晴人くん
───晴人3歳の5月
「晴人〜!こっちよ〜」と、手を振る。
「おお〜来た来た来た〜! ハハッ」と笑う匠は、
スマホで動画を撮る。
「あの三輪車の乗り方は、まさに綾と同じだな」と笑われる。
「うん! 間違いないわ、私の子よ!」
「ふふ、あっ! 止まった!」
「ん? ハハッ、途中で虫を触るのも同じだ」と笑う匠
「え〜? 私あんな感じだったの?」と言うと、
「そっくり、そのままだよ!」と笑っている。
「そうなんだ〜」と思わず笑みが溢れる。
「はるた〜ん!」と、私は走って晴人を迎えに行く。
すると、隣りを全速力で駆け抜ける匠
「あっ! 待って〜早っ!」
呆気なく匠に追い抜かれる。
何を隠そう私は、これでも、中学時代は陸上部で短距離走の選手だったのだ。
走ることだけには、自信があったのに、やはりもう28歳、それに出産後の体力の衰えと来たら半端ない。
匠は、30歳になったとは言え、未だに会社のメンバーとフットサルを楽しんでいるので、全く歯が立たない。
「ハア〜ハア〜、あ〜ダメだ! 運動不足だわ」
「綾もフットサルやれば?」と言う。
「出来ないよ〜」
「でも何か運動は、しなきゃな。しかし、懐かしいなあ〜ココ」と言う匠
「うん、私あんまり覚えてないけど、来てみたかったんだよね」
私たちは、2人が出会った埼玉県の広場まで、車で来たのだ。
私が住んでいた青いアパートは、建て替えられて白壁に変わっていた。
そして、匠が住んでいた家も建て替えられて、違う人が住んでおられるようだった。
白百合幼稚園は、統廃合の為かなくなっていて寂しかった。
そして、晴人の三輪車も積んで来たので広場まで来た。
「ココ変わってない?」と匠に聞くと、
「いや、少し狭くなったかなあ? 周りに家が建ったからかなあ」と言う匠
「たっくんが大きくなったからじゃないの?」と言うと、
「まあ、それもあるのかなあ?」と笑う。
「ママ〜はい! どうじょ」と、私に差し出してくれる晴人の手を見る。
「ありがとう〜! はるたん、コレな〜に〜?」と、晴人が開いた手の平には、ダンゴムシが……
「まん丸虫!」と言う。
「ウウッ! あ、ありがとう〜」と、私は、咄嗟に匠の手を取って、お皿代わりに受け取る。
「ハハッ、何してんだよ」
「無理無理、足がゲジゲジしてる」
「こんなに可愛いのになあ」と、匠はダンゴムシを手のひらに乗せて遊んでいる。
「うん!」と笑う晴人
──可愛い
思わずスマホの写真に収める。
晴人は可愛いが、どうも私は、虫全般がダメになってしまっているようだ。
「はるたん! お団子作ろうか?」と言うと、
「うん!」と言うので、
昔、匠が私に教えてくれた泥団子を
今日は、家族3人で作る。
「晴人! コレは、ここまで綺麗な丸にするんだぞ〜」と言っている匠
「あ〜あ、子どもには、そこまでの完璧を求めなくて良いのよ。はるたん! ほらママの上手でしょう?」
と言うと、
「うん、じょ〜ず〜」と言ってくれる晴人
「ほら!」と匠に言うと、
「イヤイヤイヤ、晴人! こっちの方がカッコイイだろ?」
「うん、カッコイイ」
「ほら!」
「は〜? はるたんを惑わせるのは、やめてくれる?」
「惑わせてなんかないよ、こっちの方が完璧でカッコイイに決まってる!」
「貸して!」と私は、匠が持ってる泥団子を取って、
「はい、はるたん! どっちが良い?」
と聞くと……
「う〜ん、どっちも!」と晴人は、両方とも手に取った。
「「あっ」」
「どっちもカッコイイから、パパとママ、ケンカしちゃダメだよ!」と言われた。
「「……」」
「うちの子は、天才か!」
「うん、いつの間にこんなにも成長したんだろう、優しい子よね〜」
親バカだ! 今では、晴人から教わることが沢山ある。
「「は〜い!」」
晴人は、知らないうちに、私の活発さと、匠の優しさを身につけているようだ。
「はい、どうじょ」とプリンを上手に作ってくれる。
「ありがとう、はるたん、プリン上手だね」
「うん!」
「晴人、パパには?」
「はい、ちょっとまってくらさい!」と、何やら先程の私の泥団子をぺたんこにして、
