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「かーなーだ」
夜中の0時を回った頃。辺りは静まり返って、聞こえるのは互いの息遣いだけ。
自宅のソファに2人で腰掛け、アメリカは恋人の顔色を窺っている。
「……」
ふいっ。
これで何度目だか、呼び掛けても顔を逸らされてしまう。彼はいつまで経っても一向に口を開く気配がない。
「何拗ねてんだよ。もしかして俺が他の奴らと遊んできたからか?」
そう、無視される理由はよく分かっていた。きっと幾度となく繰り返される浮気に堪忍袋の尾が切れたのだろう。
しかしながら、よくここまで許容してきたものだと思う。普通ならとっくに別れを切り出しているはずだ。
「……ひどいよ。僕の気も知らずに」
カナダは目に僅かな涙を浮かべながら、独り言を溢すように辿々しく話し始めた。痛々しい様は罪悪感を植え付けるには十分だ。
「だからアイツらとはただの遊びだって!俺の1番はお前だし、これからもずっと……」
何度この台詞を吐いたろう。既に用意された、気持ちの篭らない定番の文句だ。
でも他と比べて扱いが容易な弟になら気兼ねなく使えると思った。現に、今までそうやって乗り切ってきたのだ。
「何にも分かってない!!」
突然の大きな声にびく、と肩が震える。あまり強く主張することのない彼にしては珍しかった。
「ぼく、……もう君のこと好きじゃないんだ」
恋人に言われれば誰もが狼狽するであろうその言葉を前に抱いた感情は、意外にも焦りや不安とは違う。
もはや開き直ってすらいた。恋愛なんてそんなものか、盲目的に自分を愛し続けてくれる存在なんていなかったのだ、と。
事実、弟から嫌われていることなんて前々から分かりきっている。
カナダがまだ自治領だったころ、隣国である自分に酷く怯えていたのを覚えている。相当に嫌われていたのだろう、目を合わせる度に眉を顰められた。
それがどういうわけか付き合う羽目になったのだから、いつこの関係が終わったとしてもなんら不思議ではない。
「へえ」
付き合ってからあんなに一途だったのに、終わりはこんなにも呆気なく淡白だ。
「本気で好きなら浮気なんてしないよ。
どうせ僕も遊ばれてるんでしょ?
もう付き合いきれないの。……わかるよね」
その声は分かりやすく震えていて。自分でもどうしたらいいか分からないのだろう、まだ迷いが残っているに相違ない。
特段カナダに不満があるわけでもなく、寂しかったというわけでもなく、カナダ以上に魅力的な人物と出会ったわけでもなかった。
大した理由も持ち合わせないまま、不特定多数と体を重ねたのだ。たかが浮気なんてそんなものだろう。
「俺なしでもやっていけるのか?」
「その方が気楽かな」
弟が強がっているのを知っている。俺なしではいられないことも。でも、止めたところでカナダは離れていくだろう。
これから事務的な会話でしかコミュニケーションを取れないのかと思うとうんざりする。元はと言えば全て自分の所為だが。
ただでさえメキシコと険悪なのに、弟まで仲違いしてしまえばこの大陸に自分の居場所は無くなる。
が、それでも構わない。俺は一人でもやっていける自信があるし、それに見合った実力もある。
実際のところ最近は多方面の国々から煙たがられているし、何世紀も国家として生きていると次第にこんなことには慣れてしまった。
「……あっそ。じゃあ俺は出てくから」
別れ話はなるべく短く済ませたかった。生産性がなく、まして楽しいものでもない。
そしてソファから立ち上がり、自室に向かおうとするといきなり腕を掴まれた。
「ねえ、一つだけ聞かせて」
目は合わせないまま、彼は俯いてそう呟く。どこか居心地の悪さを感じているらしい、それに関しては同意見だ。
だから早く腕が解放されることを望んで言葉を待った。
「始めから兄さんは、僕のこと……好きじゃなかった?」
自分の腕を掴む手は弱々しく震えている。嫌いになった相手と言えども、やはり元恋人というだけあって情が移るらしい。
なんて返事をするべきか分からない。この際はっきりさせた方がいいのだろうか。
「当たり前だろ?じゃなきゃ付き合ってねえよ」
短く答えた後、腕を払ってその場を後にする。これ以上話すことはない。
出まかせに聞こえただろうか。上面の言葉で彼を言いくるめてきた経緯を思えば何ら不思議ではないが、少しの寂寥を感じる。
一先ずこの家を出るとして、行く当てがない。付き合いのある国に片端から連絡してみる方法はあるが面倒だ、どこぞのホテルにでも泊まろう。
廊下を歩みながらそんなことをぼんやり思案してみるも、未だに振られた実感が湧かない。
ぱたん。
後ろ手で自室のドアを閉め、早速書類や貴重品をまとめる作業に取りかかる。
それほど重要な資料や文書があるわけでもなく、事はスムーズに進んだ。
恋人だからといって馬鹿正直に信頼を置くようなことは無かった。仕事に関連する全てのものは別所に保管してある。
