、それぞれ助け合ったりして生きる。」
「…そうだね。 」
「実に模範的な回答だ。素晴らしいよ。」
「少年はどう思う?」
「…僕は、人間を”悪魔”だと思っている。」
「人間は欲や周囲に縛られている、悲しい生き物だと、そう思っている。」
「自分の欲や気持ち、それを相手に一方的に突き付けて、相手を汚しているんだ。」
「この世のどんな生き物より、人間は自分の気持ちに従順なんだよ。」
「…よく耳にする”人々のため”なんて言葉、ただの錆びこけた善文句にしか聞こえないね。」
「本当は、その言葉の裏には、自分しか見えていないのさ。」
少年のあまりに捻くれ過ぎた考えを聞いて、私は胸が痛かった。
少年が可哀想だからではない。
自分が悲しくてたまらないからだ。
少年の言う通り、私は私の欲で動いている。
私の上司もそうだろう。
いや、そうに違いない。
私の会社の社長もそうだ。
社長がまだ、次期社長のころ、 「この会社を、現在よりもより良く出来るよう、心身尽くしてまいります。」と言っていた。
だが、その行く末は社長の名が轟くこと。
それは、社長の欲である、名誉を手に入れることだ。
そう考えると、”人のため=自分の名誉”となる。
確かに、人間は欲望に満ちた悪魔だ。
「ああ、そうだな。」
「人間は悲しい生き物だ。」
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