「はい、どうじょ」と、渡している。
「!」
「ありがと! コレは、な〜に?」と匠が聞くと、
「ハンバーグ!」と言った。
「凄い! 私と同じ手法で作ってる! 匠、教えた?」
「ううん」
「え〜血筋?」と笑う。
「やっぱ晴人は、天才だな」と、言う匠。
「また親バカ」
「ハハッ、親バカにもなるよ」
「そうだね、ふふふ」
「しかも、コレは、《《ママ》》の泥団子を潰したから、やっぱ俺のは、綺麗に出来たから大事に置いてあるんだよ」とニコニコ笑う匠。
大人気ない匠に、大人気ない私も、ムッとする。
すると、晴人は、今度は、匠の泥団子をぺたんこに潰して……
「あっ!」と思わず、声を出す匠
「ハハッ」
「はい、ママどうじょ!」と私にくれた。
「ふふ、うわ〜嬉しい〜ありがとう! ハンバーグ美味しそう」
「見て〜《《パパ》》の泥団子ハンバーグ! 最高〜!」と匠に見せる。
「ハハッ」と匠は、苦笑いをしている。
「パパ! プリンも食べるれすか?」と言う晴人
「うんうん、食べる!」
そして、プリンも貰ってご満悦の匠
──本当に優しい子に育った
「良し、晴人、キャッチボールするか?」と言う匠、
「ん?」と、不思議そうな顔をする晴人
「まだ、早いんじゃない?」と私が言うと、
「そうか?」と、
匠は、さっき子ども用の1番小さいグローブを買って来たので、晴人の手に嵌めてあげている。
でも、全然ボールが取れなくて、グローブを外す晴人
「え……」
「ほら、まだ早いよ。匠もウチのお父さんとキャッチボールしてたのは、5歳の頃だからね」
「そっか」
「はるたん! ほら」と、三輪車の後ろカゴに入れていた晴人用の小さいサイズのサッカーボールを転がしてみた。
すると、手で持ったり、足で蹴ろうとしている。
「こっちだね」と私が言うと、
「おお、そっか」と匠は、嬉しそうに、晴人とボールを蹴り合いしている。
時々、晴人とも匠のフットサルの試合を観に行っているので、サッカーの方に興味を持ったようだ。
──嬉しそうな匠も撮っておいてあげよう
「ママ〜!」と、私にもパスをくれる晴人
「よし、それ〜〜! コレなら私でも出来るわ」と言うと、
「ハハッ、それ〜〜!って……」と笑っている匠
「え? 何か?」
「ハハッ」と笑っている。
周りを見渡すと、公園ではないので、遊具は鉄棒だけ。
ベンチに座ってゲームをしている子や鉄棒をしている子は居るが、野球やサッカーをしている子は居ない。
「ココって、野球やサッカー禁止じゃないよね? しないのかなあ?」
「してる子は、今ココには居ないだけじゃないか?」
「あ、そっか……」
土曜日の昼間、野球やサッカーを習っている子たちは、試合や練習をしているのだろうか。
走り回っている子は居なくて、外でもゲームをする時代なのだ。
「ゲームも今じゃIT社会には必要だからな」と言う匠、
そう言う匠の仕事もそうだから必要なのは理解出来る。
「うん、それは分かるんだけど、私たちが小さかった頃のように、走り回ってる子は少ないんだなあ〜と思うとなんだか寂しいね」と言うと、
「そりゃあ、綾みたいに三輪車で走り回ってた子は、あの当時もこの広場じゃ、綾だけだったからな」と笑う。
「ハハッ、それは違う意味でしょう?」と思わず自分で笑ってしまった。
「そう、あれは、綾の三輪車の乗り方が怖くて皆んなを寄せ付けなかったんだけどな、ハハッ」と笑っている。
「ちょっと、失礼ね〜!」
「いや、事実だし」と笑っている匠
私は、晴人とサッカーをしている匠の後ろ側へ周り、匠の弱点である脇腹をコチョコチョとした。
「あっ! やめろ! ハハッ」
「誰の三輪車の乗り方が怖いって?」と言うと、
「ママ! コチョコチョダメれすよ〜」と言う晴人
「はるたん! 大丈夫よ〜パパは喜んでるのよ〜」と言うと、
「は? 違っ! やめろ!」と、カラダをクネクネ捩っている匠
「はるたんもやってあげて〜パパ喜ぶよ〜」
「バカ、綾!」と笑っている。
「はるたん! やっても良いのは、パパだけだからね〜幼稚園でお友達には、やっちゃダメだよ〜」
