テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
キャラ崩壊あり
パクリ×
性格結構違う
設定無茶苦茶
今回センシティブ判定は入れていませんが、残酷な表現が苦手な方はお控えください
おらふくん視点だけどおんりー主人公的な感じです
おらふくん視点
おらふくんには、生まれつき奇妙な力があった。
人の心の感情が「色」として見えるのだ。
喜びは鮮やかな金色、悲しみは淡い青、安心は緑、怒りはグレー。すべての生き物がその色を纏っている。
それらは本人の周囲に薄い煙のように漂い、時に渦を巻き、時に淡く消えていく。
この力は便利でもあったが、時に恐ろしくもあった。
なぜなら、心の奥底に潜む感情――本人すら気づかない暗い色も、はっきりと見えてしまうからだ。
僕の所属するドズル社には、個性豊かなメンバーがいる。
「おらふくん。今日の予定なんだけど—」
そう声をかけてきたのはドズルさん。
ドズル社のリーダーでロジカル担当。
燃えるような温かなオレンジが絶え間なく揺れている元気と情熱の塊のような色を纏っている。
「ゔああー。今回の企画鬼畜なの?!嫌な予感しまくりなんだけど!」
そう叫んだのはぼんさん。
ドズル社最年長だけど接しやすい。
やわらかな黄色と、どこか現実逃避を思わせる紫が混じっている。
優しさと怠け心が共存する色合いを持っている。
「ぼんさぁん!鬼畜っすよ!ひりつきましょうねぇ!!」
そうぼんさんの叫びに答えたのがめん。
めんはいたずら好きで明るい性格。
だけど、全体が濁った濃い青色に覆われている。その奥には鈍い灰色がゆっくりと渦を巻いている。
一番驚きなのは————
「今回ははやく終わるといいですね」
そう柔らかい笑顔を浮かべるおんりー。
おんりーはドズル社で一番ゲームが強くて、人を支えることが得意。
柔らかな優しい好青年———と言うのが世間の印象。
けど僕には、何年経っても、どこから見ても変わらない黒が見えている。表面の笑顔とは裏腹に、その黒は常に濃く動かない、そんな少し気になってしまう色を纏っているのだ。
僕は最初、この色の違和感を「性格の個性」程度に考えていた。
だが、月日が経つにつれ、おんりーの黒が他とは違うことに気づいた。
感情の色は普通、状況によって揺れ動く。怒りがあれば赤く、安堵があれば淡くなる。
しかし――おんりーの黒は、何があっても変わらない。笑う時も、優しく振る舞う時も、ふざけている時でさえ、その黒は微動だにしない。
それを見ている僕はおんりーの心の中が気になってしまった。
めんは、ドズル社に入って最初は全体が灰色に濁っていたオーラが、徐々に柔らかな橙色や淡い緑を帯びるようになっていた。
ドズル社で過ごすうちに、温かな救いを貰っていたのだと、僕は思う。
笑うたびに灰が剥がれ落ち、小さな光が覗く。
冗談を言い合い、配信で盛り上がり、メンバーと外出する——そんな時間が続けば、このまま灰色は完全に消えるのではないかと、僕は密かに期待していた。
めんはドズル社メンバーに対しては一応の信頼を寄せていて、時折見せる素直な顔は、暖かな絆を感じさせた。
ある朝のドズル社。
窓から差し込む光が床に細い帯を作り、温かくオフィスを照らしている。
ドズルさんは資料のチェックをしながら、ぼんさんと楽しげにアイデアを出し合う。
めんはコーヒーを片手に机の端に座り、僕と小さな雑談をしていた。
おんりーは少し離れた場所で、モニター越しにスタッフたちの動きを見守っている。
その顔は柔らかく、誰にでも優しい声をかけ、笑顔を絶やさない。
おらふくんの目には相変わらず黒の感情が見えるが、その表情の柔らかさに、自然と体が安心を覚える瞬間もある。
昼休み。
みんなで簡単な弁当を広げて食べる。
めんは笑いながら、ぼんさんにおかずを勧められ、少し照れくさそうに受け取る。
ドズルさんが冗談を飛ばすと、めんも自然に笑う。
その瞬間、めんの色はさらに明るく、澄んだオレンジ色に近づく。
僕はそれを見て、
「よかった……!」
と心の中で呟いた。
おんりーは弁当を食べながらも、時折めんや他のメンバーに目をやり、軽く頷いたり、声をかけたりする。
「その調子で頑張ろう」
表面上は普通の励ましの言葉だが、めんには確かに暖かさが伝わる。
おんりーの色は黒いままだが、その黒は直接めんに影響することはなく、あくまで“遠くにある影”のようだった。
午後の休憩時間。
ドズル社の小さなテラスで、メンバーたちは日光を浴びながら雑談している。
めんは僕と、街で見つけた小さな花の話をしている。
「あの花、綺麗なオレンジ色で元気貰ったわ」
めんの言葉に、僕は微笑む。
めんのその色はさらに澄んでいき、心が温かくなるのを感じる。
おんりーは少し離れたベンチでブラックコーヒーをゆったりと飲む。
足を組み、ゆったりとした仕草でありながら、周囲を見守るその姿が黒いオーラとの矛盾を生み出しているのを見て、僕は少し混乱してしまうことがあった。
おんりーと目があってはっとすると、おんりーはすっと目を細めて鋭い目線を僕に向ける。
それに僕は少し驚いた。
おんりーのそんな目線は初めて見た。
それにたじたじしていたら、おんりーはさっきの目線が嘘のように柔らかい笑みを浮かべた。
めんはそんなことを気にせず、ただ自分の中で新しい居場所の安心感を得ていた。
夕方。
オフィスで少し早めに作業を切り上げ、ドズル社メンバーは簡単な散歩に出かける。
街の光に照らされながら、みんなで笑い合い、些細なことで楽しむ。
おらふくんの視界に映るめんの色は、濁りが消え、明るい緑色が広がっていた。
おんりーは相変わらず黒い色をまとっている。だが、その黒はめんに触れることなく、あくまで見守る者として、時折励ますように声をかける。
「こっちに来て、一緒に見よう」
その声は優しく、柔らかく、めんの心に小さな安心を残す。
夜。
オフィスで簡単な片付けを終え、メンバーたちは解散。
めんはみんなに軽く手を振り、ドズルとぼんじゅうるは雑談しながらビルを出る。
おんりーは最後まで残り、片付けや確認作業を行う。
その表情は柔らかく、疲れた顔も見せず、ただ静かに周囲を見守る。
めんの色は完全に澄んだ緑色。
おらふくんも、目の前の色を見て心から安堵する。
「あぁ、もう大丈夫、かな?」
誰も気づかない小さな声で、そう呟いた。
こうして、めんはドズル社での穏やかな日々の中で、黒い濁りを取り戻すことなく、少しずつ心の光を増していった。
おんりーの黒は変わらない。だが、めんに直接影響を及ぼすことはなく、あくまで背景のように存在しているだけ。
