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#創作
きな粉添えの炒飯
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꒰ঌソラ໒꒱
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#ネットミーム
都市擬人化
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わあ……第1話からすごく引き込まれました。戦国時代の庄屋の息子・俊之助が突然未来視の能力に目覚めるんですね。九歳の子どもが「あと七日で大水に沈む」って青ざめて言うシーン、ゾッとしました。でもその予言が本当に的中して、村の人々を導く姿に胸が熱くなりました。ただ、能力が認められる一方で「妖し」と疑われる二面性が切ないです。最後の「我が子を封じる」という父の決断に、続きがすごく気になります。これからの俊之助がどうなるのか、楽しみです🌱
天文二十一年(西暦1552年)。春の訪れを告げる桜が散り、新緑が目に染みる季節となる。山城国・皐月村の小さな庄屋の息子・倉木俊之助は、その年の正月を迎えてちょうど九歳になったばかりであった。
父・倉木甚蔵は領主配下の役人として税の徴収や村々の差配を任されており、母・お菊は信心深く控えめながらも、子どもたちへの愛情は人一倍深い女だ。
俊之助は兄・七郎右衛門(十六)と姉・梅(十四)に挟まれ、末っ子として両親の寵愛を一身に受けて育つ。幼い頃から利発で一度教わったことはすぐに覚え、字も読み書きができた。算術も兄が驚くほどの早さで理解する。さらに機転がききいたずら好きなところもあり、村の人々には可愛がられていた。
ある日のこと。俊之助は庭先で遊んでいると、突然何かに気づいたような顔つきになり、ぼんやりと立ち止まった。近所の子どもたちが呼んでも答えず、ただじっと前方を見据えている。その瞳はまるで遠いところを見ているようで、表情には恐れの色が浮かんでいた。
「おい、俊坊、どうしたんだ?」
叔父の権助が声をかける。俊之助は青ざめた顔で振り返り、震える声で言った。
「権助さま……あと七日すればこの村は大水に沈む……。南の川の堤が切れると……」
「何を馬鹿なことを!」と権助は笑い飛ばす。
「今年は春雨も少なくて、川の水位は低いくらいだ。夢でも見たのか?」
俊之助は首を振った。
「違うんです!おれは見たんです……堤が決壊して、水が溢れ出して……家も畑もみんな飲み込まれる……」
翌日になると俊之助の様子はますます尋常ではなくなり、頻繁に虚空を凝視するようになる。家族や村人たちが不思議がっているうちに、七日が過ぎた。そして運命の朝が来る――。
五月のある夜半。突然激しい雷鳴が轟き、これまでになく激しい雨が降り出した。村人たちは眠れぬ夜を過ごしていたが、明け方近くになって雨音が弱まったことに安堵してうとうとしている。突如として甲高い叫び声が響いた。
「川だ!川が溢れるぞ!」
南の堤防近くの見張り番の若者の声だ。皆が飛び起き、慌てて外へ出ると、川は既に氾濫寸前の状態。濁流が蠢いていた。
「いけない!早く高台へ避難せよ!」
村の長老たちの命令で、人々は慌てて家財道具をまとめ始める。しかし老人や女子どもが多い一部の地区では、逃げ遅れる者が出始めた。まさに絶体絶命の瞬間である。
「こっちだ!ここを登れば安全だ!」
俊之助はいつもとは打って変わって凛とした声で指示を出し、迷っている人々を率いて近道である崖沿いの細道を駆け上がらせた。父親の甚蔵が驚愕しながら声を上げる。
「俊之助!どうしてそんな道を知っている?私は今まで使ったことがないぞ!」
「見えるんです!誰がどこを通れば助かるか……みなさんが無事かどうかが……!」
その言葉通り、俊之助に導かれた人々は奇跡的に全員高台へと逃れることができた。しかしその直後轟音と共に堤が決壊し、村の大半が濁流にのみ込まれていく。犠牲者は僅かな人数に留まり、死者は奇跡的に出なかった。村は壊滅的な被害を受ける。