「うん、分かった! コチョコチョ」と、小さな手で触られると、尚一層喜ぶ匠
「ウォッ!」
「ハハハハッ、ほらね、パパ喜んでるわね〜」
「ハハッ! やめろ」
「ん? パパやめるでしゅか?」と聞く晴人に、
「うん、あっ、晴人は良いよ」と言っている。
「ハハッじゃあ、私も良いよね〜」
「あっ! ダメだ! 綾のはダメだ!」と、もがいている。
「ハハッ」
「もう、降参!」と、寝転んでしまった。
「あ〜あ、パパ真っ白に汚れた」
「あ〜あ」と私の真似をする晴人
「綾! 後で覚えとけよ」と笑っている。
「な〜に〜? 忘れる〜!」
晴人が欠伸をして、眠そうにしている。
「そろそろ帰るか」
「うん、はるたんも眠そうだわ」
「晴人、手を洗って帰ろう! ジージの所に行こうか?」と言うと、
「うん」と、素直な晴人
いつもなら、『もっと遊ぶ〜』と言うのに、ジージと遊びたいのもあるが、少し遠出をしたので疲れたのだろう。
匠に抱っこしてもらって甘えている。
そして、車に乗せて、走り出すとすぐに眠ってしまった。
「可愛い」
「うん、可愛いな」
「ありがとう、連れて来てくれて」
「ううん、俺も今どうなってるか知りたかったし」と言う匠
「それより、あとでたっぷりお礼するから楽しみにしてろよ!」と言う匠
「あ〜あ〜聞こえな〜い!」と、耳を塞ぐ。
「ハハッ」
夜は、私の実家へ行く約束をしていた。
実家に到着すると、晴人が目を覚ました。
「はるたん、ジージのおウチに着いたよ」と言うと、
目を擦りながら、
「ジージ!」と、目が開いたようだ。
車の音で、ジージとバーバが出て来た。
そして少し遅れて、お婆ちゃんも出て来てくれた。
「晴人〜!」と、目尻を下げてくしゃくしゃの笑顔で出て来る父。
「ジージ」と晴人は、指を差している。
「うん、ジージだよ」
車のドアを開けると、すぐに父が、
「晴人〜!」と、抱っこしようと手を出す。
晴人も「あっ、ジージ」と言うものだから、可愛くて仕方がないのだろう。
人見知りだった頃は、父の顔を見るたびに晴人が泣くものだから、それはそれは落ち込んでいた父。
だから、今は余計に可愛いがってくれる。
「はるく〜ん」と、母も顔を出すと、
「あっ、バーバ」と言う。
お婆ちゃんは、晴人が車から出て来るのを待って、優しく「晴人く〜ん」と、呼ぶと、
「|大《おお》バーバ」と言う晴人を見てニコニコ笑ってくれる。
3歳の晴人は、よく動く。
実家に到着するまで、少し寝たものだから又パワー全開だ。
子どもというものは、何度でも同じことをする。
父が晴人の為に買っておいてくれた電車のオモチャを出して来ると、広げて遊んでいる。
どちらかと言うと父の方が楽しそうに遊んでいるが、晴人も徐々に電車に興味を示し遊ぶようになった。
「晴人、行くぞ〜!」と言う父に、
「お〜!」と、ノリの良い晴人
子どもは、何度でも同じことをするが、父がそのうちに飽きて来て、電車の上に何かを乗せ始める。
それが、コロコロと落ちるとケタケタと笑う晴人
そして、
「もう1回!」と、同じことを何十回とさせられている父。
疲れて来ているのは、父の方だ。
「晴人、もうお終いよ」と私が言うが、
「もう1回!」と聞かない晴人に、
途中で、「お母さん!」と、母に代わってもらっている。
孫は可愛いようだが、体力的には、キツくなってくる歳頃のようだ。
そりゃあ元気な3歳児、全力でノンストップで遊ぶのだもの。
母が途中で、「バーバは、ご飯の支度をして来るわね〜」と言うと晴人は、
「晴人もトントンする〜!」と、母について行く。
私も3歳になった頃、子ども用のマイ包丁を与えられた。
なので、晴人にも家では野菜のカットなどをさせているのだ。
急ぐ時は、全部はさせてあげられないが、「胡瓜1本は、晴人に任せるね」と言うと、晴人も任された! と思って喜んでやるので、料理男子を育てる為には、良いと思う。
これからの時代、性別に関係なくお料理は、出来た方が良いと思っている。
匠も最初は、お料理をしなかったようだけど、一人暮らしをするようになって徐々に出来るようになったと言う。
匠が作る炒飯は、絶品だ!