この日常は、静かに、確かに温かかった。
ある夕暮れのオフィス。
窓の外は赤みを帯びた空が広がり、ビルのガラスに映る光が柔らかく部屋を染めていた。
ドズルとぼんじゅうるは軽く残業をしていたが、めんは僕と奥のソファーで静かに座っている。
僕は前の色の濁りを思い出し、めんを見つめた。
「何かあった?前よりも、すっきりした顔してるよ」
柔らかい声で問う。けれどそこにはただの心配だけではなく、何がめんの色の濁りを引き出したのかを知りたいと言う欲求が含まれていた。
めんはふっと視線を落とし、しばらく黙ったままだったが、やがて小さく息をつく。
「……うん、ちょっとだけ……ね」
めんは手のひらで自分の膝を軽く叩き、言葉を選ぶように口を開いた。
「前の家は……複雑で、新しい父親も母親も…あんまり優しくなかったんだ」
その声は小さく、震えることもあったが、怒りではなく、どこか吹っ切れたような色を含んでいた。だが、その顔とは裏腹に周りの色には濁りが溢れ出ていた。
僕はそっと手を差し出して
「無理に全部話さなくていいんだよ、?でも、聞けることなら……」
めんは小さく頷き、少しだけ肩の力を抜いた。
「……母親が、再婚したんだ。それで、できた父親がいて……嫌な人で、とても怖かった」
僕は黙ってうなずく。
言葉少なに、でもしっかりと受け止めるつもりで。
めんの周りに漂っていた薄い濁りが、徐々に晴れ渡るように澄んだオレンジ色に変わっていった。
「でも……今は大丈夫。ドズル社に来てから、少しずつ……楽しいことが見つかって」
めんは笑みを浮かべる。小さく、でも確かに嬉しそうな笑顔。
「おんりーや、みんなのおかげで……自分が、ちゃんと生きている気がするんだ」
おらふくんは、そんなめんの色の変化を目の前で見て、心が温かくなるのを感じた。
ソファーに座る二人の間には、言葉にせずとも互いを理解する静かな時間が流れる。
めんの色は完全に明るい夕暮れの空の色に近く、過去の薄暗さは遠くに置かれたままだった。
窓の外にはゆっくりと夜の帳が下り、街の光が二人をそっと照らす。
僕はめんの肩に手を置き、何も言わずにただそばにいる。
それだけで、めんはもう一度、心から安心して笑うことができた。
しばらくして、
めんと向かい合ってソファーに座っている僕は、ふと胸の奥で少し不安を感じた。
「……めん、どんな父親だったの?」
軽く問いかけてみたけれど、すぐにめんの表情が少しこわばるのがわかる。
眉が少し下がり、唇がわずかに震え、目を逸らす仕草。
聞くことを間違えたかもしれない———そう、僕はすぐに悟った。
「……ごめん、聞き方、間違えたかも」
僕はあっと思い、柔らかく声を落とす。
めんの色は薄く濁りかけ、少し暗く沈んだ水色になっていた。
その濁りは、無理に言葉を引き出そうとすることで増すものだと、経験上知っている。
その瞬間、すっと空気が変わる。
おんりーが静かに近づき、めんと僕の間に手を挟んだ。
まるで、めんの肩を支えるように、そして二人の視線の間に、優しくも冷静に距離を作るように。
「めん、ドズルさんが呼んでたよ」
おんりーの声はいつも通り柔らかく、無理のない自然な調子で、でもどこか確実な力を帯びている。
めんは少し肩を落としながらうなずき、手を伸ばしておんりーに微かに触れる。
その動作に、僕は目の端でめんの安心した色の変化を確認した。
めんがドズルさんの方へ行った。
僕はおんりーの目を見上げる。
漆黒の色をまとった瞳。表面上はいつもの優しい微笑みを浮かべているけれど、底の方で何か冷たいものが渦巻いているのがわかる。
「……聞くこと間違えちゃった…でも、どうして間に入ったの?」
無意識に、少しだけ詰めるように問いかけてしまう。
おんりーは淡々とした声で答える。
「めんが疲れないように、だよ。変に深入りさせたくない」
その瞳は、柔らかさと冷たさを同時に宿していた。
僕に、少し緊張が走る。
その黒は危険というよりも、確実な力を感じさせる。
「……めんのこと、守ってるんだ」
僕のその言葉に、おんりーは軽く微笑む。
表面上の笑みはいつもと変わらない。でも僕には、内側での確かな覚悟と冷徹さが透けて見えた。
僕は少し息をつき、ドズルさんと話してるめんを見る。
違和感を振り払い、言う。
「……めんとの間に入ってくれて、ありがとう、おんりー」
言葉は小さくても、確かに届くものだと僕は感じた。
おんりーはすっと体を引き、微笑みを保ったまま背を向けた。
違う日にオフィスの一角でおんりーと二人きりになった。
僕はは深呼吸を一つして、そっと声をかける。
「……おんりー、少し聞きたいことがあるんだ」
おんりーは振り向きもせず、机の上に手を置いたまま、静かに答える。
「……聞いていいことと、悪いことがあることは理解してね」
その言葉に僕は少し間を置いて、慎重に問いを重ねる。
「おんりーの過去……少しだけでも、知りたいんだ」
おんりーはくるりと椅子を回して僕の方へ体を向け、目の前で僕を見つめながら、軽く笑う。
「……それは、どうしても聞きたいこと?」
僕はうなずく。
「うん。でも……無理に言わなくてもいい」
その言葉には、無理強いはしないという気持ちが自然と込められていた。
おんりーは口角をわずかに上げ、するっと話題を逸らす。
「過去は、今じゃ関係ないんだよね」
僕は一瞬だけ、胸の奥にざわつくものを感じたが、次の質問に移る。
「……めんの過去のことは知ってるの?」
おんりーの笑みが少しだけ変わる。黒い感情を少し出して何かを企むように笑う。
「……まあ、少しはね」
曖昧に濁す声。だが、その濁りの奥に、確かな情報の影があることは僕にもわかった。
さらに踏み込もうとした僕の問いも、おんりーは冷静にかわす。
「おらふくんが知りたいことに、全部答える義務はないよね?」
その声は柔らかいのに、奥で小さく硬い壁が立っているのを感じる。
でも次に、おんりーの口から、普段は決して使わない言葉がひょっこり出た。
「……めんの過去、可哀想だから、守ってやりたいだけだよ」
僕は一瞬、耳を疑った。
可哀想——おんりーがそう言うなんて、明らかに違和感のある言葉だ。
表情も声も、普段の冷徹さと柔らかさの間で揺れていた。
(……嘘だ、ってわかる)
僕は内心でそう思う。でも、深く突っ込むことはできなかった。
その言葉の裏に隠された真実や、黒の深さを知ってしまえば、めんを守るための距離を壊しかねない。
おんりーは立ち上がり、背筋を伸ばして無言で一歩踏み出す。