数日後、別の出来事が俊之助の能力の真実性をさらに確固たるものとする。
雨上がりの晴れ間のある昼下がり、俊之助は再び放心状態に陥っていた。今度は焦燥感に駆られている様子で、「北の方角……黒い煙が……燃え広がる……」と呟いた。
その二刻ほど後、果たして隣村の材木置き場から出火し、強風に乗って炎が広がりそうになったのである。
甚蔵はついに家臣のひとりに命じて町奉行所へ急報させ、迅速に対応できたため被害は最小限に抑えられた。
これらの事件以降、村中で俊之助についての評判が変わり始めた。
「倉木さんの坊やは神通力があるらしいぞ」
「まるで天狗の使いかもしれんな」
「いや、仏様のお告げを聞く子だ」
賛美の言葉もあれば、畏怖と嫌忌の混じった陰口も囁かれた。特に村外れの寺の僧侶たちからは「妖ではないか」と疑いの目を向けられる始末。
俊之助自身も困惑していた。自分には制御できない不可思議な映像が、突如として脳裏に浮かぶ。時にそれは恐怖であり、苦痛であった。夜中に悪夢のように迫る悲惨な光景に怯え、母親の布団にもぐりこんで泣いたこともある。
それでも両親は最後まで息子を信じ、護ろうと努めた。お菊は毎日俊之助のために加持祈祷を行い、甚蔵は武勇で名を馳せる土地の豪族たちに相談を持ちかけたりもする。だが、いずれも明確な回答を得ることはできなかった。
それから一年が過ぎた頃である。事態は急変した。重病を患っていた近隣の有力地侍・宮尾惣右衛門の家来の男が、ふと冗談交じりに言ったことがきっかけである。
「もしや倉木家の小倅なら殿の御病気も治せるのではないか?」
この話はたちまち惣右衛門本人の耳に入り、すぐに使いが来て俊之助を呼び寄せたいとの意向が伝えられた。困り果てた甚蔵だったが、拒否できる立場ではなく俊之助を伴って宮尾邸を訪れる。
昏睡状態の主人が横たわる寝所に通されると、俊之助は一瞥して静かに言い放った。
「これは医者ではなく祈祷師を呼ぶべきかと存じます。病巣はご病気ではなく、呪詛によるもの。ただし解く方法もあります」
家人たちが半信半疑でいる中、俊之助は次第に蒼白になりながらも具体的な手順を述べた。それは非常に古くから伝わる密教の修法に酷似しており、しかも細部まで正確なもの。
結局、俊之助の指示通りに儀式が執り行われると、数日後に惣右衛門の容態が急回復したのである。
感激した宮尾家は金品と家宝の刀を贈呈したが、これが新たな疑惑を招く結果となった。実はこの情報は宮尾家内部の対立派閥にとって都合の悪い存在となり、妬みを買ったのである。
ある夜。酔った武士たちが倉木家に押しかけ、口汚なく罵倒した。
「なぜ十にも満たぬ童が御霊を鎮められるのだ?怪しい!きっと妖怪か悪魔の類だろう!」
「そんなものが近づくだけで穢れるわ!」
「斬ってしまえ!」
彼らの騒ぎに駆けつけた守備役の家臣たちによって大事には至らず、その場は収まる。だがこれ以降、周囲からの圧力が日に日に増していくのを感じた甚蔵は、遂に決断を下すに至った。我が子を封じねばならない、と。それが親としての最大の責任だと信じて。
そうして迎えた俊之助十歳の誕生日。祝宴もなく静かな一日が始まり、夕暮れ時に父が厳粛な面持ちで言った。
「俊之助、今日からお前はしばらく本宅を離れ、お祖父様のご遺構であられる別荘にて修行を行う。心身ともに鍛錬し、余計な妄想など払拭しなさい」
息子が持つ力を否定することなどできないと悟った甚蔵は、せめて世間から隔離することで家族と地域への危害を未然に防ごうと考えたのだ。表向きは学問のための精進という名目であったが、実際には監禁に等しい処遇であった。
こうして俊之助は、母に抱擁されて涙ながらに別れを告げ、父と共に寂れた里山の奥へと向かった。そこには今は使用されていない古い土蔵があり、彼は生涯の大半をそこで過ごすことになる。だが皮肉にも、その孤独の中でこそ俊之助の聡慧なる精神は更なる境地を開いていくのであった。