ウチの父は、全く料理をしない人だ。
ずっとお婆ちゃんや母が作ってくれてるから、その必要もなかったのだろう。
でも、私は、それを見て出来ないよりは、出来る方が良いと思ったのだ。
私が風邪を引いて熱を出して寝込んだ時、匠は、仕事が忙しいのに、頑張ってくれた。
実家が近いのだから、母に頼めば良かったのに、
昼間は、晴人をお願いしてたから、『コレぐらいは俺がする!』と……
そういう所も相変わらず好きなところだ。
ご飯を食べると眠くなってしまった晴人、ウトウトし出したので、帰ることにした。
「ご馳走様〜」
「ご馳走様でした」
「うん、また来てね」
「はい! ありがとうございます。おやすみなさい」
「晴くん又ね〜おやすみ〜」と、もう眠っている晴人に言う父
お婆ちゃんは、行く度に毎回、晴人くんに! とお小遣いをくれる。
「お婆ちゃん、毎回は良いよ」と言うが、
「お婆ちゃんの楽しみだから」と、くれるのだ。
「ありがとうね」
「ありがとうございます」
「気をつけてね」
「はい」
「じゃあ、ありがとう」
と、実家を後にする。
「お疲れ様」
「お疲れ〜」
20分ほどでマンションに到着。
そのまま匠に抱っこされて、ベッドで寝かされる晴人。
「よく寝てる」
「いっぱい遊んで疲れたよね」
「だな」
「何か飲む?」と匠に聞くと、
「一杯呑もうかな」と言うので、缶ビールを手に取って渡そうとしたが、
そう言えば、最近では『洗い物を減らす為』と言って、缶のまま呑んでいるが、
以前はグラスに注いで呑んでいたなと思い、久しぶりに冷えたグラスを手渡すと、
「おお、久しぶり〜!」と、喜んでいる匠。
「お疲れ様」と、私も酎ハイで乾杯!
「お疲れ!」
リビングのソファーに並んで座る。
ツマミに、枝豆とサキイカを出す。
「なあ、綾」
「ん?」
「さっきは、《《ありがとう》》な」と言われる。
「ん? 何のことかな〜?」と言うと、
私の脇腹をコチョコチョしだした。
「ハハッ」
「よくもやったな」と笑っている。
「はるたんも楽しそうだったよ」と言うと、
「綾が1番楽しそうだったけど?」と言う。
「そう?」
「うん」
そして、腰に手を回して、
「明日も休みだよな」と言う。
「……」
聞こえないふりをする。
「え? 無視?」と笑う匠
「誘い方が古い!」と言うと、
「え? 誘うのに、古いとか新しいとかあるのか?」と言う。
「ふふ」
晴人が生まれて、育児で、とにかく忙しい日々を送っている。
だから、私は正直面倒くさくなってしまっていたのだ。
匠のことは、好きだけど、蔑ろにしていたのは、事実だ。
「なあ、子どももう1人欲しくない? 綾は、どう思ってる?」と聞く匠。
「う〜ん、私は、一人っ子だから、兄弟は居た方が良いと思ってるよ。でも、今は、育児がもっと大変になるんだろうなと思う」
「だよな……無理?」と、こめかみにキスをする。
「欲しいの?」と聞くと、
「うん、欲しい!」と言う匠
「う〜ん……」
──まず、その前に、夫婦の営みだよな〜
ジッと匠を見つめる。
「ん?」と言う匠
──キスするタイミングを与えてあげてるんだから、してよ!