「もう終わりにしようか。めんのところに戻るね」
僕は目で追いながら、静かに頷く。
言葉にはできないけれど、おんりーのめんを守ろうとする心と黒の深さを、ほんの少しだけ理解した瞬間だった。
おんりーが歩き出す。
足取りは軽やかで無駄がなく、まるで体の隅々まで意志が通っているかのように精密だ。
僕は静かに後ろをついていく。視線はできるだけおんりーの背に固定して、色の変化や微妙な動きを見逃さないようにする。
めんはソファーの上で、まだ少し緊張した顔で座っていた。
おんりーが近づくと、めんの体がふっと少し沈む。安心してもいい相手だと本能で感じ取ったんだろう。
その瞬間、めんの色が少しだけ明るくなるのを、僕は確かに見た。
おんりーはめんの前に立ち、軽く腰をかがめて、肩を包むように手を添える。
「……大丈夫だから」
その声は柔らかく、いつもと変わらないけれど、どこか冷静さを伴っていた。
めんは小さくうなずき、ほっとした顔で笑う。
その姿を見た僕の胸も、少し締め付けられる。
めんの安心はおんりーがいて初めて生まれるものだと、改めて思う。
おんりーはめんにそっと触れ、頭を撫でる。
手の動きには優しさがあるけれど、その瞳の奥は漆黒で、光すらも飲み込むような深さがある。
僕はそれを見て、ぞくりと背筋に寒気を覚える。
しばらくそのまま、二人は静かに時を過ごす。
めんの色が徐々に温かくなり、笑顔もわずかに戻る。
でもおんりーの黒は、微動だにせず、変わらない。
その対比を見ていると、世界の色のバランスが揺らぐような気がした。
(……僕には守れないんだな、めんも、おんりーも。)
心の中で、そっと呟く。
めんを守るために、あの黒を抱え込み、孤独に立つおんりーの強さと恐ろしさを、僕は言葉にできないまま感じていた。
そして、おんりーはゆっくりめんから手を離し、でも手のひらを肩に置いたまま、柔らかく声をかけた。
めんとおんりーが立ち上がると、ドズルさんとぼんさんが少し離れた場所で待っていた。
「あ、おかえりー」
ドズルさんは笑顔で話しかけ、ぼんさんも軽く手を振る。
普段通りの挨拶。けれど、僕はその背後に漂うおんりーの黒を感じ取る。
おんりーは軽く頷き、柔らかい声で返す。
「はい、戻りました」
声のトーンも表情も普段通り。でも僕の目には、奥底に潜む深い漆黒の影が見えていた。
めんは少し安心したように、でも緊張を完全に解ききれず、隣で肩を寄せる。
「……ありがとう、おんりーは兄っぽいな」
おんりーは一瞬その言葉に止まり、ほんのわずかに眉をひそめる。でもすぐにいつもの柔らかな微笑みを戻す。
「……そう?まぁ、気にしないで」
軽く応え、周りを見渡す。
ドズルもぼんじゅうるも、何も気づかず普段通りの会話を始める。
「今日の企画、どうする?」
「午後は生配信だ!」
おんりーはいつも通りの反応で、少し考えながら答える。
「了解、準備は整ってますよ」
声も表情も柔らかく、周りに自然に溶け込む。
けれど僕にはわかる――その内側で、黒い渦がぎゅっと収まっていないことを。
めんは少し安心したように笑う。
でも、おんりーが近くにいるだけで、彼の黒を直視できる僕は、少し身を引くしかなかった。
その静かな距離感の中で、普段通りの笑い声や雑談が交わされる。
ドズル社の空気は柔らかく、楽しげで、温かい。
けれど僕の目には、おんりーの黒さと表面の優しさが絶妙なコントラストを描き出し、日常と非日常が重なった瞬間として映った。
めんは無意識に肩を寄せたまま、おんりーの隣で安心したように微笑む。
おんりーは微笑みを返すけれど、僕にはわかる――その微笑みの奥に潜む、絶対に触れられない深い闇を。
僕は少し距離を置き、ただその場の空気に身を委ねる。
普段通りの会話、笑い声、雑談――そのすべてが、おんりーの黒さを一層際立たせていた。
ある日、街中を歩いていると、ふと目に入ったのは、楽しそうに笑う家族の姿だった。
父親、母親、子ども――穏やかで幸せそうな光景。最初はどこかの家族だと思った。
でも、その家族を見ためんの色が濁り、オレンジがくすんでいるのを見て、僕は混乱した。
この家族と面識があるのか?など色々考えて結論に達した。
この家族の父親がめんの“元”父親なのだと。
めんの手が震え、唇がわずかに青くなる。顔には血の気が失せ、全身の色が混濁していく。
その瞬間、僕はめんの感情の渦を視覚で感じた――恐怖、怒り、混乱、そして強い悲しみ。
そして、影のように現れたのが、おんりーだった。
おんりーの黒いオーラはいつも以上に濃く、空気を押し潰すように重い。
光を吸い込むような深い黒。
でも表情は柔らかく、優しく、穏やかに見える。
そして、めんの視線が父親に向かう瞬間、さっと体を前に出し、その視線をさりげなく遮った。
めんは一瞬、目の前の父親の姿に震えが止まらず、唇をかみしめる。でもおんりーの存在に、少しずつ落ち着きを取り戻す。
僕はおんりーの黒さを見ながら、静かに息を整える。
おんりーはめんを守るために、自分の感情すら制御している。
めんの色が少しずつ落ち着くのを見て、僕もほっとしながらも、同時におんりーの心の深さと重さを感じずにはいられなかった。
こんな小さな僕らの街の喧騒の中で、めんの父親は笑顔で手を振り、幸せそうにしている。
でも、その視界に届かない場所で、おんりーはめんの前に立ち、黒い影を背負いながら、守ることしかできない自分を抱えている。
僕はただ、その様子を目で追いながら、静かに心を引き締めるしかなかった。
おんりー視点
夜の街は静まり返り、街灯の光が淡く地面を照らしている。
今日、めんが父親の幸せな姿を見てしまったことを思い出す。
前に、自分も同じ状況を見た。
俺の父親は、めんの再婚でできた父親と同じだ。
俺の父親、母親はクズで、殴る、蹴るは当たり前。学校ではいじめられ、ものがなくなり、暴力は日常茶飯事。
そんな最悪の日々。
決定的なのはあの日。奴隷として売られたあの日に俺の人生はすべて終わった。
買った奴らから必死で逃げて、がむしゃらに家へ戻ったら、父親は弟を殺してた。母親も殺していた。
目の前がただ真っ赤になる程、刺されて死んだ弟に縋って泣いた。
弟は、俺が最悪で最低の人生を過ごしている中の希望だった。
大切で、自分の命より重要な存在だった。
親から守るべき宝物で、
大好きだったのだ。
父親は必死に帰ってきた俺を見て意識がなくなるまで殴った。
「死ね!お前なんかいらない!俺の人生から消えろ!!」
そう心の限りを叫ぶ父親。
こっちのセリフだ。
お前のせいで俺の人生は狂った。
お前のせいで!!!