俺たちは恋仲である以前に一つの国家なのだから、その線引きは決して怠らない。
これは誰に対しても言えることで、家族だなんだと抜かしている5eyesだって誰1人として秘密は1インチも漏らさなかっただろう。
「……ぅ……ぐす……」
荷物の整理をしていると啜り泣く声が耳に入ってきた。これではどうしようもなく後味が悪い、作業する手も次第に遅くなっていく。
家に響く音のどれも悲痛に感じられた。なにしろ恋人と別れるなんて初めてで、このような感覚は知り得なかった。
もっとも、これを悲痛と名付けるのが正しいかどうかすら分からない。
ふと顔を上げれば、壁にびっしりと貼り付けられた2人の写真がある。いずれはこれも処分してしまうだろう。
部屋の外からは未だ嗚咽が止まない、仕方がないから優しく慰めに行ってやることにする。 これ以上不快な音を聞かせられるなんてとても耐え難い。
「カナ」
必要最低限の呼びかけに何となく察したのか、カナダは慌てて袖で目元を拭った。
そうしてソファに腰掛けたまま此方を上目がちに伺ってくる。
見ると目の周りはほんのり赤くなっていて。こんなに腫れるまで泣き続けていたのだと思うと同情したくなる。
「……っ!?」
半ば雑にカナダの後頭部を掴み、ぐっと引き寄せて無理矢理唇を奪った。
しかし意外にも抵抗する素振りは見せず、されるがままのようで。
たった一瞬のことだった。なのに、ありえないほどその顔は火照っている。
涙はとうに引っ込み、羞恥と困惑と、さぞかし複雑であろう心境とが入り混じった表情だ。
「……にぃ、さん」
少し息が上がって、言葉も途切れ途切れになる。以前ならこのまま続けていたが、そうするわけにはいかない。じきにここを離れるのだから。
物欲しそうな目で訴えかけるカナダの頬を撫でてやる。すると猫が甘えるかのごとく手の平に擦り寄ってきて。
やっぱり好きじゃないなんて嘘だ、この期に及んでもこいつは俺を求めている。なんて愚かしい!
「愛してるぜ。また一緒に酒でも飲もうな」
この弟は俺が「愛してる」と言う相手が1人だけだってことを知らない。
だからって教えてやろうとも思わないが。
なるべく明るい声色を心がけ、額にキスを落とした。
「酷いよ、自分から突き放すようなことしておいて……なんでこんなことするの」
か細い声を辿々しく絞り出す。直ぐに俯いてしまったから、どんな顔をしているのかは分からない。
「悪かった。お前にはずっと我慢させたよな」
咄嗟に出た行動には自分でも説明がつかない。許してもらえるかもしれない、なんて甘えがまだ残っていたのだろうか。
気味が悪いほど都合のいい存在だった。その裏でカナダは何度も泣いていて。
大抵の場合はキス一つで許しを得られたのだが、今回こそ誤魔化せない。
そろそろ踵を返そうかと思案し始めたその時。ふと目線を遣ると彼の下腹が緩く主張していることに気がつく。
「ん?……ふは、お前……っ!」
この冷え切った空気にそぐわない笑い声が響いた。先ほどの接吻一つでここまで昂ってしまうとは、よほど俺に夢中らしい。
視線を辿ってようやく自覚したのか、カナダは一気に顔を赤らめる。無意識のうちに体が反応してしまうとは驚きだ。
「ち、ちが、これは生理的な……」
こいつが大慌てで苦しい言い訳をする様は見ていて飽きない。
夜が明けるにはまだ時間がある、どうせなら最後にいい思いをさせてやろうじゃないか。
よく回るその口を再度塞ぐと、みるみるうちに真っ赤になっていく。
碌な抵抗もせず、こちらが舌を絡めれば拙いながらも絡め合わせてくる。
「んんっ……!ふ、ぁっ」
淫猥な水音と共に2人の唾液が絶え間なく交換される。
時折相手の嬌声が漏れ出すのを尻目に、深く、より深く接吻を続けた。
限界だと言わんばかりの涙目で胸を軽く叩かれてようやく解放してやる。
「なあ、手伝ってほしいんだろ?」
慣れた手つきで彼のベルトを緩めていく。
それと同時にカナダはこちらの一挙手一投足に反応して肩を震わせた。
無言は肯定と同義だ、図星であることはまず間違いないだろう。こんなものを勃たせている時点でおおよその察しはつくが。
「……ベッドでいい子に待ってろよ」
目を細めつつ彼の首筋をなぞると、予想通りわなわなと震え出してしまった。
何年経っても相変わらず童貞のような反応をする弟を前に吹き出しそうになるも、どうにか抑えて立ち上がる。
くすくす笑いながら浴室へ歩んでいく。あのへたれのことだ、もしかすると腰が抜けてしまったやもしれない。
その一方で、へたれとなじられた弟はと言うと
「なんでこんなことに!?待って、動けな……あ゛ッ」
本当に腰を抜かしてしまい、またも涙目になるのであった。
コメント
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ぷにゃ 様が 描く カナ アメ 本当に 大好き です ッ .. !! 雰囲気 が 特に ッ !! それに 毎度毎度 、文才が 凄い ッ 、 読んで いて のめり込めました ♡