更に、ジッと見つめると……
ようやく理解したのか、そっと唇が重なった。
──久しぶりなような気がする
あ〜コレなんだよな〜
と、思い出したような気がした。
匠も「久しぶり」と、微笑んでいる。
「ふふ」
今度は、私からキスした。
匠は、一瞬驚いたようだけど、喜んでいる。
「もう、綾をその気にさせるのに、時間がかかるから」と言っている。
確かに、1分でも寝たいと思っていたのは事実だ。
子ども1人で、こんなことを言っていて、2人になっても大丈夫なのかと言う不安もあるのだ。
でも、晴人は、思ったより成長していているのだから、と匠は言う。
久しぶりに、熱いキスをしたことで、私は、女になったような気がした。
ずっと、母親として頑張って来た。
でも、その姿すら、匠には色っぽく映ると言う。
子どものことを忘れて、今だけは女として、妻として匠に抱かれる。
「綾〜綺麗だ」と言ってくれる。
なぜか妙に照れてしまった。
「可愛い」と、いつまでも女の子扱いしてくれる匠。
普段は、《《ママ》》だけど、今は《《綾》》
いつしか自分の名前は、どこかへ行ってしまうと、
母はいつも嘆いていた。
それを分かってか、匠は、《《綾》》と呼んでくれる。ママから解放される時間だ。
その日から不思議と、私は匠に抵抗なくキスをするようになった。
晴人が眠ると、夜は2人の時間。
匠に甘えるように抱きついて、頬にキスをすると、
「あ〜なんで? ココ」と唇を指差す。
「ふふ」
チュッと唇にすると、「もっと」と又素敵なキスをしてくれる匠。
まるで、また1から恋をしているようだ。
──私どうしちゃったんだろう?
匠が喜んでいるから良いか……
────
そして、私は思い出した。
2月のバレンタインデーの日、匠は、たくさんのチョコを貰って帰って来たのだ。
「え? こんなに?」
この時代、一旦廃止になっていたのに、また復活したのか、新人やオバさん社員さんから貰って来たようだ。
「綾に! って」と言っていたが、
私は、一瞬浮気を疑ったのだ。
クンクンと匠の匂いを嗅ぐ。
「怪しい!」と言うと、
「え? 何が?」と言う匠。
「浮気してるの?」と言うと、
「は〜? するわけないでしょう!」と言う匠。
「そんなの分かんないもんね〜この中に本命チョコがあるかもね〜」と、私はヤキモチを妬いていたのだ。
「はは〜ん、綾、ヤキモチ? 心配してるの?」と言うので、目を逸らして背を向ける。
私が一番恐れていることだと分かっているはずなのに……
バックハグされて、
「そんなことするわけないでしょ! 俺には愛する妻と子どもが居るんだから」と匠は言った。
でも、もう私の中は、不安でいっぱいだった。
自然に流れる涙。
あの日のことがフラッシュバックして、怖くなった。
「ん? 綾?」と、泣いていることに気づいた匠は、
「綾〜大丈夫! 大丈夫だから何も無いから」と慌てて言った。
育児疲れなのか、自分でも分からないが、久しぶりに匠の前で泣いてしまった。
「浮気しない?」
「しないよ! 絶対に!」
「絶対なんて言っても良いのかなあ?」と、顔を見ると、
「うん! 俺は絶対にしない!」と私の目を真っ直ぐに見て言ってくれた。
なのに、私は不安が拭えず、匠を疑っていた。
「正直に話すよ」と言った匠。
「!!!」
何を言われるのかと、ドキドキした。
「最近さあ、オバさんたちに『綾瀬くん、一段と男の色気が出て来たんじゃない?』って言われるようになった」
「セクハラ〜!」
「うん、だよな。でも、1人じゃなく、本当に良く言われるようになって……」とニヤけている。
「最低〜!」
「いや、『綾ちゃんのおかげね』って言われるんだよ」と言った。
「どうして?」
「そりゃあ、同じ部署のオバさんたちは、皆んな綾のことも知ってるわけだし」
「でも、どうして私なの? 最近、その……してなかったし……」と言うと、
「だからだよ! それでも、俺は綾に振り向いて欲しくて必至でアプローチしてるから」と言った。