けれど、その時に殺されなかったのが幸いだった。
だが、俺にはもう生きる意味がなかった。
意識が冷めたら死んだ弟と母親だけで、父親は逃げていた。
俺は、生きる意味を失くして、死んでいるも同然で。
たまたまドズルさんに拾われなかったら、生きる屍そのものだっただろう。
父親は母親と結婚届は出さず、事実婚状態だった。
警察も全力で調査すると言っていたが捕まらない。
けど——————
そんな、あのクズの父親の姿を見つけた瞬間、胸の奥から怒りが湧き上がった。
手が震え、指先に血の気が引く感覚。
目の前で笑い、楽しそうに振る舞う父親――あの男が、今も何もなかったかのように生きている。
怒りが心の中で渦巻き、全身を熱く焼く。
殴りつけたい、蹴り飛ばしたい、叫びたい—そんな衝動が体を支配しようとする。
だが、俺は手を握りしめた。
強く握りすぎて手に爪が食い込む。
血が滲む感覚に一瞬息を詰め、怒りを押し込める。
奥歯を噛み締め、歯茎が痛むほど力を入れる。
殺したい――その衝動を、今は抑え込むしかない。
父親がこちらに気づかず一歩近づく。
止まっていた足を動かし、感情を隠すために顔には柔らかな微笑みを貼り付ける。
「……ここですべてを崩すわけにはいかない」
自分にそう言い聞かせ、感情を制御する。
もしこの怒りを解放すれば、すべてが壊れる――そのことを知っている。
体の中の黒い渦を押し込めるために、肩の力を抜かず、でも動きは自然に装う。
父親の笑顔を見ながら、冷たい視線で、心の奥底では「消したい」と叫ぶ自分を抑え込む。
心の中の黒は深く、底知れない。
けれど、それを誰にも見せず、夜の街を静かに歩きながら、己の怒りを鎮めるしかなかった。
影の中で、息を整え、指先の痛みを感じながら、僕はただひたすら自分を制御する。
表情は柔らかく、声も抑えめに、まるで何も起きていないかのように装う。
しかしその奥底には、抑えきれぬ黒さが、静かに渦巻いている――誰にも届かない深い闇として。
おらふくん視点
夜中、会社の廊下はいつもの静けさに包まれていた。
ふと、かすかな物音がして、目が覚めた。
足音……いや、紙の擦れる音か?
寝ぼけながら、起き上がる。
布団から抜け出してそっとドアを開ける。
廊下の先、薄暗いリビングにおんりーが立っていた。
机の上に何枚も散らばった紙。
おんりーはそれを覗き込み、眉間に深い皺を寄せている。
普段の柔らかい笑みは一切なく、目は細く鋭く、紙の奥の何かを睨み殺そうとしているみたいだった。
息が詰まって、足が止まる。
声をかけようとしたけど、あの表情を見た瞬間、言葉が喉に貼りついた。
心臓の音だけが耳の奥で響く。
おんりーは気づいていないのか、視線を紙から外さない。
机の端を掴む手は白く、指先がうっすら赤くなるほど力が入っていた。
……何を見てるんだ、あれ。
……何を考えてるんだ。
背筋が冷たくなる。
何も言えず、静かに部屋へ引き返した。
ベッドに横になっても、あの時の鋭い目がまぶたの裏に焼き付いて離れない。
あの紙には一体何が書かれていたのか――考えるほど胸の奥がざわついた。
眠れないまま、夜はただ長く続いていった。
おんりー視点
ある夜。
人気のない路地裏。
夜の湿った空気の中、街灯の下にひとり立つ男——おんりーの元の父親。
酔っているのか、足取りはふらつきながらも、口元には薄ら笑いが浮かんでいる。
「……お前か。あんな言葉でわざわざこんなとこに呼び出して、何の用だ」
低い声でそう言うと、おんりーは一歩、また一歩と間合いを詰める。
人を殺しておいて、幸せに暮らすつもりか?
おんりーはそう言って元父親を呼び出したのだ。呼び出してでも聞きたいことがあった。
目は笑っていない。ただ、底の見えない暗さだけがそこにあった。
「――弟のことだ。」
父親の動きが一瞬止まる。
次の瞬間、鼻で笑った。
「……ああ、あれか。面倒だったんだよ。ガキ一人の世話なんてな」
おんりーの拳がわずかに震える。
だが、振り上げることはしない。
爪が掌に食い込み、薄く血が滲むほど力を込めて抑え込む。
奥歯が軋む音が、自分でもはっきり聞こえた。
「面倒……?」
その言葉を繰り返す声は、氷のように冷たかった。
「そうだ。どうせ生きてても役に立たねえ。だったら——」
最後まで言い切る前に、父親の拳が飛んだ。
頬に衝撃が走り、視界が一瞬揺れる。
それでもおんりーは、表情を崩さない。
胸も、腹も、腕も、立て続けに打ち込まれる。
痛みよりも、言葉よりも、内側で渦巻く黒い感情のほうがずっと強い。
殴り疲れたのか、父親は一歩下がり、冷ややかに吐き捨てた。
「……何も言うな。誰にもな」
背を向けて歩き去る父親。
残されたおんりーは、肩で息をしながらも、その背中を一瞬も目から外さなかった。
胸の奥で、ゆっくりと殺意が形を成していく、そんな気がした。
おらふくん視点
朝のリビングは、まだ少し寝ぼけた空気が漂っていた。
ドズルさんは新聞を読み、ぼんさんは黙々とパンをかじっている。
めんはキッチンでトースターの前に立ち、じっと焼き上がるのを待っていた。
僕はコーヒーを飲みながら、昨夜のことを思い出していた。
夜中、物音がして目を覚ましたとき――机に向かって鋭い目をしていたおんりーの姿。
何を見ていたのかは分からないけれど、あの時の空気はやけに重かった。
朝、起きてきたみんなの中に、おんりーの姿がなかった。
電話もしたけど応答なし。
みんなが一度朝ご飯を食べてから考えようと言うことになり、今の状況に至る。
そして
ガチャ、と玄関のドアが開く音がした。
みんなが顔を向ける。
そこに立っていたのはおんりー。
いなかったことにそれぞれが文句や質問をしようとした。
けれど、姿を見た瞬間、全員が固まった。
頬や口元には赤黒い痣。
シャツの袖は破れ、露出した腕には殴られた跡が点々と浮かんでいる。
歩き方は不自然で、少し足を引きずっていた。
「おんりー!? どうしたのそれ!」
めんが驚きと焦りの声を上げる。
「……ちょっと転んだだけ」
おんりーは軽く笑って答える。
けど、その笑みは目元まで届いていない。
僕の目には、彼を覆う色が見えた。
――真っ黒。
でも、その黒は怒りや憎しみを押し殺したような、ぎゅっと凝縮された色だった。
「転んだだけでそんなになるかよ」
ぼんさんがぼそっと言う。
ドズルさんは救急箱を持ってきて手当てをしようとしたが、
「大丈夫。放っといて」
と、おんりーはやんわり拒否する。
そのまま、何も説明せず奥の部屋に消えていった。
残された僕たちは、誰も何も言えなかった。
ただ、あの黒い色がこれ以上濃くならないことを祈るしかなかった。
4日目の朝、会社のリビングには変な空気が漂っていた。
めんは落ち着きなくテーブルを指でトントン叩き、ぼんじゅうるはため息ばかり。
ドズルさんも黙ったままコーヒーを飲んでいる。
——おんりーが部屋から出てこない。
初日は「疲れてるだけだろ」と誰も深く考えなかった。
2日目、食事も持って行っても手つかずで返ってきた。
3日目、返事すらなかった。
4日目の今朝、さすがに全員限界だった。
「行くぞ」
ドズルさんが立ち上がる。
僕もすぐ後に続き、めんとぼんじゅうるも渋々とついてきた。
おんりーの部屋の前に立ち、ドズルさんがノックする。
「おんりー、いるか?」
……無音。
結局、ぼんじゅうるがドアノブを回すと、鍵はかかってなかった。
ゆっくり開ける。
——中は、別世界だった。
前に見た時は、整然と片付いたシンプルな部屋。
だが今は、机の上も床も紙やメモで散らかり、壁には何かを書きなぐったメモが何枚も貼られている。
ゴミ袋も開けっぱなしで、カップやペットボトルが転がっていた。
この4日間、ここで何があったのか……
僕には黒い色の渦がまだ部屋の隅に漂っているのが見えた。
ベッドの上その渦の中心に、背中を壁に預けて座っているおんりーがいた。
目は焦点が合っておらず、口の中で何かをぶつぶつ呟いている。
その声は小さすぎて聞き取れなかった。
「……おんりー…?」
めんが一歩近づき、震える声で呼びかけた。
その瞬間、おんりーが一瞬、何も感情のない冷え切った瞳をこちらへ向けた。
そしてはっとして——何事もなかったかのように、柔らかい笑みを浮かべる。
「どうしたの?」
声色も、表情も、まるで普段通り。
その笑顔があまりにも“いつも通り”で、逆に背筋が冷たくなった。
僕だけじゃない。
めんも、ぼんさんも、ドズルさんも、目を見開いたまま動けなかった。
その笑みの奥の黒は、今までよりもずっと濃く深く沈んでいた。
荒れた部屋、ぼんやりとした表情、ぶつぶつと呟いていた数秒前。
その全てを切り捨てるかのような、完璧な日常の顔。
——何も変わってない、だからこそ怖い。
「何企んでたの?」
めんが、探るような目で聞いた。
「ん?」
おんりーは少し首を傾げて、あいまいな笑みのまま。
「なにも」
その声が、あまりにも軽くて——逆に重かった。
僕の視界の中で、おんりーの黒はさらに深く、底の見えない闇へと沈んでいった。
おんりーはベッドからゆっくり立ち上がり、僕たちを見渡す。
その瞬間、僕の中でぞくっと寒気が走った。
黒い色が、部屋の空気ごと押し潰すように広がっていた。
次の日
部屋の中は、まだ昨日の重たい空気を引きずっていた。
おんりーは相変わらず笑顔を浮かべていたけど、その肌は少し青白く、頬もこけている。
近くに寄れば、足元がふらついているのが分かった。
めんが水を差し出すと、おんりーは受け取りながら軽く礼を言った。
「ありがと、……ほんと、アイツより優しいな」
「……アイツ?」
めんがピタッと動きを止めた。
おんりーは一瞬、何のことか分からないような顔をして、次に小さく「あ」と呟いた。
普段ならごまかすだろうに、頭が回ってないのか、息を吐くように続けてしまう。
「あんな父親より―」
その瞬間、めんの表情が変わった。
血の気が引く、というのはこういうことなんだと分かるくらい真っ白になった。