そう言えば、ハグはいつもされていた。
キスすら拒否していたから、こめかみにされてた。
「発情してたの?」
「綾! 言い方……ハハッ、そうだよ、俺は綾にずっと発情してる」と言った。
「若い子も沢山入って来たんでしょ?」と言うと、
「うん、入って来てるよ」
「モテてるの?」と聞くと、
「それは、分からないけど、『綾瀬さん、カッコイイ《《パパ》》ですね』とは言って貰える」
「ふ〜ん」
──それをモテてる! って言うんだよ
と思いながら、又背を向ける。
「綾!」と、手を取られる。
「俺は、綾しかイヤだから」と言う。
拒否し続けていたのは、私の方だった。
なのに、外を向いているのか? と思うと、やっぱりヤキモチを妬いている自分勝手な私が居る。
でも、家事と育児疲れの方が大きくて、心に余裕がなかった。
「ごめんね」と匠を抱きしめた。
「うん、綾〜嬉しい」と言った。
でも、それからも私には余裕がなく、しばらくは変わらなかった。
────
それでも、匠は、ずっと私を女の子扱いしてくれている。
素敵なキスをされて思い出した。
初めてキスをした日のこと。
3歳と5歳の頃じゃなく、大人になった匠と私。
凹んでいた私の心にスッと入ってきた匠。
また、私は、あの頃のように、匠に恋をしているのだろうか……
目からハートでも出ていないかとドキドキする。
また、色気いっぱいでモテてしまっている匠。
──私だって、大好きなんだよ
だから、何度も悪戯にキスをする。
チュッ
「ふふ」とご満悦な匠
晴人が眠ると……また2人の時間
久しぶりに新調したセクシーランジェリーに気づいた匠。
「え? 綾コレどうしたの?」
「買ったの」と言うと、今度は、匠が私の浮気を疑った。
「誰の為に?」と言った。
「ん? 匠との為に決まってるでしょ?」と言うと、
「本当?」と言う。
「え、え? どういう意味?」
「誰かに見せる為かと思った」と言った。
「はい〜?」
「だって、しばらくご無沙汰だったのに、急に……」
と言う。
「ふふっ」
──そんなに思い詰めていたんだ
「ごめんね、匠だけだよ」と言うと、
「本当に?」とニコニコしている。
「当たり前でしょ!」と、額をペチッとしたら、
笑っている。
出産後、なぜか胸まで小さくなってしまった。
色気も何もないと思っていたのに……
「では、遠慮なく〜」と、ご堪能されている。
黒だが、とても際どいデザイン。
「何コレ!」と、驚きながらも楽しんでいるようで良かった。
それからというもの、
「ただいま〜」
「お帰り〜! お疲れ様〜」と言うと、
「晴人は?」
「寝たよ」と言うと、
「はあ〜疲れた」と、玄関で私を抱きしめる。
「そっか、疲れてるのね?」と言うと、
「! 全然疲れてないよ! まだ余力はある」と言ってキスをする。
「ふふ」
匠がご飯を食べる時も、私はずっと一緒にダイニングに座って、話しながら待っている。
そして、匠がお風呂に入って上がって来るのを待っている。
この時間が1番危険だ。睡魔のピークが来る。
一度眠ってしまっていて、
「起こしてくれれば良かったのに」と言ったので、
「風邪ひくよ」と、起こしてくれるようになった。
匠に抱きつく。
と、素敵なキスをしてくれる。
そのまま眠る時もある。
が、大抵は待っている。
また、私は、匠に恋してるから……
匠には、言わないけど、伝わっているようで、
とても大事にしてくれる。
私からキスをすると、始まる。
しない時は、寝かせてくれる。
合図のようになっている。
今日も、濃厚なキスをしてあげた。
「ふふ〜」と嬉しそうだ。
「今日も着てる?」と、私のパジャマを剥がすのを楽しみにしているようだ。
「うわ! 今日は、ピンク! また買ったの?」
「うん」と言うと、とても嬉しそうだ。
最近は、そういうアイテムに頼りがちだ。
そして……
──あ〜なんだかカラダが怠い
ん? もしや?