「……え?」
小さく、だけど震える声で言った。
「俺ら、あいつ……同じ…」
僕もドズルさんも、ぼんじゅうるも、その場で固まった。
空気が一気に張り詰める。
「どういうこと?」
めんの声は低く、でも掠れていた。
「なんで、父親のこと……知ってんだよ」
おんりーは笑顔を崩さず、何も答えない。
ただ、ふらりと壁に背を預けて目を細める。
僕の視界では、その黒がほんの一瞬、形を持ってゆらめいた。
それはまるで、触れたら呑み込まれるような、深い深い闇だった。
「答えろよ!」
めんの声が上ずる。さっきまで震えていたのに、今は怒りと恐怖が混ざった色に変わっている。
僕には、それが濁った黒と赤の混じり合いとして見えていた。
おんりーは、壁に背を預けたまま、まるで嵐が過ぎるのを待つみたいにゆっくりと息を吐く。
そして、やっと口を開いた。
「……知ってるだけだ」
「なんでだよ! 関係ないだろ、おんりーには!」
めんは一歩踏み出す。その足取りは重く、でも止まらない。
「関係なくなんかない」
おんりーの声は低く、しかし抑揚がほとんどない。
柔らかい笑みはまだ口元にあるのに、目だけはまったく笑っていなかった。
その黒は、僕の視界ではもはや濃すぎて輪郭が見えない。
ドズルさんとぼんさんが、めんの肩に手を置こうとするが、めんは振り払う。
「お前……何者だよ。本当は、何なんだよ!」
おんりーはその問いに答えない。
立ち上がるとめんのすぐそばまで歩み寄った。
その顔はいつもの笑みを貼りつけているのに、目だけはひどく冷たい。
そして、めんの耳元にだけ、低く、鋭く、何かを囁いた。
その瞬間、めんの表情が一気に青ざめ、唇が震えたのは見逃さなかった。
僕は何を囁いたのか聞き取れなかった。
けど、色だけは見えた。
めんの中で、さっきまで薄くなっていた濁りが消え、混乱と驚き、怯えと悲しみの色が薄く渦を巻くようにめんの周りをぐるぐるとしていた。
おんりーはそのまま、何事もなかったかのようにふらつく足で部屋を出ていく。
残されたのは、僕たちの間に広がる説明できない冷気と、めんの荒い呼吸だけだった。
足音が廊下に消えていくまで、誰も動かなかった。
「……同じだ……」
ぽつり、とめんの口から漏れた声が、妙に響いた。
最初は誰も意味を理解できなかった。
でも、その声がもう一度繰り返される。
「……おんりーと……同じだ……」
ぼんさんが驚いたように顔を上げ、ドズルさんが眉を寄せる。
僕も心臓を掴まれたみたいに息が詰まった。
めんの視線は床に落ちたまま、瞳の奥が揺れている。
その「同じ」という言葉が、何を指しているのか。
答えは口にされていないのに、部屋中に冷たい予感が広がっていく。
「めん、どういうことだ?」
ドズルさんの低い声が、部屋の空気を張り詰めさせる。
めんは固まったまま、下を向いていた。
肩が小さく上下している。
答えない——そう思った瞬間、かすれた声が漏れた。
「……俺、知らなかったんだよ」
その一言で、僕はめんの色が揺れるのを見た。
そして濁ったオレンジの中に、黒が混ざり、でもその黒は何かを吐き出そうとするみたいに泡立っている。
「おんりーに……“あいつは俺と同じ血だ”って言われた」
ぼんさんが息を呑む音が聞こえる。
めんの声は震えていて、途中から言葉が詰まり、涙が頬を伝った。
「俺……あんな再婚でできただけのクズな父親とおんりーが血が繋がってるなんて、知らなくて……」
「ずっと避けてきたのに……全部思い出したみたいで、苦しくて……」
拳を膝に押し付け、震える唇で、めんは吐き出すように話し続けた。
言葉と一緒に、何年も押し込めてきた感情が崩れ落ちていくのがわかった。
やがて、めんは顔を両手で覆った。
深く、何度も息を吐いて——そして、ゆっくりと手を下ろした。
……その瞬間だった。
めんの色が、濁りのない透き通ったオレンジに戻っていた。
まるで、長い間閉じ込められていたものがようやく空へ逃げたみたいに。
ドズルさんもぼんさんも、何も言えなかった。
ただ、僕だけが、その色の変化を目の当たりにしていた。
ドズルさんが何気なく机に目を向け、固まった。
そこには紙が積み重ねられ、壁にも貼られている。
父親の名前、住所、電話番号、勤務先。
家族構成、子供の学校名、日々の行動パターン……。
そして、その隙間という隙間に、力強く殴り書きされた言葉があった。
『奪う』
『壊す』
『消す』
『やり直させない』
何度も、何度も、紙の白が潰れるほど黒く塗り重ねられている。
その執念が、部屋の空気まで黒く染めている気がした。
「……これ、全部……」
ぼんさんの声が震える。
その時、ふとリビングへ目線を負けると、ソファーに座るおんりーの姿が見えた。
片腕で額を覆い、天井を見上げるようにして眠っている。
人前で眠るおんりーなんて、誰も見たことがない。
それなのに、安らぎは一切なかった。
握り込まれた拳、微かに動く指先。
夢の中でも何かを掴み、壊そうとしているように見えた。
僕らはすぐには声をかけられなかった。
眠っているおんりーを起こすことが、何よりも怖かったからだ。
「……おんりー、これは……」
ドズルさんが低い声で切り出した瞬間、ソファーで眠っていたはずのおんりーが跳ね起きた。
目は完全に冴えていて、僕ら全員の動きを一瞬で見切る。
「触るな」
その声は低く、鋭く、いつもの穏やかさとはまるで別物だった。
「これ以上は——」
ぼんさんが言いかけた瞬間、
「触るなって言ってるだろッ!」
おんりーの声が部屋を裂いた。
手が机の端を叩き、乾いた音が響く。
めんが驚きで肩を震わせる。
ドズルさんもぼんさんも、完全に動きを止めた。
僕だけは色から目を逸らせない
おんりーの黒は、いつもより濃く、鋭く尖っていた。
「これは俺の問題だ。お前らは関わるな」
おんりーは早口で吐き捨てる。
「止めるな……頼むから……」
その最後の声だけが、かすれていた。
怒鳴り声では隠しきれない、何かが滲んでいた。
僕は一歩踏み出した。
「……おんりー、それは――」
「おらふくん、黙ってくれ」
僕の名前を呼ぶその声は、冷たく、そしてどこか必死だった。
「もう行く」
低く、淡々とした声。
けれど、誰も動かず、ただ見守る。
ドズルさんが一歩前に出る。
「ねえ……どこへ行くつもり?止められないと思わないで」
おんりーの肩がわずかに揺れる。
「邪魔しないでください……これは俺のことだ」
声には普段の優しい響きはなく、冷たさだけが残る。
ぼんさんも前に出る。
「おんりー……頼む、行かないでくれ」
おんりーは一瞬眉をひそめ、目を細める。
その黒さは光を吸い込み、周囲の空気まで沈める。
「……止めないで……」
小さな怒声に、普段の柔らかい笑みは消え、芯の冷たさが現れる。
めんは立ち尽くす。
「……おんりー……」
声を震わせるが、手は出せない。
おんりーの闇を見た瞬間、誰も手を出せないと悟る。
僕もその前に立つ。
「止める……おんりー、行かせない」
けれど、色でわかる。
おんりーは誰も巻き込みたくない。だから手を出すなと、その意思が、黒さに刻まれている。
めんが必死に、おんりーに近づく。
「おんりー……お願い……教えてくれ……どうしてそんなに……!」
おんりーは唇を噛み、瞳に黒い渦を立ち上げる。普段の柔らかさは消え、怒りと絶望が入り混じる。
「……ああああっ!もう!!」
声が部屋を震わせる。荒々しい怒号だけが響く。
「父親に……殴られ、蹴られ、骨を折られ、学校ではいじめられ、冬の雪の中に放り出された……何度も死を覚悟したんだ……!」
めんは肩を震わせ、息を呑む。
「そして……決定的なのは……俺が父親に売られたことだ……必死に戻ったのに……その間に母親の前の子、俺の本当の弟が……父親によって殺されていた……!」
おんりーの声は怒号と悲痛が入り混じり、言葉の端々から血の匂いが滲むような恐ろしさが漂う。
「首、肩、胸……俺の体には父親に刻まれた傷が残っている……それを……誰にも見せず、誰も信用せず……ずっと耐えてきたんだ……!」
拳は机の角に食い込み、爪が入り込んで血が滲む。
めんは恐怖に震え、ただ抱きつくしかない。
「……おんりー……そんな……」
声を詰まらせ、涙を流す。
おんりーは荒々しい息を整え、視線を少しずつ落ち着かせる。
静かな闇を残しつつも、怒号と悲痛の告白が、部屋の空気を凍らせたまま、少しずつ鎮まっていく。
夜の事務所は静まり返っていた。
僕は寝つけず、天井を見ながらぼんやりしていた。そんなとき、階段を降りる重い足音が聞こえる。
薄暗い明かりの中、僕はそっとリビングに出た。
そこには、おんりーが立っていた。手には金属の凶器。表情は普段の柔らかさを消し、目は鋭く、黒い闇が渦巻いているのが色で見えた。
めんもドズルさんもぼんさんも、事務所に集まっていた。僕はその場に立ちすくむ。
「おんりー……何してるの……?」
声が震える。おんりーは一瞬僕を見たが、何も答えず、扉の方へ歩を進める。
めんが飛び出して前に立つ。
「待て!その手を離せ!」
ドズルさんもぼんさんもすぐにおんりーの周囲を固める。
おんりーは微動だにせず、しかし手にした凶器を握りしめる。呼吸は荒く、奥歯を噛み締めているのがわかる。
その瞳は、怒り、憎しみ、絶望――父親への抑えきれない感情で真っ黒に染まっていた。
「……行かせて……!」
おんりーは低く、冷たい声で呟く。
めんがさらに前に出て、
「誰も巻き込まないでくれ!俺たちが止めるから!」
おんりーの目が一瞬揺れた。その一瞬を見逃さず、ドズルさんが凶器を押さえ、ぼんさんも腕を取る。
「……う、ぁっ……!」
おんりーは唸り声をあげ、何度も手を振りほどこうとする。
しかし三人の力に抗えず、凶器は地面に落ちる。
僕は胸が押し潰される思いで、その場を見守る。おんりーの色は真っ黒のまま、しかし微かに震えていた。
「……誰にも見せてない……誰にも触れさせなかった……でも、俺は……」
おんりーは小さく呟く。
めんがそっと手を差し伸べる。
「おんりー……落ち着け。俺たちがいる。もう一人じゃない」
僕は息を呑んだ。
おんりーはまだ立ち上がろうとしていた。
手には金属の凶器。目は暗く、底知れぬ怒りと絶望が渦巻いている。
「行かせるな……!」
めんが前に立った。
「おんりー、止まれ!」
ドズルさんもぼんさんも必死でおんりーの腕を掴む。
だが、おんりーは力強く押しのけ、ほんの一瞬の隙を狙って突破しようとする。
その瞬間、めんは凶器を握った自分の腕に刃を走らせた。鋭い痛みと血の熱さに顔を歪めながらも、必死におんりーの目を見つめる。
「おんりー……お願い……止まって……!」
めんの声が震え、血が滴る腕に力を込める。
おんりーはその光景を見て、止まった。
凶器を握る手が微かに震える。
目に、驚き、混乱、そして一瞬だけ、人間らしい迷いが映る。
しかし、彼の黒さは消えない。
僕には見える、胸の奥で煮えたぎる怒りと絶望が、まだ凶器を振り上げさせようと押し上げているのが。
おんりーは唇を噛み締め、奥歯をギリギリと鳴らす。
僕は息を詰めたまま見ていた。
暗い目の奥で、怒りと絶望が渦巻き、黒いオーラが部屋いっぱいに漂っていた。
「行かないで……!」
めんの声が震えていた。血で濡れた腕を差し出し、必死におんりーの目を見つめる。
おんりーは迷いの色を見せた。
ぎゅっと奥歯を噛みしめ、凶器を握る手が震える。
その瞬間、めんの覚悟と痛みが、おんりーの胸の奥に届いたような、そんな衝撃が伝わってきた。
凶器が、ゆっくりと地面に落ちる音がした。重く、しかし確かな音。おんりーはそのまま止まり、めんを見つめたまま、目の奥の黒さを曝け出したまま、小さく一言。
「……わかっ、た…」
その声は、普段の柔らかさを少し含んだ、安心する声色だった。その中に、ほんのわずかの人間らしい迷いが混じっているのが見えた。
おんりーは凶器を手放したあと、ゆっくりと膝をつき、顔を伏せたまま小さく震えた。
息が荒く、涙が頬を伝って落ちるのが見える。僕は何も言えず、ただその姿を見守るしかなかった。
「……ごめん……」
おんりーの声はかすれ、言葉の端々に自己嫌悪と罪悪感が滲んでいた。
普段は冷静で、人を助けることに全力なあの人が、こんなにも自分を責める姿を見たのは初めてだった。
めんはそっとおんりーの肩に手を置き、背中をさすりながらも目には涙を浮かべていた。
おんりーはその手を避けるでもなく、ただ黙って震えている。
僕は胸が痛くなるのを感じた。
今日の行動で、誰も傷つけずに済んだ。その安堵と罪悪感が同時におんりーの中で渦巻いているのだろう。
「もう、いいよ……」
めんが小さくつぶやく。
おんりーは少し顔を上げて、ぼんやりとめんを見つめ、また俯く。
涙は止まらないが、体の力は少しずつ抜けていく。