体温を測ると、微熱。
──出来たかなあ?
いつも通り、お弁当と朝ごはんの準備をする。
炊飯器の蓋を開けると……
「ウウッ」
吐き気がした。
──やっぱり、コレは出来たな
「おはよう〜」と匠が起きてきた。
「おはよう」
──ん? なんだか又匂いに敏感になっている
スーツの匂いですら、ウウッとなるので、消臭スプレーを振る。
「ん? 俺そんなに臭いの?」と笑っている。
「あ、違う」
「ん?」と言うので、
「出来たかも!」と言うと、
「綾〜! ホント?」と、私のお腹を撫でている。
「まだ分からないけど、たぶんね」と言うと、
「あ〜嬉しい〜」と喜ぶ匠。
でも、同時にラブラブは、又当分無理なのに……
だから、今のうちにキスしようとすると、
「ウウッ」となってしまった。
──あ〜もう無理だ
「え?」とショックを食らっている匠。
「あ、ごめん、悪阻だと思うから」と言うと、
「おお、そっか……でも、俺の顔を見ては、辛いな」と苦笑している。
その時、晴人が起きて来た。
「はるたん、おはよう〜!」
「晴人おはよう」
すると、「ママ、赤ちゃん!」と、私のお腹を撫でた。
「「え?」」と2人で驚いた。
「え? 晴人見えるの?」と聞くと、
「うん、赤ちゃん居るよ」と言った。
「「凄っ」」
「晴人、赤ちゃん、男の子? 女の子?」と聞くと、
「女の子!」と言う。
2人で顔を見合わせて驚いた。
そして、その日、妊娠検査薬で検査をすると、やはり陽性反応が出た。恐らくまだ2か月だろうと思った。母に、晴人を預けて婦人科クリニックへ。
すると、やはり5週目2か月だった。
翌年2月5日、元気な女の子が生まれた。
|綾瀬 美麗《あやせ みれい》と命名
「美麗〜! 可愛い〜綾ありがとうな」と言う匠。
「うん、もう無理だからね」
やっぱり、出産というものは、大変で産んだ瞬間は、もう絶対無理! と思っていたのに、もう本当に無理だ。
匠が喜んでいるから良しとしよう。
「ありがとう」と病院のベッドで、私を抱きしめる。
──あ、また拒否反応が……
なぜか子どもを産むと、子どもに意識が向かうからなのか、旦那様は、後回しになってしまうようだ。
「ふふ」と笑っておこう。
キスをしない私に、気づいたのかもしれない。
また、1から子育てが始まる。今度は、2人だから、もっと大変。
病院には、晴人は入れないので、
「ママ〜」と会えたのは、こっそり病院の前まで母が連れて来てくれて、病室の窓からだった。
──晴人を抱きしめたい!
ようやく退院して、晴人もお兄ちゃん。
「妹の美麗ちゃんだよ」と言うと不思議そうに見ていたが、「うん」と頭をそっと、よしよししてあげていた。
やっぱり、優しいお兄ちゃんになるようだ。
きっと、美麗の方が逞しくなるような予感はするが、ごめん! 晴人、優しく見守ってあげてね。
そして、また、匠は変わらず私たちを大切にしてくれる。
益々私へのべったりが酷くなった。
「綾〜」と、猫撫で声を出すが、
「ママ〜!」と晴人が起きて、何度も邪魔されている。
「ふふふふ」
「晴人、そろそろ寝ようか……」と、また寝かしつける。
そして、私も寝てしまっている。の繰り返し……
「綾〜」と、遠くの方で匠の声がする。
そして、私は、匠の胸で眠る。
愛されている……
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