僕はそっと距離を取りながらも、思った。おんりーは罪悪感に押しつぶされそうになりながらも、今日を乗り越えた。彼の中の闇は深いけれど、仲間がそばにいることで、ほんの少し光が差し込んでいるそんな気がした。
翌朝、事務所の中はまだ静かだった。窓から差し込む柔らかい光が、少しだけ埃を照らしている。僕はデスクで書類を整理していたけれど、ふと視線を上げると、おんりーが入口近くのソファに座っていた。
普段なら、誰が見ても完璧な柔らかい笑みを浮かべるおんりーだけど、今朝の彼は違う。顔を少し歪めていて、目は薄い影を帯びていた。体もどこか力が抜けきらず、姿勢が定まらない。
「……おはよう」
小さく呟く声に、普段の滑らかさや温かさはなく、どこかぎこちなく、抑えきれない疲れと罪悪感が混ざっているのがわかった。色を見れば、いつもの黒さは少し薄まり、濁った色になっていた。闇の深さはまだ残るけれど、昨夜の暴走から一歩、落ち着きを取り戻した証だ。
僕はそっと席を立ち、歩み寄る。言葉は必要ない。ただ、視線を合わせて見守るだけで十分だった。おんりーは僕に気づくと、わずかに肩をすくめ、また目を伏せたまま小さく息をつく。
その瞬間、僕はわかる。まだ完全に平穏ではない、けれど確かに一歩を踏み出したのだ、と。罪悪感を抱えながらも、顔を歪めつつ「おはよう」と言えるくらいに、心の奥で少し光が差し込んだんだ、と。
僕はただそっと、彼の隣に座り、静かにその時間を共有した。おんりーの黒はまだ濃いけれど、今朝の姿は確かに、昨日よりも少しだけ軽くなっていた。
あの日以来、おんりーの色は少しずつ変わり始めていた。普段の真っ黒な闇が薄まり、少し明るい色が混ざるようになった。でも、色の中心には紺色の濁りが残っている。罪悪感の色だ。
会社での姿を見ていると、それがよくわかる。おんりーは相変わらず柔らかい表情で、誰にでも優しく接している。でも、書類の整理や細かい作業で、以前よりもミスが増えていた。コピーを取り違えたり、書類を落としたり、ちょっとした計算ミスをすることもある。普段は絶対に見せない、ほんの少しの焦りや戸惑いが顔に出る瞬間もある。
そんなとき、僕は黙って見守る。口を出せば助けになれるかもしれない。でも、おんりーは自分でその重みを背負い、少しずつ向き合っている。僕が介入する必要はない。ただ、そっと存在を示すだけでいい。
昼休み、ドズルさんやぼんさんめんと一緒にランチを取るおんりーを見ると、笑顔は戻ってきている。
冗談を言い合い、ちょっとしたおかしな動作にみんなで笑う。
そのたびに、紺色の濁りは少しだけ薄まっていく。
けれど、完全には消えない。
その色は、罪悪感の残滓として、彼の中にずっとあるのだろう。
僕は胸の中で静かに思う。
おんりーがどんなに優しく、どんなに人を救う存在でも、過去の影は簡単には消えない。
それでも、今日もまた笑顔を見せ、少しずつ色を変えていく。
その歩みを、僕は遠くから見守ることしかできないけれど、僕にできるのはそれで十分だと感じていた。
そして、ふとおんりーが紙を落として拾う仕草を見たとき、僕は思わず心配そうに声をかける。「大丈夫?」
おんりーは一瞬だけ僕を見て、少し無愛想に、でもどこか子供のように笑った。「……うん、大丈夫」
その笑顔は、まだ完全に元通りではないけれど、確かに闇の奥から光が差し込んでいる証拠だった。僕はただ、そっと頷くことしかできなかった。
リビングに集まったドズル社のメンバー。ドズルさんが書類を片付け、ぼんさんがテーブルにおやつを並べ、めんはソファに座ってスマホを弄っている。
おんりーがいつもの落ち着いた足取りで部屋に入ってきた。
「皆、ありがとう」
その言葉にみんなが振り向く。おんりーは普段とは少し違う柔らかい微笑みで、ゆっくりと口を開く。
「先日は……心配をかけてしまって。止めてくれて、本当にありがとう」
声は明るく、自然で、普段通りの優しい口調だ。みんなも少し笑みを返す。
そしておんりーは、僕の方に目を向け、無邪気そうに微笑んだ。
「それに、君も……いつもありがとうね、おらふくん。なんだか、色々見えてるみたいだね?」
僕は一瞬、胸が高鳴るのを感じた。秘密はまだ知られていない。
だけど、僕が何かを見ていることに気づいている。それをからかうように、でも明るく、無邪気に笑うおんりー。
「皆のおかげで、俺は本当に助かったんだ」
部屋の空気は温かく、ほっとした笑顔が広がる。僕に向けた視線の奥には、少しだけ感謝の色が見える。おんりーは明るく笑いながら、でも一番僕に向かって感謝を示している。その無邪気な姿が、心に残った。
夕方、オフィスの空気が落ち着いた時間。
みんなが席を外し、部屋にはドズルとおんりーだけが残っていた。
テレビの音だけが静かに響き、ニュース番組のキャスターが淡々と読み上げている。
「○○県在住の男性を殺人の容疑で逮捕——」
画面の端に映る顔写真。ドズルの眉がぴくりと動く。
横にいるおんりーは、その瞬間、ほんのわずかに息を呑み、視線を逸らした。
ドズルは目を画面から離さず、低く言った。
「……あの人、おんりーの……」
おんりーは短く笑った。笑みというより、口角だけがわずかに上がっただけだ。
「そう。俺の……父親」
言葉に冷たさも熱さもなく、ただ事実を告げるような声。
だが、その目の奥に、長く溜め込んできた感情がゆっくりと解けていくのを、ドズルは見逃さなかった。
「……やっと、か」
おんりーはぽつりとつぶやき、椅子の背にもたれた。肩から少し力が抜けている。
ドズルは深くは聞かず、ただ短く
「そっか」
とだけ返した。
その返事に、おんりーは小さく息を吐き、しばらく画面を見つめ続けていた。
ニュースキャスターの声はもう耳に入っていない。ただ、その瞬間だけは、二人の間に不思議な静けさと安堵が漂っていた。
以上で終わりです!
リクエスト募集中です
誰主人公、とかこんな内容入れて欲しいとかでも大丈夫です
よければ、ハートコメントよろしくお願いします
では、また
コメント
10件
読み応えあって最高でした!冗談抜きで自分のお気に入りTOP3入るレベル.... 最高でした!
わぁ✨今回も最高⤴︎‼️バッドエンドじゃないんだね!o(。>ᴗ<。)o︎次も楽しみ〜!
表紙を見た瞬間即座に読み始めました! ハッピーエンドで本当に良かったです! 泣けました!